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10:運命の輪は回る-2

2.異変の兆し



 秋の日は穏やかに、緩やかに流れてゆく。こんなにも心静かに過ごせるのは、実家を出て一人暮らしを始めてから初かもしれない。

 先日のりんごの収穫のお手伝いは大変だったけれど楽しかったし、お土産にりんごを一袋もいただいてしまった。王都に帰ってきてからレインナードさんと一緒にパイや焼きりんごを作ってもまだ余るくらいで、清風亭の女将さんやラシェルさんにもお裾分けをしたりして。

「器用なもんだよなあ。飾りも作れて、こーやって菓子も作れて」

「父が木工を実益を兼ねた趣味にしていたので、その影響もあるかもしれないですね。お菓子は祖母とよく作ったので」

「芸達者な一家だ」

 りんご尽くしのおやつを作り終えた後は、お茶を淹れてまったりアフタヌーンティー。清風亭の部屋にはテーブル一つに対して椅子も一つしかないので、レインナードさんが座る分は自分の部屋から持ってきてもらった。

 ただ齧って食べるだけでも美味しいりんごのお陰もあって、お菓子もちゃんと美味しくできた。内心ほっとしつつ、りんごのお菓子とお茶をお供にお喋りに興じる。週末から週初めにかけて三連休が取れると、一泊二日で出掛けて帰ってきてもまだ一日の余裕があるのが嬉しい。

「お口に合いました?」

「誠に合ってる。こういう感じでケーキも作ってくれ」

「ご所望なら構いませんけど、絶対マリフェンのが美味しいですよ」

「俺の口に合うのはこっちなんだよ」

 大きく口を開け、手で持ったりんごパイに豪快に嚙り付きながら、レインナードさんは大真面目な顔をする。

 ケーキとは、もちろんレインナードさんのお誕生日に用意するもののことだ。新学期が始まって少々――早くも十一月が目前に迫っている。つまり、レインナードさんのお誕生日もうもすぐだ。だから、ケーキを用意すること自体は決まっている。……ただ、そんな風に直球で要求されると照れるだけで。

 マリフェンのお店にケーキの予約をするかどうかも、そろそろ判断しなければならないところだった。ここまで言ってくれるからには、予約は止めて自分で作ることにしよう。

「じゃあ、なるべく良いものを作れるようにがんばってみます。あと、少し気が早いのですけど」

 パイに手を付けるより先に腰を落ち着けたばかりの椅子から立ち上がり、ベッドサイドの小さな棚に歩み寄る。

 三段あるうちの一番上の引き出しから取り出すのは、青い包装紙の小さな包みだ。今回は私もちゃんとラッピングまで気を遣おうと思ったのである。

「お誕生日のプレゼントです。その日まで待とうかとも思わなくはなかったんですが、そうやって伏せてる間に何かあってもいけないので」

 そう言って包みを差し出すとレインナードさんは緩く目を見開き、早くも半分がた消えていた残りのパイを一息に口の中に押し込んだ。もぐもぐと咀嚼して飲み込んだ後、机の端に置いていた布巾で手を拭いてから包みを受け取る。

「どうも、ありがとさん。また何か役に立つもん作ってくれたのか?」

「役に立つというか、役に立てばいいなというか……。後期の講義で解毒分野が始まったんです。それで比較的使われやすくて、講義でサンプルを見せてもらえたものを組み込んだ毒除けのアミュレットを作ってみました」

「開けていいか?」

「もちろん、どうぞ」

 今度こそ椅子に腰を落ち着けながら頷き返すと、テーブルの向かいでは慎重な手つきで包装が解かれ始めるところだった。まさしく壊れものを扱う、少し過剰なくらいに用心深さの窺える所作。

 やがて青い紙の中から顔を出すのは、少し幅のある銀のバングルだ。表面は滑らかな局面に磨き上げて艶消しの加工をした。裏面には様々な毒に対する解毒の術式を組み込んだ紋を彫り込み、解毒の石ことカジュ石の粉末を混ぜた深緑の樹脂を流して紋の保護と術式の補強を試みてある。

「バングル自体は腕に通せば自動で収縮するようにしておきましたし、硬質化と保護の術も重ねておいたので、簡易的な防具としても使えると思います」

 レインナードさんが包みを開いたきりバングルを凝視して止まっているので、先に解説などしてみたりする。こちらの言葉も右から左へ抜けていく――とまでは至っていないらしく、ややあってから「へえ」と相槌の声が上がった。

「分かっちゃいたつもりだったが、本当に優秀なのな」

「せっかく得た主席の座を明け渡すのも業腹ですから、努力は怠らないようにしているつもりです」

「立派なもんだ」

 皮肉でも当てこすりでもなく、真実そう思っている風の口振りに少し笑う。少しばかり心配性なところもあるけれど、そうやってまっすぐに褒めてくれるのがいつも嬉しい。実家を離れると、なかなか褒められる機会は減ってしまうものだから。

「まあ、そのバングルの本質が日の目を見ることがないのが一番ではありますけど」

「そこはなー、何とも言えねえなー」

 そこはかとなくとぼけた顔には、今度は苦笑を一つ。荒事を仕事とするからには、確かに是とも否とも答えづらいのが実情ではあるのだろう。

「何はともあれ、大事に使わせてもらうわ」

 ありがとう、ともう一度言ったレインナードさんが左腕にバングルを着ける。元々の体格が立派な人だから、大きめに作った環も大して収縮することもなく嵌ったようだった。

「そのお気持ちは嬉しいのですけど、あんまり気にしてもらわなくて大丈夫ですよ。私が解ける毒の種類が増えたら、都度作り直そうかなとも思っているので。古いのは適当に処分してもらえれば」

「処分?」

「古道具屋に売るとか」

「する訳ねえだろ」

 真顔で即答。何言ってんだお前、とばかりの若干咎めるニュアンスを感じなくもない。

「第一、こんな立派なもんにそこらの古道具屋が値が付けられるもんかよ。商工ギルドの目利きに見せねえと……いや、それが面倒だから売らねえとかいう訳でもねえけど」

「そんなに大層なものですかね」

「大層なものなんだよ。それに、俺だって俺に宛てて作ってもらったもんを気軽に売り払うほど金に困ってやしねえし、そこまで薄情でも物欲皆無でもねえ」

「はあ、まあ、その辺りは好きにしていただければいいんですけど」

 曖昧に相槌を打ちつつ、何となく言われていることが分からなくもないような気もした。私だってレインナードさんが私の為に何か用意してくれたら、後に新しいものをもらったって古い方を捨てる気にはならないだろう。大事に取っておいてしまうのじゃないだろうか。

「柄でもねえけど、何か宝石箱みたいなの買っとくかな」

「そこまで!?」

「そんで、お前が新しいのくれる度に前の奴を入れてくんだ。成長記録に」

「それはそれで、何かすごく恥ずかしいんですけど」

 なんだかやることがお父さんとかおじいちゃんのようだ。シモンさんも私がサロモンさんを真似て小さな木彫りの動物を作ったりすると、大層褒めてくれて大事に部屋に飾ってくれていた。……懐かし過ぎて、ちょっと切なくなりそう。

 ここで一人で感傷に浸っていても空気がおかしくなるだけなので、ええい、切り替え切り替え。

「それはそれとして、お誕生日のケーキ、どんなのがいいとかご希望はありますか?」

「大まかには任せるが、この前にケーキ屋で見たやつが乗っかってるといいな。クッキーに文字書いた奴」

「ああ、お誕生日おめでとうのアレですね」

 長方形のクッキープレートにアイシングで書いてあるのを、私もマリフェンのお店で見た覚えがある。この国において、チョコはつい最近飲み物から固形のお菓子に発展してきたところらしく、まだそこまで庶民の手の届くところにはない。貴族御用達の、ちょっと高価なお菓子という位置づけだ。

 日本でお馴染みだったケーキのチョコプレートも、こちらではクッキーがその役割を果たしている。なので、かえって私でも作りやすい。ついでに色や味を変えたクッキーも一緒に焼いておけば、テーブルの賑やかしにもなりそうだ。

「あれがあると、自分の為っぽさが上がるだろ」

「分かります」

 実家にいた頃は、私も誕生日にはクッキープレート付きのケーキを焼いてもらっていたものだ。お菓子作りはバベットさんが趣味にしていたので、たまに手伝って少しは覚えた。

 ハント家は田舎の村暮らしの割に新しい物好きというか、新しい物を導入する余裕がある家だったので、キッチンに魔石式のオーブンも備え付けられていた。いつか私も小さめのものを買ってきて、もう少しお手軽に料理やお菓子作りに勤しみたいところである。

「何にしても、材料を買ってこないと始まりませんからね。そのうち、市場に一緒に行ってもらっていいですか?」

「おう。今度はちゃんと中まで一緒についてく」

「さすがに、そう何度も外部からの接触はないと思いますけどね……」

 頷いたレインナードさんがやおら真剣な面持ちになるので、そうでなくては困るという気持ちで答えはしたものの。

「何かフラグっぽいこと言ってしまった」

「フラグ?」

「いえ、独り言です」

 まさか、そこまで現実にはならないと思いたい……。



 その後も、並べて日々は平穏だった。

 毎日の講義でも特につまづくことはないし、相変わらず周囲の同級生たちからもきちんと挨拶をされ、何ならちょっとした談笑の機会さえ発生し始めている。大分学生生活が学生生活っぽくなってきた。時折ひそりと囁かれる「親切」をその度に丁重にお断りするのだけは、少し気まずくはあるけれど。

 しかし、十月最後の週末――清風亭一階で朝ご飯をいただきながら、自由に読めるように置かれている新聞を何気なく広げた瞬間、もう目玉が飛び出すかと思った。

「サパンで爆発事件! 犯人は不明、大通りで白昼堂々突然の大爆発!」

 あまりに物騒な見出しは、思わず声に出して読み上げてしまうほど。アルマでの大事件だって、まだ「ついこの前」という程度の近さの出来事だったのに。

 今日は学院も休みで、レインナードさんも依頼を受けていない。一昨日から王都の西側にある博物館で浮遊島で新たに発掘された祭器が展示され始めたと聞き、今日はご飯を食べ終わったら見に行ってみようと昨晩に約束していた。なので、今も同じテーブルで食事をとっているのだけれども。

 そのご飯タイム真っ最中に私が新聞を見て素っ頓狂な声を上げたものだから、レインナードさんも食べる手を止めて目を丸くしていた。

「何? サパンで爆発?」

「だそうです。ほら、現場の様子もありますよ」

 手元の新聞を折り畳み、向かいに座っている人にも見やすいようにして示してみせる。

 新聞の一面にはセンセーショナルな見出しが大きな文字で踊り、その文字のすぐ下には爆発現場なのだろう、黒こげになった街中の一角がモノクロのスケッチ――魔術を用いた転写技術だ――で添えられている。

 その一枚絵を見た限りでも、広範に煤けた石畳や軒先が焼け焦げたいくつもの店舗に始まり、大なり小なりの痕跡がそこここに窺えた。通りが丸ごと吹っ飛ぶほどの規模ではなかったらしいものの、被害の程度はかなりひどそうだ。死亡者こそ出ていないものの、爆発の影響による火傷や、転倒した際の骨折など負傷者が相当数出ているらしい。

「こりゃまた、随分と派手にやったもんだな」

 新聞のスケッチと記事に軽く目を通したのか、レインナードさんがしかめっ面をする。全くもって、とんでもないテロだ。

 サパンはアシメニオス王国南西地方のボルデ領にある都市で、南西部の物流の要衝として栄えてきた。その大都市における爆発事件ともなれば、これほど大々的に報道されるのもさして不思議ではない。

 しかし、何よりの問題は騎士団の調査の結果、事故の線はなく何者かの人為的な犯行であるという見方がほぼ確定していることだ。だというのに、犯人の目星は全くついていないという。ヤバい気配がぷんぷんする。

 この世界で爆発が起こるのなら、ほぼ確実に魔術師の仕業だ。それが火魔術によるものであれ、様々な物質を組み合わせた物理的なものであれ、分野は違えど魔術師の扱う領分となる。ただし、魔術師は腕利きほど公に存在が知られ、国や各地の領主と関係性を持っていることが多い。そうでなくとも単純に魔力の残滓を辿れば、ある程度の追跡もできるはず……。

「よっぽど巧妙に痕跡を隠せる、腕のいい魔術師がやったんでしょうか……。それにしては妙な気もしますけど」

「まあ、騎士団の追跡も躱せるレベルの魔術師なら、街中で事件起こすよりも真っ当に仕事してる方がよっぽど稼げるだろうしな」

「現場も、特に重要施設の近辺とかではないみたいですし。中央広場手前の大通りの一角って感じで」

「やる気があるんだか、ねえんだか……ますます目的が分かんねえな」

 二人揃って首を傾げずにはいられなかったものの、この場で新聞に書いてある以上のことが分かろうはずもない。新聞はその後のページにざっくり目を通してから畳んで元の置き場所に戻し、食事に本腰を入れることにした。

「何にしても、厄介な話だぜ。街中で急に爆発が起こったところで、お前を抱えて逃げるのは造作もねえが、周りの被害まで抑えようとするとなかなか難しいしな」

「サラッと逃げ切れる自信があるのもすごいですけど、本当にそれですね。街中の爆破事件なんて、とにかく被害者が多く出そうで……どうにか早く犯人が見つかるといいんですけど」

「全くだ」

 ――そう話した、ほんの二日後。

 今度は東部の都市オルムで同じような爆発事件が起こったと、新聞で報じられた。白昼堂々の犯行で、こちらも辛うじて死者は出ていないものの爆発に巻き込まれた被害者も少なくない。しかし、またしても犯人は不明。

 更に新聞が語るところによると、王立騎士団はこれをサパンの事件と同一犯との見解を示し、捜査の為の人員を派遣することを決定。オルムのあるバロワン領とボルデ領の騎士も加わった、三陣営合同の捜査局を設置して大規模捜査に踏み切ったという。

「うーん……」

 一週間の始まりとはいえ、今日もまだ休みなので悠長に新聞を広げる余裕がある。だからこそ、紙面を眺めては唸っている訳なのだけれど。

「今度は何が出たよ」

「またサパンのと同じような事件が起きたそうなんです。街中での突然の爆発。犯人は不明、痕跡もゼロ。確かに、双方共通した要素があるのは確かなんですけど」

「けど? 何が気になってんだ」

 今日も今日とてテーブルの向かいでご飯を食べているレインナードさんが訊き返してくる。気になっていることは多々あるけれど、一番は――

「どうして、騎士団の人たちは双方の事件を同一犯によるものと断定しているんでしょう。新聞を見ての模倣犯という可能性もなくはないのに」

「……てことは、何だ、騎士団は何か新聞に出てねえ情報を持ってて、それで二つの事件を繋いだとかか?」

「かもしれません。それに違う場所で散発的に騒ぎを起こして本命を隠すやり方って、覚えがないですか」

「アルマか」

 レインナードさんが眉間に皺を寄せ、渋い表情を浮かべる。事件の本筋にこそ関わりはしなかったものの、あの島では随分と例の事件で悩まされた。ほんの一月程度で忘れられようはずもない。

「あの事件の黒幕がこっちに来たとして、その目的は何だ? いや、俺たちがここで考えて分かることでもねえんだろうけどよ」

「アルマの事件の本当の目的は、おそらく大量の魔石を得ることでした。何か別に使いたい目的があるから、あそこまでの騒動にしてまで掻き集めたのだと思うのですけど」

「まあな。その使いたい場所がアシメニオスってことなのか、どうなんだか」

 さっぱり分からん、とレインナードさんが呻くに似た声を上げる。とはいえ、何も分からない具合は私だって同じだ。

 アルマの事件の黒幕は、アシメニオスでも何か欲しいものがあるのだろうか。アシメニオスは大陸有数の栄えた国ではあるけれど、アルマにおける自動人形産業や魔石産出のような、飛びぬけた一芸はない。単純に大国で混乱を起こすという、それ自体が目的だとでも?

「騎士団の方でもラファエルから報告を受けてんだろうし、俺たちが気にしてるようなことは頭に入れてると思いてえけどな」

「一応、これからは自分でも気を付けておいた方がいい、みたいな感じでしょうか」

「そうだな。最初はサパンで、次がオルム。……王都に近付いてるだろ」

 そう告げる声は、いつもよりワントーン低い。二つだけの例を見て判断するのは危険かもしれなくとも、直線距離の観点で言えばサパンよりオルムの方が王都に近いというのも、確かな事実ではあった。

 レインナードさんが警戒を強め始めるのも、分からない話ではない。私というお荷物(こども)の面倒を見なければならない身の上では、尚のこと気になるのだろう。

「どうにもきな臭え感じもするし、俺もしばらくは王都近辺で大人しくしてっかな……。どうせなら、学院の行きも送ってくか?」

「え? いえ、そこまでは……」

 ただでさえ一事が万事の勢いで配慮してもらい、甘えているようなものなのだ。家族でもないのに、そこまで気を配ってもらうのも躊躇われる。……ただし、前のように傭兵ギルドの契約を引き合いに出されると、どうにも反論が難しい。

「ヴィゴさんの契約って、私の保護まで含まれてませんよね? それなら、多少のトラブルがあっても契約の範囲外でヴィゴさんの落ち度にはならないのでは」

「この前ギルド行った時にスヴェアと話して、そこまで契約の範疇に含めてきた」

「いつの間に!?」

「向こうにしても、お前は貴重な繋ぎで逃がしたくねえんだろうよ。二つ返事で了解どころか『こっちから言おうと思ってた』ってんで、契約内容変更ついでにギルドから俺に出る給料も上がったしな。どうも最近、身元を隠しながら魔石や薬草の採集依頼をしてくる奴が最近ちょいちょい出てきてるらしいんだわ。該当の依頼については口外無用って条件付きだから、相場より報酬も良いってご機嫌でよ。――学院でのお前の扱いが変わってきた影響もあるんじゃねえか」

「ああ、確かに……」

 学院内における空気感が一変した後、お昼ご飯すら一人で食べることはなくなりつつあった。今までは学院の敷地内の適当なところで一人隠れて済ませていたけれど、今はやんごとなきお家のお嬢様から誘いを受け、煌びやかなご一緒させていただくことが多い。さすがにご相伴に与ることまではしないけれど、食事のついでにあれこれ雑談くらいは普通にするのが近頃の現状だった。

 お昼時の雑談の中では、各々の身の上や日頃の様子について話が及ぶこともある。私はスヴェアさんとの契約もあるので、なるべく傭兵ギルドについて触れるようにしていた。しつこくなく、不審がられない程度に情報を広める。まずは興味を持ってもらい、そこまで怪しいところではないのだろうかと思ってもらう程度でいい。

 実際、放課後の帰り際に周囲を憚りながら「傭兵ギルドについて教えていただきたいのですけれど」と声を掛けられることもあった。その時も私が知っている限り、依頼をする方法や品物の受け取りについて分かりやすく伝えていたつもりだ。それが実を結んでいたのなら、大変喜ばしい。

「そもそも、あの学校ン中なら学生に護衛がついてても珍しくねえと思うぞ。お前だって、その手の役回りの連中を見たことあんじゃねえか」

「それは……まあ、そうではありますけど……」

 否定のしようもない指摘だったので、曖昧に濁しながらも肯定するしかない。

 実際、あの学校で一人で行動している生徒なんてほとんどいないんじゃないだろうか。セッティ家の坊ちゃんがそうであるように、誰かしらお供や護衛がついていたり、家同士の付き合いや兼ね合いで生徒同士でグループを作っていることも珍しくない。

 だろーな、と頷くレインナードさんも、その辺りの事情は先刻承知のようだった。

「貴族の家系に生まれて、学院にも通わせてもらえる身の上ってことは、家の中でもそれなりの価値が見込まれてるはずだ。そういう坊主たちに何かあっちゃ困るって訳よ」

「確かに、変なトラブルとかに関わって変な噂でもついたら面倒ですからね」

「そういうことだ。――んで、スヴェアも何かしら情報を掴んでんのかもしんねえな。ギルドからの給料も想定より大分色ついて増えてたし、しばらくはそうやってお前の護衛してろってことなんだろうよ」

「毎日が授業参観みたくなってしまう」

 レインナードさんは軽く肩をすくめて言うけれど、いくら何でもそんなに簡単に頷けはしない。授業参観気分は冗談にしても、そこまで骨を折っていただいていいものだろうか。

 とはいえ、スヴェアさんまで何がしかの計算合って手を打つ動きをしていると聞けば、子どものワガママめいたものを口にするのも躊躇われた。荒事の気配であれば、絶対的にレインナードさんたちの方が感じ取るセンサーが鋭いのだし。

 思い返してみれば、つい先日にルラーキ侯爵からも意味深な予言を受けていた。招かれ人は何かしらの事件の渦中に立つことになる。その台詞が早々に実現しようとしているのなら、爆破テロの騒ぎが王都に近付いてこないとも言いきれない。警戒しておくに越したことはない、のかもしれない……。

「私としては助かるというか、安心する話ではありますけど――ヴィゴさんは、本当にいいんですか? 退屈は退屈だと思いますよ」

「退屈よりも、お前の安全確保のが大事だろ」

 近い過去のいつかを思い出すような、真顔の即答だった。それも確かにそうというか、そう言ってもらえるのは嬉しいんですけど……。

「昼間まで私の面倒にかかりきりになると、それ以外の仕事がしにくくなりませんか。傭兵ギルドにも顔を出しにくくなるでしょうし」

「今はお前の護衛が最優先の仕事になる。それも込みで給料が出てるし、ギルドに顔出すのはお前が学校に行かねえ日に行ってくりゃいい」

 レインナードさんはすっぱり言い切る。手も足も出ないとは、まさにこういうことを言うのか。何を答えても言い負かされる気がしてならなかった。

「……じゃあ、明日からよろしくお願いします……。確か、傭兵ギルドの発行する身分証明がありましたよね? それを見せて手続きをすれば、校内への同行の許可が出るでしょうし」

「ああ、あったあった。それ以外の手続きとかは任せちまって大丈夫か?」

「もちろんです。それくらいは、私がしないと……」

 あまりにもお世話になり過ぎるというものである。軽く神妙な気分になっていると、レインナードさんがじっとこちらを見ていることに気が付いた。

「どうかしましたか?」

「いや、何でも。相変わらず責任感が強えこったと思っただけだよ」

 頭を振る姿に、何ら含みはないように思える。そのはずなのに、妙に気になって仕方がなかった。

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