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08:力無きものたちの為に-7

7.再々戦・下



 ぢゅう、と毒を含んだ血を吸いきってから顔を上げ、足元の地面に吐き出す。吹き溜まりの落ち葉に赤い血が飛び散るのを横目に、手を伸ばして水袋を掴み取った。口の中のお世辞にも快いとは言えない風味は努めて意識の外に追いやり、レインナードさんの傷を洗う。

 次いで自分も口に水を含み、軽く漱いだ。虫歯はないし、ナティス毒は経口摂取だと格段に効果が落ちる。その上で自分の方にも解毒を施していたから、痺れをもらう可能性は万が一にも存在し得なかった。全て計算ずくの行動なので、何も問題はない。

「これで毒は全て除去できたと思います。腕の感覚はどうですか」

「お陰様で何ともねえが、急に始めるなよ驚くだろ」

 左手を握ったり開いたり、腕を回してみたりするレインナードさんの動きは普段通りに軽快そのものと見える。解析で毒素が消えていると確認は取れていたものの、当人からの所感を聞けると安心するものだ。

 今この時において重要なのは解毒それ自体であるからして、他のことは意図して気にしないでおく。解毒された人の、何とも形容しがたい複雑な表情とか。への字に曲がった唇とか。その辺りに迂闊に触れると、ちょっと大変なことになりそうな気しかしないので。

「少し荒っぽいやり方になるとは言いました。耐え難く不快であったのなら」

「それはねえけど」

「じゃあ、問題ありませんね」

「そういうことでもなくてな」

 レインナードさんの目がジトッとしてきた。相変わらずの気遣い屋さんである。

 私が何をしようとしているか子細に説明すれば、どうしたってこの人は気にしてしまうのが目に見えていた。それが分かっていたから、敢えて多くは語らずにいたのだし……まあ、その辺りもレインナードさんは察しているのだろうけれど。

「山越えの時と同じですよ。お互いに必要なことを、自分にできる範囲でした。――さあ、それよりも反撃に出るとしましょう」

 肩をすくめて促してみると、まだ少し難しい顔をしていたもののレインナードさんも「そうだな」と乗ってきてくれた。後で改めて話し合いの機会が用意されないとも限らないけれど、少なくとも今はヤルミルくんの捕縛の方が優先される。辣腕の傭兵たる人が、その事実を無視したりはしない。

「坊主をどうにか根城から引っ張り出すか? それとも、居場所が割れてるなら今度こそ急襲してふん縛るか」

「突撃するのが手っ取り早い……と言いたいところですが、ナティス草の痺れ薬を用意していたように何かしら罠を用意した上で待ち構えている懸念もあります。そこへ飛び込むのも面倒ですから、彼の方から出てきてもらいましょう」

「出てきてもらう?」

 ジャケットの袖に腕を通し直しながら、レインナードさんが首を傾げる。

 おそらく、この人にもその発想がない訳ではないはずだ。ただ、そういう小狡い手段に頼る必要がない。それゆえに浮かんでくる選択肢としての優先度が低いのだろう。……私とはまるで違うな、なんて苦笑を伴う思考が浮かびかけるのを努めて抑え込んでおく。

「守るものがあり、その存在を相手に知られているというのは、なかなかに困るものですよ。何をどうすれば動かざるを得ないのかという、行動理論を掴まれていることになる」

「弱みを突いて動かねえ訳にはいかねえようにするってか。なかなか容赦がねえな」

「全てが上手くいけば、彼にとっても悪くない結果になります。過程については目を瞑っておいてもらいたいところですね」

「ま、そりゃそーだ。……てことは」

 意味深な相槌には、迷うことなく首肯を一つ。

「癒しの泉の館を利用します」

 ――とは言ったものの、実際に館に戻って何かする気は初めからなかった。

 ヤルミルくんの現在位置は常に把握している。再移動の準備を整えたら、彼と館の直線上にあたる場所へ移動し、そこで罠を張ることにした。手始めに手頃な木に登り、地上から身を隠す。

開式(セット)。騙るに佳く、装うに眩く。嘯くに甘く、誘うに快く。――私の声は陽に炎と霞む」

 唱えると同時に樹上から空へ向かって投げたのは、白く煌めくジャエル石。魔力を吸って光を放つそれを用い、空中に幻影を描き出す。されど、決して派手なものではない。

 森の木々の上にちらつく程度に燃え上がる赤い炎。たなびく煙。ただそれだけ。……しかし、効果は劇的だった。

「戦車の移動開始を確認。まっすぐこちらへ向かってきています」

「あっさり作戦成功ってか。冷静に考える頭が封殺されてるってのも難儀なもんだな」

 ですね、と応じはしたものの、素直に喜べないのは私も同じだ。今のヤルミルくんは敵を射貫くことにかけては比較的正常な思考を保っているものの、それ以外についてはかなり論理性を見失いつつある。

 館が燃えている。そうと思ったら一目散に駆け出すのではないかと踏み、仕掛けた罠は目下狙い通りの展開を見せていた。木も何もなぎ倒して一直線に戦車を駆っているところを見るに、じき私たちが控える現場に到着することだろう。

 彼が正気であったのなら、こんな雑な罠にはかからなかったに違いない。もっと細かく、上手く企む必要があったはずだ。けれど、そうはならなかった。それが事実であり、現実だった。

 ここから後の流れも、事前に打ち合わせてある。

「よし、近付いてきたな。俺が許可出すまで、お前は出るなよ」

「了解です」

 轟音を立てて森の中を疾走する戦車が見えてくると、レインナードさんはそう言って樹上で槍を構えた。落ち葉や土埃を蹴立てながら、刻一刻と接近する戦車へ狙いを定めて投擲。

 穂先に炎を灯した槍の落雷じみた一撃は馬車を曳く馬の片方の胴体に命中、下半身を爆散させた。その衝撃で、戦車は残りの馬を巻き込みながら横転する。一方、その時にはもうレインナードさんの姿も樹上にはない。

 弾丸もかくやの速度で飛び出してゆき、地上で槍を手にしていた。地面に突き刺さった槍を引き抜きざま、横倒しになってもがくもう一体の馬を胴体から一刀両断。敢えて核を外しているのは、そうすれば自動人形が死ぬ訳ではないと知っているからだろう。

 瞬く間に二頭の馬を無力化したレインナードさんは、迷うことなく次の標的へと顔を向ける。横転した荷台から投げ出されたヤルミルくんは、以前の姿に比しても一層に小柄な体格になっていた。黒髪の子どもの姿で、手にした弓を構えようとする。弓弦を引く指に光が灯り、矢の形を成しかけるも、それを放つだけの猶予をくれる相手ではない。

 閃く銀の穂先が、器用にも弓を握る手だけを破砕する。持ち手を失った弓が落下し始めるも、私がそうと認識した時点で既に奔る銀色が少年の躯体の別の場所を破壊せしめていた。両膝が横から斬り払われ、光を紡ごうとした手も肩ごともぎ取られる。

 瞬く間に四肢の全てを機能不全に追い込まれたヤルミルくんは、仰向けに倒れるより他にできることがなかった。止めに少年の喉へ槍を突き立てると、レインナードさんは私の方へ顔を向けて軽く手を振った。合図だ。

 木から飛び降り、レインナードさんの傍へ駆け寄る。ヤルミルくんは尚も抗おうとしていたけれど、手も足もないに等しい有り様では望むべくもない。

「気を付けろよ」

 厳しい声の忠告に「はい」とだけ頷いて返し、地面に縫い留められた少年の傍らで膝をつく。

「癒しの泉の館も、ヴァネサさんも無事だよ。君が危惧していたトラブルも現実のものとなりつつあったけれど、じきに解決するはずだ。その為に手を打ってきたからね。――開式(セット)

 囁いた言葉は、意外にもきちんと理解されたらしい。少年は私を見上げて目を見開き、かそけき声で「ほんとうに」と呟く。生憎と、今は別のことに口を使っているので答えることはできないけれど。

「私が命じ、私が誘い、私が許す。眠りなさい、手放しなさい、休みなさい。安息こそがあなたに必要なものである」

 自動人形には、本来個別に停止呪文が設定されている。休眠状態に戻すにあたって、それを用いるのが最も確実かつ迅速な手段ではあるのだけれど、今のヤルミルくんにかつての停止呪文が作用するとも思えない。

 自動人形の総体に効果を持つ汎用的な停止呪文もあることはあり、学院の講義でも習った。とはいえ、やはり受け皿を広くした文言ではどうしても強制力の面で一歩劣る。それを補おうとすれば、直接核に打ち込むしかない。

 唱えながら右手に魔力を集め、少年の胸部に狙いを定める。核を抜き出す際に壊してそのまま放置していたのだろう、ぽっかりと穴の空いた胸部外装の奥に拳大の魔石が見えていた。

「――瞼を下ろし(アトゥバ)微睡みなさい(イモーロダム)

 結びの句を発すると同時、右手を少年の核に押し付ける。魔力を一気に注ぎ込んだ、その時。

「あ」

 半ば光の消えた眼で、それでもヤルミルくんが私を捉えた。うわ言にも似た響きで声を上げ、唇を震わせる。

「あぶな い。きを つけ て」

 え、と目が見開く。――直後、()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 誰が、どこから。思考が急速に回転する。ヤルミルくんの核に触れたのが契機になったのだとすれば、もしや事態の黒幕か。覗き見る視線を手繰り、逆探知を試みる。どこにいる。どんな姿をしている。その狙いは何だ。

 更に核へ魔力を込める。千載一遇のチャンスだ。この機を逃さず、少しでも手掛かりを拾いたい。

「ライゼル、退け!」

 しかし、欲を出した次の瞬間に鋭い声が耳朶を打った。

 反射でびくりと肩が震え、核から手が離れる。しまった、と内心で慌てたものの――そうではない、それこそが僥倖だったと理解するまでには数秒もかからなかった。

 傍らで待機していてくれた人が、咄嗟に私の腰から逆手でミスリルの短剣を抜き放つ。抜き打ちの一閃が斬り絶ったのは突如として噴き出した黒い茨であり、その発生源はあろうことかヤルミルくんの核だった。あと一秒でも引くのが遅かったら、茨が手を貫通していたに違いない。

 今更になって、ドッドッと早鐘を打つ心臓の鼓動を感じる。平時も弓を用いて立ち回るだけに、ここまで明確に接近した脅威を目の当たりにすることは滅多になかった。

「大丈夫か」

「辛うじて、どうにか。……すみません、何から何まで助けていただいて」

 息を吐き、吸い、もう一度吐き出してから答える。

 最初の狙撃戦にしても、今のこれにしても、今日はレインナードさんに助けてもらってばかりだ。ヤルミルくんの確保については、私がやりたいといって主導してきたようなものなのに。

「何言ってんだ、充分よくやってんだろ。本来、こういう荒事を代行するのが俺の役割だ。前にも言ったが、あんま自分のハードルを上げ過ぎんな。――あ、これ勝手に借りてた」

「いえ、ありがとうございます」

 レインナードさんが手にしていた短剣を持ち直し、柄の方を向けて差し出してくれたので受け取って鞘に戻す。

 最後の最後で反撃を受けはしたものの、当初の目的は達成した。ヤルミルくんは瞼を閉じ、完全な休眠状態に入っている。馬の方もヤルミルくんの核に紐づいていたのか、今では身動きをする素振りすら見られない。

「ヤルミルくんを運んでもらっていいですか? 私は戦車の馬の核を回収しておきます」

「馬の方は触って大丈夫なのか、ソレ」

「魔力を込めて干渉しようとしない限りは、さっきと同じような手出しはできないはずです」

 答えながら立ち上がり、ふと倒れた戦車の荷台の近くに何やら布の包みが落ちているのが目に留まった。ヤルミルくんの持ち物であるなら、一緒に運んで行った方がいいだろう。そう思って歩み寄り、拾い上げ……ハッと息を呑んだ。

「ライゼル? そいつがどうかしたか」

「これも核です。自動人形の……たぶんですけど、今ヤルミルくんが使っている素体の本来の持ち主なのではないかと」

「壊してなかったのか」

「そのようです。ヤルミルくんはずっと館を、家族を気にしていた。それを守る為に利用させてもらうにしろ、同じように帰る場所があると気にしていたのかも」

 そう思えばこそ、ヤルミルくんを通じて感じた視線がより一層に薄ら寒く感じられた。あまりに無感動で、冷たい眼差しだった。或いは、あんなにも冷ややかに見ていられるからこそ、こんな暴挙に及ぶことができたのか。

「そういや、坊主の元の身体はまだどっかにあんのか? 壊れてるにしろ、持って帰った方がいいだろ」

「あっ、ああ、ええ、そうですね……」

 レインナードさんの声が聞こえ、我に返る。辺りを見回してみると、戦車の横転の際に飛んだのか、少し離れた草地の上に隻腕隻脚の素体が投げ出されていた。

「ありました! こっちは私が運びますか?」

「うんにゃ、そんくれーなら問題ねえから俺が運んでく。お前は核の方だけ頼む」

 分かりました、と答え、まずは荷台に残されていたものを手に取る。その後で二体の馬型の方からも核を摘出し、鞄の中に収めた。万が一にも核同士がぶつかって痛んだりしないよう、外套や水袋を緩衝材にしておくことも忘れずに。

 私が一連の作業を終える頃には、レインナードさんも二体の自動人形を運ぶ用意を終えていた。

「よし、忘れものはねえか? そしたら帰るぞ」

 その口振りがまるで遠足を引率する先生のようで、「大丈夫です」と答えながらも少し笑ってしまう。もしかすれば、私もようやっと少し緊張が解けたのかもしれない。



「ライゼル! ヴィゴ!」

「ヴァネサさん! ――只今戻りました。ヤルミルくんも、ちゃんと連れて帰れましたよ。今は眠っていて、姿も変わっていますけれど……」

 戦果と共に癒しの泉の館へ帰還すると、その玄関の前には青い顔をしたヴァネサさんが立っていた。慌てた様子で駆け寄ってこようとするので、こちらからも歩み寄る。

「島長の使いの方に動きはありませんでしたか」

「大丈夫。今のとこ、誰も訪ねてきてないよ」

「それは良かった。話を聞いてくれそうな技師の方に伝手がありますから、急ぎ連絡を取ってみます。おそらくは改めて技師の方々が訪ねてくることになると思うので、大きめの部屋をお借りできますか? そこにヤルミルくんたちも寝かせておけば、手間も省けます」

「うん、好きに使って。部屋はいつも余ってるから」

 ありがとうございます、と答えしな、三人揃って館の中に入る。

 推測の域を出ないけれど、島長の使いもそこまで急いた行動は取らないはずだ。子どもたちを預かっている以上、長期にわたって現状を維持する可能性は低い。ただし、昨日の今日ですぐに決断を迫りに来るとも考えにくかった。

 電話もメールもまだ発明されていない世界において、遠方との連絡は手間も時間もかかることだ。今はその短所を最大限に利用し、悩ませ不安にさせる。その揺さぶりをかけた後で、決断を迫りに来るのではないだろうか。

「ヴィゴさんとヴァネサさんは、そちらの部屋を用意してヤルミルくんともう一人の子をお願いします」

「あいよ」

「ライゼルは研究所? と連絡を取るんだよね? 森で働いてきた後なら、何か軽くお茶とか食べるものを用意しようか」

「そうですね、面倒でなければ」

「じゃあ、ヴァネサはライゼルの世話してやってくれ。俺は適当に部屋を見繕って坊主たちを放り込んどく」

「分かった!」

 ようやく状況が好転しそうであるからか、そう答えたヴァネサさんは前回の滞在以来初めて見る溌溂とした表情をしていた。私も鞄――その中にある三体分の核をレインナードさんに預け、自分の部屋に戻ることにする。ソイカ技師の小鳥は部屋にいるから、まずはそちらと合流しなければならない。

 この分担に端を発して、事態は大きく動いていくこととなった。

『暴走した自動人形を捕獲した!? 昨日の今日で、君は随分と活動的だな』

「対処を急がなければならない理由ができましたもので……。実際に交戦して、その他にも見えてきたことがあります。実地で分析していただきたいことも、お伝えしたいこともあるので、できればこちらまでお越しいただけると助かるのですが」

『すぐに島長へ報告を上げ、調査団を編成する。その中に俺が混じるには、君との縁を理由に使うのが手っ取り早い。師弟関係にあると吹聴するが、口裏を合わせてもらえるか』

「大丈夫です。何か覚えておいた方がいいことでもあれば、後でご連絡ください。――それと、今この館の所有権を巡って島長と交渉中なのです。もし可能であれば、自動人形の解析の為にもその件については後回しにしてもらえるようお願いしていただきたく」

『心得た。併せて伝えておく』

 その会話をしたのが、まだ午前の比較的早い時間だったと思う。その後もソイカ技師とは何度か小鳥を通して打ち合わせをしたけれど、それにしたってその後の展開が早かった。何しろ、この日のお昼過ぎには研究所の技師の人たちを中核とした調査団が癒しの泉の館に派遣されることが決まり、それから数時間後には現着というスピード感。

 しかも、そうして到着したソイカ技師の手には、癒しの泉の館を暫定の自動人形解析基地にする――事実上の譲渡問題の棚上げ措置の通達書までもが携えられていたのである。だからこそ、もうしばらく子どもたちは街で預かることになるとも添えられていたものの、これに限ってはむしろ願ったりだ。小さな子どももいる場所で、危険が伴うかもしれない解析作業をする訳にはゆかない。

 何にしても、まさかそこまで動きが早いとは私たちの誰もが予想していなかった。前庭で到着を出迎えたはいいものの、正直なところ半ばポカンとした気持ちですらある。

 お早い起こしで、と述べるので限界だった。そんな私の前にソイカ技師が調査団を離れて歩み寄ってきたかと思うと、軽く肩をすくめてみせる。

「そうさせるだけの情報だった、ということだな。怪我はしていないか?」

「お陰様で、頼りになる傭兵の方もいらっしゃいますから」

「それは重畳。――さて、早速だが確保した自動人形のところへ案内してもらえるかね」

「もちろんです。こちらへどうぞ」

 案内役は私が請け負うと、予め話し合っていた。ヴァネサさんが遠巻きに見守る傍ら、レインナードさんがするりと私の傍へやってきたのは、念の為の護衛としてか。ソイカ技師も特に言及する様子がなかったので、そのまま先導することにした。

 私とレインナードさんを先頭に、ぞろぞろと館の廊下を進む。その間も会話は続いた。

「これまで戦士団の兵が暴走したとは何度も交戦しているが、生け捕りに成功した例はなかった。どうも、ある程度の損傷を受けると自動で核が破壊される呪いがかけられているようでな。破壊された後の核からでは、読み取れる情報も少ない。生け捕りは急務であり、必須でもあったのだが」

「集団を制圧しようとする中では、さすがに容易ではありませんものね。実際に試みた感覚としても、汎用の停止呪文で止めるにはそれなりに魔力を使います」

「やはりか……。個別設定の停止呪文をこの混乱の最中で一体一体確認する訳にもいかんし、そうでなくとも無効化されているだろうからな」

 そう述懐するソイカ技師の表情も渋い。こればかりは魔術師としての適性の差もあり、余計に難しい問題となっているのだろう。前線での戦闘を得意とする製造系の魔術師は稀だ。

 暴走する自動人形の群れと戦いつつ、その中の一体に目星をつけて適度に弱体化させ、核に接触して休眠させる。とんでもない無理難題だ。やることが多すぎる。私がやれと言われたところで、とてもじゃないけれど一朝一夕で準備を整えるのは無理だ。レインナードさんの助力だって不可欠であるし。

 そもそも自動人形産業の根幹の一つである技師たちを戦場に向かわせるというのが、土台不合理であると言わざるを得ない。事態が収束した時こそ、彼らの本当の出番なのだから。そこで働いてもらわねばならない人を前線に駆り出すというのも、後のことを考えるほどに躊躇われる話だ。

「私たちが捕獲に成功したのは、おそらくヤルミルくん――この館で暮らしていた自動人形のお陰です。彼は黒幕によって操られながらも、同時に自分の目的の為にも動いていた。その執念でもって損傷に伴い発動する自壊の呪いを退け、戦い続けていたのではないかと」

 更に付け加えるのなら、自動人形同士で戦うことを初めから想定していなかっただけに、ヤルミルくんが素体を奪った自動人形も自壊の判定に引っかからなかったのではないかと思う。

 敵も多数の自動人形を狂わせて従えているだけに、その一つ一つの動きをつぶさに監視している訳ではない……というか、そんなのは普通に考えて無理だ。数十どころか数百の配下の動きを同時並列的に監視し、統率するなんて神の所業に他ならない。予め自壊に関して条件付けをしておいて、それに抵触した瞬間に呪いが発動するような一律の処置を施していたと考えるのが妥当だ。

 私が反撃を受けたのは、直接核に干渉して休眠させるというイレギュラーの一回目だったのと、欲を出して敵の本体について探りを入れようとしたからだろう。

「いずれにしても、詳しい話を聞かねばならん。今回の一件は騒動を収束させる大きな助けとなる。まだ学生の身の上でこれだけの戦果を挙げるとは、末恐ろしい話だが」

「恐縮です。レインナードさんの助けあってこそのものではありますが」

「傭兵の助けがあったとて、同じことを成し遂げられる者は多くなかろう。君が怪我でもしやしないかと些か不安ではあったが、これだけの成果を示されれば文句も言えん。暴走した自動人形への対抗策も立てられるようになる。島長も、君たちには望むだけの褒賞を与えると言っていた」

「それは有難い。ちょうどお願いしたいことがいくつかありますから」

 ヤルミルくんの確保を主とした一連の行動も、元より純然たる正義感ではなく、別の目的がありきの行動だった。報酬についての話をしない訳にはゆかなかったけれど、こちらから切り出すのも少々気まずい。先にソイカ技師が言及してくれたのは僥倖だった。

 元々森からの帰り道で、レインナードさんには今回の戦果と引き換えに島長との交渉に及びたい旨を話し、許可をもらっていた。お前も大概に人がいいな、と笑っていたくらいであるので、有難いことにレインナードさんの答えも「好きにやったらいいさ」という軽快なものだった。

 そうしてソイカ技師に要望を伝えたところ、

「君は欲というものがないのか」

 真剣過ぎるトーンで言われ、思わず少し笑ってしまったけれど。

「もちろん、ありますよ。南洋諸島へ向かう船の一等船室を用意してください、とどさくさに紛れて要求しています」

「それではあまりにも自分の取り分が少ないと思うがね」

「とんでもない。この数日、どうやって他の要望を呑んでもらえるか悩んでいましたから。その悩みの解決は十分な取り分ですよ」

 しかし、そう説明してもため息など吐かれてしまうのである。

 挙句の果てには、レインナードさんまで「うちのお嬢ちゃんは面白え物差しをしてっからな」と茶化す風で口を挟んでくる。誠に解せない。そこまで突飛なことをしているつもりはないのに。

「……仕方がない、こちらで適宜条件を追加しておく。ついては、今後も連絡を取り合う必要が出てくることもあるだろう。君の許へ派遣した鳥は、そのまま持っていたまえ」

「そうしていただけるのは光栄ですが、相当な逸品なのでは」

「師として、弟子に見本の一つもくれてやらねば格好がつくまい」

 あれやこれやと喋っていれば、目的の部屋に着くのもあっという間だ。

 扉は私が開ける前にレインナードさんが開けてくれてしまったので、有難く先に入らせてもらう。広い部屋ではあっても、中央には約二体の自動人形や核の魔石が並べられた机が据えられ、調査団のメンバー全員が入ると手狭な感がなくもなかった。

「こちらの黒髪の少年の方が休眠させた自動人形です。ただし、この素体は彼の本来のものではありません。隣の素体がそうですが、ご覧の通りに損傷が激しい。戦闘行動を続行する為に自身で核を摘出、移植したものと思われます」

 全員が机を囲み終わるのを待って、口火を切る。自動人形が自らの核を摘出の上、他の自動人形の素体に移植するなど前代未聞にも程がある。私が言葉を切る前から、ザワッとしたさざめきが流れていた。

「もちろん、他の暴走した自動人形でも同じようにできる芸当かと言われれば、それは否である可能性が非常に高くはあります。詳しく述べるには、彼の境遇からお聞きいただかなければなりませんが――」

 まだ質疑応答が発生するような段階でもないので、館の来歴を含めた一連の経緯は特に中断されることもなく話しきることができた。その後は実際にそれぞれの核を検分しながらのミーティングとなる。

 時折質問を受けて答えることもありはしたものの、もう学生の出る幕でもない。一通りの問答が済んだ後は、ほとんど技師の方々の解析風景や会話模様を見学しているだけだった。

 一応、ヤルミルくんに対して危険性のある検査などが行われそうな風向きになった時には、口を挟むつもりで待機してはいる。しかし、最初で最後になるかもしれないサンプルの貴重さは本職の方々おそよく分かっているに違いない。目下、心配するようなことも起こらないまま、時に喧々囂々の勢いになりながら意見と交わしている。

 状況の解決に向け、ヤルミルくんの身柄を提供してもらわねばならないことは、既にヴァネサさんにも了解を取ってある。この件における主導権は私たちにあるので、決してヤルミルくんの核に瑕を付けないこと、核から種の影響を取り除けた場合には新しい素体を用意して館へ返すことなどの条項を盛り込んでおいた。これでヤルミルくんも、ゆくゆくは元の状態で館に帰ってくることができるはず。

 島長も、基本的な方針として暴走させられた自動人形の出した被害については所有者に問わないと定めたとのことだ。少し時間はかかってしまうけれど、いずれはきっと元の日常が取り戻される。

「なあ、ライゼル」

「はい?」

「調査が始まったのはいいけどよ、この大騒ぎはちゃんと収拾つくんかね」

「……たぶん……」

 ただ、隣に立っていたレインナードさんの小声の呟きには、何とも答えられなかった。

 こうして見ている間にも激論を戦わせる技師さんたちの間ではますます激しく火花が散り、呆れ顔のソイカ技師が度々仲裁に入らねばならないくらいのヒートアップを演じている。仕事熱心なのは有難いことだけれど、熱心過ぎて結論が出るまで長引いてしまいかねないのは困りものだろうか。

 結局、夕方になってもミーティングは落ち着く気配すらなく、技師の人たちも館に泊まり込みになるので、この日の夕食は未だかつてなく賑やかだった。

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