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08:力無きものたちの為に-2

2.赤い髪の騎士



 癒しの泉の館の周囲は裏手の菜園区画を除き、これといって柵のようなものが巡らされている訳ではない。それでも、何となく「この辺りまでが敷地かな」と思わせるような雰囲気はあった。館の前面など、森の中であるにもかかわらず、かなり広い範囲が平らな砂地として整えられている。

 天気のいい日には、この辺りが物干しや遊び場として活用されるのだろう。そこまで強力なものではないながら、獣除けの術も施されていた。軽く一望しただけでも、なかなか良い雰囲気の庭であるように思える。

 転々と置かれた石や、少し歪な煉瓦造りの花壇。館から少し離れたところに生えている背の高い木には板にロープを通して吊るしたブランコも作られていた。人気の遊具なのか、厚い板の座面はかなり摩耗している。

 さすがにこの歳になってブランコに乗るというのも躊躇われるので、視線を向ける以上のことはしない。周囲を眺めやすく、高さもちょうどいい庭石を探して腰を下ろす。

 私が足元に荷物を置いて一息吐く一方で、レインナードさんは荷物を背負って槍も手に携えたまま、私の傍にいた。その眼差しは油断なく辺りの様子を窺っており、最大限に警戒しているのは見るも明らかだ。もっとも、その警戒も至極当然ではある。

 ヤルミルくんの三度目の襲撃も全く有り得ないとは言い切れないし、黒幕がヤルミルくんから情報を吸い上げている場合には新手が差し向けられる可能性があった。そこはかとなくピリピリした空気の中、沈黙と共に時間が流れ――

「来たな」

 不意にレインナードさんが低く言った。

 私も探査魔術で何者かの接近を把握はしていたけれど、レインナードさんは特に魔術を使ってはいなかったはずだ。自前の五感だけで私の魔術に並ぶか、それを上回ろうというのだから、つくづくとんでもない人だった。

 荷物はそのままに、弓矢だけを手に取って立ち上がる。レインナードさんが手振りで背後に回るよう促すので、庭石を跨いで示された場所へと回り込んだ。捕捉した気配は刻一刻と近付いてくる。

 やがて館の正面に位置する木立の間から、一人の男性が姿を現した。

「そこで止まれ。てめえ、何者だ。こちとら忙しい身の上でな、用件次第じゃ無理にでも帰ってもらうぜ」

 レインナードさんの横から顔を出して様子を窺っていると、木々の落とす影の中から出てきた人は鋭い誰何を受けて足を止める。陽の下に現れた姿を前に、私は内心で息を呑む思いだった。

 年齢はレインナードさんと同じか、少し上くらいか。防具の一つも着けていない軽装の旅装束ながら、腰に提げた長剣は明らかに一線を画した業物だ。装飾も見事だし、柄頭に用いられているのは親指の爪ほどもある紅玉(ルビー)であるように見受けられる。

 少し長めに整えられた髪は燃えるような赤。レインナードさんより細身でこそあれ、体格も立派だ。端正な面差しは美丈夫の語をほしいままにするに違いない麗しさを誇っており、事実として私は彼の人物が凄まじいまでの女性人気を誇ることを知っていた。そして、腰の剣も飾りではなく――アシメニオス随一の剣の遣い手と謳われていることも。

 何しろ、数ヶ月前の武闘大会で彼の人物の登場する演武を見たばかりなのだ。

「ルラーキ侯爵のご子息、ラファエル・デュランベルジェ卿」

 思わず呟くと、私にだけ聞こえる小さな声で「らしいな」と相槌が返された。アシメニオス騎士団の有名人が相手なら、レインナードさんの背中に隠れていることもないだろうか。

 そうっと足を踏み出し、隣に並ぶ。それを待っていたかのように、赤い髪の男性は淡い灰色の眼で私を見据えて口を開いた。

「初にお目に掛かる。ライゼル・ハント嬢は、あなたか」

「……ライゼル・ハントは確かに私です。アシメニオス王国随一の騎士と名高きラファエル・デュランベルジェ卿とお見受け致しますが、どのようなご用件でいらっしゃいますか。もしや、あの方のご紹介で?」

 敢えてぼかした尋ね方をすると、ラファエル卿は鷹揚に頷き返して言う。

「その通りだ。旧友ルカーシュ・ソイカの要請を受け、救援に参じた」

「待ち人に間違いねえっぽいな」

 レインナードさんの囁きには、ひそりと「はい」の一言を返す。私が出さなかったソイカ技師の名前を口にしたのだから、ここで疑うこともなさそうだ。

 噂では、特にルラーキ侯爵やラファエル卿が平民に厳しいとか聞いた覚えはない。そうでなくともソイカ技師の要請を受けているという前提があり、アルマの島も前代未聞の大事件真っ只中だ。仮に平民の護衛に派遣されたことが気に入らなくとも、ここで身分的な問題を剣突している場合ではないと考えてくれる……ものと思いたいところだった。

 内実はどうあれ、ここでわざわざ自分から藪を突くことはない。ひとまずは平静を装って、厄介な問題には触れずにおくことにする。

「ご厚情、誠に感謝申し上げます。こちらは私の同行者で、ガラジオス傭兵ギルド所属のヴィゴ・レインナードさん。私たちはまず南の街の様子を窺いに行くつもりですが、ラファエル卿は今後についてどのようにお考えですか」

 こちら、とレインナードさんを示して紹介しつつ問うてみると、ラファエル卿はゆっくりと瞬きをして「南の街へ?」と首を傾げた。

「何を目的としてだね? 街を占拠する自動人形を蹴散らし、この島から脱出する為かな」

「最終的には、それが目的となる可能性は否定しません。ですが、この島の陥った窮状を打開するには、南の街の開放も不可欠であるはずです。南北の街が分断されているのなら、尚のこと様子を窺う人間は必要かと考えました。――加えて、南の街に暴走させられた自動人形が集っているとしても、その全てが兵士として強力であるとも考えにくい話です。一体か二体を鹵獲できれば、研究所のソイカ技師のところへ送って解析を頼めます」

「なるほど、悪くはない発想だ。しかし、あなたはあくまでアシメニオスの学生であり、騎士でも傭兵でもないだろう。島長の勅令が出ているとはいえ、そう積極的に危険地帯へ赴くこともあるまい」

「ごもっともなお言葉です。ですが、この状況でただ座して隠れていては、危機が迫るのを待つだけになりかねません。危険を冒すことになるとしても、今は己の身を損なわない程度にできることをするのが最善だと考えました。幸いなことに、腕の立つ傭兵の方がついていますので」

「そうか。ルイゾン・アルドワンが『実践派の魔術師として非常に期待ができる』と手放しに褒めるだけのことはあるようだ。なかなか好ましい物の考え方をする」

 ラファエル卿のさらりとした返事に、危うく「何ですって」と声を上げてしまうところだった。まさか、今度はその名前をここで聞くことになるなんて。

 私が驚きに目を瞠っているのを見とめたか、ラファエル卿が口角を持ち上げて淡く笑う。その笑みは絶世と評しても過言ではない美しさを保っていながら、悪戯を成功させた少年を彷彿とさせる愛嬌が滲む。そうして垣間見せる親しみやすさもまた、人気の沸騰に一役買っているのかもしれない。

「おや、知らなかったかな? 私は学院でルカーシュ・ソイカと同期だったが、ルイゾン・アルドワンに師事してもいたのだよ。言わば、あなたは妹弟子のようなものだ」

「それは……存じ上げませんでした……。アルドワン講師には、大変お世話になっております……」

「そう畏まることはない。ルイゾン師も、近頃いつになく楽しそうにしていてね。あなたのお陰で張り合いが出ているようだから、私もあなたには感謝しているのだよ」

 ラファエル卿の語りは先の問答が嘘のように朗らかで、私はもう何と答えたものか分からなくなり、ただただ「恐縮です」と返すことしかできなかった。アルドワン講師の弟子にラファエル卿がいたことも、そのラファエル卿にそういう風に私のことを話していたことも、一介の平民の学生を動揺させるには十分すぎた。

「加えて、私はアシメニオスの騎士でもある。あなたを守る義理も義務も、確固として存在する訳だ。ゆえに、あなたを無事にこの島から旅立たせる為に来たのだと誓うにやぶさかでないのだが――」

 そこまで喋り、ラファエル卿がおもむろに言葉を切る。私に向けられていた視線が動き、幾分か上方へと持ち上げられた。

「そろそろ動いても構わないかな?」

 もちろん、その意図は悩むまでもなく明白だ。レインナードさんが小さく息を吐き、手にしていた槍の穂先を地面に向ける。

「……どーぞ」

「ありがとう。ヴィゴ・レインナードというと、例の〈獅子切〉だろう。ハント嬢は良き縁に恵まれていると見える。とはいえ、私も何も顔面の美しさだけで名を知られている訳ではないのでね」

 優雅な足取りでこちらへ歩み寄って来ながら、ラファエル卿は滔々と語る。それにしても、顔面の美しさと自分で言及するのがすごい。貴族ジョーク、いや騎士ジョークとかいうやつだろうか。

「〈獅子切〉に負けぬ働きをしてみせると約束しよう。遠慮なく頼ってくれたまえ」

 しかし、目の前で足を止め、そう微笑まれると呑気な思考も頭の中から押し出されてしまった。

 笑顔とはむしろ威嚇の名残であると語っていたのは、日本で読んだ何の本だったか。ラファエル卿の笑顔は、その文言を思い出させるほどの圧があった。なまじ整った容貌であるだけに、かえって美しさを意識するよりも先に気圧されてしまう。

「……よろしくお願いします……」

 我ながら情けなくなるくらい、覇気のない声が出た。

 美しい笑顔の眩しさもさることながら、日本で生きていた頃を含めても生まれて初めて会うタイプの人を前に、何となく腰が引けているのかもしれなかった。ご本人のおっしゃる通り、ここまでの「美!」という視覚情報で殴ってくる人なんて稀も稀だ。とはいえ、いつまでも美しさに打ちのめされている訳にもゆかない。

 眼前の美貌から目を逸らし、気を取り直して「とりあえず」と仕切り直す。

「南の街へ向かうということで問題がなければ、もう出発してしまいましょう。私たちはこの館に泊めていただいていたので、主に出立の挨拶をしなければなりません。少々お待ちいただけますか」

「了解した。今のアルマはひどく物騒だ。私はここで番をしていることにしよう。招かざる客に対する警戒は必要だろうからね」

「ありがとうございます」

「――それと、ハント嬢。兄弟子をそう仰々しく呼ぶものではないよ。もっと気軽にしてくれたまえ」

 再度のニコリとした笑顔と、とんでもない発言に危うくまた「何ですって」と声に出してしまうところだった。この美の化身めいたアシメニオス随一の騎士、侯爵家のご子息を? 名前で?

「……では、ラファエル様と」

「おや? 気軽に、という言葉を聞き落としていたかな?」

 笑顔のまま、重ねての一押し。自分の容貌がもたらす効果を、この御仁は正しく理解し、活用しているに違いない。あまりにも圧が強すぎる。

「ラファエルさん」

 恐る恐る呼んでみれば、今度こそお眼鏡に適ったらしい。圧の弱まった、柔らかな笑顔を返されて内心でホッとする。

「うむ。せっかくの道連れ、そして何より縁ある身だ。他人行儀では寂しいではないかね」

「左様でございますか……。でしたら、こちらのこともご随意にお呼びください。恭しく扱っていただく身の上でもありませんから」

「そうかね? では、ライゼルと呼ばせてもらおう」

「はい、どうぞ。――それでは、今度こそ行って参りますので」

 頷き返しつつ、レインナードさんの腕を掴んで館の方へ促す。腕を掴まれた人はこれまで通り黙ったまま、私に引っ張られるがままついてきた。

 庭を縦断し、館の扉を開ける。本来は主の許可が必要になるところ、ヴァネサさんが私たちを館に迎えてくれているお陰で難なく開けて入ることができた。背後で扉の閉まる音を聞くと、勢い深々とした息が漏れる。

「緊張してたな」

 直後、頭の上から苦笑まじりの声。

「そりゃあ、音に聞こえた国一番の騎士の方ですから。しかも、侯爵家のご子息でいらっしゃる」

「まあまあ警戒するか」

「警戒とまでは言いませんけど、構えずにいるのも難しくはあります。未だに貴族の方々に対して、どう振舞ったものやら分からないので」

「さよか。……にしても、兄弟子ねえ」

「アルドワン講師には学院でお世話になっていますけれど、明確に師事しているとも言えないので、そう形容することもできなくもない程度のものではあると思いますが」

 喋りながら、玄関ホールを突っ切って歩き出す。

 ヴァネサさんはまだ食堂にいるか、そうでなければ子どもたちがお昼寝をしている部屋にいるだろう。玄関から近いのは食堂だから、まずはそちらに向かってみることにする。

「にしても、随分とぐいぐい来るもんだな。貴族の騎士っつーから、もっと澄ましてるもんかと思ったぜ」

「ですね。かのラファエル卿をあんな風に呼べるとなれば、貴族の子女なら狂喜小躍りするんじゃないですか」

「貴族の子女なら?」

「貴族の子女なら。私には身に余る仰天事件ですよ。そうお呼びするだけの実績がないので」

「実績っつーと、付き合いの長さとかか。確かに、あいつとは顔を合わせたばっかだもんな。俺と違って」

「そうですね」

 頷いて答え、同時に少し引っかかりを覚えた。「俺と違って」という一言だけ、何やら響きが違っていた気がしたのである。

 足を止めて傍らを見上げると、真正面から見返される。橙の眼は熱心なくらいに私を見つめているのに、それでてどこかとぼけたような表情を浮かべて見えるのが愉快でもあった。

「その理屈でいくと、確かに何だか妙なことになってしまいますね」

「そうだなあ」

「特別にそうする理由があるのでもなければ、より親しい人の方が砕けた呼び方になるものですし」

「だろうなあ」

 露骨に作った響きの返事に、忍び笑いを一つ。

 思い返してみれば、私の方もずっと名前で呼ばれていたのだ。この機会に合わせてしまってもそれまでだろう。

「ヴィゴさん」

「何だよライゼル」

「呼んだだけです」

「そうかい」

 その会話を最後に、食堂へと向かう道行きを再開する。呑気な会話ではあったけれど、たぶん、私に限っては空元気でもあった。

 ここで挨拶を済ませたら、南の街へ向かう行軍が始まる。島の戦士団の精鋭すら退けられた危険地帯へ向かうことになるのだ。会話で気を紛らわせていなければ、必要以上に深刻になってしまう気しかしなかった。



 ヴァネサさんとの打ち合わせは、ラファエル卿が到着する前に食堂で粗方済ませた後だ。出掛けの挨拶は本当に「行ってきます」と「気を付けてね」のやり取りに留まり、大事を取って見送りも辞退して屋敷を出る。

 森の中には、ヴァラソン山を迂回して北の街から南の街へ向かう道も敷かれている。ただし、今回はその道を使う訳にもゆかない。山越えが監視されていたのだから、森の中の道にも同様の配置がなされていると考えた方が無難だ。

 深い森の中をラファエル卿を先頭に私、レインナードさんの順で縦列の陣形を組んで走る。いつもならレインナードさんが先陣を切るのだけれど、曰く「お手並み拝見」ということらしい。念の為に探索の魔術は起動しつつ、先を行く背を追って足を動かす。

「それにしても、不気味ですね」

 斥候を意図した道中でお喋りに興じるのは褒められたことではないとはいえ、そう言わずにはいられないほど森の様子は不自然だった。

 鳥の声もしなければ、獣の気配もない。水を打ったかのような静寂は、もはや空恐ろしいほどだ。

「これまでの騒動で鳥も獣も逃げてしまったのだろう。敵方の息のかかった自動人形までうろついているともなれば、まともな生存本能を持つものは留まるまい」

「迷惑極まりない……」

「ところで、そっちからは何か追加の情報とかねえのか」

「いや、残念ながら。島長もまだ私の存在を把握していないか、仮にしていたとしても声を掛けあぐねているのではないかな。君たちならまだしも、私に助勢を乞えば明確にアシメニオスの国に救援を求めることになる。現段階では、そこまで踏み切るまいさ」

『こちらも似たようなものだ。俺も結局は外様の人間ではある。そこまで詳しい情報は回ってこない。君たちを追っている島長の使いと合流すれば、その限りではないだろうが』

 レインナードさんの問いに答える声は二つ。片方はラファエル卿で、もう一方は魔力の補充が終わって復活してきた銀の鳥――すなわちソイカ技師だ。

「使いと合流すんのはナシだな。そのままズルズル引き留められて、夏休みが終わっても解放されねえ可能性がある」

「さすがに、そうなれば学院が口出ししては来るだろうがね。学生がアルマでフィールドワークを行うという課題が出ている以上、無視はできまいさ」

『逆を言えば、夏期休暇は潰れる公算が高い。ここで戦功を示して名を上げようという野心があるのでもなければ、深入りしないことだ』

「深入りしたい訳ではありませんが、深入りせずに状況を解決するのは難しくありませんか」

「それが問題なんだよなあ……」

 大人たちは一貫して私に対して「深入りすべきでない」という、至極真っ当かつ良心的な意見をくれる。その点については、真実味方でいてくれているのだと思う。実にありがたいとは思うのだけれど、如何せん現状の方が問題ばかりなのだ。

 その後も周囲を憚りつつ、ぽつぽつと作戦会議めいた会話が交わされたものの、これといってめぼしい解決策は見つからないまま夕になった。周囲からの視線が切れそうな窪地を今夜の陣地と決め、腰を据える。ここで呑気に焚火をして料理――という訳にもゆかないので、夕食もとにかく手早く用意をして済ませることにした。

 元は山を越える予定でいたから、そこまで長期間に備えた用意はしてきていない。山越えの倍以上の時間がかかる麓の迂回路を行くには、食料も水も到底足りなかった。ヴァネサさんに分けてもらえなければ、この鳥も獣もいない森では悲惨なことになっていたことだろう。

 ヴァネサさんに感謝して夕ご飯をいただき、それが終わったら見張りの役にも立たない私は早々に就寝する以外にできることがなくなる。ソイカ技師の小鳥が私の鞄の上で丸くなっているように、私もレインナードさんの傍で外套に包まって丸くなった。……かといって、それですぐに睡魔が来るかと言われれば、話は別だ。

「敵の狙いって、何なんでしょう」

 ぼそりと呟くと、薄闇の中からこちらを窺う気配がする。

「前にもヴィゴさんと話しましたけど、石切り場や鉱山を狙っているということは、資源目的の可能性が高そうかなとは思います。でも、それって過程は過程ですよね」

「資源を集めて何をしようとしているのか、という話だね?」

 少し離れたところから聞こえてくるラファエル卿の声に頷く。もっとも、この暗さでは頷いたところで見えはしないのだろうけれど。

「そうだな、その見立ては正しいだろう。現在起きている問題は、おそらく政治的な目的によるものではない。この島の支配権を求めているのであれば、自動人形を島長の居城へ大挙させて制圧させるのが順当だ。それをせずに石切り場だの鉱山だので騒ぎを起こしているところを見るに、別のところに関心があるらしい」

「そもそも、この離れ小島で資源回収ってのも妙な話じゃねえか。アルマが鉱物資源豊富ったって、他にもそれを売りにしてる場所はある訳だ」

「自動人形を暴走させて、という段階を踏んでいるのも妙ですよね。兵士を現地調達できると考えれば、そこまで悪くもないかもしれませんけど……。それはそれで迂遠というか、面倒じゃないですか」

「人間を雇うより後始末が簡単だと考えた、という線はどうだい。自動人形なら、自壊を命じれば済むと」

「それも一理あるとは思いますが――」

 どうも釈然としない。野の魔術師が組んだものならばまだしも、自動人形産業で身を立ててきたアルマの技師が作ったものが簡単に狂わせられるはずがないのだ。これも前にレインナードさんと話したことではあるけれど、一体の自動人形を狂わせられれば、その術式が他の自動人形にも使えるということにはならない。

 途方もない労力、或いは魔術的な技量が必要になる。その面から言えば、むしろ犯罪者を集めて強盗団でも結成した方が早いはずだ。自動人形制作の現場も日進月歩で発展し続けている。仮に何年も前から用意していたとしても、その何年もの間に自動人形の防衛機構だって改良されているのだから、最初期に考案した術式が通用しなくなっていたっておかしくない。

「どうも釈然としねえってか? 俺は自動人形のことをよく知らねえから、お前がそう思うんなら何かしら妙なんだろうとしか考えられねえけど」

「私も疑似生命工学については門外漢だが、敵のやり口についてはルカーシュも怪しんでいた。魔術師たちには何やら感じるものがあるのだろうな」

「何にしても、ここで答えは出せねえだろ。今は大人しく寝てろい」

 暗がりの向こうから大きな手が近付いてきて、頭の上に置かれる。髪を軽く撫でたかと思うと、目の前が一層に深い暗闇に覆われた。目の前が真っ暗。警戒してもおかしくない状態だというのに、不思議と不安に思うことすらない。

「……そうしておきます」

 呟いて、目を閉じる。睫毛が掌に触れる感触が、不謹慎かもしれないけれど少し面白かった。

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