08:力無きものたちの為に-1
1.惑える戦況
「ヤルミルは、一体どうなってしまったの?」
自動人形を載せた戦車が去った後、ヴァネサさんは青い顔でそう問うた。
私たちと違い、彼女はこれまでの経緯を全くと言っていいほど知らない。家族のように親しんでいたものの豹変は、部外者には及びもつかない衝撃だろう。私たちにしても、元よりある程度の事情を打ち明けていくつもりでいた。
「私たちも全てを知り得ている訳ではありませんが、いくらか分かっていることがあります。それをお話ししようと思っていたのですけど……まずは中に戻って、お茶でも飲みましょう。まずは気持ちを落ち着けた方がいい」
ヴァネサさんに館の中に戻るよう示しつつ、それとなくレインナードさんの方へと顔を向ける。殊更に言葉を発した訳ではないけれど、この場においては目を見交わすだけでも意思疎通には十分だった。返されたのは浅い首肯で、同じことを考えているのだと知れる。
この状況下にあっては、多少の情報開示をしてさようなら――などという態度を取れようはずもない。三人揃って館の中へ戻り、まずは念の為に子どもたちの様子を見にゆく。
「あれ、出発するんじゃなかったの? ……え? 皆寝てるよ?」
しかし、お昼寝部屋は予想外の静けさを保っていた。昼寝模様の見守り担当の一人であるオードレちゃんの言う通り、小さな子どもたちは一様にすやすやと眠っている。
やはり、館に施された魔術は規格外であると言わざるを得ない。表の騒ぎも届かず、光の矢でさえ無傷で打ち払う。籠城を念頭に置いた要塞の類もかくやの備えだ。
いずれにしても、今回はその周到さに助けられた。まだ小さい子たちも健やかにお昼寝中という、この機に陰鬱な話を済ませてしまった方がいい。オードレちゃんたちにもう少しお昼寝の見守りを頼んで部屋を後にし、抜き足差し足で食堂へと向かう。隣接した厨房を拝借して三人分のお茶を淹れ、テーブルを囲んだ。
私とレインナードさんが並んで座り、その向かいにヴァネサさんが腰を下ろす。ゆらゆらと湯気を立てるカップを前にしても、彼女の表情は強張ったまま手に取る素振りさえなかった。
さりとて、ここで長々と間をとる訳にもゆかない。こほん、と空咳をしてみせた後で話を始めることにした。
「単刀直入に言いますと、現在この島では何者かの仕業で自動人形が暴走する事件が起きている可能性があります。それも、同時多発的に。それは島長の把握するところでもあり、北の街は戦士団によって港が封鎖されています」
「ヤルミルも、それに巻き込まれてるってこと?」
「おそらくは。あの戦車にも、見覚えはありませんよね?」
「ないよ。あんな光の魔術だって使えなった。じいさんが遺した弓で、普通に矢を射て鳥や獣を獲ってくるだけで」
「そんなら、黒幕が持たせたんだろうよ。移動の速い戦車に乗せて、射程の長い弓を持たせる。明らかに山越えをしようとする奴らへの対抗策として使ってる」
「弓を使える自動人形であっただけに、戦力になると目を引いてしまったのかもしれませんね」
「まあ、普通に街で使われてるのなら持ってねえスキルだろうしな」
私とレインナードさんの所感は、もちろん嘘偽りも忖度もない素のものだ。けれど、だからこそヴァネサさんにとっては苦しい話となる。テーブルに肘をついた手で頭を抱えるように俯く様子は、見るからに憔悴と消沈を露わにしていた。
聞いていて楽しいはずもない、辛いばかりの話だ。そんな話を聞かせるのは、私とて本意ではない。けれど、彼女に対して誠実であろうと思うのならば、この先をこそ伝えなければならなかった。
「いずれにしても、ヤルミルくんの立場は相当難しいと思います。身柄を確保して何らかの魔術による操作を受けていると証明できれば、彼自身と所有者に対する責任の追及は逃れられるかもしれません。ただし、術を解けるか、仮に解けたとしても以後の扱いをどうするかという判断については未知数です。その判断を下すのは、島長になるでしょうし……」
これだけの騒ぎになり、魔術で操られたと言えど破壊行為を行った後では、一括して破壊処分を取らないとも言い切れない。悪い方に考えればきりがないというのに、なるべく穏便な展開を思い描こうとしても、状況の厄介さが待ったをかける。
そんな具合では、どうしても歯切れの悪い物言いにならざるを得なかった。その弱気を振り切るべく、努めて強い声を作って「それでも」と続ける。
「望みが全くない訳ではありません。一連の事件を引き起こした黒幕を捕縛し、島長に引き渡すことができれば、恩赦で破壊を免れられるやも。そうでなくとも島の自動人形を暴走させた術式を解析し、対抗策を見つけることができれば、術の解除という形で無害化できる可能性もあります。今の状況で最もまずいのが、事態の解決の糸口も見えないまま情報が拡散することです」
「自動人形はアルマの主力商品だからな。それが突然暴走を始めたなんて噂が流れちまえば、どれだけの混乱と被害を生むやらだ。最悪の場合にゃあ、そうなる前に疑わしい自動人形の全破壊――なんて強硬策に出ないとも言い切れねえ」
物憂げに肩をすくめるレインナードさんに「そういうことです」と頷き返す。さすがは歴戦の傭兵、状況の把握が迅速かつ正確で助かる。
「レインナードさんには申し訳ないのですけど、こうなったら私たちも腹をくくるしかないと思います。これだけの騒ぎになっては、南の街でも外へ向かう船を見つけるのは無理でしょう。どうにか出航できたとしても、情報漏洩を防ぐ為に追手がかかって出港を止められるのでは」
「大アリだな。形振り構ってられる状況じゃねえし、問答無用で船を沈めようとしてもそれまでだ。さすがに俺もお前を抱えて南洋諸島まで泳ぐのは止めときてえしな」
レインナードさんが顔をしかめる。その言い方だと、自分一人なら行けるように聞こえなくもない……というのは、今指摘すると話が脱線してしまうので止めておくとして。
「レインナードさんはともかく、私という一介の学生の手には負えない問題ではありますが、できることはしないと――あれ?」
そこまで喋った時、不意に背後の窓の向こうで魔力の気配を感じた。
食堂はちょうど私の座っている席の真後ろに窓があり、外の明るい日差しが差し込んでいる。振り返ってみると、その窓の向こうに小さな影が見えた。
「鳥……?」
「鳥型の自動人形ですね」
ヴァネサさんの呟きに、少々無粋かなと思わなくもなく言葉を重ねる。
食堂の窓の外には、まさしく鳥に餌をやるのに活用されている小さな台が設えられていた。そこに一羽の小鳥が降り立ち、コツコツと小さな音を立ててガラスを叩いている。銀の翼は薄く伸ばした金属を重ねて形作られ、両の眼を成すのは青い玉。胴体の透かし彫りの奥には、きりきりと噛み合うゼンマイが垣間見えていた。相当な腕前の技師が創った、おそろしく精巧な自動人形だ。
「……何か用がありそうですね」
席を立ち、すぐ後ろの壁に設けられた窓へと向かう。隣の席に座っていたレインナードさんも無言で立ち上がり、一緒に来てくれた。
食堂の窓は外へ押し開けるのではなく、上に持ち上げるタイプの造りをしている。鍵を外し、窓枠を持ち上げる――のは、横から伸びてきたレインナードさんの手がやってくれた。小鳥がくぐるに十分な隙間が作り出されると、銀の自動人形はちょこちょこと歩いて部屋の中に入ってくる。
何となく手を差し出してみたところ、軽く羽ばたいてちょこんと掌の中に収まった。かわいい……。
『息災のようで何よりだ、ライゼル・ハント嬢』
しかし、ほんわかした気分は次の瞬間に消え去った。
おもむろに響いたのは、聞き覚えのある男性の声だ。あまり多くの言葉を交わした訳ではないけれど、それでも二度目の対面の印象が深く、記憶にもしっかり残っている。
「ソイカ技師」
『ああ、ソイカだ。そちらはどうなっている? 南の街へ向かったものと思ったのだが』
「それには、少々事情がありまして――」
銀の鳥を手に乗せたまま長机に戻って着席し、かくかくしかじかと事情を説明する。
山越えの旅の最中に自動人形による狙撃を受けたこと、双方痛み分けで仕切り直しとなったこと。その末に癒しの泉の館への滞在することになり、件の自動人形の狙撃手と再度遭遇したこと――。おおよそ全ての経緯を話し終えると、ぜんまい仕掛けの鳥は器用にため息を吐いた。
『やはり監視の目が置かれていたのだな。――だが、それもかえって僥倖だったのかもしれん』
「僥倖とは、どういうことでしょうか」
『南の街は、既に自動人形に制圧されている』
重々しく、苦々しい声で銀の鳥は告げた。
私は心底から絶句し、ヴァネサは「そんな」と悲鳴を上げ、レインナードさんは「あァ!?」と声を荒げる。三者三様ながら、無理もない反応ではあった。
「何だよそりゃあ、島の兵士は何やってやがんだ」
『無論、早馬の精鋭が向かっていた。だが、連中はそれをことごとく退けたのだ。そもそも、この島は人間よりも自動人形の方が多い。初めから数の上で負けている』
「アホか、そんな有り様にしてたのが悪いんだろ」
『返す言葉もない。……ともかく、南の街へ到着していなくて幸いだった。連中は密かに海へ漕ぎたした船も、全て撃沈させているという』
「うわあ……」
最悪の場合として想定はしていたものの、実際にその蛮行が実施されていると聞くと頬がひきつる。
これは確かに南の街へ急いでいなくて正解だった。戦士団の精鋭すら退ける自動人形群が待ち構えているのなら、いくらレインナードさんでも荷が重い。
「南の街の奪還を含め、事態に収拾を付けないことには島から出られそうにありませんね」
『そういうことだ。――そして残念ながら、アシメニオスの王立魔術学院から学生が研究所に見学にきていることは、島長にも報告が上がっている』
「何やら急に不穏な気配がしてきたような気がするのですが」
『更に付け加えると、現在この島に滞在している学生が初年生の首席であることも、傭兵を護衛として連れていることも島長の知るところとなっている』
この時点で、私はもう大分嫌な予感がし始めていた。ちらりと横目にレインナードさんを見てみれば、案の定くっきりとした皺が眉間に寄っている。私が薄々想像できているのだから、この人も察していない訳がない。
それでも、銀の鳥は微塵も言い淀むことなく淡々と続けた。
『〈獅子切〉ヴィゴ・レインナード、〈アシメニオス王立魔術学院首席〉ライゼル・ハント。両名に自動人形暴走事件の解決の為、戦士団への協力を要請する――と、島長からの勅命が下っている』
そう言われるのだろうなと思っていても、これまた実際にそうと言われる衝撃までもが抑え込める訳ではない。再びの絶句に陥っていると、
「こ――ンの能なし共! 何が『協力の要請』だ、俺はともかくライゼルは学生の子どもだぞ! てめえらの庭の騒ぎに巻き込むんじゃねえ!」
レインナードさんの怒鳴り声が轟き、私とヴァネサさんは揃って少し椅子から跳び上がりかけた。吼えるような、割れるような大音声。窓ガラスがびりびり震えそうな勢いである。
怒鳴った人を怖いとは思わなくても、大きな声には単純にビックリするものだ。それに私はもちろんヴァネサさんも、レインナードさんが何に怒っているのかは分かっている。そろりと様子を窺ってみても、多少驚いた風でこそあれ怯えた様子はなかった。
『その点に関しては全くの同感だが、状況に対して猶予はない。従わねば、相応の手段に出ると』
「んだと!?」
さりとて、大人たちの応酬はヒートアップするばかりのようだった。
「レインナードさん、レインナードさん、落ち着いて」
怒れる人のこめかみに青筋が浮くのが見えたので、これはいかんと止めに入ることにする。努めて軽いトーンを作って声をかけると、ハッとした様子でこちらに橙の目が向いた。一呼吸分の間の後、唇をへの字に曲げて口を閉ざす。
たぶん、これは私が口を挟んでもいいという答えてもあるはずだ。
「ソイカ技師は、島長の決定を通達する役目として鳥を飛ばされたのですか?」
『いや』
否定はきっぱりとして、何よりも早かった。……あれ、ではどういうことになるのだろう。
『南の街へ向かえと指示をした手前、放置するのも気が咎め手を打っただけのことだ。今頃、正式な伝令が君たちの足跡を追っているだろう。伝令をやり過ごして南の街で雌伏を図るか、伝令と合流して戦士団に加わるかは、そちらの判断に委ねる。――俺としては、後者を勧めはせんがな』
「またもお気遣いをいただきまして……本当に、後でお咎めがなければいいのですが」
『何、聞こえていなければ構うまい。ともかく君には選ぶ権利があるが、如何せん手勢が少ない。そこで都合よく避暑に来ていた知人がいたので、そちらへ向かわせた。この鳥を追っているから、じきに着くだろう。癖のある男だが、腕は立つ。上手く使ってくれ』
ソイカ技師のご友人で避暑に来ていたという情報を加味すると、おそらくはアシメニオスの貴族の方である可能が高い。平民に寛容な方だと助かるのだけれども……。
「重ね重ね、ありがとうございます。ソイカ技師は、これからどうなさる予定ですか? 戦士団の方からお呼びがかかったりするのでしょうか」
『いや、それはない。研究所の自動人形は暴走を免れているが、下手に前線に出して敵に奪われては敵わんからな。よって、こちらの管轄の自動人形は全て仮眠状態にして待機させている。技師も生け捕りにできたサンプルが届き次第に分析に取り掛からねばならんので、今しばらくは動けない。よって、別の現場に嘴を突っ込む余裕もあるという訳だな』
「では、しばらくはご助力いただけると思っても」
『ああ。だが、この鳥はあくまで移動速度を重視した連絡用だ。戦いの助けにはならん』
「とんでもありません、とても心強いです」
そうか、とソイカ技師が答えた時、不意に鳥がピィと鳴いた。
『すまないが、そろそろ魔力が底を尽きるようだ。放置しておけば、勝手に魔力を蓄えて動き出す。何かあれば、その時に』
どうしましたか、とこちらが問うよりも早くそう残し、鳥は沈黙した。
完璧に動く気配がなくなってしまったので、掌に持っておくよりはと長机に置く。寝かせた方がいいのかと迷わなくもなかったものの、ちゃんと二本の足で立ってくれた。
鳥が動かなくなってしまうと、自然と辺りにも静寂が落ちる。それを破ったのは、低く重い嘆息だった。
「仕方ねえ、援軍の合流を待って今後の方針の練り直しだな。街に戻って戦士団の指示を仰ぐか、それとも別動隊として南へ向かってみるか」
「南へ向かうのは危なくないですか? 戦士団の精鋭もやられてしまったって」
「だからって、そのまま放置もできねえだろ。状況を鎮圧するにゃあ、どっちにしろ南の街の奪回は必要だ。自動人形を斥候に出せねえなら、誰かしらが直接確認に行く必要がある。お前はここでソイカとの連絡役、俺と援軍で斥候って割り振れば悪くはねえ」
「えっ、私だけ居残り!?」
そう来るとは思ってもみなかったので、少しばかり素っ頓狂な声が出てしまった。なのに、レインナードさんは「当たり前だろ」とさも当然とばかりに言うのである。
「この館はかなり守りが堅いからな。ヴァネサが許可をくれれば、の話じゃあるが」
「私は全然、構わないよ。こんな状況じゃあ、誰かいてくれるだけで心強いくらいだし」
レインナードさんに話を振られたヴァネサが頷く。とはいえ、二人の間で勝手に合意が結ばれては困るのである。
「いえ、ちょっと、あの、私を抜きに話を進めないでください。島長の勅令は私も名指しにしています。ここで隠れている訳にはいきません。――それに岩山でなく森林を行くのなら、私も今までよりできることが増えます。お役に立てますよ」
「役に立つとか立たねえとかじゃなくて、お前がここに残ってくれりゃ俺が安心って話なんだが――まあ、島長の命令を無視すると後が面倒になりそうなのも確かか……」
レインナードさんも初めこそ露骨に渋い表情をしていたものの、やはり島長の勅命という文言からは目を逸らしきれなかったのだろう。最後には「仕方ねえな」と折れてくれる方向になった。
「目の届くところにいてもらえりゃ、俺が守ればいいだけだ」
「その点については、レインナードさんの傍ほど安全なところもないと思っていますので」
「そりゃ光栄だね」
どことなしか瓢げた片頬の笑み。本意ではないが悪い気はしない、というところだろうか。
「できれば、南へ向かう道中でヤルミルくんも捕まえておきたいところではあります。仮眠状態にして動けないようにした上でソイカ技師に預けることができれば、そう悪い扱いはされないはず。研究所にしても、自動人形を暴走させている術式の詳細を解析したいところでしょうし――それを待っていると、さっきもおっしゃっていましたから」
「分析材料にさせてやる代わりに、保護を要求するって訳か。お互いに利を取り合うと思えば、悪くはねえんじゃねえか」
「ええ。――というところでどうでしょうか、ヴァネサさん」
「えっ!?」
そこで自分に話が振られるとは思ってもみなかったのか、裏返りかけた声が上がった。私とレインナードさんが一斉に視線を向けたからか、どこかしら怯んだような目顔でさえある。
「ヴァネサさんはヤルミルくんを探しに行きたくても行くことができない。館の主が長く外に出る訳にはいきませんし、小さな子どもたちばかりを残していくのも危ないですからね。他方、私たちものっぴきならない状況になってきたものですから、ヤルミルくんを探すことを主題には動けません。南の街の様子を窺うのと並行して、という形にはなってしまいますが、それで構いませんか」
けれど、その表情も私が喋っているうちに一変した。
「ありがとう」
そう言って深々と頭を下げるヴァネサさんの眼には、うっすらと涙が浮かんでいる。これで少しでも恩を返すことができればいいのだけれど。
「もっとも、ヤルミルくんは既にかなりの損傷を得ています。私たちが発見できたとしても、手遅れになっている可能性は否定しきれません」
その損傷を負わせたのが他ならぬ私自身ではあるものの、私はそれを謝ることはできないし、謝るつもりもない。意図して平板な声を作って言うと、一拍の間を置いて横から「それに」と後を引き継ぐ声が上がった。
「半壊して役目を果たせなくなった手駒を、黒幕が見逃すかどうかっつー話もある。こっちが暴走した自動人形を取っ捕まえて分析しようとしてるように、向こうだって情報取られんのを防ぐ為の手を打ってておかしくねえ。それなり以上に頭の回る輩らしいしな。ある程度で自壊する条項を組み込んでてもおかしくねえ」
「それは、うん……覚悟しておくよ」
顔を上げたヴァネサさんの声は少し震えていながらも、その眼差しはしっかりしていた。この異常事態に際して、本当に覚悟を決めたのだろう。若い身空で立派な人だ。
「なるべくヤルミルくんを連れ戻せるよう尽力するつもりではいますが、ご期待くださいとは言えません。それでも、何かしらの報告には来ます。それまで待っていてください」
くれぐれも一人で森に探しに出たりしないように。言うまでもないであろう警告を改めて発しても、ヴァネサさんは静かに頷き返すだけだった。これなら心配はいらないだろう。
「――レインナードさん、お茶を飲み終わったら外に出てみましょうか。そろそろソイカ技師のご友人が到着するかも」
「おう。俺と同じ程度には使える奴だと助かるんだがな」
「『程度』の足切りラインが高すぎませんか」
最後に冗談を交わしつつ、お茶を飲んで席を立つ。片付けはヴァネサさんがしてくれるというので、お言葉に甘えて食堂を出た。
もちろん、まだ動かない銀の小鳥を掌に載せて。