07:怒れる戦車の島-6
6.癒しの泉の館
ふと意識が浮上する。チチ、と鳥の囀りが聞こえた気がした。薄く開けた目に映るのは白、差し込む光。眩しい。光を避けて視線を動かすと、
「……うん?」
自然と声が出た。
知らない部屋の、知らないベッドに、私は寝ている。
「レインナードさん」
「おう」
そして、ベッドの傍らに置かれた椅子には、それはもう険しい表情を浮かべた人が腰を下ろしており、私を見つめていたのだった。もしかして、目が覚めるのをずっと待っていたのだろうか。
「調子はどうだ」
「特に痛いところも、辛いところもありません。魔力も回復したみたいです」
起き上がりながら答えると、ようやく肩から力を抜いて「そうか」と返される。掛け値なしにホッとした様子には、少しばかり罪悪感が浮かばなくもなかった。面倒を押し付けてしまったし、心配もかけたことだろう。
「あの後って、どうなりました? それから、ここは」
「結局、山道からは落ちた。敵も、ありゃ人間じゃなかったんじゃねえか? お前の矢が外れる訳がねえ。なのに、あの後も精度と威力が落ちたとはいえ射続けられるってのは、人間にできるこっちゃねえだろ」
渋い顔をしてレインナードさんが腕を組む。さすがは歴戦の傭兵、正しく状況を読み取っていたようだ。
「そうですね、あの時の手応えは『破砕』でした。人間……いえ、生き物ではなかった」
「とすると、島の戦士団が忙しそうだったのは、その関係かね。自動人形の暴走とか」
「それは、どうでしょうね……」
これが一つのサーバーに接続してデータのバックアップや、アップデートのダウンロードを行うアンドロイドだったら、何かしらのウイルスや悪性プログラムの流布によって一斉に暴徒化するという展開はなくもないと思う。けれど、自動人形はあくまで魔術師が一体ずつ術式を込めて作るものだ。
魔術師ごとに構築理論は違うし、そもそも一体一体が完全な独立構造をしている。自動人形を同時多発的に暴走させるのは、街を歩いている民間人を同時に暴徒化させるに等しい所業だ。ボタン一つで一括変更、とはいかないのである。
「仮に自動人形に特段の効果を発揮する洗脳する術式があるとしても、そこまでするメリットがあるかって話なんですよね。洗脳して奪ったところで、基本的には量産品でない一点ものばかりですから、転売しても身元が割れやすい」
「暴走させてみたところで、追及されるのは創った魔術師側だろうしな。逆にそっちの評判を落とす狙いならなくはねえが、やり口がまどろっこしくはあるか」
「ええ。一流の魔術師が創った自動人形なら、防衛機構もしっかりしているはず。単純に混乱を起こしたいなら、人間を対象にした方が効果が大きそうじゃないですか。嫌すぎる話ではありますけど」
「全くだ。……となると、とりあえずアルマでは自動人形が関わる騒動が起きてる。石切り場や鉱山でのトラブルも自動人形関係の可能性が高そうだな」
「今のところ、その推測を否定する要素もなさそうですね。或いは、もっと前から兆候というか、前例があったのかもしれません。それで石切り場の時も戦士団の動きが早かったとか」
「有りそうな話だぜ。それで研究所もバタバタしてて、ソイカも早く脱出しろって忠告してきたのかもな」
そう言って一度口を閉じたレインナードさんの眉間には、未だに深い皺が寄っている。他にも何か気がかりがあるのだろうか。
「一連の騒ぎが全部繋がってるなら、裏で糸を引いてる奴は間違いなく馬鹿じゃねえ。石切り場、鉱山とアルマの要所を的確に襲ってる上に、山を監視させて移動を阻んでる。北の街と南の街とを分断して各個撃破する気なら、つまりアルマの資源の総取り狙いだろ」
「あっ、そうですね……。そっかあ、うわあ……」
レインナードさんが重々しい口振りで告げた内容に、図らずも唇の端が震えた。これはもう思ったよりも深刻どころか、一つの島――小国の命運を左右する、とんでもない事態になっているんじゃないだろうか。
私が表情筋を凍らせるのを見て取ったか、レインナードさんが肩をすくめて苦笑を浮かべる。
「まあ、その辺は考えるにして追々でいいだろ。今は養生するのが先だ。――ここは山の東にある孤児院で、雨が止むのを待って森の中を探して見つけた。事情を話したら、中に入れて休ませてくれてよ。今は山越えから一晩明けた昼過ぎだ」
「じゃあ、本当に長く寝てしまったんですね……」
またしても「うわあ」と呻きたい気分だった。もちろん、今度は自分に対して。単純計算で十時間以上は寝ていたことになる。
「あれだけのことやっときながら、一日寝ただけで回復できてんだろ? 逆だ、逆。よくやったさ。お前の反撃で向こうが故障してたお陰で、俺もその後を凌ぎやすくなったしな」
そう言って笑ってみせると、レインナードさんはおもむろに椅子から腰を上げた。
「とりあえず、何か飯を分けてもらえるか訊いてくる。腹減ってんだろ」
「あ、はい、ありがとうございます」
そう頷き返した時、今更ながらに気になった。
部屋を出て行こうとしているレインナードさんは、昨日と違う服に着替えている。私も持参してきていた、別の服に着替えている。雨が降られてずぶ濡れにになったのだから、それ自体は自然なことだ。……ただ、私は今の今まで寝ていたのである。
「ところで、着替えって」
そう声を上げた瞬間にレインナードさんがピタリと動きを止め、びくりと肩を跳ねさせた。かと思えば、ぎくしゃくとした足取りでベッドの傍らに戻ってきては、床の上に正座などしてみせるのである。
処刑を待つ罪人さながらの様相だけで、何がどうなって今に至るのか分かった気がした。
「……重ね重ね、ご迷惑をお掛けしたようで」
「迷惑とかじゃねえが、了解を得ずにやっちまったことについては、申し訳ねえと思ってる。あと言い訳させてもらうと、黙っとこうと思ってた訳じゃなくて、もうちょい機を見計らって申告しようとな……」
ぼそぼそと答える人が項垂れているので、目が合わないどころかベッドの上の布団の中にいる私からは頭頂部しか見えない。何しろ背の高い人なので、それはそれで珍しいな――なんて関係のないことが脳裏を過る。
「申し訳ないも何も必要だったことで、レインナードさんだってやりたくてやった訳じゃないでしょう。お手間をお掛けしました。お陰様で風邪を引いたりしなくて済みました」
「……いくら何でも、それは割り切り過ぎじゃねえか」
レインナードさんの声は唸るに似て、きっとひどい渋面をしているであろうことが顔を見なくとも容易に想像できた。相変わらず気を遣い過ぎるほど遣ってくれる人だ。
「割り切るというか、単にそれだけのことだと思っているというか……。そもそも、私はこう、あまり凹凸のある方ではないので、見てもしょうがなくないですか? スヴェアさんとかに比べ――いや、比べ物にならない次元で貧相な自覚はあります……」
小さい頃から野山を走り回り、よく食べよく寝て育ったお陰か、今の私は前に比べて身長は伸びたし筋肉もある。ただし、いわゆる豊満さとは無縁の体形に育ってしまったのだった。正直、胸囲的な観点についてはレインナードさん方があるのじゃないかと睨んでいるくらいだ。凹凸のはっきりしたスタイルのスヴェアさんに至っては、比べるまでもなく差は歴然である。
思わず、ちょっと遠い目になる。私も上半身をもっと鍛えたら増えるのだろうか。それとも胸当てで圧迫されるのがいけない? いやでも、圧迫されて減りがちなのは筋肉では……脂肪もそうなのかな……。
「貧ッ……あのなあ、そういうこと言うなよ」
危機感がなさすぎると呻く人は、ついにがっくりと肩を落としてしまった。悠長にどうでもいい思考を走らせて脱線させていたのは、お叱りを受けるのも已む無いかもしれない。
――でも、自分でもおかしな話だとは思うのだけれど。
「危機感がないつもりはないので、単に危機感を覚える時と場合を選んでいるだけじゃないでしょうかね」
何というか、そう……妙に抵抗感が薄いのだ。
気絶している間に家族でもない男性に着替えさせてもらって、介抱してもらったと聞けば、感謝と同時にいくらか別の感情が沸いて出てくるのが一般的な十七歳の娘の反応なのかもしれない。それなのに今の私の思考には、ほとんどその手の葛藤が存在していない。
こちらの世界で最初に自己を認識した時、身体の方はまだ赤ん坊だった。どうしても日々生きているだけで大人の手を借りざるを得なかったし、その過程で良くも悪くも耐性がついてしまったといえば、それもそうなのかもしれない。
「あんだって?」
しかし、勢いよく顔を上げたレインナードさんは、信じがたいものを見るような表情をしていた。……あっ、少し言葉が足りなかったかもしれない。
「補足しておくと、この状況であれば誰にでも同じ反応をするという訳ではなく、レインナードさんじゃなかったら困るなあと思うくらいの判断力はちゃんと残っています。レインナードさんなので大丈夫だと思っているだけです」
たぶん、これで意図は伝わるだろう。一安心――と、思っていたのに。
「おま、お前さ……」
レインナードさんは膝に手を突いて、再びどころか先にも増して深く項垂れるばかりだった。顔は見えなくても耳が赤くなっているのは見えていたので、そんな横着をするんじゃないとか顔を真っ赤にするレベルで激怒されるのではないかと内心冷や冷やとしていたものの、その後も両手で顔を覆って床の上に倒れただけだった。
その一部始終が一体どういう感情によって生み出された反応だったのかは、ちょっとよく分からないけれど。また私の世話をするのが大変過ぎて情緒不安定になっているとかだろうか。まだ二十六歳で若い人だもんな、そういうこともあっておかしくない……。
本当に悪いことをしてしまった、と申し訳ない気分になっていると、不意に「コンコン」と軽い音が聞こえた。ベッドと椅子が置いてあるだけの小ぢんまりとした部屋でノックされそうなものと言えば、窓か扉のどちらかだ。
薄いカーテンを透かしてうららかな陽が差し込む窓の向こうに、人影はない。であれば、ところどころ塗装が薄れてマーブルめいた色合いになっている扉の方だろう。レインナードさんはまだ床に転がっていて復帰できそうにないので、代わりに私が声を上げる。
「どうぞ」
果たして一拍の間をおき、扉が開けられた。
ひょこりと顔を覗かせたのは、私と同じくらいの歳の少女だ。蜂蜜色の髪を短く切った、朗らかな笑顔のよく似合う鳶色の眼の。
「良かった、目が覚めたんだね。……ヴィゴは何をしてるの、これ?」
「ちょっと情緒不安定みたいで、そっとしておいてあげてください」
「誰が情緒不安定だ……」
か細い抗議の声が上がったけれど、結局まだ床に転がったままなので何の否定にもなっていない。
少女は怪しいものを見る目でレインナードさんを眺めた後、扉をもう少し大きく開けて部屋の中に入ってきた。その手にはお盆があり、木のコップとスプーンが差し込まれた深皿が載せられている。
「起きたらお腹が減ってると思って、麦粥だけど持ってきたんだ。食べられる?」
「ありがとうございます、頂戴します」
「うん、召し上がれ」
ニコリと微笑むと、少女はレインナードさんの横を通り過ぎてベッドの方へやってきた。空席になっている椅子をベッドの横へ近付けると、その上にお盆を置く。コップの中身は水で、深皿の中身は淡いベージュのお粥だった。
「先に水を飲む? それとも早く食べたい?」
「お水をいただけると嬉しいです」
「はい、これね。ちゃんと持てそう?」
「大丈夫そうです、ありがとうございます」
その後も水のコップを手渡してくれたり、その後はお粥のお皿と交換してくれたり、実に面倒見よくお世話してくれた。あまり長く引き留めてもいけないという心情もあれば、一日ぶりの飲食で手が止まらなかったという物理的な事情もある。
食べ終わるまでは本当にあっという間で、「ご馳走様でした」と頭を下げる私を少女はまたニコニコと見守っていた。
「お陰様で生き返った気分です。――申し遅れましたが、ライゼル・ハントと申します。昨日から、大変お世話になりました」
「どういたしまして。困った時はお互い様だからね」
快活に笑うと、少女は空になった食器を載せたお盆を床に下ろし、椅子に座り直した。
その裏でようやくレインナードさんも起き上がる素振りを見せたものの、特に何を言うでもなく黙然と床に胡坐を掻いて動く気配がない。普通に椅子を譲る格好になっていたり、少女も気にする様子もなく椅子に座っているところを見るに、私が寝ている間に打ち解けた感じなのかもしれなかった。
「私はヴァネサ。でもって、ここはヴァラソン山東の森だよ。癒しの泉の館って言えば分かる?」
「癒しの泉……。街で聞いた覚えがあるような」
研究所ではなく、宿に帰ってきてから――夕食を食べに近くの食堂に入った時だったはずだ。どこかの森に病や傷を癒す不思議の泉があるとか、小耳に挟んだ記憶がある。
「昨日の夜は、山の方じゃ落雷と崖崩れがひどかったんだって? 山道から転げ落ちて、よく大怪我しなかったね」
ヴァネサさんが感心した目顔で言う。ちらりとレインナードさんに目を向ければ、無言で首肯が返された。そういう経緯にしておいた、ということだろう。
「レインナードさんのお陰で。――そういえば、ここは孤児院だとお聞きしたのですけど」
「うん、そうだよ。三百年とかいう話だったかな、それくらいの昔にえらく腕利きの魔術師が泉と一緒に自分の家として作った館だったんだけど、変な魔術師でもあったから後継ぎもいなかったらしくってさ。癒しの泉なんて金の生る木があるのに代々の持ち主が長続きしなくて、何十年か前に先代のじいさんの手元に偶然転がり込んできたとか。で、そこからそういう方針でやってるね」
「では、そのおじいさんが孤児院の代表でいらっしゃる」
「ううん、それは私」
あっけらかんと返されて、不覚にもギョッとした。レインナードさんは特に反応をしなかったので、先に話を聞いて知っていたのだろう。
「じいさんは二年前に死んだ。随分歳だったし、天寿ってやつだったんだろうね。以後は私が引き継いで、泉の管理をしたり、子どもたちの面倒を見たりしてる」
起きて大丈夫そうなら、泉の見物にでも行ってみる?
そう問われて、私が頷かないはずがない。傷も病も癒すのは高度な治癒魔術で、それを物体に込めるのは付与魔術学の範疇として理解できる。一方で、泉を作って三百年以上も維持するというのは、何だかもう聞いただけでは全然分からない。
実物を見て分析してみたい、と考えるのは魔術師であれば当然のことだ。その思考を察したのか、レインナードさんが胡乱な目を向けているのも分かってはいたけれど。
「泉を作った魔術師は誰か治したい相手がいるとかでも何でもなく、ただ単に金儲けの手段として考えたらしいね。ホラ、瓶に詰めて封をすればいいだけだから簡単だし」
「もっともではありますけど、何かこう、神秘的な有難みみたいなのは薄れますね」
「ま、まあね……。でも、効果は変わりがないしさ!」
図星ではあるのか、ヴァネサさんの目が泳ぐ。
連れだって部屋を出た後、私たちはヴァネサさんの案内で館内の中庭に向かうことになった。そこに癒しの泉があるのだという。もっとも、中庭と言いつつ屋根がある場所なので、屋外という訳でもないらしい。
「でも、作られた経緯はどうあれ綺麗な場所だよ。天井が透き通った結晶でできてて、晴れた日はキラキラした陽が差し込むんだ。手入れもしてないのに汚れた例もなくて」
「状態を維持する魔術でもかけられているのかもしれないですね。でも、三百年ずっと手入れも無しに動き続けてるのだとすれば、それはそれでとんでもない話です」
「そうだねえ。お陰で、私たちも生きていくのに困ってない。三百年も昔の魔術師様様だ」
癒しの泉の水は今も孤児院を運営する為の貴重な収入源として活用されているそうだ。島長の戦士団や街の診療所に卸したり、孤児院まで直接買い付けに来る商人に売ったりする。
しかし、私と同じか、少し年上くらいにしか見えないヴァネサさんが切り盛りするのでは危なくないのだろうか。泉を奪おうとする強盗の類がやってこないとも限らない。用心棒のような人が配備されているようにも見えないし……。
そう思って問うと、ヴァネサさんはカラリと明るく笑った。
「館は魔術で守られてる。主が許可しない人間は入ってこられないし、仮に館に侵入できても中庭にはまた同じような術がかけられてるからね。小さい子たちが落ちないように、中庭は用事がない時は誰も入れないように封鎖してるよ」
「つくづく周到というか、よく考えられていますね」
話を聞くだに付け、とんでもない魔術師が隠れていたものだと感嘆してしまう。
一般的に物品への魔術付与は、込める魔術の構築式の巧拙によって出来が変わってくる。拙い術式では効果が弱くなるし、持続期間も短くなる。その点、泉は三百余年も癒しの効果を維持し続けている。しかも、館の防衛システムも健在。
宮廷魔術師でも同じことができる人は、そう多くないのじゃないだろうか。少なくとも、今の私ではそこまでの超長期間の施術は無理だ。……というか、十年もすれば新しい理論が出てきて、組み直した構築式を込め直したくなってしまうと思う。
「泉を拝見した後は、館を一通り見学させていただけると嬉しいのですけど」
「もちろん、どうぞ。年少組が昼寝から起きてきたら、騒がしくなるかもしれないけど」
「住まいにお邪魔しているのはこちらですから。――それと、泉の水は一瓶おいくらになりますか?」
「うん? そんな遠慮しないで気になるなら持っていきなよ。ヴィゴにはあれこれ力仕事で助けてもらったし」
「それはレインナードさんの働きであって、私が便乗する訳には」
「あ? 別にいいだろ」
いきません、と言おうとした時、背後から声が飛んできた。一緒に泉見物にくっついてきた……というよりは、私が泉の分析に熱中し過ぎないよう監視するつもりであろうレインナードさんである。
「俺はただ暇してただけだし、それが役に立つなら使やいいじゃねえか」
「そうそう。食費とか洗濯とかの手間賃ももらってるしね」
ヴァネサさんがウインクのオマケつきでダメ押しの一言。
雨に濡れた服を放置しておく訳にもいかないし、その設備があるのなら洗濯を頼むのは当然の判断と言える。言えるのだけれども、私の分までまるっと面倒を見てもらったに違いなく、申し訳なさは募るばかりだ。
「では、お言葉に甘えさせていただきますけど――」
そこで言葉を切り、後方を振り返る。ものの見事に橙の双眸と目が合ったので、見つめる一瞬。何故か逸らされた。
「レインナードさん、後でまた少し話をしましょう」
「そんな話すことあったか?」
「そうですか、私とは話もしたくないと」
「うぇ!? いや、誰もそうとは言ってねえだろ」
「では、お話しましょうね」
「お前、それよ、巧妙に話をすり替えて……いや、うん、分かった。しような、お話……」
私はにっこり笑ってみせているだけだというのに、何故かレインナードさんがしおしおと萎んでいく。その光景を横で見ていたヴァネサさんはぱちくりと目を瞬かせた後、
「本当に仲が良いんだね!」
「仲が……悪いとは言わねえけど、これほんとにそういうやつかな……」
微笑ましげな顔でそう言い、レインナードさんに微妙な顔をさせていた。私はもちろん、戦略的判断によるノーコメントというやつである。




