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07:怒れる戦車の島-3

3.絡繰島の異変



 島長直轄の研究所に勤めている技師の人なら、暇をしている訳がない。そう念頭に置いてきてはいたものの、ここまでけんもほろろとなると困ってしまう。

 ただ、やっぱり一連の事態は研究所の方々も予期していたことらしかった。

「すみません、やっぱりこうなってしまいましたね……。これまでにいらっしゃった学生さんがソイカさんと合わないタイプの子続きで、すっかり臍を曲げてしまって。応接室を一つ空けてありますから、ひとまずそちらを使ってください」

 先ほど対応してくださったお姉さんも様子を窺っていたようで、窓口の向こうから声をかけてくれた。丁寧に応接室の場所も教えてくださったので、何から何までどうにもならないという非常事態には陥らずに済みそうだ。

「こちらこそ、お忙しいところにお邪魔しまして……。あの、これ、よろしければ召し上がってください」

「あら、ありがとうございます。手の空いていそうな技師の候補を何人か見繕いますから、そちらから見学を始められてみてはいかがでしょう」

「ありがとうございます、ご厚意に甘えさせていただきます」

 持参した菓子折りをお姉さんに献じてから、教えてもらった応接室へ向かう。その道中も、レインナードさんはむっすりと黙りこくったままだった。

 目的の部屋の前に到着し、念の為にノックをしてから扉を開け、中に入ってからようやく口を開く。

「事の経緯は分かった気がするが、だからってあれはねえだろ」

「疑似生命工学の講義、そこまで素行が良くない系統の生徒はいないんですけど、結構爵位の高い貴族の子息が何人かいたはずなので……。その辺りの学生が文字通りに仕事のお邪魔をしちゃったのかもしれませんね」

 応接室の中には立派なテーブルが置かれ、椅子も四脚配置されていた。まずは鞄をテーブルの上に置かせていただきつつ、レインナードさんに答える。

「貴族のドラ息子に面倒かけられて、仕事に支障が出てて腹が立ってるってとこか」

「実際、納期間近の制作途中で態度の大きなお子様に邪魔されたらカチンとくるものじゃないです?」

 私はそういう造形を主とした仕事をしたことはないけれど、締め切り間近の仕事があるのに別の用件を入れられた時のイラッとした気持ちや毒づきたくなる衝動については分からなくもない。

「ただ、ソイカ技師に課題の完了を認定するサインをいただくようにという指示もあるので、どうにか心証を良くして気に掛けるに値すると評価し直していただかないといけないんですよね。……しばらく研究所の中で見学の傍ら小間使いでもさせてもらえないか、後でさっきの事務室にお伺いを立ててきます。お仕事を邪魔されてお怒りなら、ここで無理にお願いしても逆効果ですから」

「勝ち目ありそうか?」

「分かりません。先にこちらの学生がご迷惑をお掛けしているだけに、このまま接触を拒否されても文句は言えませんし……。完了の認定をもらえなくても致し方ないと覚悟してはいます」

「……ペナルティを負わせるなら、そのやらかしたガキ共にしてくんねえもんかね。お前のせいじゃねえだろ」

 眉間に皺を寄せ、ため息混じりにレインナードさんがこぼす。私も同意するにやぶさかでないものの、そもそもこちらが仕事中のところにお邪魔する身の上であることに加え、クラスメイトが迷惑をかけた後と聞けば消極的にならざるを得ないのが個人的な心情だった。

 まさかこんな状況に置かれるとは思っていなかったから、これからの見通しは全く立たなくなったと言ってもいい。最悪の場合は、本当に不完全なまま終了になってしまうかもしれない。だとしても、本意ならぬ状況に共感して理解を示してくれる人がいるだけで、少し救われる気分ではあった。

 世の中、何もかもが自分の思い通りにいく訳ではない。儘ならない境遇に対しても、自分の心までそれに振り回されないようにするのが大事なのではないかと、今では考えるようになっていた。何しろ、家族の中で誰よりも先に死んでしまった身の上だ。多少は悟ったことも考えようとするものなのである。

「同じ学校で同じ教室に属しているという時点で、ある程度の連帯責任は否応なしに発生してしまいますからね。全達成が叶わなかったとしたら、その時は開き直って別のところで点を取り直せばいいということにします」

「つーても、最近のアルマにとっちゃアシメニオスは一番の取引相手だろ。そこの王立学院の生徒となりゃ、邪険にすれば角が立つ。既にガキ共とやり合ってるってんなら尚更、これ以上事が大きくならねえようにって研究所の所長とか島長に掛け合って、さっきの技師に言うこと聞かせられんじゃねえか?」

「レインナードさん、それは割と普通に脅しです」

 大分どころか、とんでもなくパワープレイである。答えながら頬が引きつった。

 本来このアルマの島と最も親密なのは、古くから友好関係にあるヴィオレタ王国だ。けれど、現在は多少情勢が落ち着いているとはいえ、彼の国は長く戦争状態にあった。その状況下にあっては、高価な自動人形に割く余裕が目減りしないはずもない。未加工で安価な鉱物資源の方が重宝されるのも無理からぬ話ではあるとはいえ、それではアルマも困ってしまう。

 狭い土地から産出される資源を自動人形や魔道具へと加工し、その技術力をもって付加価値を生じせしめる。そうすることで絡繰島の異名を得るまでに発展してきたというのに、肝心の品物が売れなくなっては元も子もない。友好国の縁としてヴィオレタへの鉱物資源の輸出の融通をきかせつつも、別に主要な取引相手を求める流れになったのは、ごく自然な判断だったといえるだろう。そして、その取引相手にアシメニオスの名前が挙がるのも。

 アルマの近隣諸国において、アシメニオスほど国情が安定し、財力のある国は他にない。自動人形を売り込んでいくには絶好の買い手だったという訳だ。最近は少々抑え気味になりつつあるという噂だけれど、数年前は貴族の間で空前の自動人形ブームも起こったとか何とか。家よりも高い値段の自動人形が、あちこちでポイポイと売り買いされていたという噂だ。

 その影響を受け、学院の疑似生命工学の講義を受ける生徒も近年うなぎ登りに増えているという。何事も功罪併せ持つもので、一挙に増えた受講生にバリエーションが出過ぎてしまったが為に、ここでご迷惑をお掛けすることになってしまった側面も否めない。

「不遜なことを言いますけど、一つの講義で満点を取れなかったせいで評価の総体が下がってしまうような半端な成績は取っていませんし、そこまで無理をする気はありませんよ。むしろデメリットの方が大きそうですからね」

 鞄を開け、筆記用具を取り出しながら肩をすくめてみせる。

 短期的な成績評価だけを見て、完全に手段を選ばない方針でいくとしたら、確かにそういった盤外戦術に出ることもできなくはない。ただ、それだとソイカ技師との関係性が決定的に決裂してしまう。

 私が疑似生命工学に興味を持っている以上、アルマの腕利きの疑似生命工学技師の御仁と険悪な関係に陥るのは得策でない。そもそも先生のご友人で、ご厚意でフィールドワークの受け入れをしてくださっている人にあまり無理や失礼を働くのも躊躇われる話だ。

「見学の受け入れ先を教えてもらえたら、まずはそちらを順に回ってみましょう」

 手元のノートが新品であること、インク瓶に漏れもないことを確かめながら言うと、

「相変わらず、子どもらしからぬ落ち着きっぷりだなあ」

 子どもの頃から事あるごとに言われてきた評価がまたここでもなされ、つい少し笑ってしまった。



 アルマ島への滞在は初日に最大級のアクシデントが勃発しはしたものの、以後は大きく波風が立つこともなく過ぎていった。

 研究所の技師の方々もやはり魔術師ではあるので、何かと自分の世界――もとい研究室に籠りがちな傾向にある。それでも大半の人は私の見学希望にも無関心という名の許容を示してくれたし、何人かは気さくに質疑応答の時間すら取ってくれた。

 私が話のネタになるであろうとひそかに温めていた浮遊島の闘技場の興行システムに端を発した傀儡魔術の話題も、狙い通りの吸引力を発揮したのは実に僥倖だった。傀儡魔術と疑似生命工学は近しい分野でもあるので、本職の技師さんたちの見解を聞けるのはまたとない機会だ。そして同時に、アシメニオスの浮遊島という一種のブラックボックスで用いられていた魔術は、第一戦で活躍する技師の方々にとっても興味をそそられる議題であったに違いない。

 その話を始めたのは、研究所二階のとある技師さんの研究室でお茶をいただいていた時のことだ。初めはただ物珍しげに聞いていたはずの人が、傀儡魔術の遠隔自動発動と聞いた瞬間に目の色を変えたのである。そして廊下に飛び出したかと思うや、大声で「手の空いてる奴、ちょっと来い!」と叫んだ。

 かくて今や研究室は集った技師さんたちで人口密度が急上昇、交わされる激論もヒートアップするばかりだった。

「いや、そもそもそれって傀儡魔術じゃねえんじゃねえか? 傀儡魔術は操る術師がいねえとだろ」

「だからって、自由意思をもって戦う人形を作り出す古代魔術ってどんなだよ。現代でも無理筋だろ。そっちのが有り得なくねえか」

「嬢ちゃん的には、そいつは傀儡魔術で操られた人形だった訳だよな?」

「そうですね、独自の思考――疑似生命と呼ばれるに値するものを持っていはいませんでした。侵入者に呼応して物質を生成、魔力を充填し、予め設定されていた制御術式が発動する感じでしたから、あくまで傀儡魔術の範疇であったと思います」

「そうやって作られたもんでも、それなり以上に戦えたって?」

「どれくらい強いかは私が戦った訳ではないので何とも言えませんが、ちゃんと戦いになっているように見えました」

「戦ったのは(あん)ちゃんの方か?」

「おう。蹴散らすに造作はなかったが、即席であれだけ動ける人形を作れるなら脅威は脅威だな。あん時は一体だけだったが、数を揃えられたら面倒だ」

 私の見学行脚には大体レインナードさんが同行していたので、議論に巻き込まれる一幕もあった。

「傭兵にそこまで言わせるとは、なかなかのもんだな……。てことは、相当に精密に自立制御術式を組んだってことか?」

「もうそれ自動人形にした方が手っ取り早くねえ?」

「それだと生成即戦力にならねえってことだろ。自動人形は最初まっさらなんだから、ある程度教えて育てねえと」

「その辺の速効性を見るなら、確かに合理的じゃあるわな。予めめちゃくちゃ細かく術式組んでおくっつー、クソほど(たけ)え難易度だけど……。あと、逆に戦い以外の何もできねえだろうけど」

 尚、盛り上がりに盛り上がった議論は「島ひとつを宙に浮かせる古代人の魔術はなんか偏執的でこわい」という結論に落ち着き、それについては私もちょっと同意しなくもない……。

 いずれにしても、この浮遊島の傀儡魔術談義が一つの契機になったことは間違いない。その日を境に技師さんたちは随分と親しげに接してくれるようになったし、資材運び程度のお手伝いだったのが運んだ資材を加工するところまでやらせてもらえるまでになった。

 そうした作業中には、雑談に紛れて疑似生命工学の様々な豆知識を聞けることもある。学術書に記載されていないような、現場での制作に即した知恵や技術を分けてもらえるのは望外の幸運だった。……とはいえ、未だ自分で自動人形を作るには道は遠そうだ。

 まだ自分の術に対して確信が足りないと評される技量にありながら、疑似とはいえ生命を創造しようとするのは躊躇われる。予め行動様式を設定しておく、浮遊島の傀儡方式から始めた方が良さそうだ。上手く作れるようになったら、実家に送ってみてもいいかもしれない。子どもが全員娘なので、力仕事要員はいるに越したことはないだろうし。

 ともかくも、学ぶことは多い。ソイカ技師とは再度の対面が果たせていないまでも、アルマに滞在して三日も経つ頃には幾分か心理的な余裕ができていた。仮に課題を完遂したとは言えなくても、これだけ得るものが多ければ後悔はない。

 初日は予想外の展開に動揺して食事も喉を通りにくくなってレインナードさんに心配されてしまったけれど、今はもうすっかり全快した。お陰様でアルマ料理に舌鼓を打つ毎日である。

「レインナードさん、それ辛口でしたっけ」

「辛口二倍」

「うわ辛そう、でも美味しそう……」

「食いかけで良けりゃ食ってみるか」

「いただきます」

「躊躇いねえなあ……」

「味が気になるので」

 答えつつ、微妙な顔をしているレインナードさんの手からパンを受け取り、代わりに持っていたパンを渡す。研究所の応接室でご飯を食べる時は、並んで座るのがお決まりだった。

 今日の昼食のメインは野菜と薄切りのお肉を挟んだパンだ。品物自体は同じだけれど、私の方は淡い橙色の甘辛いソースがかけられているのに対し、レインナードさんの方のソースは目にも辛い赤。さっき街の方へ行って買ってきたばかりのものなので、包み紙越しにもパンやお肉の温かさが手に伝わってくる。

 研究所には朝の九時から夕の五時まで滞在する。お昼の一時間は休憩として割り当てられているので、昼食は朝に研究所に向かうついでに買っていったり、街に出掛けて食堂に入ったりして済ませていた。今日は天気がいいので、散歩ついでにお昼ご飯を買いに行ってきたのだ。

 私たちの臨時拠点となっている応接室も、窓を開け放してあるので爽やかな風が入ってくる。アルマはアシメニオスの王都よりも涼しいので、それだけで十分夏の暑さを凌ぐことができた。……のに。

「あっ、これ辛い! すごい辛っ! 辛いっていうか痛い!? 何でこんな時にわざわざこんな辛いの食べてるんですか!? なんか汗噴き出してきた!」

 一転して猛暑もかくやの汗をかく羽目になった。パンは美味しいのに、辛すぎて頭がバグりそう!

「暑い時にも辛いもん食って涼しくなるって言わねえ? ほい水。こぼさねえようにな」

「ありがとうございます……」

 水の瓶が手渡されたので、やっとの思いで口に含む。それで辛さが全て解消された訳ではないけれど、少しは楽になったような気もしないではなかった。

「あ、そっちも食べていいですよ。ほとんど辛くないですけど」

「……じゃあ、一口もらうわ」

 やはり、レインナードさんはとんでもない辛党のようだ。さっき手渡したパンを示して言ったら、ちょっと考え込むような表情を浮かべた末、小さく一口だけかじっていた。

 その後はパンを交換し直して、平穏なお昼時が戻ってくる――かに思われたところ。

「うわっ!?」

 どおおん、と俄かに轟いた落雷じみた大音量。何なら少し建物も揺れた気がする。一体何事だろう、と驚いて窓の方を振り返ったと思った次の瞬間には、背後から伸びてきた腕に抱え込まれていた。音が外から聞こえたからだろう、窓の方向から庇うように。

「物音だけだったみてえだな。俺が分かる範囲での魔力変動も無し」

 ややあって、頭上から低い声を聞いた。

「お前は何か感じたか」

「……いえ、完全に気を抜いていたので」

 分かりません、と答え、細く息を吐く。心臓がバクバクと暴れていた。

 外からの激しい音と揺れに驚いたのもあるだろうけれど、それよりも――……いや、その辺りは考えないでおこう。純粋に守ってくれようとしているのに、余計な雑念を入れるのは失礼だ。

「何があったんでしょう」

 レインナードさんが腕の力を緩め始めたので、窓の方へ身体を向け直しながら呟く。窓の外、外壁の向こうで細くたなびく煙のようなものが見えたけれど、それが音の原因に関わるものなのかどうかは分からない。少なくとも、ちょっと意識を向けて探れるほど近い距離のことではなさそうだ。

「俺にもお前にも分からねえなら、それなりに離れたところが現場じゃねえか。事務室にでも行ってみりゃ、情報が入ってるかもな」

「じゃ、これ食べたら行ってみましょうか。慌ただしくなっていて、お仕事のお邪魔になるようなら戻ってくることにして」

 喋るのもそこそこに、奇跡的に取り落とさずに済んだパンの残りを急いで平らげる。レインナードさんは既に食べ終わった後だったので、細かいゴミを片付けていてくれた。

 それから応接室を出て、お馴染みとなりつつある事務室へと足を運ぶ。廊下に面した窓から覗いてみただけでも、事務室に詰めている職員さんたちは明らかに慌ただしそうだった。また改めて来た方がいいかな、と顔を出さずに引き返そうとすると、

「あっ、ライゼルさん! 今日も研究所の中にいるよね? 今、石切り場の方で事故があったんですって。危ないから立入禁止になったそうだから、近寄らないようにね」

 最初に私たちの応対をしてくれた事務員のエレーヌさんがこちらに気付き、そう教えてくれた。

「石切り場で事故? もうちょい詳しい話は他にも情報入ってたりするか?」

「いえ、うちも『石切り場で事故があった。すぐに戦士団から救援が入って大事なかった』という一報が入っただけで」

 私の後ろから顔を出したレインナードさんがそこはかとなく怪訝そうに言うも、エレーヌさんは首を横に振るばかり。その表情にはうっすらとした戸惑いが浮かび、私たちに情報を伏せておこうとしているのではなく、真実この研究所にもそれだけの情報しか届いていないさそうに思えた。

「分かりました、石切り場には近づかないようにしておきます」

「うん、そうしてちょうだい。怪我したらいけないから」

 エレーヌさんとのやり取りはそれで終わり、応接室に戻る。再び並んでテーブルにつくと、

「解せねえな」

 レインナードさんが重々しく言った。私も思うところがないではなかったけれど、歴戦の傭兵として場慣れしている人だ。私のあやふやな印象よりも、もっとしっかりとした見解を述べてくれるに違いない。

「どの辺りがです?」

「戦士団の動きが速すぎる。さっき音が聞こえて、それから対して時間がかからずに話を聞きに行ったろ。なのに、その時点で戦士団が動いて救助に入ってる。石切り場は、確かにさっき窓の向こうで煙の見えた方角の辺りだ。でも、こっから相当に距離があるってことは、街からは更に遠い。戦士団の詰め所だって、街の方にあるからな」

「……そうですね」

 そこは気になってはいた。緊急事態における第一報と言えば、どこで何が起こった、という発端についてだけであることが多いのじゃないだろうか。にもかかわらず、「戦士団が出動」して「大事なかった」という経過と結論まで出ている。早いな、とは思っていたのだ。

「教会の司祭さんとかが石切り場の事故を予見していたとも思えませんし、それなら事故自体を回避する方向で動きますよね」

「だな。あの物音が事故の最初期じゃなく、事故の事後処理の最中に発生したんならともかく。……それならそれで、もう少し前に『石切り場で事故発生』の連絡が入ってんじゃねえかな」

「何か、微妙に変な感じしますよね」

 この島における戦士団、アシメニオスにおける騎士団などの軍組織は往々にして国防戦力であると同時に警察や消防の役割も兼ねる。今回は後者の意味合いで出動したのだろうから、戦士団が動くこと自体にはそこまで違和感がないにしても。

「まあ、本当に事故で、情報のやり取りが錯綜してただけって可能性もありますし。今はまだ気を抜きすぎずに過ごすくらいの感覚で大丈夫ですか?」

「確証もねえし、それでいいさ。お前が勉強に集中できるように立ち回るのが俺の仕事だ」

 課題が全部片付くといいな、と添える人の物腰はあくまで平静そのものだった。頼もしい……。



 その後も研究所でソイカ技師と顔を合わせることはなかったものの、あれやこれやとメモを取ったノートは一冊目が終わって二冊目に入るほどに多くの人から多くを教えていただくことができた。ただし、あまり長居してもお仕事のお邪魔になるし、レインナードさんの負担も増える。

 滞在七日目を数えた昼、私も意を決して口を開いた。

「そろそろ南洋諸島へ向かいましょうか」

 しかし、レインナードさんにとっては思いもよらない台詞であったようだ。ぽかんと目を丸くして私を見返している。

「まだ課題が全部終わってねえのにか?」

「こちらの目的の為に、あまりご迷惑をお掛けする訳にもいきませんから。ソイカ技師のお怒りが解けないのであれば、それはそれで仕方のないことだと思います」

「お前が悪いんじゃねえだろうによ」

 レインナードさんは眉間に皺を寄せ、不機嫌そうに言う。この件に関し、一貫してこのように私の味方をしてくれているのが、多少悔いが残るにしても少なからず心を軽くしてくれていた。

「課題の全達成はできなかったにしても、たくさんのことを教えていただきました。来た甲斐はありましたよ」

「お前がそう言うなら、」

 そこまで言って、不意にレインナードさんの声が途切れた。いや、途切れたのではない。聞こえなかった(・・・・・・・)のだ。

 どおん、がたがた、ごろごろ。爆発音、倒壊音、転倒音。何が正しいのかは分からないけれど、そういう文言が咄嗟に思い浮かぶ爆音だった。その音もまた途中から聞こえなくなったのは、以前に等しくレインナードさんが抱え込んでくれて、耳を塞いでくれたからだ。そうでもなければ、今頃耳の感覚がおかしくなっていたかもしれない。

「いよいよ怪しい風向きになってきたな」

 呟く声に、黙って頷く。前回とは異なり、廊下の方でもガヤガヤと声がしていた。仕事に没頭しがちな技師さんたちですら、研究室から出てきて状況を問うほどの事態なのだ。

「石切り場の事故もあったばかりですもんね」

 これだけの騒ぎが続いて、何らかの異変の存在を連想せずにいる方が難しい。何が起ころうとしているのか、起こりつつあるのかは分からない。それでも何となく、よくないことなのではないかという気がした。

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