1.選ばれた者達
処女作でち
拙いのはゆるちて
「貴殿を”勇者”の任に就かせる」
その言葉が耳に届く瞬間、右手の甲に微かな違和感。
跪いた体勢で目だけ見やればそこには幾何学的な紋章があった。
「謹んで拝命致します」
「不倶戴天たる魔王を撃滅せんことを切に願う」
「我が剣は民の為に、我が命は平和の為に」
全ては地球に帰る為に。
名は大潮 大智。
18歳の高校3年生である。
受験生である彼は今日もまたゲームをして徹夜し、目の下にクマが浮かんだまま学校に向かう。
季節は春。
本来であれば受験生として学業に身を入れるところではあるが、彼には関係ないようだ。
靴箱で屋内用の靴に履き替え、階段を登り、微かに騒がしい教室のドアを開ける。
「おはざいまーす」
おはよー、と友人らからの返事を聞きながら自分の席に着く。
スマホを開いてSNSの確認をしているところに後ろから声が掛かる。
「今日も、徹夜か?」
座る大智の肩に腕を回し、声をかけてきたのは友人の一人である加藤 祐介で、高校からのゲーム仲間である。
「俺らが抜けた後も一人でやってたなコノヤロー」
左の一つ席を挟んで向こうから声をかけてきたのは高井 直哉。小学生からの付き合いで、彼もまた同じくゲーム仲間である。
「後少しでランク上がるって思ってやってたら結構沼っちゃってさー」
「そんなんじゃ大学受かんねーぞー?」
「おまいう」
そんなやりとりをするうちに腹痛が大智を襲う。
「わり、昨日飲んだエナドリがあたったかもしれんわ」
席を立ち、いそいそとドアを抜け、トイレへと向かう。
「もうすぐ予鈴だから急げよなー」
そんな声が後ろから届くが彼の耳に入ったかどうかは定かではない。
「ふぅ、うぅ...」
間に合ったことへの安心感からか、気の抜けた声を発する大智。
そして一息ついた途端に予鈴が鳴り始めた。
急いで片付けをし、トイレを流してズボンを履き、ベルトを締めようと下に目線をやった瞬間、
「へ?」
気の抜けた声の先にあったのは、幾何学的な模様が描かれた床。そして光り出す模様。
なんらかのドッキリだと思い、ドアの鍵に手を触れた瞬間だった。
彼の姿が掻き消えた。
「どこだここ...」
一瞬にして視界や辺りの空気がが切り替わったことによる驚きを隠せずにポツリと呟く。
一面石畳で、隙間から降り注ぐ陽光は周囲の蔦や苔等を照らし、とても幻想的に見える。
しかしそれ故に長らく人の手が入っていないことも窺えてしまう。
正面の壁には色の褪せた国旗と思しき横断幕があった。
交差する2本の西洋剣の中心に王冠らしき柄が入ったもの。
近づいて見ても地球の国々と一致するとは思えない。
もしかして、と彼が普段ならありえないような考えに至りかけたその時であった。
後ろから複数人と思しき足音が聞こえる。
恐らくヒールのような形状の靴を履いた人が少数、残りは付人のような者だろうか。
重厚な金属音も聞こえてくる事に僅かばかりの恐怖感と危機感を覚えながら振り向いた先には、身長がおよそ160cm程の豪奢な服に身を包んだ銀髪の少女と西洋鎧を身に纏った従者と思しき人が6名ほどこちらに歩みを進めて来ていた。
視線を交わらせたことに微かな恥じらいを覚え、
「どうも」
と、服装だけでも高貴な身分だと分かる者にするものではない挨拶をした。
少女はたった一言、
「ついて来なさい」
とだけ述べて元来たであろう道を辿り出した。
大智は何も聞かず、少女の後を一定の距離を保って歩き出した。
道は進むごとに複雑になっていき、豪華絢爛になり始めた。
石畳だった床は大理石のような白い床に変わり、壁には絵画や装飾が飾られ始めた。
そうして進むと一つのドアの前に立つようにと促された。
大地の脇には先ほどの少女が。
不穏な空気を察して逃げ出したくなる気持ちをグッと堪えて、ゆっくりと開く扉を尻目に先へと進んだ。
正面には長い通路が伸びており、その脇には先ほどの従者達、いや兵士達が直立不動の姿勢で通路側を見ている。
そして歩みを進めたその先にはこれまた豪奢な服装に身を包んだ初老の男性と女性がそれぞれ荘厳な椅子に腰掛けている。
「お連れ致しました」
少女が傍で跪きながら言うのを見て、大智も見様見真似で同様に跪く。
「畏まるな神遣様」
男性がよく分からない単語を発すると共に大智の元に歩いてきた。
「顔を上げて頂きたい」
「はい」
言われるがままに顔を上げると、先程の男性がしゃがみ込み、大智の顔を覗き込んでいた。
時間にすればほんの数秒だったかもしれないが、大智にはそれがとてつもなく長く感じられた。
「神遣様がこの地を踏んで頂いた事に、心からの感謝を申し上げる」
しゃがんだ体勢のまま頭を深く下げるその仕草を見て、大智は少し呆気に取られていた。
(俺が感謝される?そんな筈は無い。ここに来たばかりの一般人のはずだ)
「我々は神に選ばれ、また世界を混沌から解放する為の使命を背負う事となるだろう」
「その道は酷く困難なもので、険しい道のりになると思われるが、ここに居られる神遣様と共に支え合いながらこの窮地を脱してみせようではないか」
「神遣様...世界を解放し救わんとする救世の勇士として、共に闘っては頂けないでしょうか」
この断れない空気の中、大智は強張った表情のまま同意したのであった。
お読みいただきありがとうございました。
可能であれば「これは頂けない」部分等の指摘やご感想お待ちしております。