邪神?いやあれ、日本の「怪獣」ですよ?
学園の授業の一環で、神殿へお参りにいったときの話だ。一人の神官がじいっと不躾にこちらを見つめてきて、やがて勇気を出したように話しかけてきた。
「失礼ですが、あなたは聖女の認定を受けられたことはありますか?」
「いえ。そのような力があるとは言われたこともありませんし、おそらく家系にもその力が発現したものはいないと思われます」
この神官は私をスカウトしているのだろうか? 俗世から離れ、ここで徳を積みなさい、みたいな?
こちらの訝しげな目に気づいたか、彼はいやなに、と手を振って、
「神殿という場所ゆえに、時々、普段は見えない学生さんたちの守護霊のようなものが見えることがあるのです。あなたのそれは、今まで見たことがなかったので、無礼を承知でつい話しかけてしまいました」
という、思わせ振りな話があった。
さて、どうしてそんなことを思い出したかと言えば、結局のところ自分が窮地にいるから、であり、ついつい現実逃避してしまうから、なのだろう。
「君との婚約を破棄する!」
マントをバサッと翻しながら言うことか、それ?
「君には同級生に嫌がらせをしたという嫌疑がかけられている!被害者も、証人も、このとおり大勢だ!なにか異論はあるか!」
コツコツ、と靴音を鳴らしながら階段を降りてくる王子。くそう、かっこいいじゃないか。
ただ、状況はあまりにも悪い。よくある婚約破棄からの追放、ではなく、それ以外にも色々と話をマシマシにされている模様。
「何かの間違いです!」
私は叫ぶ。
「これは冤罪です! 正しく調査を行っていただければ、私の身の潔白は、明らかに......!」
「すでに調査は終わった! お前こそが、学園の恥さらしであることは、十二分に明らかだ!」
「そんな......」
「ふん、そもそも私はお前を前から怪しんでいたのだ! お前には東洋の血が流れている。肌の色が異なる人間を、どうして信頼できるか!」
王子は嗜虐的な笑みを浮かべて舌なめずりし、ここでお前への罰を言い渡す、と宣言する。
「お前は、私自ら処刑してやる! 磔刑だ!意識を失うまで、己の罪を悔い改めーー」
言葉は続かなかった。
金属を擦り合わせるような、大きな咆哮。続いて、学園を揺るがす大きな揺れ。かつてない規模の地震に、人々が右往左往してひっくり返る。私はどこか懐かしい響きを持つその声の主が知りたくて、建物の外に向かって走り出していた。
「邪神だぁーっ!」
「あれは山じゃねぇのか!? あんなおっきなもの、見たことがねぇ!」
人々が、暗雲立ち込める空を見上げる。倒壊した建物、踏み潰された建物の砂ぼこりがもうもうと、つぶてとなって飛んでくる。
己の怒りをもて余すように、空に向かって気焔を吐いた「邪神」は弧を描いた尻尾を勢いよく地面に叩きつけた。
「あれはなんだ!」
「邪神」のせいか四つん這いになって建物を出てきた王子が、へっぴり腰で立ち上がろうともがいている。
「あれは、邪神か!?」
「いや、あれはどうみても......」
特撮もの。
怪獣。
日本のお家芸。
何で異世界に?
「おお、ここにいらしたか!」
呆然と見上げていると、駆け寄ってくる影がある。白い服を砂埃に汚した、あの神官だった。彼は私に向かって平伏すると、喉が枯れんばかりに叫んだ。
「あれはおそらく、あなたの守護霊に違いありません! あなた様への扱いに怒り、この世界を破壊してしまおうと考えているのでしょう! どうか、民草を守ると思って、あの方のお怒りをお鎮めください!」
「えぇ......」
それって特撮もので出てくる、小人の巫女みたいな真似をしろ、と?
そもそも、怪獣が守護霊ってなに?
そうこうしているうちにも、怪獣は王城へと進撃を開始した。他の建物はせいぜい凹凸程度にしか感じなかったのだろうが、王族の威信をかけて建設されたお城は、ちょうど怪獣と同じくらいの高さにある。
大きな瞳に明確な殺意が浮かんでいる。
拳を固めると、怪獣は城を殴り始めた。城の一部が剥がれ落ち、横っ腹に風穴が開く。
王子の顔面が蒼白になっている。
私はと言えば状況が読み込めなくて立ち尽くすばかり。
ふと、動きを止めた怪獣が、ぐるりとこちらを振り返った。忙しなく動かした目が、私を捉える。
そのとき、声が聞こえたような気がした。
ーー日本人の誇りを、忘れるな!ーー
怪獣は光に包まれると、大きな藍色の珠となり、こちらへ飛んできた。怪獣だったものは、当然顔で私の体の中へと溶けていった。
後日談。
婚約破棄され、断罪もされた私だが、冤罪は晴れた。今では王家が新たに建築している神殿の筆頭巫女となり、怪獣を降臨させたものとして再びこの世が災厄に包まれぬようお祈りを捧げる日々。
もう軽んじられることはない。それどころか、王家もこちらの顔色を窺う始末である。不相応な身分とはまさにこのことだ。
すべては怪獣あってのことである。
彼は、同じ日本出身の私を贔屓にしてくれたのだろうか?それともあちらの世界で他の国にまで出張させられた「先達」として、この乙女ゲームのような世界に呑まれている私に喝をいれたのだろうか。
もちろん真実は神のみぞ......いや、怪獣のみぞ知る。
「それにしても、自分達が手に負えない存在とわかると、神としてお祀りしちゃうのは、元になったゲームが日本人スタッフで作られたからなのかな?」
もちろん答えはない。私は苦笑と共に、背筋を正し、二礼、二拍手、一礼をして、朝のお勤めを終えた。