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探偵少女ロリータをひろう  作者: 存思院
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第5話 泣きそうになっている姉を招いて

 その後は、海老と大葉のパスタをみんなで食べた。母だけお箸をつかっていた。いつの間にか買っていた、例のパスタ専用のお箸だった。

 その母が洗い物を、お洗濯をとしている内に、話し合いを切り出すタイミングを誰もが逃してしまっていた。始まると思っていた時間から幾分過ぎてしまうと、酔いつぶれた伊智那が起きてからにするか、いや父が帰ってきたらにするべきかという気持ちに流されてしまい、リヴィングのソファで大人しく座る山王楓はもちろんのこと、家事を終わらせた母も、条も一様に居心地の悪さを感じている。

「あと少しでお父さんが帰ってくるから、話し合いはその時にしましょう」

――という誰もが察していた事実を明文化したあたりで、本当に父、三崎裕司が帰宅した。がくん、と空気が動いた。それを合図に母は出迎えに、条は姉を引っ張ってくるために立ち上がった。

 みなが席につくと、山王楓なる少女を家に連れてきた経緯と、彼女が迷子であることを確認した。父は外傷による記憶の混乱を危惧し、すぐにでも病院に行かせるべきではないかと云ったが、どうやら記憶喪失というわけでもないようで、さらに受診を楓自身が拒否したためにその話はなくなった。

「――あと、その、身分証のことなのだけれど」

 父が連絡先などの情報について尋ねたので、母が楓に目配せして旅券を出してもらう。

「……へぇ」

 今までそろそろこちらがアルコールで記憶が飛んだかと思われていた、つまり胡乱な目で妹に寄り掛かっていた姉、伊智那がソファに座ってから初めて動いた。意味が解らないという顔で古い旅券と珍客の顔を見比べる父の手から、ぱっと旅券を取り上げた伊智那はとたんに少しだけ顔色がよくなったように見える。

「君、何か他にこういうものを持ってないか?」

「――あ。あるわ」

 楓が学生証をガラステーブルにおいた。数秒間それを見ていた伊智那が、今度は疲れた顔をしている母に向き直って云った。

「で、この娘はお母さんの知り合い、昔の知り合いなのだね?」

「そうなのよ。顔も何もかも似ているし、身分証はあるし……何より高校時代の先生も知っているみたいなの……」

 伊智那は乱れた浴衣を直してつと立ち上がる。そのまま眠たそうな楓に覆いかぶさって、あろうことか綺麗な両耳を引っ張り、細い顎を無遠慮に掴み、驚いた顔をして怯えるのをお構いなしにいじくりまわし、止めるのも聞かずにそのまま楓にぴたりとくっついて坐りなおした。

「少なくとも、この娘は母さんの云う山王楓とは別人みたいだね」

 そのように宣言した。

「え、いや、だって……」

「先ず、よく観れば、耳の形、はあまりわからないけれど、鼻とか、眉毛とか、顎の形とか、別人だと云えるほどには違う。その点旅券と学生証は比較して違和感がないから同一人物のものだろうね。でも、今、僕の隣にいる美少女のものじゃあ、ない。旅券は幾分幼い時分のものらしいから、今の容姿と異なると云えるかもしれないが、少なくとも学生証は最近撮られた写真を使うはずだろう? 一年かそこらで鼻やら顎やらの形がそう変わるはずもない。だから、この写真に写っているのは君じゃないぞ」

 楓が「何を云っているんだ」とばかりに顔色を変えて怒りを露わにする間際、すぐ隣にいた伊智那が腕と顎を掴んで抱きかかえるように体を揺すった。何をしたのか、楓はくらりと力が抜けてそのまま眠ってしまう。ひどい話だが、この女は彼女が怒ることを予期して隣に陣取り、今まさに何かをしたのだ。怒らせないために。

「お姉ちゃん何したの!」

「いや、催眠療法の応用というか、動的催眠の技術というか、合気道の亜流の技術と云いますか」

 条はこの姉が居心地悪そうにしているのをみて、一連の動作が褒められたものではなかったものと確信した。ただ面倒だから落としたのだ。

 父母すら向ける非難がましい視線に、伊智那は釈明を開始する。

「いや、冷静に考えてほしい。彼女は旅券通りの年齢ではなく、過去から来たわけじゃない。それなのにそう名乗り、というか、おそらくそう思い込んでいるのは、はっきり云って異常だ。これは誓って差別的意図はないけれど、彼女は精神疾患を抱えているのだろう。というわけで、紳士的な手段で眠っていただいたが、彼女に危害は加えていない…………あの、その…………もうしません……ごめんなさい」

 条は勝手に泣きそうになっている姉を招いてよしよしと頭を撫でつつ、楓が本当に眠ってしまったらしいことを知った。お姉ちゃんがもうちょっと精神的にタフで悪人だったならば大変な犯罪者になっていたかもしれないと思う一方、涙目で弱りはてたこれを見て安心する。

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