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探偵少女ロリータをひろう  作者: 存思院
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第4話 夏のような舌を差し入れる

 辛抱強く聞いていると、どうやら「どうして此処に来たのかもわからない」ままに、迷子になってしまったらしい。何かの外部的な影響力に因るものではなくて、彼女の性質からして、一日中白昼夢を見ているに違いない。迷うのも、無理はない。母が母らしく、住所、電話番号、ヒントとなる記憶等々、まるで解決のための要素が揃わないのに観念して、もう遅くなってしまうから交番に行くのも明日でいいだろうと耳打ちし、山王楓なる少女は今夜三崎家で預かる運びとなった。もちろん、家出や虐待、援助交際などいくつかの想定されるケースに於いては交番が少女の意志に対して有害になりかねないからでもある。

「電車ってこんなにも速いのね」

 という具合に、楓はおよそ毎秒の如く尋常ならざる世間知らずぶりを発揮した。仕舞には来る人一人一人に驚く始末で、その度に条の方が言葉に困ってしまった。生ぬるい列車内の神妙な沈黙から改札の作法まで、高枝の折れかかったバランスのような通念は、一般が大半であるから落ちない訳で、大半じゃない、それも風変りな少数派の閉じられたお城のお姫様(という推定)には、全く腑に落ちないものらしい。


 さて、何はともあれなんとか家にたどり着くと、母が遅めの昼食をつくりに台所に立つあいだ条と楓はシャワーを浴びることになった。

「きゃっ! ちょっと、こんなところで寝ないで!」

 台所の床で酔いつぶれていたどうしようもない姉、伊智那を引きずる音を背後に聞きながら、条は楓に伊智那を紹介した。その結果、「シャーロック・ホームズみたいなお姉さんなのね」ということになった。

「モルヒネに手を出さないだけましってもの」

 と顔を引きつらせながら華美な装飾を丁寧に脱がせる条は、ふと気づいた。

(どうして私が楓の服を使用人のように脱がしているのだっけ?)

「あの、着替えはここに、私のだけど、置いておくから、何かわからないことがあったら言ってね……?」

 綺麗な肌が木漏れ日のように覗く少女に背を向けて――それはそれとして目に焼き付けつつ――どきどきしながら脱衣所を出ようとする。

「一人でお風呂なんて入ったことないわ」

「――そうなの? 本当に?」

「そうよ」

 本格的にどこかの大企業のご令嬢か、はたまた尊い方のお一人が事件に巻き込まれたのでは、その場合私たちも巻き込まれているのでは、と考えだして内心冷や汗をかく条は、それでも罪深いことに美術的な欲求(と主張するもの)に敗北して恥じらいつつも、誰がどう見ても「楽しそう」といわれる表情を無意識に浮かべ、うきうきと自らの衣服を脱ぎ捨てた。

 だいたい、お風呂に湯は張っていないので一つのシャワーを取り合うことになる。冬ではないから辛くない。しかし、一人が髪を洗えば、その艶めかしい背中を後ろでしゅんと眺めるばかり、だと冷静に思うのも束の間、楓の要求と条の欲求からして、条は本当に使用人かもはや奴隷のように全身を洗って差し上げるのだった。何というご褒美なのだと、本当にこちらもどうしようもないことを考える条をみて、楓は手招きした。

「こっちに来て」

「ど、どうしたの?」

「――んっ!」


 温いお湯の細い滝の下に、二人の顔が重なった。無防備な条の顔を細腕でさっとつかんで、気づく間もなく夏のような舌を差し入れる。沸騰する唾液の交歓に眩暈がして条はバスチェアに坐る楓に覆いかぶさるように倒れかかった。力が抜けるのを感じると、すぐに濡れた細腕に一層力が込められる。息継ぎのできない滝つぼの中でじたばたとあばれ、解放されたのはシャワーの音も遠のいたころである。

「ッハっ! ……ぁ……はぁ……何をする……の!」

 タイル張りの床に無様に尻もちをつきながらキッと猫の様に睨む。

 ザーっと水音が止まないなかでも、ひときわ冷たいような、凛とした調子で答えた

「別に、普通のことでしょう?」


 条は揶揄われているのだと思った。

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