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探偵少女ロリータをひろう  作者: 存思院
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第18話 居座り詩集を読み始めた

 林立する酒瓶はすべて回収され、書き散らかしたメモ、種々のゴミの類、割と必要だったもの等々、一切の躊躇なく持ち去る妹たちの傍らで為すすべのない伊智那は万年床に横たわり化鳥のような声を無表情で上げていた。

「ふぁ、ヴぁ、ヴぃヤぁ、ヴぁッぁぁぁぁ――!」

「黙って」

「はい」

「何をしていたのですか?」

 伊智那は楓を抱き寄せて耳元で囁いた。

「いやね、声を二重に出す方法というのは割とあるのだけど、こうすれば――」

「うるさいですよ?」

「――!」

 楓は唇でその口を塞いだ。

 伊智那は綿の布団に帰宅する。

「……? 何かあったの?」

「別に」

 楓が微笑んでいた。

(いくつかの宗教というか思想においては――)

 性欲は禁忌よりも聖なるものとして扱われた。伊智那はこの奇怪な少女がのり玉ラーメンを食べたときに、ある考えに結論を下したのだった。笑顔で麺を啜る少女と、笑顔で父親を襲う少女、この二つに対する感情の反応が異なるのは、単に後天的な構造に因るものであって、もはやどうでもよいという、断片的な感情としての理論である。

(論理も何もない飛躍だが、僕はもはや興味をもてないのだから)

「必要なのは、このairが好きだという、ただそれだけ」

「なに?」

「なんでも」

 条はよくわからないなあ、と云いつつキャンバスを用意してアクリル画を描き始める。よれよれの布団に座って、紫檀の机に顔をあずける姉と、その横に我が物顔で布団に居座り詩集を読み始めた楓を眺めて、「何となくそんな風景」を写し取った。  

「ところで、入谷礼華は埼玉国際大学で心理学を学んでいたらしい。サークルで絵も描いていたとか」

 ひらひらとコピー用紙を揺らしてみせる。『後天的小児性愛障害の治療例』という題が印字されていた。

「れいかさまの?」

 左手から文庫本が落下する。PDFと埼玉国際大学のホームページを前にはしゃぐその表情をみて、伊智那は聞きそびれていたことをやっと訊いた。

「入谷礼華は、君にとって何なんだい?」

恐ろしく果てしない沈黙が響いた。

「れいかさまは私の夫よ」

 伊智那は躊躇いなく訊いた。

「セックスはしたかい?」

「毎日」

 伊智那はなるほどね、と呟いた。今度は条が口を開く。

「嫌じゃ、いや、楽しかった?」

「ええ、もちろん」

 楓は文庫本を拾いなおす。

「カップルが別々に入谷先生に相談をもちかけ、その後不登校ぎみになった。数か月もすると筒井靖は元通り出席するようになったが、山王楓は戻らなかった。しばらくして、卒業間際になり、筒井靖は突如として入谷先生を職員室に呼び出し、焼身自殺を遂げる。一方、山王楓は半年ほど前から自宅には戻っておらず、手紙は事件直前まで送り続けていたが、姿を現すことはなかった。時は経ち、古い級友のもとに、君、が現れた、君は山王楓を名乗るが、別人である。そして、入谷礼華を夫と呼ぶ。どうして路上にいたか、その記憶はないと云う。そして、その君を殺そうとする元フランス兵がひとり……そういえば楓、そのペンダントは外さないのかい?」

 伊智那は長い独白のあとに問うた。

「うん。大切なものなのよ」

「どうして?」

「さあ、忘れたわ」

 楓は大き目の箱のようなペンダントを一日中身に着けて放そうとしない。


 その日は、一人は詩集を、一人は筆を、一人はハートランドを、それぞれ放そうとはしないのだった。

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