天気雨とケーキ作りとヤス
とある裏の組織が所有する、秘密の倉庫。
そこで二人の女の子が、毎日ケーキ作りに勤しんでいた。
二人はある意味師匠と弟子、あるいは誘拐犯と被害者といった関係である。
犯人であり、弟子である女の子の名は、倉崎ユウ。
フーリー(キツネ)というコードネームを持ち、主に暗殺業務等を行っている。
暗殺だけでなく、潜入任務やチラシ配りまでなんでもこなす、大変に真面目な闇の住人である。
彼女はメイの替え玉で、とある富豪の屋敷に潜入する任務の為、師匠のスキルを全て習得しなければならない。期限はたったの三週間。だが出来なければヤバイ事になる。具体的にいうと任務失敗で怒られてしまう。
被害者であり、師匠である女の子の名はメイ・リン。
最近業界内で話題になっている、新進気鋭のパティシエである。
マダム・キャンディと呼ばれる富豪の屋敷に就職予定だったが、それゆえに誘拐された、かわいそうな女の子。
彼女は三週間以内に己の全てのスキルを弟子に教え込まなければならない。出来なければヤバイ事になる。具体的にいうと死ぬ。
ちなみに弟子のフーリーは何度か家でケーキを焼いた事があるだけのド素人である。ヤバイ。
そんな状況の中、ふたりぼっちのケーキ教室は毎日休みなく開催されていた。睡眠以外は全て授業(食事は全て試食タイム)という地獄のような教室である。
だがその過酷な状況下においても、フーリーさんはいつも元気である。弟子ではあるが主催側でもあるため、いつも死にそうな顔のメイに明るく話しかけ、楽しい教室作りを心掛けていた。
「師匠、今日はウェディングケーキの練習をしましょう!」
「……まだ教えてないし別にいいけど、なんで?」
「外を見れば分かります!」
外は日が照っているが少し雨が降っている、いわゆる天気雨であった。メイはそれを見ても、ウェディングケーキと結びつかない。
「フーリーさんの住んでるとこでは、雨が降ると結婚式があるの?」
「師匠、わたしの事はおい!とかヤス!で十分ですよ。弟子なんですから!」
「……なんでヤス?」
新たな疑問が湧くが、この女は終始こんなテンションでよく分からない事を話すのだと答えを諦めたメイは、気にせずケーキ作りに戻る。期限内に教えきれなかったら殺されるのだ。遊んでいる暇はない。
「天気雨が降る日はですね、人以外の者達がいっせいに結婚式を行うんですよ」
「へえ、例えば?」
「キツネさんやおさるさん、ゴリラやジャッカルや天使や幽霊など色々です!」
「それは盛大ね」
口を動かす前に手を動かせと言いたいが、コイツはニコニコと喋り続けながらも手を一切止めない。むしろこちらの手が止まりがちである。だが多少鬱陶しくとも、無言でケーキを作り続けるのは精神的にきつすぎる為、ほどほどにこうやって反応している。
しかしキツネは聞いた事があるが、他は聞いた事が無かった。裏の世界ではそうなのだろうか。そんなやくたいもない事を考え、ふと思い出す。
「そういえば、ある国では悪魔が奥さんを叩いて、その奥さんが流した涙が降って来るんだっていう話があるらしいわね」
「悲しい話ですね……」
「私の状況の方がよっぽど悲しい話だと思うけどね!」
思わずキレぎみに叫ぶメイ。全くその通りである。ほんと可哀そう。
「……本当に師匠には申し訳ないと思っています」
「もういいわよ。アンタも命令されたんでしょ」
目の前の彼女に言っても仕方が無い。彼女も結局、上の者にやらされているだけなのだ。
修行時代にさんざん上の理不尽な命令に耐えて来たメイは、恨みを持ちながらも少し彼女に同情していた。どシロウトの身で三週間でプロの技を全て習得しろなんて、あまりに無茶な命令だ。
「はい……当初はケーキが作れる構成員を適当に見繕って身代わりに送り込むという予定だったのです。だからわたしは言ってやったのです。あの歴史に残るであろう名作ケーキ『月とイモムシ』を作り上げたメイ・リン師匠は本当にすごいお人なのだと!そんなお方の替え玉に生半可なウデの者を送れば、すぐにバレてしまうだろう!と」
「な、なんか照れるわね」
「そしたら、じゃあお前がきっちり教えて貰って来い。と言われました」
メイは呼吸を整え、意外に綺麗な指先をフーリーにピッと向ける。
「犯人お前じゃん!」
つまり、こいつがいらん事を言わなければ私がこんな目に合う事もなかったのだ。それに気付き、思わず指を突きつけ激昂するメイ。
そんなメイに、フーリーは悲しい顔のまま答える。
「でもそのままだったら、師匠は既に殺されていました」
「……えっ?」
「ですから、師匠が私に見事教えきれれば、代わりに師匠を逃がすという条件で引き受けたんです」
「そ、そうだったの……あ、ありがとう」
彼女が口を出さなければ、訳も分からず誘拐され、そのまま殺されていたのだろうか。私のファンだと言っていたが、あれは本当の話で、なんとか助けようと考えてくれたのだろうか。
メイは今までついた悪態を申し訳なく思い、彼女に感謝した。確かにツライ環境だが、殺されない道があるだけ全然マシだったのだ、と。
「さあさあ、続きを頑張りましょう!」
「そうね!」
どこかでキツネが、コーンと鳴いた。
オチに納得いかなかったアナタ!俺もです!