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7話 偶然ですね、先輩

 三限の授業と四限の授業の間。

 俺は荷物を持ち、化学室へと歩いていた。


 次の時間は化学で、その内容は実験だ。

 それだけならば別にいいのだが、問題はクラスの何人かが事前に実験の準備をしなければいけないことだった。

 毎回違う人間がその準備を行っていて、今回その準備をすることになったのが俺なのだ。



 そうして白衣と筆記具と教科書を持ち化学室の前の廊下を歩いていると、


「あっ、先輩!」


 聞きなれた声で、先輩と呼ばれた。


 一瞬俺ではない別の人間が言われたのかと思った。

 俺は知り合いが少ないからな。


「先輩。こっちです。後ろですよ!」


 再度声が響く。

 この高い声。

 誰が発言しているのかは簡単にわかる。

 俺の後輩の日比乃京香だ。


 振り向くと、案の定日比乃がそこにいた。


「あ、先輩。ようやくこっち向いてくれましたね」


 やはり話しかけられたのは俺らしい。


「なんだ日比乃」


 話しかけると、日比乃は「おつかれさまでーす」と笑顔を浮かべながら近づいてくる。


「どうしてここにいるんだ」


「私はさっきまで物理の実験だったんですよ。先輩はなんでいるんですか?」


「俺はこれから化学の実験なんだよ。事前に準備しないといけないから早く来てんの」


「あー。なるほどそうだったんですねえ」


 納得した、という風に彼女はうなずいている。


「じゃ、そういうことだから行くわ。じゃあな」


 手をあげて、化学室へ行こうと踵を返そうとする。

 しかし


「え? え? え? なんで行くんですか?」


 その行動を日比乃に止められた。

 日比乃はガシッと俺の手をつかんで引き留めている。


「まだ会ったばっかじゃないですか」


「いや会ったばっかって。俺は実験の準備をしないといけないんだよ」


「そんなの後でもできるじゃないですか! まだ休み時間はあるじゃないですか。お話しましょうよ」


「休み時間って言ってもあと五分くらいだぞ」


「五分でもいいですよ。パソコン室以外の先輩はレアなので、逃したくないんです」


「レアってなんだよ」


「レアですよレア。パソコン室の先輩がノーマルで、廊下の先輩はレア。ちなみにSRは学校の外の先輩です」


「出現場所で先輩のランク決めるんじゃないよ……」


 ちなみにSSRはどこなのだろう。

 遊園地かな? 俺はほぼ行かないと思うし。

 出現率1%だ。いや、それ以下か。


「それでですね、先輩は――」



「あれ、柳川君。入らないの?」



 日比乃が何か話そうとし始めたら、また声がかけられた。


 あ、ちなみに柳川君って俺のことね。皆忘れてないよね大丈夫だよね。


 話しかけてきたのはもちろん日比乃ではなく別の人物だ。

 それは同じクラスの女子の木村さんだった。


 話しかけられたからといって、木村さんとは別に親しい間柄ではない。

 接点は化学の実験で同じ実験班というくらいか。


 実験中と、実験の後のレポート作成時くらいしか話すことはない。

 それでもクラスの女子のうちでは話す方だが。

 我ながら交友関係の狭さが悲しくなるな。


「木村さんか。ちょっと後輩と話しててさ」


「後輩? あ、その子か」


 近づいて来た木村さんは日比乃の方を見る。


「へー。部活の後輩?」


「いや、俺部活入ってないし。委員会の後輩だよ。ほら広報委員会の」


「え、広報委員会って何してるやつだっけ?」


「広報誌作ってるんだよ。月1で出てるだろ」


「広報誌って、あーあれか。あの誰が読んでるのかわからないやつ」


 あ、やっぱり皆そういう認識なんだね。

 いや自分でも誰が読んでるのかわからないとか言ってたけどさ。

 はっきりそう言われるとへこむわ……。

 がんばって作ってるのになあ。


「あの、先輩」


 俺が悲しい気分になっていると、日比乃から話しかけられた。


「先輩、その女の人誰ですか?」


「同じクラスの木村さんだよ」


「よろしくね。えーと、」


「日比乃京香です。広報委員会で柳川先輩の後輩をやっています」


「日比乃ちゃんか。よろしくね」


 木村さんは笑顔で挨拶する。

 しかし、日比乃はなぜかいつまでも真顔で、にこりともしない。


 おかしいな。

 こいつは人見知りするようなタチじゃないはずだ。

 それどころか四方八方に愛想を振りまき、初対面であろうが笑顔で対応する奴だ。


 俺にすら初対面の時に笑顔で対応してくれたほどだからな。

 それがこんな頻繁に絡んでくる厄介なやつだったなんて、その時は思いもしなかった。



「よろしくお願いします。木村先輩。それで、随分仲良さそうにお話しされていましたけど、お二人ってどういう関係なんですか?」


 日比乃が真顔で、しかもけっこうシリアスなトーンできいてくる。

 なんか怖いな。

 さっきはもっと高い声で、笑顔で話してたろうが。


「いや、ただのクラスメイトだけど」


「またまたぁ、先輩がただのクラスメイトの女子と話せるわけないじゃないですか。女の子を目の前にすると緊張して話せなくなるんだから」


「そんなことねーよ」


 現にいつもお前と話してるだろうが。

 そりゃ最初の頃、俺はまともにお前と話せなかったけどな。


「それなのに、私以外でこーんな仲のいい女の子の知り合いがいるだなんて。私全く知りませんでしたよー」


 そう言って、日比乃は「あはは」と笑顔になる。


 やっと笑ってくれたのだが、その顔は俺しかいなかった時の天真爛漫な笑顔ではなく、なにか含みのある笑顔だった。


 真顔ではないけれど、これはこれで怖い。

 目が笑ってないんだよなあ。


「ほんとにただのクラスメイトだよ日比乃ちゃん。まあ実験班は同じだけど」


「へ、へー。そうだったんですか。実験班が……」


 そして日比乃は俺の腕をぐっとつかむ。

 意外と力が強くて、なかなか離さない。


「なるほどそういう接点があったんですね。なるほどなるほど」


 日比乃は納得したように頷く。

 やはりまだ目が笑っていない。


「同じ実験班なら、実験中に話すこともあるでしょうし。ちょっとだけ。ちょっっっっとだけ、仲良くなることもあるでしょうね」


「ひ、日比乃……?」


 日比乃は俺の腕を引き寄せて、俺と腕を組む。


「まあでも私は同じ委員会ですからね。月に一、二回の実験とは違って、週に何度も先輩と会って話していることですし」


「いやまあ木村さんは同じクラスだから、一応毎日会ってはいるぞ」


 話してはないがな。

 なんなら挨拶しないときもあるがな。


「そ、そうなんですね。でもでも、毎日会っていても、毎日仲良く話せるとは限りませんからね」


 言いながら、日比乃がぎゅううっと俺の腕を強くつかむ。

 けっこう痛い。


「あの日比乃ちゃん? 私は別に――」


 木村さんが何かを察したのか、日比乃に向かって話しかけたその時。

 キーンコーンカーンコーンと予鈴がなった。

 授業開始のチャイムだ。


 もう授業開始とは。

 思ったより長く話し込んでいたらしい。


「あ、もう行かなきゃ。それじゃあ先輩、失礼します!」


 予鈴を聞いた日比乃は俺の腕を離す。

 そして俺たちにペコリと一礼して日比乃は少し歩き、


「まさか先輩に女の知り合いがいるだなんて……。これはもっと危機感をもってやらなければいけないかもしれませんね」


 そうつぶやいて、自分のクラスに戻って行った。


 なんなんだいったい。


「ねえ。柳川君」


「何?」


 日比乃も行ったことだし、化学室に向かおうとした時に後ろから木村さんに話しかけられた。


「柳川君ってさ、あの子と付き合ってるの?」


「いや付き合ってないけど……。なんで?」


 なんでそんな質問が飛んでくるんだ?

 さっきの話の中で俺と日比乃の交際を誤解させるような甘酸っぱいやり取りがあったか?


「いやなんか。自分のものアピールがすごかったから」


 自分のものアピール?

 そんなものあっただろうか。

 まあ男の俺にはわからない女子特有のやり取りがあの中であったのだろう。


 と、まずい。

 こんなことをしている場合じゃない。

 まだ何もしていないのだ。

 早く化学室に行って実験の準備をしないといけない。


 そう思った俺は、急いで準備をするために化学室の中に入っていった。 


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