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ピアニスト玲子の奇跡(2)  作者: でこぽん
7/15

7.漁場と農場

 翌日、イブラハムは、バラカトの案内で首相官邸を訪れた。

 首相官邸は、以前王宮が建っていた場所にある。スラノバ国が王国から議会制民主主義国家に代わると、モナ女王の計らいで王宮の土地や建物は、直ちに新政府へ提供された。今では議事堂や首相官邸として使用され、広場は公園として整備された。

 イブラハムたちが首相室へ入ったとき、グレン首相は書類を読んでいた。だが、イブラハムに気付くと素早く立ち上がり、

「イブラハムさんですね。私がグレンです。話はパラカトから聞きました。あなたには大変期待しています」

 と、わざわざ席を立ち、イブラハムに握手を求めた。

 グレンは腰が低い首相である。普通であれば、首相が自ら先に挨拶することはない。相手の挨拶の後に自分が行うものである。だが、グレンは違う。人一倍謙虚だ。

 イブラハムは、グレンのこの動作ひとつで、グレンの心を読み取ることができた。

(信頼できる人だ)

 そう判断し、

「初めまして。私がイブラハムです。よろしくお願いします」

 と、丁寧にあいさつした。

 人と接するときは、あたかも鏡と接しているようなものである。相手が丁寧であれば自分も丁寧になり、相手が無礼であれば、自分もつい無礼な態度で返事をしてしまう。

 イブラハムはグレンに対し、精いっぱいの誠意を示した。

「イブラハムさん、自分が正しいと思ったことは遠慮なく実行してください。いざとなったら、責任はすべて私が引き受けます」

 信じられない発言だった。グレンはイブラハムのことをまだよく知らないはずである。それなのにイブラハムのことを信じきっている。

「グレン首相、ありがとうございます。でも、今日初めて会ったばかりの私を、なぜそんなに信頼されるのでしょうか」

「だってパラカトが君を信頼している。だから私も君を信頼する。それだけだよ」

 歯切れの良い答えだった。

 イブラハムは、その言葉だけで嬉しくなった。グレン首相が率いる内閣の暖かさを感じることができた。そして、水産大臣としてのやりがいが生まれた。

「それでは精いっぱいやらせていただきます。敬語は不要です『イブラハム』と呼んでください」

イブラハムはそう返事した後、

「早速ですが、エネルギー関係の方とお会いしたいのですが」と、告げた。

「どうしてエネルギー関係の担当なのかね?」

「スラノバ国の海上に浮体式の風力発電施設を設置しようと思うのです。それにちょっとした工夫をすれば、その場所はエネルギーを生むだけでなく、良好の漁場にもなるのです」

「えっ?」

 グレンにはイブラハムの意図することが分からなかった。だがイブラハムの提案に興味を持った。

「面白そうだね。早速、エネルギー省のアセフと会議ができるように調整しよう」

「それと、国土交通省の担当の方とも話をしたいのですが…。魚を山間部に運送するために道路の整備を依頼したいのです」

 相次ぐイブラハムの積極的な提案に対し、グレンは喜びを隠しえない。

「了解した。当分私は君の調整役として動くことになりそうだね」

「そんなことは…」イブラハムは否定しようとしたが、パラカトがそれを制した。

「良いのだよ。グレン首相は、きみが斬新な提案をすることが嬉しくてたまらないのだよ」

 パラカトがいうと、グレンが続けて、

「私が首相として一人で頑張っても国は変わらない。みんなが積極的に動くことで国は変わっていく。そのために私はいる。そのためならば、私は苦労をいとわない」

 そう告げるとグレンは、早速電話をかけ、打ち合わせの日取りを決めた。

「ところで、モナ女王には会わないのかな?」

「これからモナ女王にイブラハムを紹介する予定です」

 イブラハムが返事をする前にパラカトが答えた。

「そうか、それじゃ私は作業の残りをやろう」

 その言葉をきっかけにパラカトとイブラハムはグレンに別れの挨拶をし、首相官邸を後にした。


 その後、パラカトとイブラハムの乗った車は、スラノバ国国民党の事務所に着いた。

 モナ女王は、スラノバ国国民党の党首として活躍している。

 党首室に入ると、今度はモナ女王が駆け寄ってきた。

「あなたがイブラハムさんですね。モナです。よろしくお願いします」

 モナ女王も、全く腰の低い党首である。

 まるて、どちらが新人かわからないような、挨拶の仕方である。この飾らない心の広さが、モナ女王の魅力である。

 モナ女王がスラノバ国国民党の党首になった理由の一部を、イブラハムは理解した気がした。

「この女性が、スラノバ国の内戦を終戦に導いた人なのか」

 イブラハムは、モナ女王のことを尊敬している。いや、イブラハムに限らずスラノバ国国民は、全てモナ女王を尊敬している。

「モナ女王、初めまして、イブラハムです」

イブラハムの声は、上ずっていた。

「そんなに緊張しないで下さい」

 モナ女王は、イブラハムたちをソファーに(いざな)った。

「イブラハムさん。グレンには会われたかしら?」

 モナ女王はグレン首相のことを『グレン』と呼ぶ。実は、モナ女王とグレン首相とは婚約している。

「先ほど挨拶してきました」

「そう。それじゃあ早速、明日から大忙しよ。うふふ」

 モナ女王は、まるでイブラハムとグレンとの会話を聞いていたかのように、笑顔で明日の会議のことを話しだした。

「どうしてモナ女王は、明日の会議のことを知っておられるのですか?」

「勘よ。イブラハムさんとグレンとの性格を考えれば誰でも想像つくわ。うふふ」

 モナ女王は楽しそうである。

(モナ女王は…、まるで俺の心を読み通しているようだ)

 イブラハムはそう感じた。

 緊張のため、しばらくイブラハムは話ができなかった。

 モナ女王はそれに気付くと、

「イブラハムさん、心配しなくともいいわ。私もグレンもパラカトさんも、あなたの味方だから」

 モナ女王の話のタイミングは絶妙である。そのおかげでイブラハムは緊張の糸がほぐれた。

「ところで、イブラハムさんは、ゼノスさんを助けてくださったのね。ありがとうございます」

 モナ女王は、低い腰をさらに低くし、頭をさげた。

「助けたといっても、治療場所に連れて行っただけですよ。それに、『東島の勇者』玲子が彼の喉に溜まっていた痰や血を、直接口で吸いとってくれたし、治療場所に着くまで、彼女はピアノ演奏をしてくれました」

 イブラハムは、玲子を褒め称えた。

「玲子がいなければ、彼の命は助からなかったはずです。感謝は俺ではなく、玲子にしていただくようお願いします」

 イブラハムの説明を聞いたモナ女王は驚きを隠しえなかった。

「…直接口で痰や血を吸いとった……玲子が…」

 モナ女王は独り言のようにつぶやいた。

「心配しないでください。水槽にある海水でうがいしたので大丈夫です」

 イブラハムが説明すると、

「…水槽の海水でうがい?…」

 モナ女王はさらに不安を募らせた?

「後でドクター近藤が消毒したので、大丈夫ですよ」

 そこまでイブラハムが説明すると、ようやくモナ女王は安心した。

「でも…、車の中でのピアノ演奏は、どうやったらできたのですか」

「ピアノといっても俺の友達のハッサンが娘さんの誕生プレゼント用に買ったおもちゃですよ。ハッサンはそのピアノを提供してくれただけでなく、治療場所まで運転してくれました」

 イブラハムは、ハッサンのことを部下とは呼ばずに友達と言った。それにゼノスを助けたことを自分の手柄とはせずに、みんなの手柄としている。そんなイブラハムの謙虚な性格に、モナ女王も好意をもった。

「ときにイブラハムさん。あなたと玲子との接点を教えてほしいのですが…」

 モナ女王は、玲子とイブラハムとの関係に興味があった。

「俺の会社では、魚を養殖しています。魚が健康に育つように、彼女のピアノ演奏を録音し、朝と夕方、魚たちに聞かせています」

「それで効果はありましたか?」

 モナ女王は、その話に興味があるようだ。

「彼女のピアノ演奏を聞かせると、魚たちは喜んで泳ぎ回ります。それが魚の健康に良いし、身も引き締まり、味も美味しくなります。おかげで、副業で始めたレストランが大繁盛です。今では本業以上の業績になりました」

 モナ女王はイブラハムの話を聞いていたが、それをきっかけに突然閃いた。

「そうだわ。バラカトさん。玲子のピアノを、牧場の牛やメロン栽培にも活用できないかしら?」

「面白いですね。試してみる価値があります」

 バラカトも、まさにモナ女王と同じ考えをもったようだ。

「そうですよね。私から玲子に連絡しておきます」

「モナ女王、ありがとうございます」

 バラカトはモナ女王に感謝した。

 するとイブラハムが、ためらいがちに、

「ところで、モナ女王は白井玲子と、どんな接点があるのですか?」

 イブラハムには、モナ女王が玲子に直接連絡をとるのが信じられなかった。

「私は、……」

 モナ女王は、言葉につまった。

 実は、モナ女王の双子の妹サマルが、玲子と一緒に暮らしているのだが、サマルはスラノバ国では死んだことになっている。

 だから、モナ女王は、イブラハムに対して、本当のことが言えない。

「モナ女王は、白井玲子さんに、命を助けてもらったのですよ」

 言葉につまっているモナ女王の姿を見て、バラカトが代弁した。

 バラカトは、モナ女王の妹サマルのことを知っていた。だがバラカトも、その事を誰にも言わないようにしている。

 今度は逆に、イブラハムがバラカトの代弁に驚いた。

「命を救われたとは、どんな状況だったのですか?」

「私がモナ女王を人質にとろうとしたのです」

「えっ?」

 イブラハムは、意味がわからない。

「この国がまだ内戦中だったとき、モナ女王は、革命軍の司令官の館に、たった一人の護衛を連れて、ノコノコとやって来たのです。だから私が人質にとろうとした。それを玲子が救ったのです」

 イブラハムには、バラカトの話が信じられない。もし、それが事実だとすると、その二人が、お互いに信頼しあい、共に仕事していることが不思議である。

 そこへドクター近藤と厚生大臣のムハマドが、一緒に党首室に現れた。

「ドクター近藤、ムハマドさん、こちらが今度、水産大臣になるイブラハムさんです」

 モナ女王が二人にイブラハムを紹介すると、

「お久しぶりです。ワイダー村で以前お会いしましたね」

 近藤は笑顔で挨拶し、「あのときは、お世話になりました」と、お礼を述べた。

 イブラハムは、二人に改めて挨拶した。

 しかし、イブラハムには気になることがあった。

 厚生大臣のムハマドの顔がハッサンとそっくりである。しかも、顔以外のある場所もハッサンとそっくりだった。その『顔以外のある場所』とは、イブラハムだけが感じている部分であり、決して人に理解してはもらえない個所だった。

 しいて言うならば、『心のヒダの形』がムハマドとハッサンとで同じなのである。

 イブラハムは戸惑いがちにムハマドに尋ねた。

「ムハマドさんは、俺の会社にいるハッサンに似ていますが、親戚なのでしょうか?」

「ハッサン?」

 イブラハムの質問に対して、ムハマドは一言つぶやき、しばらく考えた後、

「イブラハムさん、私にはハッサンという親戚はいません」

「それでは生き別れの兄弟とか、おられますか?」

 イブラハムは珍しく食い下がった。イブラハム自身、考える前に質問がでたようだ。

「弟のアスマドはいましたが、十年前に亡くなりました」

「失礼ですが、弟さんは、どのようにして亡くなられたのでしょうか?」

 イブラハムの心には、何か引っ掛かるものがあった。

「十年前、村に革命軍が押し寄せて来たとき、母と弟は追い詰められて、崖から転落しました……」

 ムハマドは、昔を思い出したのか、しばらく言葉に詰まった。

「当時、私は隣の村まで出掛けていたため難を逃れましたが、母と弟は、それっきりです。母の遺体は見つかりましたが、弟の遺体は川に流されたようで、いくら探しても見つかりませんでした」

 ムハマドは、静かに語ると無言になった。

「そうでしたか。御愁傷(ごしゅうしょう)(さま)です」

 そう言ったものの、やはりイブラハムは、どこかに引っ掛かるものを感じた。

 すると、静けさを破るようにモナ女王が、

「ところでドクター近藤。国営牧場やメロン農園で、玲子にピアノ演奏をしてもらおうと思っています」

 モナ女王は、近藤にお願いするように両手を合わせ、

「ドクター近藤からも、玲子に口添えしていただけませんか?」

「モナ女王、私はかまいませんが、私が言わなくともモナ女王の頼みならば、彼女は断りませんよ」

「わかっています。でも、万全を尽くしたいのです」

 モナ女王はスラノバ国の農作物に付加価値を加えようとしている。他の国が真似できない商品をつくりたいようだ。

「玲子の協力が得られれば、ドクター近藤も玲子に会えるチャンスが増えますよね」

 モナ女王はドクター近藤をひやかした。

「えっ」

 とっさに玲子とのデートを問われたため、近藤は、うろたえ、

「…確かにそうですね…」

 と、顔を赤らめながら答えた。


 次の日、イブラハムはエネルギー省のアセフ大臣や国土交通省のサイル大臣と会議をした。その会議にはグレン首相やパラカトも同席した。

「風で電気をつくり、漁場をつくり、流通経路をつくるために協力してください」

 イブラハムの提案にみんなが驚いた。

 なんとイブラハムは、洋上に浮体式の風力発電施設をつくり、そこで得た電気の一部を用いて海洋深層水をくみ上げ、海面に散布することを提案した。

 浮体式洋上風力発電とは、文字通り海に浮く風力発電施設のことである。釣りに使用する細長い(うき)を大きくしたものを想像すると良い。浮の先端に風により回転するプレート(プロペラ)を付けた格好であり、海流で流されないようにアンカーを海底に沈め固定する。

 現在、世界で多くつくられている洋上風力発電機の大多数は着床式であり、文字通り海底に固定する。これはイギリスやEUのように遠浅の海岸には有効だが、日本やスラノバ国のように水深が急に深くなっている沿岸には不向きである。

 しかもイブラハムは、浮体式の利点を生かし、海洋深層水を汲み上げ、海面に散布することを提案した。

「なぜ、海洋深層水を汲み上げるのかね?」

 グレン首相が質問すると、

「海洋深層水にはプランクトンの成長に欠かせない無機栄養塩類が豊富に含まれています。それを海面に汲み上げることで海面近くにいるプランクトンが大量発生します。そのプランクトンを小魚が食べにやって来る。そしてその小魚を食べに大きな魚がやって来るのです。つまり、良好な漁場ができるのです」

 イブラハムはそう答えると、さらに、

「また、浮体式洋上風力発電の構造体やチェーンには藻が付着し、その藻も魚の餌となります。さらに浮体式風力発電所の底は、魚たちの絶好の()()となるのです。海上を飛ぶ鳥から襲われる心配が無いため、魚たちは多く集まります。だから底を広くして、魚の棲み処を大きくします。多くの魚を呼び寄せるのです」

 と、良好な漁場をつくるためのからくりを説明した。

「確かに新たな漁場ができれば、そのための流通経路も必要となりますね」

 パラカトが納得したようにつぶやいた。

「そうです。だからエネルギー省だけでなく、国土交通省の協力も必要なのです」

「イブラハムさん、あなたの発想は一石二鳥どころか一石三鳥を目指していますね。電気を得て漁場を得て流通経路を得る。大変すばらしい提案です」

 国土交通省のサイルが言うと、すかさずグレンが、

「いやそれが実現できたら国民が喜び、スラノバ国の財政も豊かになる。一石五鳥だ」

 と、満面の笑顔を見せた。


 イブラハムの提案は、電気を供給するだけでなく食料を確保するうえでも魅力的である。さらに運送を確保するための道路整備を国土交通省が協力することで、素早く工事が実現できる。

 それにイブラハムの提案方法は、水産大臣としての枠を超えた発想だ。ほかの大臣と協力することで、国民にとってより良い結果をもたらすことを、他の大臣にも示したのである。そして、この提案方法は、他の大臣への啓蒙となった。


 しばらくして、イブラハムの影響を受けた農政大臣のパラカトが、砂漠地帯にソーラ発電施設と農場をつくることを提案した。

「太陽光で電気をつくり、水をつくり、農場をつくり、流通経路をつくるために協力してください」

 パラカトの提案は、ソーラパネルとソーラパネルとの間隔を広げることで農場とソーラ発電施設を共存させ、さらにソーラ発電で得た電気の一部を用いて海水を真水に変え、農場に水を散布するものだった。

 説明会の日、パラカトは熱意をもって皆に説明した。

「植物は、水と光と二酸化炭素とで光合成をおこないます。だが、ある一定量以上の光が当たると光合成がそれ以上進みません。その点を光飽和点と言います。光飽和点を過ぎると、光合成が進まなくなるだけでなく、植物にはストレスとなるのです。結果として植物が育たなくなる。だから熱帯地方や砂漠で植物を栽培する際は、適度に影をつくり、光が当たりすぎないようにすることが大切なのです」

 パラカトは説明を続けて、

「その影をつくるために、ソーラパネルを畑に一定の間隔で設置するのです」

 パラカトが言ったこの方法は『ソーラシェアリング』と呼ばれており、多くの国で普及を始めている。

 ちなみにスイカやトウモロコシなどは光飽和点が高いため影はあまりいらないが、ブドウやメロン、イチゴなどは光飽和点がそれほど高くない。だからそれらを栽培する際は、適度に影を作ったほうが作物の成長に良い。

「だけど水がないと植物は育たないのでは?」

 グレン首相が質問すると、すかさずパラカトが、

「その通りです。だからソーラパネルで得た電力の一部を利用して海水を汲み上げ、特殊なフィルターを通すことで真水に変えるのです。そして、その真水を『点滴灌漑』と呼ばれる方法で、植物に少しずつ与えるのです」

「ちょっと待ってくれ。わからないことが二つある。海水を真水に変える方法と『点滴灌漑』だ。それを説明してほしい」

 グレン首相がすかさず質問した。

「まず海水を真水に変えるには、特殊なフィルターを通します。そのフィルターは日本企業をはじめとしてヨーロッパの国々でも開発しているので、それを使用します。但し、真水をつくるためには電気も必要です。電気の力で海水を強い圧力でフィルターに押し当てるのです。そのためにソーラパネルで得た電気を用います」

 と答え、続けて、

「次に『点滴灌漑』ですが…、一般に砂漠で農作物を育てる際に失敗する第一の原因は与える水が不足することですが、第二の原因は、水を与えすぎることなのです」

 パラカトの説明に、みんなが驚いた。

「どうして水を与えすぎたらいけないのだ」

 すかさずアセフ大臣が尋ねた。

「皆さんは不思議に思われるかもしれませんが、砂漠に大量の水を散布すると、水の浸透圧により地中深くに含まれる塩分が地表まで浮きあがり、それが植物を枯らすのです。だから砂漠で植物を育てる際は、最小限の水を一滴ずつ直接植物の根元(ねもと)に与えるようにします。これが『点滴灌漑』です」

 パラカトが説明した点滴灌漑は、一定の間隔で一滴ずつ植物の根元に水を与える方法である。この方法は百年以上前にドイツで研究され、アメリカなどの各地で研究が重ねられ、イスラエルで技術が確立したものである。


「砂漠に農場が新たにできれば、農作物を運ぶための流通経路が必要となります」

 パラカトの提案にみんなが感動した。

 パラカトの提案も、ただ単に電気をつくるだけでなく、砂漠地帯に農場をつくり、しかも真水をつくり、流通経路をつくるものである。これが実現できれば国民や政府が大いに豊かになる、まさに理想的な提案だった。


 イブラハムやパラカトの提案は、すぐに実施された。道路が整備され、機器が搬入され、一ヶ月後には試験用に機材が設置され、海と砂漠に、漁場と農場ができ、さらに電気を得ることができた。また、道路や市場が整備され、市場は多くの人でにぎわうようになった。


 スラノバ国には明るい未来が待ち受けている。

 洋上には数多くの風力発電施設が設置されている。それに、砂漠には、見渡す限りの広大な土地に沢山のソーラパネルが設置されている。しかも、そのソーラパネルの隙間には、イチゴやメロンなどの植物が育っている。あと数カ月もすれば、その植物から豊かな収穫が得られるはずだ。

 洋上と砂漠とで、これらの光景を目にした子供たちは、未来に希望を持った。なかには「大人になったら、あの場所で働きたい」と、強い意志を示す子供たちもいた。

 彼らには、光り輝く自分たちの未来が見えているのだろう。


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