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無味乾燥

作者: 埃川 彼芳乙



『年越しまで残す所!一時間余りとなりました!!』


テレビに映る司会者が元気良く喋る。

マイクが必要ないのでは?と思える程の声量は(きた)る翌年に何かを期待している様にも取れた。


日付を跨ぐだけという、普段と何ら変わり無い日常にどうしてこうも揃って意気揚々としているのだろうか……。


私は不思議だった。




〝どうして年末年始ってこんなに仰々しいの?〝


あれは確か、学生時代。デパートでアルバイトをしていた時だったと思う。


勤務時間は短くなるが、年末も年始も出勤しなければならなく、随分と億劫だった。

何が億劫って、年末年始に出勤しなければいけないこともそうだけど、公共の交通機関のダイヤが変わることが何よりも気怠さを助長させた。


私はデパートまでバスで通勤していたのだが、出勤は始発が遅くなるだけなのでどうと言うことは無かったのだけれど、帰りは本数が減った分、バスの待ち時間が異様に長くなり、腹が立ったのだ。



そして帰宅するなり、私は母親にそう訊ねたのだ。



しかし、怒り心頭の私とは裏腹に母親の答えは素っ気ないもので……


〝そりゃ、一年が終わるからでしょ〝


という、実に無味乾燥な答えだった。

なんじゃそりゃ!何てツッコんで食い下がる私に、会話を聞いていた父が


〝行事何てのはなぁ、店側の利益向上の為に作られた騙術(まやかし)なんだ〝


と一言(ほう)った。


〝じゃぁ、バスの本数が少なくなるのは何でなの?いつも通りで良いじゃん。何の騙術なのさ〝


関わるんじゃなかった、と父は面倒そうな表情をしながら


〝ほら、それはあれだ、のんびりした雰囲気に肖ってるんだ〝


あぁ、そうか、集団心理というものか。とその時の私には、ストンと府に落ちるものがあり、それ以上の言及はしなかった。




しかし、あれから四年経った今になって再び疑問に思ったのである。


集団心理と言えど、どうして皆楽しそうにしてるのか?


私は不思議だった。


日を跨ぐ、月を跨ぐ、年を越す、結果は同じなのに、期間が長くなればなるだけそれの価値は増していく。皆の期待も増していく。

まるで株価の上昇みたいな雰囲気も年始と共に緩やかに下がっていく。

皆で持ち上げるだけ持ち上げて、変わるものは年月日だけ。

そこに嬉々とするだけの価値があるのか、私には分からない。


普段と変わり無い日常を過ごしていた方が楽だし、何よりも生産性があるように私には思えた。


「ねぇ、私の考えって間違ってる?」


水を飲むかの様に缶ビールを仰ぐ恋人の(つとむ)に私は訊ねた。


「え?いや、間違ってないと思うよ」


「どうせまた話半分にしか聞いてなかったんでしょ?」


きょとんとした勤の顔が証拠である。


「いやいやいや、ちゃんと聞いてたよ」


必死に否定するところがまた怪しい。と私は睨みを利かせる。


(あや)の考え方も一つの正解だと思うよ。でもね、僕達は人だからさ。そう言うのが必要なんだよ」


「何よ?そう言うのって」


「いや、その、人って感情とか気分の乗る乗らないとかでパフォーマンスに影響出るでしょ?

それらを緩和するって言うか、整理する為に節目ってのが必要なんだと思うよ」


「ふーん……」


何、理屈っぽく語ってるんだか。私より学の無い勤を怪訝そうに見詰める。


「それに、こう……。

クリスマスとか年末年始とか、他の行事の時だって、街も人も賑やかになってきて、気分が何となく上がってきてさ。

なんか、嫌なことも落ち込んだことも全部許してしまっても良いかなって思えるんだよね。

そういうほんわかした温かい感情って嬉しいし、楽しくならない?」


そう言って勤ははにかんだ。


「ま、まぁね……」


勤のこういう感受性豊かな所と言うか、悪く言うとバカっぽいと言うか…感覚的に物事を捉られる生き方は素敵だなと思う。

昔の私なら鼻で笑い飛ばして一蹴してただろうけど…。

でも、今ならそういう考え方もあるんだなって素直に受け入れられる。


それを教えてくれたのは他の誰でも無い、目の前で恥ずかしそうに笑っている勤だった。



―――――あぁ、そうか。皆知っているんだ。


大切な人達と一緒に過ごした日々が掛替えの無いもので、それらが(もたら)してくれるものが優しく、温かいものだってこと。


期間が長くなるだけ価値が増すのは、共有してきたものの数が増えるから。


だから年を越す時は、来年も大切な人達と楽しく過ごせるように、変わらず安泰であるように、今年よりももっともっと良い年になるようにと願い、期待をするから仰々しくなるのだ。


私は不思議だった。


何で今までそんな事にも気付けなかったのか。



ぼーん。

テレビから除夜の鐘を打つ音が聴こえてくる。


「綾、明けましておめでとう」


「え、あれ、もう年越したの?」


「そうだけど?」


今更?と言った勤の表情が何か気に食わなかったので肩を一発叩く。


「何で越す前に声掛けてくれなかったのよ。

年越し蕎麦食べてないじゃない」


「何か考え事してるみたいだったから、そっとしておいたのに。何も叩かなくたって」


「ほんと気の遣い所がなってないわ!」



こう言う何気無い日々の積み重ねが、人にとって大切なものを育んでくれるのだと思う。


効率や損得勘定だけで生きるのは楽だけど、味気無い。



「初詣はどうする?」


「まずは蕎麦食べるの!」



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