死んじゃったマサル。冒険スタート
気がついたら、真っ白な空間にいた。
本当に、何もかもが白い。
空も大地も、全部漂白されたみたいに白い。
ここまで白いと、逆に苦痛になってくる。
マサルは、今まで入院していた病院のことを思い出して、暗い顔になった。
マサルは数分前、死んだばかりだった。
マサルの死因たる病気は、原因不明の病だった。
どんなに調べても、どこにも異常はないはずなのに。どこもおかしくないのに。
徐々にマサルは衰弱していき、そして遂には死んでしまったのだ。
「姉さん…。あかり…」
マサルは静かに肉親のことを思う。
胸に込み上げてくるのは切なさだ。
目の下に熱があることが、奇妙に思えてくる。
頰に何かが伝う感触する。
それから堰を切ったようように、止めどなく溢れてくる涙。
マサルは上げたくなる声を堪えて、みっともなくゴシゴシと雫を拭った。
そして、泣いてもしょうがないと思って、顔を上げたところで、目を丸くした。
「!?」
何といつの間にか、目の前に見知らぬ女性がいたのだ。
この世のものとは思えぬ美しい顔立ちは、恐怖を覚える程だ。
胸は豊満であり、男ならば誰しも情欲を唆られるであろう。
マサルはその胸を直視してしまい、思わず息を飲む。
「え、えと…貴女は一体?」
「わたくしは女神です。あなたを転生させに参りました」
「転生?」
入院前に読んでいた転生ものを思い出す。
昔は随分と転生ものを読んでいたが、入院してからは一度も読んでいない。
読んだということさえも、入院してからは忘れてしまったことを、今更ながら自覚する。
自分は今、まさか夢でも見ているのではなかろうか。死に逝く前の、最後の夢がこれなんて、なんか喜んで良いのかわからない。
「じゃあ、転生をさせてくれるんですか?」
生まれ変われるなら、夢でも生まれ変わりたいのがマサルの本音だ。
だって死んでいるよりも生きているという気分を味わいたい。
最後の最後くらい、力を誇示して賞賛されて良い思いをしたい。
話の流れ的に、問答無用で生まれ変わらせてくれるはず。
だって夢なんだから。
自分の都合の良いように、展開は転がる。
「はい」
女神は機械のようにうなづく。
マサルの思った通りの行動だった。
マサルは女神に近づくと、自分が望む能力や容姿を頼んだ。
マサルに女神は微笑むと、その体に触れると抱きしめる。
胸に顔を押し付けられ、マサルは顔を赤くさせて藻搔いた。
肩甲骨から生えた大きな羽がマサルを包む。
「さあ、お行きなさい。せいぜい頑張りなさい」
女神が呟いた途端、マサルは疑問に思い、問い返そうとうした。
しかし次の瞬間ーーマサルは光となって消えてしまった。
別の世界へと、旅立ったのだ。
そして、女神様は伸びをすると、椅子を具現化させる。
上からキラキラした鱗粉が降ってきて、みるみるうちに姿が変わる。
女神様の肉体は蒸発。
代わりに白い白い、人型の光が現れた。
手をかざせば、スクリーンが現れる。
そこに映し出されていたのは、勿論転生したマサルだった。
マサルは女エルフに転生していた。
しかも身一つで森に放置されている。
強引に言ってしまえば、その身体に宿る魔力は神に匹敵するので、武器など必要ない。
しかしマサルはそれをすっかり忘れてるらしく、ビクビクしながらモンスターから身を隠している。
何かしきりに女神様と祈ってるみたいだが、自力で何とかできる問題なんだから、手を出すわけがない。
やがてマサルは死んだ。
モンスターに殺されたのだ。
あくびが出る程退屈な死に方だった。
人型の光は、神は呟いた。
「小学生の女の子を転生させたら面白いかなって思ったけど、別にそうでもないわ」
神は退屈で退屈でしょうがなくて、様々な遊びを考案した。
例えば、洪水を引き起こして地上を混乱させたりだとか、雷を落として恐れさせたりだとか。
そしてこれもその遊びのうちの一つ。
ある国のネットで流行っているジャンルから思いついたもの。
神は様々な人を転生させて、造った空間に落とし、行動を観察するという新たな遊びに夢中だった。
最初は、セオリー通りにトラックの運転手を操って人を跳ねさせて転生させた。
造った世界はとんとん拍子に進んでいく、何の面白みもない剣と魔法の世界。
流行ってるジャンルの平均的な部分を集めたシュミレーション。
そこに入れられた転生者は、気持ち悪いくらい世界に侵食されて、やがて自我も失い物語の一キャラになっていく。
最初は抵抗したのに、流されていく姿が最高のコメディだった。
だがそれも飽きて、今度は乙女ゲームの悪役令嬢ものの世界を造った。
落とした魂は男女を問わない。
そして虚偽の乙女ゲームの記憶を植え付けて、本当に投稿されている物語にように行動するのか観察した。
これは実に様々な行動パターンがあって、なかなかに興味深かった。
しかしそれにも飽きた。
だから今回は趣向を変えて、転生させる対象を小学生に女の子にしてみて、病気で殺した。
神はマサルに転生させる気になるよう感情を操作して、力を持たせた。
結果はご覧の通り大失敗。
すぐに死んでは意味がない。
「次は誰にしようかな」
神は下界を覗き、ぞろぞろいる人間という玩具を見て思案した。
そして適当に誰かの心臓を止めさせて。
ひょいと魂を摘み上げた。
神の姿が変わり、老齢の男になる。
神は心の中で笑いながら、目の前の人間に対して言った。
「すまん、ミスで殺してもうた。お詫びに転生させるてやるわい」