第十話:赤い目に囚われる・元気が出る花
「あんたは…」
桃華もその男の容貌を凝視して、一瞬誰かに似ているような気がした。でも誰だと思い返していると、鈴蘭の大きなため息を耳にした我に返る。
「もう、言ったそばから、無理やりはよくないわよ また日を改めなさい」
鈴蘭から二度も諭された大和は手を煩わせたことに罪悪感を感じ、渋々と桃華から手を引いた。
「分かりました、また日を改めます」
鈴蘭に対し素直に非礼を詫びたものの、桃華をひと睨みして立ち去っていった。その様子に鈴蘭はため息をつく。
「あれじゃあ、当分諦めそうにないわね 一応朱鷺くんに連絡した方がーー」
「いえ、あれは単なる私怨です 他の人が対処しても向こうがそれで納得しなさそうですし」
「う〜ん、そうね……何か困ったことがあったら私か私の従者の彼に言ってね」
大和の腕を止めたのは鈴蘭の従者だったかと、桃華は彼に向かい頭を下げ感謝の言葉を述べた。
「先ほどは助けていただいてありがとうございます」
「……いや」
従者の容貌は顔半分は隠れるように前髪が長く、美形で性格によるものだろうかそれ以外は話そうとしなかった。
(やっぱり私、この人のこと知っている)
桃華はモヤモヤとした違和感の正体を掴もうとした時、午後の授業の始まるチャイムが鳴り響いた。
鈴蘭は拍手をして集まっていた他のクラスたちの誘導する。
「皆さんも授業が始まるので教室に戻ってください」
観衆たちは鈴蘭の声に目を覚ましたように蜘蛛の子を散らすようにいなくなった。
「それじゃあ、烏丸さんも」
「あ、はい」
桃華は鈴蘭に礼を言って従者とともに立ち去っていった。その姿をみたクラスの人々は話をしているのを耳にする。
「はあ〜、いつ見ても 絵になる二人ね」
桃華はその二人の姿を見てなるほどと思った。
白金の髪のお姫様に黒髪の騎士かしら……。
まるで絵本に出てくるような登場人物である。桃華は自分に縁のない話だなと思いながら教室に向かった。
桃華が立ち去っていく姿を従者が刹那ーー見ていたことに気づかなかった。
一悶着は鈴蘭が入ったことでおさまり、桃華は大和とあったことも日にちが経てば忘れた。
しかし大和はくすぶる想いを抱え込んでしまい未だ消えずにいた。
南大和はそれから授業を受けてから悶々と抱えていたが、仕事の時は私情は御法度と気持ちを切り替えていた。
バディを組んでいる相棒の相原宗介にも迷惑がかかると思った大和は仕事に没頭した。
そしてある日、廃ビルの化け物が出るから調査してほしいと依頼内容を見て、紹介所で確認して請け負った。
東京のどこにでもありそうな廃ビルで人気は無かったが、二人は到着して異様な雰囲気に包まれているのが分かり、大和と宗介は警戒を強めた。
「結界を作るぞ」
「ああ」
人払いの術をかけて二人は中に潜入した。中は誰もいないから閑散としていて、あたりは真っ暗だが、多少暗くても訓練をしている陰陽寮の学生に支障はなかった。
大和は刀、宗介は銃を構えて歩いていくと、どこからか足音のような音が聞こえてきた。
「相原、くるぞ」
大和は声を呼びかけるが一向に返ってこなかった。
何故だと思い振り返るとそこには先ほどまでいたはずの相棒がいなくなっていた。
(……!!? 落ち着け これは幻術だ)
すぐに幻術を解く真言を唱えようとしたその時だった。目の前を向くとそこにはさっきまでいなかったはずの人影が立っており大和は驚愕し後ろに飛び退いた。
「お前がこの廃ビルに住んでいる妖か、退治させてもらう」
人影は大和声に反応するかのようにふりむいた瞬間だった。
赤い目
その小さな人影の赤い瞳に魅入るように囚われた瞬間、大和は硬直したように動けなくなってしまう。
(なんだ、これは 体が動かない 金縛り……?!)
大和は真言を唱えようとするが、口から発した者はパクパクとした鯉が餌をもらう時に出す音を発した。
(声が出ない!?)
無我夢中で大和は焦燥に駆られていて人影が目の前に一歩また一歩と歩みよってくるのを見ていることしかできなかった。
月の光に照らされてその姿が露わになる。
「なんなんだ、お前は」
小さな人影は大和の苦しそうに歪む表情を見て嬉しそうにクスクスと笑った。
「お前か……私を呼んだのは? なんて美味しそうな香り、私好みでいますぐ食べちゃいたい……けど、まだね」
鈴のように可憐な声なのにゾッとするような寒気と言い表せない恐怖感を大和は感じた。その言葉を最後に人影はすぐに消えていた。
「それじゃ、行くか ……おい 大和」
ばっと振り向くとそこにはいなくなったはずの宗介がいた。
「お前…ずっとここにいたか?」
「うん? ああいたが、どうした 体調が悪いか?」
「……いや、大丈夫だ」
大丈夫という顔色をしていない大和に、もしかして何かあったのか思い今日は仕事を中断しようと思ったが、大和の頑固な性格を知っている宗介は続行した。
「分かった、さくっと終わらせるか」
「ああ」
宗介が先頭に立ち、大和は後ろを歩いた。僅かな瞬間、大和の瞳が怪しく赤く煌めいたのに宗介は気が付くことができなかった。
〇〇
北方院葵はあることで悩んでいた。
それは最近久々の北方院静が名前の通り静ということだ。いつもは名前負けをするくらい快活で明朗だというのに今は別人のように物静かで不気味なくらい元気がない。
で考えてみたものの、何をしたら喜んでくれるのかわからず、いつも悩んでいるときに幼なじみの霞に相談するのだがここ最近仲が親しくなった人物の顔が浮かんだ。
思い立った葵は花月に悩んでいることをメールに送ると数分後に返ってきた。
葵:兄が最近元気がなくて何をしたら喜んでくれるか相談に乗ってもらえませんか?
花月:いいですよ。そうですね、何かプレゼントを送ったらどうですか?私が知っている花屋さんを紹介しましょうか?
葵:はい!ぜひお願いします
何回かやり取りとして後日行くことになった。
待ち合わせの日になり、花月は花屋に向かうと二人の少女がお店の前に立っていたので手をふった。
「葵ちゃん、霞さん」
「あ、平野さん」
口を開いて手をふったのは霞で、葵は嬉しそうに出迎えてくれた。
「おはようございます、それじゃ早速中に入りましょうか」
花月は二人を連れて中に入ると色とりどりの切り花が立ち並んでおり、それを見た葵と霞は年頃の少女らしい表情をした。
「綺麗だね」
「うん、お店の店頭も素敵だったし」
葵はそう呟くと、
「あら、お褒めの言葉ありがとう」
お店の奥から一人の人影がやってきて気づいた花月は挨拶する。
「あ、こんにちは」
「あら、今日ははなちゃんだけ?」
「はい、今日は朝日ちゃんじゃなく、お友達を連れてきました」
「あら、はなちゃんのお友達 嬉しいわ」
花月は花屋のりんを二人に紹介しようとしたら二人が硬直していることに気づいた。
「どうしたの?二人とも」
「えっと、花屋さんって女性かと思っていたから、というよりもすごい美人ですね」
モデルのような容姿とオネエ口調は初対面の人には効果抜群である。葵もそれに同意してうなづいた。
「あら、今日はうんとサービスするわね」
「私の横にいるのが北川葵ちゃんで、安倍霞さんといいます」
「よろしくね 私の名前はりん。 今日はどのようなご用件で?」
りんは葵に優しく話しかける。
「最近、兄が元気がなくて何か元気が出るようなお花ってありますか?」
「そうね、元気が出るのだったら黄色系かしら……ガーベラ、フリージア、ひまわり、オンシジューム、チューリップとかいいわね、お兄さんはどんな人?」
「どんな……?」
そう聞かれた葵は目元に少しシワが寄って神妙な表情をする。
「どうなんでしょう いつもは明るくて楽観的で、なんでも卒なくこなしている」
葵の言葉に霞は苦笑しながらうなづく。
「そうそう、そしてかなりの妹ラブなところが」
その瞬間、葵はどこか遠い目をして花月は苦笑した。
「あら、愛されているのね」
「……愛されているんでしょうか」
普段だったら、鬱陶しくなるのだが兄のことを心配している葵にりんは彼女の頭を撫でた。
「愛されているからこそ、何かしたいと葵ちゃんは思ったんでしょ?」
「……はい」
「それじゃ葵ちゃんが選んだお花ならきっとお兄さん喜んでくれるわ」
「はい、よろしくお願いします」
それから店内にある花を観察して長持ちするように吸水スポンジの上に次々と花々を飾りバスケットが完成した。
「可愛い」
「喜んでくれるといいね 葵ちゃん」
「うん」
「ふふ、仲良き事は美しいわね、はなちゃんの友達になってくれて嬉しいわ」
葵は首を振ってりんに答えた。
「いえ、私の方が友達になってほしいって思ったんです。 人見知りが激しいですけど優しく声をかけてくれて」
なんだかいきなり褒められた花月はしどろもどろになる。
「ふふ、はなちゃんったら照れちゃって可愛いわね、ちょっかいかけると朝日ちゃんが止めるのよね」
りんは微笑ましそうに呟いた。花月は少し寂しそうに口を開く。
「はい、あまり私の用事に合わせるのは申し訳ないので」
「そう? あの子だったら、喜んで予定を空けそうだけど」
「そうですかね? また今度一緒にきます」
「ええ、楽しみに待っているわ」
葵と霞はお店の前に車を呼んで帰り、花月は鼻歌を歌いながら家に帰り着いた。




