第八話:安倍家の式神・セイ・四神
「浮かない顔をしているな お主がそんな表情をしている時はあの少年のことか…?」
可愛らしい外見をしているが、この含蓄ある物言いが如実を現す。セイは安部家に平安時代から仕えている式神なのである。
次期当主となったものに憑けられる守り神のようなもので代々の当主は幼い頃から見守られてきたので頭が上がらない。
「ゔう、いつもはすぐに切り替えられるんだけど この前久しぶりに近くで憲暁君を見てたら」
近くというのは語弊があるが、憲暁を見ていたのは本当のことである。
「憲暁君が女の子と話しているのを見たら、なんか最近昔のことを思い出すのが多くて」
その言葉にセイはうなづき口を開いた。
「そういえば、そんなことがあったって生徒達が話していたのう〜」
すぐに噂となり、憲暁が女子と付き合っているなど尾鰭がついたりなどつく始末である。
「そう! 憲暁君が女の子と話すなんて今までなかったから気になってその女の子に話しかけたら、とてもいい子で可愛い女の子達だったから……」
その時の桃華と朝日の容姿を思い出して、霞はずんと落ち込む。その年頃らしく恋に悩む姿にセイは苦笑する。
(恋とは大変じゃな……)
セイは懐かしい気持ちに浸っていると霞は話を続けた。
「それに、葵ちゃんも友達ができたみたいだし」
「!……ほう〜 あの大人しい北の次期当主の片割れが…友達?」
セイは興味に惹かれた。人見知りが激しく、引っ込み思案な少女だという印象が残っているので驚いた。
「それはよほど、その友達が好きなのじゃな」
「ええ、この前も一緒に外に行った時あの子が踊りのことで悩んでいたから、そのことを話をしたらその女の子がいいところを教えてくれるっていってくれて」
「いい縁を結べたのじゃな」
「うん」
霞は葵に友達ができたことに嬉しそうに笑った。
「それにしても、外からの客人とは珍しい 一体誰が連れてきたのじゃ?」
「烏丸桃華さんって女の子よ、さっき憲暁君と話していた女の子」
「その女の子は、確か一匹狼と言われていたの……? 両方とも会ってみたいものじゃ」
「ふふ、そうね きっとセイも気にいると思うわ」
「そうか」
セイは椅子から立ち上がり、霞に声をかけた。
「少し散歩をしてくる」
「ええ、わかったわ 私も今日も用事があるの」
セイは跳躍してベランダの柵の上に器用に降り立ち、トタトタと可愛らしい足音で移動し彼の行先は森の茂みの中にある一本の木だった。
そこはセイにとってお決まりの場所である。
彼が生まれる前から見守ってきた、もう一人の拠り所でもある。
『友達』
セイには懐かしい言葉の響きに、木々のざわめきながらかつての過去に思いを馳せた。
〇〇
ここはどこだろう。
花月は暗闇の中に立っていた。
周りを見渡しても誰もいない。少し歩いていくと童の姿が突如現れた。その子供は蹲るように泣いていたので花月は駆け寄ろうとした。
「どうしたの、どうして泣いているの?」
「うゔ 僕のせいなんだ……僕のせいでお母さんがいなくなっちゃたんだ 僕がお母さんの……お父さんも悲しまずに済んだのに」
シクシクと泣く姿に花月は花月は何を言おうか言い籠ると、その時の不思議なことが起きた。
自分の髪の毛が肩ぐらいまでまでだったのに腰ぐらいまでになっていた。
(なっ、なんなのこれは一体)
花月は困惑するばかりで、どこへやら目の前の男の子をどうするのかと思いきや、自分は男の子の両頬がいっぱい引っ張ってあげたのだ。
「ひっ?!」
(え、ちょっと何をやっているの)
奇天烈な行動をする女性にびっくりしすぎて声がひっくり返り花月は驚愕して突っ込んだ。
(ここは慰めるとかあるでしょ?! いくらなんでも泣いている子供の頬を引っ張らなくても)
自分の行動なのに、自分じゃないような感覚に変な気分になった。
「ふふ、収まったわね」
彼女がそういうと子供の瞳から溢れていた涙は止まっていたが、いささか強引すぎて花月は呆気に取られた。
(もしかして、これが狙いで?)
女性は口を開いた。
「あなたのせいでお母さんがいなくなってしまったのなら強くなればいい」
「……そしたら、お母さん帰ってくる?」
「それはわからない」
その竹を割った物言いに花月はガクンと肩を落とした。
(それはないでしょ?!)
「それであんたの名前はなんていうの、私は楪っていう名前」
「僕はーー」
〇〇
名前を聞いた後に花月は目を覚ました。
(変な夢……)
時折みていた怖い夢よりはマシな夢だがなんだか不思議な気持ちになった朝を迎えた。
今日は葵と霞と桃華と一緒に、お菓子作りをする約束をしている。
陰陽寮の調理室を拝借して、市松模様のクッキーやチョコチップとココナッツの香りがする焼き菓子を作ることになった。
チョコを刻んだりするのは桃華に頼もうとしたが、葵と霞はお菓子を作ったことがないらしく、ほとんど花月がするハメになった。
クッキーが焼き上がり、どこで食べるかと話し合うと、
「それじゃあ、外で食べませんか 天気もいいですし」
葵は嬉しそうにシートなどを持ち運び外に向かった。
都会にいるとは思えないほど自然が豊かな土地で風の気持ち良さに花月は自然と笑みが溢れた。
「ふ〜、気持ちいいところだね ここって」
「はい、この森はセイ様が管理している森ですので」
「セイ様?」
花月の質問に紗羅は説明した。
「はい、セイ様は安部家の霞ちゃんに仕えている式神です。普段は童の姿をしていて、すごく可愛いですよ」
「へ〜、会ってみたいな」
「それじゃ、ちょっと御社の方にいってみますか? そこにセイ様を祀るところがあるんです」
「うん、桃華ちゃんもいいかな?」
「私は別にいいけど」
花月達は御社があるところに向かうとそこは大きな木がそびえ立っており、その木の下に小さな御社があった。
大きな木に花月は圧倒されているとどこからか少年の声が聞こえた。
「あれ、霞 どうしたの?」
忽然と現れたのは水干姿の少年だった。
「セイ様」
「セイ」
「やっぱり、ここにいたのね」
「うん、ここが落ち着くから 君たちは?」
セイは見慣れない花月達に気づき視線がかち合う。桃華は会釈をして挨拶をした。
「はじめまして、烏丸桃華と言います」
「よろしくの〜」
桃華は握手を交わし、次は花月の番だった。けれど微動だに動かない彼女に桃華達は訝しむ。
「花月? どうしたの?」
「え…あ、うん 私が知っている男の子に似ているような気がしたから、はじめまして私は平野花月と申します」
「僕に似ているなんて他人の空似もあるからね ちなみにその子の名前はなんていうの?」
花月は首を傾げておもむろに口を開いた。
「……確か、ハルって名前だったような」
「…ふふ、それじゃ違うね」
目を細めたセイに可笑しそうに笑われたので花月はなんだか気恥ずかしい気持ちになった。最後に朝日と挨拶をして和やかに終わった。
〇〇
四神
いつから存在したのか、人間に危害を加える「妖怪」がいれば、人間を守護する「神獣」もいる。
東西南北を守護する神獣を合わせて「四神」と呼ぶ。
東を「青龍」、西を「白虎」、南を「朱雀」、北を「玄武」をして中央を「麒麟」が司どる。
四神の一族に生まれるものは長命で治癒能力が高い。その性質によって異なる能力に長けていた。
青龍は「木」、白虎は「金(雷)」、朱雀は「火」、玄武は水、麒麟は「土」の性質を持っており、現在の陰陽寮とは200年前の創設時から協力しあっている。
そして四神の一族の子孫はこの陰陽領で妖の血が混じった子孫と同様に通学している。
四神の次期当主達は8月の満月の夜に中央の麒麟に舞を奉納する儀式があり、交流を深めようとちょっとしたお茶会が催された。
お茶会は西方院家で行われる。西方院は陰陽寮はレンガの温かみのある洋館だとすると、白さが際立つ洋館である。中庭には見事な花々が広がっている。
まず西方院についたのが南方院の代理で次は北方院が、そして東方院が着く。到着したのを出迎えた西方院の次期当主・西方院鈴蘭である。
お茶会は庭園の中にある天蓋付きのテラスで行われた。
猫足のテーブルに座った各々に鈴蘭はお薬を振る舞おうとしたが一人いないことに気づく。
「あら、今日は葵ちゃんはきていないの」
その言葉を聞いた答える元気がないのか葵の兄は行儀悪くテーブルに突っ伏していた。
「うゔ.」
返ってくるのは唸り声のような悲しい声が聞こえるのみである。そして静はようやく呟く。
「そうなんだ、今日は行かないって言われて」
お茶会は無理に来ることはないのだが、一緒にいくことを楽しみにしていた静は殊更残念がった。




