第七話:誰のために・親バカ
葵の可愛らしい声に一同はほんわかとした。そして桐原はみんなを離れに案内させようとした時だった。
桐原の母、美和は気づき声をあげた。
「あら、あなたも 孝ちゃんのお友達かしら?」
玄関前に忽然と現れたのはジーンズとTシャツを着た副会長の新橋日向だった。
「あ、こんにちは新橋日向っていいます 桐原…くんから誘ってもらったんですけど、お邪魔しにきました」
礼儀正しく挨拶する好青年の新橋に好印象を抱いた美和は友達が来たことに大いに喜び娘に声をかけた。
「そうなの、来てくれてよかったわね〜 孝ちゃ……」
思わず口が止まったのは、母の自分でも見たことのない娘の表情だったからだ。
その表情は一瞬のことだったが母は見逃さなかった。美和は嬉しそうに頬がほころんだ。
桐原は花月達を離れに案内した。まず葵の踊りがどんなものか見てみたいと言われ彼女は肩を強張らせながらうなづいた。
「は、はい」
葵は一呼吸入れて踊り始めた。
静かな動きなのにその一つ一つの動作に惹かれてしまうのは何故だろう。花月は葵が踊りが苦手と言っていたが、嘘だと思うくらいである。
踊りが終わった瞬間に静かに拍手すると葵は照れ臭そうに笑った。けれどその後苦しそうな表情に花月はどうしたのだろうと不思議に思う。
桐原はそんな葵に近寄り声をかける。
「北川さんは踊る時何を考えていますか?」
「踊る時ですか? それは……」
葵は話しかけようとした瞬間、喉に突っかかるような仕草をして口に出した。
「兄のことだと思います」
「それは、どうしてですか?」
「この踊りは兄と一緒に踊るのです、私が足を引っ張らないか心配で……」
「なるほど」
桐原がよく舞う白拍子も一人で舞台に立つことが多いが、他の仕事で複数で舞うこともある。
「息を合わせるのも大事だけど、そこにいるのはお兄さんだけじゃないはず」
「……え?」
「誰のために踊りますか?」
「それはーー」
その時葵は大切なことを思い出したように顔を手で覆ってしゃがんだ。
(麒麟様に捧げるための、そして人々の安寧を豊穣を……)
「……どうして、こんなこと忘れていたんだろう」
花月達は心配そうに駆け寄ろうとしたが霞が止めた。桐原は膝を折って優しい声で語りかけた。
「それを思い出したら、きっと大丈夫です」
葵は泣きそうな顔を上げて強くうなづいた。
「はい、ありがとうございます」
さっきよりも清々しい表情の葵に花月達はほっとした。すると和服を40代くらいのお手伝いが美和に声をかけた。
「失礼します 奥様、準備ができました」
「ありがとうございます」
美和はお礼を言うと、花月達に目を向けて口を開く。
「皆さん、そろそろお昼を食べませんか?」
「もうそんな時間が立っていたんだ」
道理でお腹が空くわけだと花月達は美和の後をついていくと客間についた。
座卓の上には色とりどりのサンドウィッチが並べられていた。シンプルなタマゴマヨ、ハム、トマト、ツナ、テリヤキチキン、ポテトサラダ、サーモンと玉ねぎのサンドイッチが一つずつお洒落に盛り付けられていた。
それと、美味しそうな匂いが引き立つコーンスープにはクルトンが入っていた。
どれも美味しそうで花月達は目を輝かせた。その姿に美和は嬉しそうに頬杖をつけた。
「ふふ、喜んでいただいてよかったわ 料理人の今の夫がよりをかけて作ったかいがありました」
「料理人なんですか、すごいですね」
花月は感心の目つきで桐原を見たがどこか浮かない表情をしていた。
「そうなんだけどね……」
何故か口を濁す様子に花月は思い出す。
(そういえばさっき今の夫って、本当のお父さんは亡くなって)
これ以上は聞かない方がいいのかと話を止めようとした時だった。障子からひょっこりとその人物が現れた。そこには白いエプロンをつけた作務姿の男性が入ってきて膝を折る。
挨拶された花月達はそれに倣う。
「皆さん、ようこそおいでくださいました。 美和の夫で孝太郎の義理の父の桐原厚と申します お見知りおきを」
厚はすぐに退室してようとした時、孝太郎の横にいる新橋を一瞥したことに彼は気づかなかった。
そしてまた一通り、踊って、今度は桐原と一緒に踊り始めていき葵の生き生きとした様子に花月は笑みが綻んだ。
(良かった、だいぶリラックスできて)
そして楽しい気分になっているのがもう一人、新橋がいた。
(はあ、本当に綺麗だな 親睦会の時もそうだったし本当に綺麗だな)
同じことを二回も言っていることに気づかなかった。
〇〇
それから少しだけトランプなどで遊んだりしてあっという間に二時間が経ち、厚がアフタヌーンを準備しているので大広間に移動した。
座卓の上にはさっきとは違うそこにはティースタンドが置かれ、その上に可愛らしい一口サイズのお菓子が置かれていた。
花月は普段は食費を節約しているためタルトやスコーンの香りに陥落した。
(うめえ、これ)
甘いものが好きな新橋は舌鼓を打ちながらティーポットを取ろうとした時、丁度桐原もおかわりが欲しかったらしく新橋の手の上に桐原の手のひらが乗っかってしまった。
「あ、ごめん」
「いや……」
すぐに手を離せばいいのだが、何故か時間が止まったような時間が流れ、間近で新橋は桐原を見つめることになってしまう。
思わぬ事態に硬直していた時だった。
「いつまで触っているの?」
二人は驚いた拍子に振り向くとそこには先ほどまでいなかった厚が立っていた。
異様な目つきで重なっている手を見つめられていることに新橋は気づき手を引っ込めた。
「あ、ごめん」
「なんで新橋が謝るんだ?」
「いや〜、でも…だな」
目の前で二人が話し合うと蚊帳の外になる厚は震えながら話しかける。
「ふ、二人の関係はクラスメートとかなのかな?」
日本語がおかしいことそれを聞いた朝日は心の中で突っ込んだ。
「え、生徒会と学年は一緒だけど、クラスは違います」
「へ〜、そうなんだ 仲がいいね」
「そうですか……新橋って副会長をしていてクラスの男女から人気があって、勉強は少し苦手ですが、スポーツが大の得意でーー」
頬を染めながら言う桐原に新橋は最初は赤面になっていたが厚の表情を見てだんだんと青白くなる。
厚は笑顔で大人しく聞いているが桐原の話が終わり、新橋と目を合わせた。
「そんなに仲がいいんだね、僕も君と仲良くなりたいな」
笑いながら話しかけていたが目が笑っていないことにただ一人桐原は除いて気づかなかった。葵は兄と同じ感じがする厚を見て桐原に憐憫の眼差しを向けてきっとこう思っただろう。
『親バカ……』
〇〇
阿倍氏が安倍と改められたのは平安時代の初期と言われている。それ以前にはまた著名な人物もいた。
阿倍仲麻呂は唐詩人として名を馳せた。
そしてその中でも1000年以上経っても世間でも有名なのが安倍晴明だった。
稀代の大陰陽師として名を馳せた彼は安倍氏の直系の子孫であり、霞は次期後継であり類まれな霊力とその才能も抜きん出ていた。
けれど若くして突出したその才能は時として忌避されるものである。
幼い頃、化けもの扱いされた霞を助けてくれたのが同じクラスだった賀茂憲暁だった。
霞は憲暁に好意を持つようになってから、いじめや陰口を叩かれてもどうでも良くなった。
彼のそばにふわさしい人物になりたいと思いメキメキと学力や技を磨き上げて行った。
そして彼と実技の対戦をした時、極度の緊張から悪口へと変換してしまう悪い癖がついてしまうのだ。
彼を術で弾き飛ばしてしまった時、霞は心中で悲鳴を上げて駆け寄り声をかけでた言葉はーー
『ふ、ふん 他愛もないわね それで賀茂家の次期当主なんて』
(ーーは、違う私は大丈夫って声をかけようとして)
後悔しても時すでに遅く、憲暁はゆらりと立ち上がり、霞に指を差してきた。
「お前より絶対に強くなってやるからな、今に見てろ!」
負け犬の遠吠えよろしく憲暁は走り去っていった。霞はその姿を見て虚勢を張ってしまう
「ふ、ふん 正々堂々受けて立つわ」
その日を境に、ライバル目線で見られてしまうので恋愛なんて甘酸っぱい展開が生まれるはずもない。
「はあ〜」
霞は今、自室で夏休みの宿題をしている。次期当主であっても免除されることなく、他の学生と同様にあるもので、それでため息をついているわけではないが、過去の苦いことを思い出したのだ。
「霞、少し疲れたか?」
会話したのは、もちろん霞ではなく別の人物である。部屋の中には霞以外にもう一人いた。
その人物は頭の上になんとも気持ち良さそうな獣の耳をもち、背中にはクルンとした可愛らしい尻尾を持っている少年だった。
白銀の髪と透き通るような水色の瞳をしていた。
「うんうん、大丈夫だよ セイ」
セイと呼ばれた少年は二パッと笑うと、霞は背伸びをして息抜きをすることにした。
「ちょっと、一休みしようか」
「そうじゃな」
セイはコクリとうなづき広間に向かった。食堂がいつでも開いている為いつでも入ることができる。
たまにはテラスの方で食べようと外のテラス席に向かった。