第四話:安倍霞・北方院葵
桃華達は夜遅くまでトランプやオセロなどで遊び寝て、気持ちのの良い朝を迎えて4人で向かったのは大食堂である。
大食堂には何十人も入れるくらい広々としていていろんな食べ物が大皿に並んでいるビュッフェスタイルである。美味しそうな匂いが立ち込めていて食欲をそそる。
「うわ〜、すごいね」
4人がけの椅子に座り、各々の食事を取っていく。
花月は野菜サラダにクロワッサンにトマトソースをかけたハムとオムレツとブルーベリーソースをかけたヨーグルトで朝日はおにぎりと味噌汁と鮭の塩焼きとだし巻き卵と青菜の胡麻和えである。
真澄はご飯と味噌汁と柚子の風味が効いたサバの塩焼きとすりごまをまぶした里芋の煮っ転がしである。
桃華は職場んと野菜サラダとスクランブルエッグとトマトソースをかけて、ウインナーとワカメスープを選び席に座った。
食事を食べ終えて、食後のお茶を飲もうとした時チラチラと人が自分のことを見ていることに気づいた花月は訝しむ。
それは席に戻ろうとして周りを見た時も同じ視線を感じた。というよりも昨日の夕食もここを利用したのだがそんなに気にしていなかったというよりも、食べることに夢中になっていてあまり気がつかなかったのだ。
(え、どうしてみんなこっちを見ているの……私たち何かしたのかな?)
(何でですかな…?)
それは朝日達も気になっていたので花月の動揺に同意する。最初は珍しいから見られていると思っていたのだが、それに答えたのは桃華である。苦笑しながら口を開く。
「あ〜、多分それ私が誰かいるのが珍しくて見ているのかも」
朝日は不思議そうに呟く。
「それだけで?」
「まあ、一匹狼って言われていたからね」
それとなく花月は桃華の事情を思い出した。修行や仕事に明け暮れていた彼女についたあだ名が一匹狼だったからだ。
「でもこれだともう一匹狼じゃないですね」
「ふ、そうだね まあ 私はそんなあだ名どうでも良いし、それよりこれからどうしようか?」
一泊二日のため今日の夕方には帰るようになっている。今は九時過ぎで、帰るにはたっぷりと時間がある。
「う〜ん、そうだね」
遊び慣れていない桃華が少し頬を掻いていると、食堂にいた人々が一斉にざわついた。
その異変に何だと思い、周りを見渡すと入り口に二人の少女が立っていたことに気づいた。
桃華はどうして騒いでいるのか分かり、驚いた。
(あの二人は、確か……)
桃華は思い出そうとしていると花月達も二人のことに注目する。
「あの二人、可愛いですね」
「え、…ああ そうですね」
花月の相槌に朝日は曖昧にうなづく。
「これだけ騒ぐなんてあの人たちは何者なんでしょう?」
「あの人たちはーー」
桃華が説明しようとした時だった。注目の二人が近づいてきたことに気づき話が止まる。
二人というよりも一人の女の子がズンズンと歩き進み、まるでモーセの十戒のようになっていた。旧約聖書の中にあるモーセの十戒に、海を割るエポソードがあるのだがまさに道ができたのである。
女の子は花月達の目の前まできて、胸に手をあて非礼を詫びた。
「ご歓談中にすみません、烏丸さんでよろしいですか?」
「…はい、そうですが」
桃華は普段はため口だが、礼儀をわきまわえている人に対しては礼儀を持って接するようにしている。
「私は、あなたとお話したいことがあるのですが」
綺麗な女の子に切実に懇願されたらこれが男子だったらすぐにうなづいただろうが、生憎桃華は縦に降らずに横に少し振った。
「すみません、今日は友人と過ごすので」
丁寧に断りを入れようとした桃華なのだが、女の子はにっこりと妥協案を提案する。
「それじゃあ、そのお友達と一緒にどうですか」
微笑んでいるのに押しの強さに桃華は困惑する。普段だったら強気の態度をとるのだが、友達の手前あまり乱暴なことはしたくなかった。
引こうとしない女の子の様子に桃華は口元を引きつかせるのを見た花月は助け船を出す。
(桃華ちゃんが珍しく困っている! 私が助けないと)
普段は勝負事だったら桃華に有利なののだが、相手の方がどうも弁舌が達者のようである。
花月は挙手をして口を開く。
「私は構わないけど……」
桃華は驚いた表情で花月を見つめる。
「花月?」
「朝日ちゃんと真澄さんはどうかな」
花月の問いかけに朝日もそして真澄も同様にうなづいた。3人がいいのなら断る理由もないと桃華はいい、女の子は嬉しそうに微笑んだ。
「ありがとうございます あ、自己紹介が遅れました 私、安倍霞と申します そしてーー」
ずっと彼女の後ろにいた女の子が恐る恐る顔を出した。
「あ……北方院葵と申します」
ペコリと頭を下げるとまた隠れるように霞の後ろに隠れた。まるで人見知りの猫のようである。
(何だか対照的な二人だな…)
花月はそう思いながらまずは場所を移動して食堂から出ると花月達に注目していた人たちも蜘蛛の子を散らすように元の位置に戻った。そして桃華と安部霞のこともまた話題となった。
〇〇
そして花月達がやってきたのは茶室だった。
花月にテレビで見たことしかないような部屋に心踊らせたが、直後マナーなど知らないので不安になっていると朝日から話しかけられた。
「畳の縁は踏まないようにすればいいんだよ」
「え、そうなの?」
「紋縁って言ってご先祖様や家人の顔をふむことに繋がるのと、畳を痛めないためだね」
「へ〜」
花月は感心していると、朝日の話を聞いていた霞はそのことを知っていることに驚いた。
「よく知っていますね、今時の子にしては」
何の感慨もなく口に出した霞のその言葉に朝日はドキリとした。
「え、そうですか」
「あ、多分朝日ちゃんのお家が日本家屋だからだと思います」
花月は朝日の焦りを感じたわけではないが言い淀む姿に何となくフォローした。
「そうでしたか、それじゃお茶をお持ちしますので少々お待ちを」
準備が終わった霞は釜で湯を柄杓ですくい茶器に入れて、シャカシャカと小気味のいい音を鳴らす。
その優雅な仕草に花月は見惚れていると前に出された。
「え……?」
「どうぞ」
「はい、いただきます えっとそのまま飲んでも大丈夫ですか?」
「はい ご自由に」
花月はペコリと頭を下げて、グビと飲むと最初は苦味がきたが後から甘みが来たのでそんなにキツくなかった。
一通り飲み終わり、桃華はやっと口を開いた。
「それで聞きたいことは一体なんですか?」
桃華の一言にさっきまで笑顔が嘘のように消えてその変わりように花月達は緊張が走る。
(え、な どうしたんだろう)
花月は心配していると霞が先ほどまで静かな動作で動いていたとは思えない、音は立ててないが桃華に近寄ったことに少し慄いた。
「実はですね、私、ある方に好意を抱いているのですが 昨日その人があなたの手を握っているところを目撃してしまって 一体どのようなご関係かと思いまして」
にっこりと微笑んでいるのにドス黒いオーラを持っているように見えるのは目の錯覚かと花月は目を瞬かせる。桃華は何のことを言っているのか分からなくて困っていると朝日が助太刀をした。
朝日は昨日のことを思い出して推察する。男の子って言うともはや一人しかいない。
「それって、昨日の男の子のことですか?」
「え?」
桃華の昨日あった男子といえばと記憶を遡る。
「昨日会ったのは賀茂憲暁…くんでしょうか?」
「はい、そうです」
「その憲暁くんとどうゆう御関係かと?」
名前でいう様子に知り合いなのかと花月は推測する。桃華に質問する様子に花月達は彼女はまだ気づいていないようなので花月は教えた。
「その男の子のことが好きなんですね」
霞は恥じらうように頬を染めた。そして彼女の告白に桃華はようやく気づいた。
「はい、お慕いしております それで憲暁くんがあなたの腕を掴んでいたところを目撃してしまい、思わず壁を壊してしまいそうになりましたが、もういてもたってもいられなくて……」
(うん……??)
今なんか可愛い声から物騒な言葉が出たようなと思った花月は『まさかね〜』と何かの聞き間違いかと思った。
「……どうゆうって、あれが初対面なので何とも…」
「まあ、それでも何か親しいものを感じましたが?」
親しいというよりもむしろ殺伐とした空気が流れていたのだが、そばにいなかった霞は知っているはずがない。それよりも何が気になっているのか花月は気づいた。
「それは大丈夫だと思います」
「え……っ?」
「桃華ちゃんはずっと好きな人がいるので」
花月の予想外の言葉に桃華は慌てふためく。物珍しいその表情の変わりように霞は驚く。
「まあ、そうなんですか?」
桃華は恥ずかしそうに視線を逸らしながら、仕方無しにコクリとうなづいた。
「なるほどそれならよかったのですが」
嬉しそうに霞は微笑むとちょっこりと座っていた葵はようやく口を開く。
「よかったね」
「ええ」
「あの、つかぬことを聞きますが」
朝日は霞に口を開いた。
「はい、何でしょう?」
「もし桃華ちゃんが彼のことを好きだったらどうしたんですか?」
「……さあ、どうするかはその時に考えます」
朝日はこの笑い方に既視感があった。そうこれは志郎が何かしら企んでいることに出す含み笑いと似ていることを。
何だか薄寒い気持ちになった朝日だった。
(う〜ん 何も聞かなかったことにしよう)
花月はその時、葵と目が合った。
「あの……霞ちゃんは憲暁くんのことになるとちょっと周りが見えなくなるけどいい人なので」
見た目はお人形さんのように華奢であるが、はっきりとした声で誤解がないようにと霞のことを慕っているのが窺える。
「そうなんだ、え〜と葵ちゃんって呼んでいいかな?」
「は、はい 大丈夫です」
「そういえば自己紹介がまだだったね 私は平野花月と言います、それでこちらが代永朝日ちゃんでありらが広瀬真澄さんです」
「はじめまして、私は北方院葵と申します」
今度は自分から自己紹介をして葵はたおやかな笑みと共に綺麗にお辞儀をして挨拶を返した。