第一話:夏休み・カレーライス
女子高生の行方不明騒動は無事に終わり、時間が過ぎれば世間を騒がしていた話題もまた新たな事件がどこかで起こり塗り替えられる。
元の日常に戻った花月達は学生達にとって嬉しい夏休みを迎える。夏といえば浴衣で花火大会、水着で海などイメージが容易に想像できる。
花月がどのように夏を過ごそうかと桃華に話したら、
「それじゃ、私の部屋に遊びに来る?」
寮に帰った桃華がなぜまた花月のアパートにいるのかというと彼女は泊まりに来ていた。桃華が学校に転校した時には美少女の転校生が来たと話題になる。
勉強は苦手みたいだが、人並み外れた運動神経は目を見張るものがあり学校の人気者に加わるのは遅くはなかった。
花月と朝日は、友希子と麻里子は一度遊んだことがあったので面識がありすぐに打ち解けることができた。
それから特に変わったことはなく、桃華は花月の家に泊まりに来たのだが、花月が桃華の部屋に行くのは初めてだった。
「私が行ってもいいの?」
「うん、花月なら構わない むしろ来て欲しいけど」
「でも…… 桃華ちゃんが住んでいる陰陽寮って確か……」
花月がどうしてこんなに心配していたのか理由がある。桃華が住んでいる陰陽寮は人ではないものがいるかもしれないということ。
彼女もまた人ではない天狗の妖怪であるが、不器用だが優しい女の子だということを知っているため安心できるのだが……。
「怖い妖怪とかいるかなって……」
花月の不安をよそに桃華から返ってきたのは意外な言葉だった。
「それは大丈夫よ 陰陽寮に通学している妖怪達は私を含めて私利私欲で人間に危害を加えれば即退学でその度に妖力を制限されるの、この木簡を通してね」
ポケットの中に入っていた木の札を花月に見せるようにテーブルの上においた。
「これは……?」
「木簡って言って公認の陰陽師に配布されるものなんだけど自分たちにも配布されている身分証なものね、これがあれば陰陽寮のものじゃなくても一緒に入ることができるわ」
「それはすごい」
「他にも緊急時の時は公共の交通機関を使うことができるわ」
「ええっ、そんなこともできるんですか?」
花月は日々節約しているので交通機関が使い放題だということに目を輝かせるが、一つ気がかりがあった。
「でも、そんな便利なもの持っていたら盗まれたら大変だね」
「それは大丈夫、この木簡の中には勾玉という特殊な石が入っていて、公認の陰陽師か本人以外が使うとことはできないようになっているから」
「へ〜、しっかりと防犯もあるんだね 桃華ちゃんは公認なの?」
花月は興味本位で呟いた。それには残念そうに桃華は首を振る。
「私はまだ公認じゃないから、見習いなの もっと実績と経験を積まないと」
桃華はぐっと握り拳を作った。
「あの時は倒せなかった妖怪もいたし」
あの時とは女子高生の行方不明の騒動の時のことである。あれからもう一週間、経ったと思えないほど昨日のことのように鮮明に覚えている。
花月は妖怪に憑かれた一人の人間に近づき、誘拐された女子達を助けようとしてその人についていくと、そこは廃墟となったビルだった。
そして女の子達が捕まっている部屋に入れられて洗脳を解いたものの、その後が問題だった。下の階に逃げようとするが、部屋から抜け出したことに気づかれてしまい最終的にビルの屋上に追い詰められてしまう。
そんな絶体絶命のピンチに助けてくれたのが翼を広げた桃華だった。
桃華は妖怪を見事に倒して、花月は下に降りた時に初めて頬を叩かれた。最初はどうしてと思ったが桃華の表情を見て忘れていたことを思い出した。
自分がした無責任な行動がどれだけ心配かけたのか猛省した。
その話も志郎達も知っていることを知り、謝りに行った。志郎の微笑みが怖かった頃に今思い出してもすくみ上がりそうになる。
(朝日ちゃんにも心配かけちゃったし……なんかお詫びをしないと)
「花月、花月」
「……うん?」
「何回呼んでも気づかないからどうしたのかと思った なんか悩み事?」
「え? ううんっ ちょっとその時のこと思い出して、いろんな事があったな〜て」
「そうだね、そういえば主犯だった妖怪を倒したの別のものだったみたいだし」
「どうゆう人たちだったんですか?」
「なんでもこの狭間区の守り人をしている御影様っていう存在みたい」
「御影様?!」
花月の予想外な反応に桃華は驚いた。
「そういえば最初に会ったときにそんな事言っていたわね」
「はい、御影様に助けられた事が何度もありましてーー」
「それって何度も危ない目にあっているって事?」
桃華の急な鋭い視線と低い声音に花月は肩を揺らす。
「ふえ……っ、そ、そうですけど」
「何それ、初耳なんだけど」
じとりと花月を見る桃華に何故だか後ろめたく視線を逸らしわざとらしく声をあげた。
「あっ、もうこんな時間 そろそろ寝ようか!」
花月は起き上がろうとすると肩を強めにつかまれる。一体その華奢な体に筋肉があるのか不思議である。
「明日から夏休みだし、少しくらい遅くなっても大丈夫よ」
「ふえ?! うゔ……え〜と」
「いいわよね」
「…はい」
明日が学校であれば桃華も強行な手段を取らなかっただろうが、桃華の目の据わりに花月は早々に降参した。
〇〇
翌日、朝日の家に遊びに行くことになっていたので花月と桃華は朝日の家に赴いた。
ここでチャイムを鳴らすのがマナーだが、約束がある時はわざわざチャイムを鳴らさない方が気を使わなくて済むと言われたので鳴らさなかった。
桃華と共に門を潜った時に彼女は口を開いた。
「それにしても、門構えを含めて立派なお屋敷ね」
「うん、私と朝日ちゃんが子供の頃にかくれんぼした時があったんだけど見つけられない時があったからね」
「へえ〜、そんなに小さな頃から知り合いなの」
「うん、幼稚園のときに出会ったの」
そんなこんなで話をしていると玄関まで辿りつくとそこには待っていたのかドアの内側から人影が見えて声を聞くと見覚えのある幼なじみの姿だった。
「おはよう、はなちゃん 烏丸さん」
「おはよう、朝日ちゃん」
「おはよう、お邪魔します」
花月と桃華は玄関を上がると台所に真澄がいた。
「いらっしゃいませ、お二人とも すぐにお茶をお持ちしますので」
人の家に上がって気遣われるのは少し躊躇するが、季節は夏。のどがかわいて熱中症になったら元も子もない。ありがたくもらうことにした。
朝日の家に来たのは夏休みの宿題をするためだ。持ってきた勉強道具を広げると桃華は課題の多さにうんざりしていた。積み重なる紙の冊子を睥睨する様子に花月と朝日は苦笑する。
桃華の苦手な科目は数学なので彼女は後に回したいところだが、解答は夏休みが終わってから配布されるのでそれまでは真っ白になりかねないし課題も成績に響く。
桃華と一緒に数学を先にすることに決めた。口を窄めていたが、不承不承に二人に数学を教えてくれるように頭を下げた。
それから集中してあっという間に二時間が過ぎた頃、おかわりの飲み物を持ってきてくれた真澄がやってきた。
「おかわりをどうぞ、後お昼ご飯ができましたので」
「はい、それじゃ 私も手伝いに 桃華ちゃんは大丈夫?」
桃華は普段は使わない頭を酷使すぎて座卓の上に突っ伏していたので花月は心配する。
「ううん、大丈夫……」
顔をあげた桃華は立ち上がり、花月達と一緒に台所に向かった。台所に入る前からスパイシーな香りが立ち込めていたのですぐに何の料理かわかった。
「この香り、カレーだ」
台所にはいそいそとご飯の上にカレーのルーをかける志郎がいた。
「はい、今日はチキンカレーです 付け合わせにトマトとレタスのサラダですよ」
食べる前から食欲をそそる匂いである。一人ひとり志郎によそってもらったものを食卓の上に運びご馳走にありついた。
「いただきます」
まずはサラダから食べた。レタスと薄くスライスされたトマトのシンプルなサラダである。
サラダには酸味の効いたドレッシングがかかっている。ゴマドレも美味しいが、夏は酸っぱいものに限る。
(酢とサラダ油とこしょうかな)
今度作ってみようと花月はサラダをシャキシャキと食べてペロリと食べ終わった。
そして次はメインのカレーである。お腹が空いていたのもあって一口食べ始めるとスプーンが止まらなくなる。
具材は鶏肉とニンジン、じゃがいもと玉ねぎだが、鶏肉の脂の旨味が上手くルーに染み込んでいて鶏肉の歯応えも美味しい。
志郎に前に作ってもらったときに鶏肉を胡椒で炒めてから野菜を入れると出汁が出て野菜に染み込むらしい。S○の調味料を入れるとさらに美味である。
あっという間に食べ終わり両手を揃えた。
「ご馳走様でした」
「お粗末様です」
食べさせてもらったお礼に花月は皿洗いを挙手した。食べ終わった皿を集め朝日と桃華が持ってきた。
「お願いします」
「うん、そこに置いといて」
慣れた手つきで食器乾燥機に洗った皿を入れて花月は元の位置に戻ると真澄がお茶の準備をしていた。
食後の一服をしていたときに、志郎は今後の夏休みの予定をどうするのかと何気ない質問だった。
その言葉がきっかけでーー今後の波乱を巻き起こすことも知らずにそれに最初に答えたのは朝日だった。
「そうだね、家でゆっくりする事が増えるかもしれないし……」
「その方が体にもいいかもしれないし」
朝日が体が弱いと思っている花月はうなづいた。事前に体が弱いことを聞いた桃華は少し逡巡し口を開く。
「それじゃ、二人だけで行こうか 花月?」
「うん〜、そうだね 無理は良くないし」
「……え、どこか行くの?」
寝耳に水で二人が予定があることを初めて知った朝日は少し驚き尋ねた。
「うん、明日桃華ちゃんが住んでいる寮に遊びに行こうと思って」
「え……そうなの?」
「うん、それで、一緒に遊びに行けたらよかったんだけど朝日ちゃんと真澄さんもどうかなって思って」
『それだったら、私もーー……』
朝日が言いかけそうになった口が止まった。頭の中で話し掛けられる人物がいたからだ。プライベートで話をするときに念話はとても便利である。
話し掛けてきたのは真澄だった。
『朝日様、烏丸さんが言っている寮は陰陽寮のことだと思います』
「……!」
陰陽寮、そこは妖怪と人間が寄宿する学び舎だということを思い出した。朝日自身も久しぶりに聞いた単語に真澄に指摘されるまで忘れていたぐらいである。
『やっぱ、行っちゃまずいところかな』
『まずいところではありませんが、志郎さん』
独断では決めかねる真澄は志郎に助言を求める。
『そうですね、朝日様が約束を守っていただけたらですが……』
まさか志郎が譲歩してくれるとは思わなかったので朝日は喜んだ。花月はまた別の機会にしようか考えようとしたとき、朝日が恐る恐る話しかけた。
「私も一緒に行っていいかな?」
「え、うん! 一緒に行けるの?!」
「うん!」
「楽しみだね」
花月は朝日が合意してくれたことが嬉しくて思わず手を握った。