第八話:新米刑事、妖怪と陰陽局の存在を知る
立川の視点です。
ヴーーン
ピーポー、ピーポー
辺り一面にけたたましいサイレンの音が轟く。
ただ事ではない女の子の叫び声を聞いた近所の誰かが110番と119番に通報してくれたのだろう。
パトカーとほぼ同時に救急車も数分で現場に到着した。人だかりができている野次馬たちを収拾する警察官達。
マスコミ達もツイッターやネットの情報を見て、そろそろ嗅ぎ付けてくる頃合いだろう。
救急隊員が女の子の意識の有無を確認している。女の子は意識はあったが、混濁していて精神状態が危うい。
隊員にゆっくりするように言われた女の子はようやく「休む」ことができるのだと気を失うように眠った。
その様子を見ていた僕、立川慶吾は眉間にしわを寄せた。
警察官にも関わらず、サラサラの茶髪は地毛で真ん中に分けて少し毛先が跳ねていてパッチリとした二重の瞳と透き通るような肌は、女性からたまに羨ましがられる。
僕はか弱い女の子を衰弱させるまで追い詰めた犯人を憎く思った。
「…これで二件目か」
思い詰めていた僕の頭をポカリと誰かに軽く小突かれて、振り向くと先輩の刑事である足立さんが拳を振り上げ、後ろに立っていた。
僕の表情を見た先輩は察したのか、たしなめられた。
「おい、気持ちはわかるがあまり感情移入はするなよ」
「……はい、分かっていますけど…」
「そのために犯人を一刻も早く捕まえることに専念しろ」
先輩の檄が飛ばられた僕はしっかりと返事をした。
「はい!」
二十六歳で刑事課に配属されて、まだ1年も経っていない若造のひよっこのひよっこだ。
足立国繁刑事。最初に出会った時の印象は、オールバックに眉間にしわを寄せた感じが〇〇〇に見えたのは内緒である。
長年の実績があるが、少し型破れなところがある足立先輩とバディを組んで、半年になる。
事件があった翌々日の午後病院から、被害者の女の子が目を覚ましたことを先輩から聞いた。
思ったより回復が早いことに僕は安堵した。
そのまま数ヶ月も目覚めないこともある被害者を幾度も見てきているからだ。
その翌日の午前に女の子から話を聞くために先輩と一緒に病院へとおもむいた。
女の子の病室をナースカウンターに尋ねるために身分証を出すと、師長が現れ案内される。
病室に入る前に師長がまず入り、彼女の様子を伺っている。師長から了承をもらい、僕らは入室した。
中に入ると個室で広々とした部屋だった。その部屋の窓際にベッドが設置されている。
女の子はベッドで横になっており、挨拶された。
「こんにちは、刑事さん」
僕はその女の子の声を聞いて一安心した。女の子と対面し顔色は良さそうだ。
その事件があった当日は、血色が青白くなっていて見ていられなかった。
体調が良さそうだと思った僕は早速、彼女に何があったのかを聞いた。
怖い思いをしたことを思い出させることはとても心苦しいが、時間が経過すると記憶の忘却で犯人の特徴が著しくなり、おぼろげになってしまう。
彼女に気分が悪くなったり怖くなったら無理に言わなくていいからと僕は女の子に諭した。
それが功を奏したのか、少し緊張していた女の子の表情がふっとやわらいたのを感じ順繰りに言葉を紡ぎ出した。
〇〇
「私はその日、学校が終わって友人と遊んだ帰りでした」
「家までの帰り道を歩いていたら、誰かに見られているような、そんな感じがしたんです」
「それで私が振り向くと、そこには小さなモヤみたいなものが見えたんです」
「最初はゴミのホコリなのか、目が疲れているのかってあまり気にはしていませんでした」
「……けど」
「それがだんだんと大きくなり、3〜4歳ぐらいの子供の大きさになったんです」
「そして、それを見ていたそれが私にこう言ったんです」
『オナガ……ガスイタ』
その言葉を聞いた僕は背筋にひやりとしたものを感じた。犯人は子供なわけがない。しかし、子供が事件の加害者になることは稀にある。
けれど被疑者の年齢が若すぎる。そして被害者のこの女の子は十六歳の高校生だ。
必死になって走れば子供の運動能力で追いつくはずがない。身体障害者ならともかく健康そのものだ。
どう考えてもおかしすぎる。だが現に彼女は必死になって走りそして、追いつかれてしまった。
『じゃあ、それは一体なんだ』
頭の中が混乱していた俺は助けを求めるように先輩を見ると、女の子の言葉を先輩は冷静に聞いていた。
思いあたる節があるみたいだ。それが何のなのか、先輩に聞こうとしたその矢先だった。
「……それは「妖怪」の仕業だな」
低く声の通る男の人の声がした僕は振り返ると、ドアの窓際に二人立っていた。その男たちがいつドアを開けたのか分からないぐらい、突然で思わず硬直する。
「…妖怪?」
女の子がいきなり現れた男の人に不思議そうに聞き返した。
男2人は容姿端麗でつまり美声だ。かっこいい男性に話しかけれて、思わず女の子の頬に赤みがかかる。
僕はそれよりも、いきなり人の病室に入ってきた侵入者に声をかけようとした。
『あのここは、警察関係者以外立ち入り禁止ですよ』
注意をする前に、男の一人がじっと見ていた。正確には僕ではなく、後ろにいる人物をだった。先輩は男の人と知り合いなのか、いつもより苦い顔をしている。
「あなた方がいるということは、これはあちら側の案件ということでよろしいですか?」
「はい。 こちら側で処理をいたします」
もう一人の男の方が返事をした。先ほどの男より丁寧な言葉遣いで身なりもきちんとしている。
「分かりました。 立川 行くぞ」
「えっ!?」
何が何やらと困惑する僕は、いきなりの展開についていけいない。
僕は彼女のことが気になったが、先輩の指示を無視するわけにはいかない。名残りおしく僕は女の子に「お大事に」と会釈をして、先輩の後を追った。
色々と先輩に喋りたいことがある。色々と聞きたいことがあり何を聞くか、ひとつひとつ片付けることにした。
「先輩はあの二人と知り合いなんですか?」
「妖怪ってのは」
僕はゆっくりと話そうとするが、矢継ぎ早に早口で聞いてしまう。
「わ、分かった。 分かったから落ち着け」
先輩は僕の勢いに引き気味で口元を引きつらせた。
「まずはあいつらは警察の人間ではないが関係者なのは確かだ」
「そうなんですか?」
あの二人を警察庁で見かけたことがないし、あんな二人がいたらすぐに分かりそうだが。
「彼らは一体何者なんですか?」
僕がそう質問すると先輩は答えてくれた。
〇〇
「あいつらは陰陽局の人間だ」
「陰陽局?」
知らない単語に僕は首を傾げたが、日本には内部部局というものをあるのをすぐに思い出した。府省において、本府・本省を構成する部署であり、官房と局の2つに大別される。
警察庁はもちろん、内閣府、宮内庁、金融庁、総務省、法務省、外務省、財務省、文部科学省、農林水産省、防衛省などには内部部局は数多くある。
僕も一端の警察官の端くれだ。ある程度の府省の名前は記憶しているつもりなのだが、しかし、「陰陽局」という局は聞いたことも見たことがない。
「そりゃ、聞いたことねえだろうな」
「……え」
「陰陽局は「非」公式の内部部局なんだ」
「…それってわざと世間には公表していないってことですか!?」
その事実に僕は目を真ん丸と見開き驚いた。
「そうなるな」
どうして公表しないのかと疑問に思った僕に気づいたのだろう。先輩はわかりやすいように説明してくれた。
「それじゃあ、その陰陽局というのは何の機関なのかってのが重要だな……そうだな…」
「お前も一度ぐらい映画や小説、テレビで一回ぐらいは見たことはあるはずだ」
「一回ぐらいはですか?」
そんな身近にありふれたものなのか僕は考えて、ボールペンを手に取りメモにその漢字を書いた。この方法の方がアイデアが浮かびやすい。
陰 陽 局
『あれ? そういえばこの文字どこかで見たような』
『近くのレンタル屋で昔のDVDにそのタイトルが確か……』
「陰陽師」
自信なさげに僕ポツリと答えた。
「おっ、意外と早かったな」
「正解だ」
まさか当たっているとは思わずに、バッと運転する先輩の顔を僕は見た。
「陰陽局は妖怪退治専門の機関なんだ」
「妖怪退治」
その言葉を呆然と聞いて、僕は思わず生唾を飲み込んだ。知ってはならないことを聞いてしまったような気分に襲われた。女の子の話を聞いた先輩は違和感に気づき、ピンと来たらしい。
これは人間の手では負えない問題だと。妖怪の仕業ではないかと。女の子の話を聞いた僕は異常で不可解だということは覚えている。その後に感じた嫌な悪寒もだ。
「昔は見えるものが多かったらしいが、今となっちゃ見えるものは少なくなった」
「見えなければいないのと一緒だ」
「昔の時代は陰陽局も公にされていた見たいだが、今の時代は変わった」
「陰陽局という存在を世間に公表すれば、どうしてそんなものがあるのか疑問に思う奴も絶対に出てくるだろう」
「だが見えないやつは見えなくてどうしようもない。 その人間たちをいちいち対処するわけにはいかないからな」
「この人手不足の時代に、ゆえに有るにはあるが、明るみには出ないということだ」
先輩は淡々と淀みなく言ったのをスルスルと僕の頭の中に入っていった。ようやく納得した僕は病室に現れた人たちのことを思い出す。
「それじゃあ、あの二人は」
「ああ……あの二人は数年前の事件で知り合った陰陽師だ」
二人が陰陽師だとようやくわかった瞬間、スッキリするはずだったのだがそれとは逆に無知な自分にへこんだ。
「僕まだまだ知らないことだらけですね」
知らないことが多すぎて落ち込む後輩に面倒くさがり屋だが世話焼きなところがある先輩に喝を入れられる。
「今から俺はビシバシしごいてやるから覚悟しろよ」
脅しをつけたつもりの足立だったが、少し天然の入っている後輩は気づかなかったらしい。
「はい。 よろしくお願いします」
終いには丁寧に返事される始末だ。
「お前そういうところは素直だよな」
先輩にそう言われた僕は何だか恥ずかしくなり、顔をわずかに窓側に向けた。僕らは警察庁に着くまでの間にその話を語り合った。