第十八話:事の顛末・南雲稲穂のこれから
その後日、警察と陰陽局は事件の整理をするために合同会議が行われた。
『今回の事件は赤鬼が地獄からやってきて、災厄を振りまいていた所、陰陽局から派遣された陰陽師が対処するが、調伏に失敗し赤鬼に逃げていた夜中に帰宅途中だった南雲稲穂という24歳の男性に寄生したそうです』
「新人ホストの南雲は人見知りの性格だったらしいが、ある日を境に源氏名を酒呑という名前をつけて様子が変わったと報告です」
足立が話した後、立川は挙手して発言の許可を求めると警視が肯定した。
「刑事の立川と申します…それと南雲は他にもホスト以外に代行業をやっていて未成年の女子や独身の女性の悩み事などを相談したりしていたそうです」
立川は礼をして着席した。
「ありがとうございます。 立川刑事と足立刑事」
大勢の関係者がいる前で落ち着いた声で話すのは杉原千畝ちうね警視。優れた洞察力と頭脳を持ち、常に冷静沈着な性格からまさに頭脳派といっていい。
「陰陽局の報告もお願いします」
「はい」
返事をした阿倍野祐司は立ち上がり発言した。
「今回、最初の調伏にしていればこのようになってしまっやことを陳謝します」
深くお辞儀をした阿倍野に杉原は続きを促した。
「続きをお願いします」
「はい、現場で南雲の記憶を遡った所赤鬼は南雲稲穂は酒呑という名前をつけていたそうです。理由は不明ですがかつて大江山の首領・酒呑童子から取ったそうです」
「酒呑童子とは、今から千年も昔に酒を飲み屋敷から姫を盗んできた悪い大妖怪がいたと言われています。それを聞いた赤鬼は自分の名前をつけたそうですが…」
「そして、陰陽局が探知し駆けつけた時は私たちより前にきていたものにより退治され、女の子達は憔悴していましたが無事に保護され、明後日には退院できるとのことでした」
「妖怪の存在を目の当たりにした女性達の対処はできましたでしょうか」
警視は阿倍野に詳細を聞いた。
「はい、やはり妖怪に襲われかけて疲弊しておりこのままでは日常生活に来す恐れがあると判断し、記憶を改竄する事にしました」
「自分たちは悪い男に騙されて誘拐されて軟禁されたというものですがPTSDになる可能性はありえますので精神的なケアも必要となります」
「元の日常に戻れるために時間が必要ですね」
杉原は阿倍野の報告に頷き、着席させた。
「分かりました。 今回の事件は死者は出なかった事に幸いでしたが何が起きるか分かりません。起こった時も焦らずに臨機応変にお願いします」
「これで今日の会議を終わります 解散!」
それからメディア戦略により女の子を誘拐した架空の男は捕まり、事件は解決した。
〇〇
赤鬼に憑かれた南雲は入院して2日目に起きた。白い部屋の中でどうして自分が横になっているんだと不思議だった。
「あっ、南雲さん 起きられたんですね」
すぐそこに一人の男性が立っていたので驚いた。どう見ても看護師特有の格好では無く、病室にスーツという姿は違和感ありまくりで警戒心を抱いた。
「あなたは…」
「私は拝み屋をしている阿倍野と申します」
「拝み屋?」
「率直に言いますと、あなたは妖怪に取り憑かれていました」
「…妖怪?」
ぼう〜とする頭で何を言われているのかさっぱり分からないような様子に阿倍野は順を追ってゆっくりと説明した。徐々に鮮明に思い出していき赤鬼に出会ったことを赤鬼がやってきて色んな罪を記憶の波が押し寄せてきて罪悪感に胸が張り裂けそうになった。
「…僕は」
「それはあなたのせいでいなく、赤鬼がやったことです」
「でも、拝み屋さん…俺が女の子たちを傷つけた事に変わりはないんでしょ?」
「女の子達はあなたと出会った記憶は憶えていません」
「えっ
「日常の生活に支障をきたす恐れがある場合は覚えていても後味が悪いのでその場合は改竄か消してしまうんです」
「そんな事できるんですか?」
「はい、私はそうゆうのが得意でして、だからあなたが被害者の女の子と出会ってもきっとその子達は分からないでしょ
「…そうですか」
「それでは次は刑事の方にバトンを渡しますので」
ドアのところにはまた違うスーツを着た男性がいた、さっきの阿倍野とかいう男性も容姿が優れていたが、この男はアイドル風に整っていた。
「あっ、私は刑事の立川と申します」
警察という単語になんらかの罪を負うのかと南雲は覚悟した。
「俺、逮捕されるんですか?」
「え、いえいえ あなたは逮捕されませんよ 何も悪い事していないのに、すべて阿倍野さんから話を聞いているので大丈夫ですよ」
それでも罪悪感を拭えない南雲に立川は話をした。
「公には女子学生も自分の話を聞いてもらいたかった寂しい60代の架空の男が犯人となっています。女の子達はメールのやり取りだけで洗脳されて犯人は見ていないというあらすじです」
「でも、それって嘘を公表するって事ですよね」
「そうなんですよね、俺も嘘はよくないと思いました。この仕事をしてからなんですけど、妖怪が犯人って言っても精神科の病院に連れて行かれるか、世間の人たちに変な目で見られるかのどちらかでしょ」
「妖怪が見える人はそれだけ少ないって事なんでですよね…あなたはたまたま妖怪が見えて霊感があったので妖怪に寄生されてしまったようですが」
「なんていうか、つくづく運が悪いですね、俺って」
手をかざし力なく吐露をする南雲に立川はある写真を見せた。その写真はゴミ屋敷のような部屋に率直な感想を述べた。
「えっと…汚いですね」
「やっぱりそうですか〜」
(やっぱりとはどういう事だ)
この部屋の残場を見たら誰もが口を揃えて汚いというと思うだろう。間違ってもきれいとは言わないと思うが一体誰の部屋なのか気になった。
「え…これ僕の部屋ですよ」
「は?」
思わずため口を聞いてしまうほど南雲は驚いた。このアイドル顔負けの容姿を持ちながら人柄も話していて悪く無く警察官という公務員の安定した収入があるこの男の部屋かとにわかに信じ難かった。
「いや〜、この前先輩に部屋の中を見られたときになんか呆れられて、記念に写真を取ったみたいでこれがビフォーでこっちがアフターです」
「うわ、すごいですね」
まるで別室のような変わりように南雲は驚いたと同時に羨ましくもあった。
「いいですね、こんなに優しくしてくれる先輩がいて」
「普段は怖い顔をしているんですけど、なんだか実家のお母さんみたいで」
立川は笑っていると後ろからドスのきいた声が聞こえた固まる。
「誰がお前のお母さんだ」
首根っこをつかんだ足立はまるでヤ〇〇のようであるが立川の方が背丈があるためぶら下げることはできない。それでも十二分に立川は驚いた
「ウヒャ?! 足立刑事?!」
「そろそろ帰るぞ、それではお大事に」
「あっ、そうだった南雲さん 明日お見舞いを希望されている二人がいるのですが、どうされますか」
その二人の名前を聞いた南雲は瞠目し、うなづいた。
「!……俺も会いたいです」
〇〇
まず一人目はホストクラブ「楽園」の仕事場でお世話になっている津田景都である。Tシャツにジーンズという、スーツ姿しか見たことがないため斬新な姿に南雲は驚く。
「て、店長!」
南雲は病室に入った瞬間、とっさに声をかけるが仕事場での呼び方に店長ーー津田は恥ずかしそうに指を口に当てた。
「おい! ここは店ん中じゃねえから」
「あっ、すみません それじゃあ津田さんで、…スーツじゃなくてびっくりしました」
「さすがに仕事着で来たら、目立つからな」
(その姿でも十分、目立つと思いますが)
南雲は心の中で苦笑する。
「それより、体調は…大丈夫というよりもまだよくなさそうだな」
津田は元気そうに返事をした南雲の顔色にシワを寄せる。
「ーーったく栄養失調でぶっ倒れたって救急車で運ばれたって聞いてまじでびっくりしたぜ、最初は何か事件に巻き込まれたんじゃないかって警察から話を聞かされて」
南雲はなんとも言えない気持ちにお辞儀をした。
「…あ〜と、お騒がせしました」
説明しようと思っても、本当のことを言いたくても言えない歯痒さにむず痒い気持ちになる。
「来て頂いてありがとうございます」
「悪いな…あのとき体調が悪そうだったのに一人で行かして」
申し訳なさそうに話す津田に南雲は逆に申し訳なくなった。
「津田さんが謝ることじゃないですよっ、俺が自己管理を怠った結果なので」
自分を責める言い方に津田の眉間にシワが寄る。
「お前、今度無理しようとしたら意地でも俺が病院に行かせるからな…後、悩みがあったら、仕事が終わったらいつでも聞くからな」
「津田さん…」
最初は上司で話しにくく雲の上のような存在だと思っていた。けどそんなことはなかった。話をしたらこんなに話しやすい人だという事に気づけた。
『そうか、周りから距離を作っていたんだ、俺自身が』
上京して自分でやらなきゃいけないことがいっぱいあって、自分が頑張ればいいと思っていた。けどいずれ限界が来ると分かっていたはずなのに、いつしかそれも見えなくなっていた。
「津田さん……俺」
南雲は自分がホストの仕事に向いているのか相談した。
「俺、ろくにお酒が飲めないし、人見知りだし」
「けど、人と話すことはお前も好きだろ」
「俺が…?」
「ああ、酒呑って名乗る前からお前はよく話を聞いてくれるって評判で、常連の人たちからもお前が入院しているって聞いて心配していたぜ」
「これはみんなからの贈り物だ」
そこには豪華なフルーツの盛り合わせが置かれていた。
「…本当ですか?」
「嘘を言ってどうするんだよ」
「だから1日でも早く治して仕事に戻れ、ーー南雲」
津田にポンと頭を撫でられた感触がとても優しくて、南雲の目に涙が溢れた。
〇〇
そして午後からきた人物はさらに南雲が緊張する人物だった。時間通りに鳴った小さなノックの音に南雲は返事をした。
「はい」
そろりと病室のドアを開けたのはまだ年端もいかない一人の少女だった。
「美穂子ちゃん」
「お久しぶりです。 南雲さんって名前でよかったですか?」
「あ……うん」
代行の時は別名であっていた為、本名は語っていないはずだが、彼女が説明してくれた。
「私、南雲さんの様子が途中からおかしい事に気づいて、それから女の子達が次々にいなくなった事になんだかおかしいと思いました、けどそれから音信不通になってどうすればいいか分からなくて学校の信頼できるクラスメートに話を聞いてもらって警察に相談しに行きました」
美穂子は拳にギュッと力を込めた。
「そしたら南雲さんが入院しているという話を聞いて、私…南雲さんを疑っていた事を申し訳なくなって」
「っ……美穂子ちゃんが謝る事じゃないよ…俺ってどこからおかしかった?」
「えっと…確か女子高生の写真が欲しいというところですかね」
「あ、うん それはおかしいよね」
南雲は自分の頭を掻き毟りたくなった。
「他には特になかった?」
「いえ、特に大丈夫でしたよ 私の話を聞いてくれてとても嬉しかったです。なのに、私はーー」
美穂子は自分の話を親身になって聞いてくれた人を悪いことをしているんじゃないかと疑った自分を責めていた。
「それは美穂子ちゃんを心配させた俺が悪いんだよ、だから、美穂子ちゃんが気負うことはないよ。それだけ、俺のことを心配してくれたことじゃないかな」
「……え」
美穂子の微妙な反応に南雲は戸惑った。
「え……そう、じゃなかった」
分かってなさそうな感じの南雲に美穂子は少しぶすくれて彼に聞かれない程度の小さい声呟いた。
『全然気づいていない……っ』
そのことに目が据わった美穂子は前を見据えた。
「分かりました、よく治るまで私、毎日きますから」
美穂子は徐に立ち上がった。
「えっ、いやそんな無理して来なくても」
美穂子の異様な雰囲気に気づかない鈍感男は遠慮しようとするが、
「無理ではないです! 今日はこれで失礼します」
語気を荒げた美穂子の思わぬ一面に南雲はぽかんと口を開けたまま見送った。
「俺、なんかしたかな……」
ここに女性の機微を知る津田がいれば、あるいは看護師などいればすぐに気付いていただろう。彼女が何に怒っていたのかを。だが、当の本人はどんなに考えてもどうして彼女が怒って帰ったのか分からない南雲だった。
 




