第十七話:花月の怒り・友の涙
赤鬼を倒した直後、糀は倒れかける朝日に駆け寄り抱えた。
「あきみつ……暁光!」
「ゔ……うう うん、だい…じょうぶ」
口を開けた朝日はいつもと違う糀の変わった姿を見て驚いた。
「その姿は……」
「ああ、これが俺の本来の姿なんだ。 この姿であうの初めてだな」
朝日は話し方も違うことに目を見開く。
「本当に糀なんだね」
「ああ、なんていうかなりが変わっちまったけど…お前が暁光なんだよな」
「うん、今の僕の名前は朝日って言うんだ、この名前は君がつけてくれた名前だよ」
「そっか、俺としてはいい名前だな……っと」
話をしている途中で糀は倒れかかり、朝日はなんとか受け止めた。
「悪いなーーそろそろ」
「うん、今日はゆっくりとおやすみ」
朝日は頑張った糀を優しく労い、糀はそっと目を閉じた。
「閉門!」
朝日は言葉を発し、異界から現実へと戻って行った。すぐ近くに待ち構えるように立っていた志郎は朝日の元に駆け寄った。
「朝日様…だいじょってボロボロじゃないですか?!」
「ああ、これは名誉の負傷」あははと何でもなさそうに笑う朝日に対して、志郎は普段は表情を出さないのだが、見るからにに怒っていて、
「糀、てめえ 朝日様を守るようにと」
激怒する志郎は糀に説教しようとしたが、そこには大の字で寝ていた大男しかいなかった。しかも器用に鼻提灯をつきで、
「……朝日様、今すぐこいつの叩き起こしますので」
『絶対叩き起こすだけじゃ済まない』
さっきの地獄の赤鬼はなんて生温く見えるくらい、身の毛がよだつような微笑みと背後に般若を背負った殺気を放つ志郎の姿に朝日は必死で止めた。
〇〇
朝日たちが赤鬼を退治する時間よりも前に少し時間は遡る。桃華は花月とともに屋上に降り立ち女の子たちを守るように間に立った。
「もうこれ以上あんたの好きにはさせない」
「お前…その羽は天狗の妖怪か」
啖呵を切る桃華を前に小鬼は警戒するが、予想外のことに興味を抱く。
「天狗の羽根は黒だがお前は……もしかしてお前、半妖か」
「半妖?」
花月は知らない単語に首を傾げると、小鬼は教えてあげた。
「半妖ってのは人間と妖怪の間に生まれた混じり者ってことだよ」
小鬼の嘲笑する物言いに桃華は苛立ち混じりに答えた。
「そんなこと今は関係ない」
「うん? 別にいいだろ 俺が何を言いまいが」
桃華の気を逆撫でるように、面白おかしそうに小鬼はなおも畳み掛ける。
「そんなに嫌だったか、自分が混血だと知られることが」
「……っ、うるさい!」
桃華の焦燥する様子に花月は困惑する。
「桃華ちゃん?」
心配そうに声をかける花月に桃華はハッとする。
「ほら、お友達が心配しているよ」
「君は、その子と友達みたいだから教えてあげるよ」
「彼女のような半妖は僕のような純血からしたら混じりものは差別されるんだ。だから自分が半妖なんて、自分から言わないし正体を明かすなんてないんだ」
花月から桃華が今どんな顔をしているのか分からないが、きっと楽しい顔ではない。そして彼女を侮蔑する小鬼に花月は腹が立った。
「それが何ですか?」
「うん? 俺の話を聞いていたか こいつは俺より劣ってーー」
「そんなこと私にはどうでもいいです」
小鬼がいう戯言を遮るように花月の動揺のない真っ直ぐとした言葉が桃華の調子を取り戻した。
「……ふん、そうよ 今はあんたをぶっ飛ばすことを考えるだけよ。私を怒らせたことを後悔しなさい」
桃華の気迫に小鬼は慌てて後方に下がった。このままでは明かないと小鬼はあることを閃いた。
さらに後方に下がったことで桃華はその場から離れた。そしてそれを狙ったかのように小鬼は笑った。
「ふはは、かかったな」
「しまった?!」
後ろを振り返るとそこには他の雑鬼が女の子たちを脅していた。
「お前、動くとこいつらを殺すぞ」
「ふははは」
「花月?!」
桃華は花月を人質に取られたことに悲鳴を上げる。
「お前らよくやった。 まあ、そう言うことしかできないか」
仲間同士なのに馬鹿にするような物言いに花月は首を傾げた。
「仲間同士じゃないんですか?」
「仲間…? こいつらが」
小鬼は雑鬼たちを見て嘲笑する。
「こいつらは仲間じゃない。 ただの奴隷だ そして俺はそいつより強くなる前に馬鹿にされていたんだ」
「!」
「そうなんですか、それはよくないですね」
花月はその雑鬼たちをジロリと白い目をむけた。悪いことをしたら謝ったほうがいいと怒り、反抗する気もない雑鬼達は後ろめたい気持ちが強くてか細い声しか出ない。
「ゔ……う ご、ごめんなさい」
「…私じゃなくて、あの人?に謝ってください」
雑鬼たちは後ろめたそうに花月を見ながら、大きくなった小鬼を見上げて小さい声で謝罪の言葉を述べた。
そして、謝れた小鬼の反応はーー震えていた。
ーー怒りで
「っ……ふざけるな、それだけで俺が許すと思っていたのか、俺が味わった屈辱はこんなものでっ!」
何回も何十回も馬鹿にされ続けて、自分をずっと卑下し続けた。そのどうしようもない怒りと仲間と思っていて裏切られた気持ちは他人が計り知れるものではない。
小鬼は激昂し、雑鬼たちだけではなく、余計なことをした花月に敵意を向けた。
「お前のせいで……っ」
その殺気を感じた花月は身構えた。
「あんたの相手は私よ」
桃華の斬撃に小鬼は避けた。
「?!」
「謝られても許せない気持ちちょっとは分かるわ。 それでも誰かを傷つけていい理由なんてないのよ」
桃華の武器の刀身が白く輝く。月の光に照らされる彼女の翼に花月は見惚れた。最初に初めて見たときよりも綺麗に見えた。
「……綺麗」
「紅蓮ぐれんーー光散花こうさんか」
刀身が赤く燃え上がり、その炎が白い花のように散っていく。小鬼の一瞬のすきを狙い桃華は必殺の一撃をくらい地面に倒れた。
「ぐああああ、おのれ〜」
小鬼は恨み言を放ちながら、嗚咽を漏らしながら雑鬼たちを恨めしそうに一瞥して消滅していった。
そして花月たちは桃華に周りを警戒しながら女の子たちを下の階に向かい脱出するとパトカーがいっぱい止まっていたのを見た女の子たちは安堵の笑みを浮かべた。
桃華と花月が去ろうとしたときに呼び止められた。さっきの雑鬼達だった。
「なあ、待ってくれよ 俺たちを殺さないのか」
「俺たちが悪いことをしたんだぞ」
「そうね、もし同じ場面を見ることになったら私はお前達ごと切るわ」
桃華の冷たい一瞥に雑鬼は震え上がった。
「仲間は…大切にね」
その言葉をどこか寂しげに聞こえたのを花月は横で聞いた。
「警察が来たわね」
桃華がそういうと、聞き覚えのあるサイレンが聞こえ、女子達の表情が少し明るさを取り戻した。
「警察だ!」
「やっと帰れる」
花月もそれを見て気力を取り戻し、ほっと安堵して下に降りた時だった。女の子たちを保護した警察の人に歩み寄ろうとして、後ろから桃華の声が聞こえて振り向いた時、ーーパンという音が鳴り響いた。
その音は頬を打たれたときに出された音で辺りに響き渡った。ーー花月のほっぺを打ったのは桃華だった。
「桃華ちゃん…?」
自分がどうして打たれたのか花月は分からなかった。
〇〇
朝日と糀が赤鬼とまだ戦っていた時だった。
陰陽局が新宿の歌舞伎町で大きい妖力を探知し公認の陰陽師である賀茂憲暁と賀茂秀光、並びに阿倍野祐司と加茂野照良を派遣した。
そして現場に到着した時、自分たちよりも早いもの達がいて結界を張っており中に入ることができなかった。
大きい妖力を探知したということは、それだけの妖怪だ出たということで、それを退治できれば自分自身や家に箔が付く。なのに結界が張られていることで賀茂憲暁は地団駄を踏むしかなかった。
「のりりん〜〜?」
「なん…!」
後ろを向いて「何だ」と言おうとしたが言葉にならずに後ろにいる人物に頬を指で指されたことに気がつき彼、賀茂秀光を睨んだ。
「……おい、何をやっているんだ」
「何って、暇だからのりりんで遊んでる」
「遊んでいる場合じゃないだろう」
突く指をどかした憲暁は秀光を睨み苛立ちをぶつけられたが、素知らぬ顔をして頬を膨らませる。
「でも特にやることないですしね〜」
「だからって俺で遊ぶんじゃねえ」
「はいはい、ごめんごめん」
その二人の様子に加茂野照良はほくそ笑むように見ていた。
「あいつら、まだまだ子供だな〜」
そんな彼の感想に隣に待機していた祐司はどついた。
「いらないちょっかいをかけないでくださいね」
「分かってるって」
「ーーそれにしてもこの結界見覚えありませんか?」
「ああ、この前病院で張られていたのに似ているな」
入院していた男を幽霊を見たということから派遣されてボディガードをすることになった。そして外に出現した女の妖怪と対峙して戦闘になり、退治し終わった後に別のところでも戦闘があり駆けつけるとそこには強大な結界が張られていた。
「もしかしてこの中にはーー」
言いかけた瞬間だった。結界が解除されて奥の方から人影が見えてビルから出てきた。その瞬間に妖力が消えたことに気づいた。
まず最初に出てきたのは和服姿の志郎だった。そして志郎は寝ている糀を面倒臭そうに肩にかついでいた。そしてその後ろに朝日がいた。
「あなた達は…」
祐司と照良は顔見知りなのですぐに気づいた。志郎と目があった。
「こんばんわ、お久しぶりです あの時以来ですね
「はい…確か あなた達は」
「はい【紋無し】のものです」
「妖力が消えたということはあなた達が」
「はい、無事に終わることができました。上のほうの戦闘も無事に終わったみたいなので」
「あなたが妖怪を退治したのですか?」
「え、いいえ 私ではなくこの男が」
抱えている男を志郎は見て、祐司は心配した。
「彼は大丈夫ですか?」
「はい、丈夫だけが取り柄なので」
さらりと毒舌を吐く志郎の物柔らかな雰囲気とは違うギャップに祐司と照良は衝撃を受け、寝ている彼に憐憫の目を向けた。
『かわいそうに…』
『ひでえ…』
それよりも朝日は上にいる花月達を心配で仕方がなかった。駆けつこうとしたが、周りの目もあり自由に動くことができなかった。
『はなちゃん』
助けてきたのにそばに行けない事に歯痒くもあった。名残惜しそうにビルを見上げていると声をかけられていた事にやっと気づいた。
「おいーー!!?」
「えっ?」
後ろを振り返ると今まで上ばかりを気にしていたので一人の少年が立っていたことにやっと気づいた。
「お前、名前はなんて言う?」
「名前はよ……じゃなくて日影と言います」
いきなり名前を聞かれたので思わず公の名前代永朝日を言いそうになったが、なんとか切り替えた。
名前を聞いた憲暁は自己紹介をする。
「日影か…俺の名前は賀茂憲暁という」
『かもの、のりあき』
名前を聞いたその時、誰かの面影が重なったように見えた。
「君は…」
朝日は近寄り彼の顔をじっと見つめた。憲暁はギョッとして後ずさった。
「お、お前、いきなり何だ!?」
「いや…誰かに似ていると思って」
「はあ? だからと言って顔を近づけすぎだ ーーまるでキキ」
「まるでキスするみたいだったね」
横から茶茶を入れて面白そうに横入りする秀光に憲暁はとうとうキレた。
「お前、いい加減にしろよ」
興が削がれた憲暁はそっぽを向いて朝日を睨みつけた。
「次は俺が先に退治するからな」
「え、あ、はい」
何だか一方的に敵視されるという事に慣れていないはずなのに朝日は懐かしさを感じた。
(何だ、この気持ちは 僕はこの子に昔あった事がある?)
そして志郎も憲暁の顔を見つめていた。
『瓜二つとはまさにこのことですね』
志郎は200年も前に当時の賀茂家の当主と顔を合わせた事があるので知っていた。
この場でまさか出会す事に事になろうとは可能性も無きにしも非ずだったので早々に退散したかった志郎だが、警察の人も時期にやってきて見覚えのある刑事に声をかけられた。
「あれ? あなた達は確かこの前病院にいた時の」
「ええ、こんばんわ お久しぶりですね」
「やはり、そうですよね お兄さんかっこいからすぐ分かりましたよ」
「それはありがとうございます」
「おい立川、立ち話はやめろ」
後ろから立川をこづいたのは足立だった。
「あ、すみません」
「陰陽局から要請があって出動したのですが、例の行方不明になった女の子達がこのビルに誘拐されたという情報をもらいました」
「はい、そこにビルの一階に取り憑かれた人間はいますが後処理を済ませたのですが、かなり衰弱しているので2週間くらい入院が必要でしょ」
『医療の心得とかもあるのか』と立川は感心した。
志郎が立川に説明していると奥の方から女の子達が建物から出てきた。女の子達は暗い表情をしており怖い思いをしたのだろうと見ていると後ろに見知った人物に駆け寄ろうとした。
『っーーはなちゃん!』
と叫びたい気持ちを堪えながら近寄ろうとした時だった。
パシんという音が鳴り響いたのだ。目の前で桃華が花月のほおを引っ叩いたのだ。あまりの出来事に唖然とした朝日を含めて、その場にいる全員の動きが固まった。
〇〇
憲暁は顔見知りではないが桃華の一匹狼の噂くらいは知っていた。まさか女の子の顔を叩くと思ってなかったので叱責しようと思い足を踏み出しかけたが、
「ちょっと待って、憲暁」
「はあ?」
「もう少し、様子を見た方がいいんじゃない?」
『見たほうがいいって』
普段はのりりんとふざけた呼び方をする秀光だが、真剣な時は彼を憲暁と名前で呼ぶ。彼の真剣な様子に憲暁は固唾を飲んで見守る事にし、桃華が閉じていた口を開いた。
〇〇
複雑な気持ちを押し殺しながら桃華は動揺する花月にのべた。
「自分がどれだけ危険なことをしたのか分かるよね……帰りが遅いから探してみれば、自分から危険な場所に行って、自分が死ぬって考えなかったのーー」
「…桃華ちゃん」
「傷ついたのは私に嘘をついたこと…」
花月は友達と遊びに行ったことを思い出し、桃華に後ろめたい気持ちでいっぱいで俯いた。
『私、助けるためとはいえ嘘をついちゃった、友達になんて言っておいて』
「……ごめんなさい」
「それだけじゃない」
「もしあなたが死んだら私、あなたの亡くなった両親にどう顔向けすればいいのよ…っ」
震える言葉に花月は見上げると桃華が泣いている事に気づいた。桃華は泣きながら花月の頬を掴み口を開く。
「今度やったら、絶対許さないからね」
「ふぁい(はい)」
二人の姿をみた朝日達はほっと安堵し、驚いていた朝日に真澄は呟く。
「どうなるかと思いましたが、良き友人に廻り会いましたね」
「…うん」
複雑な気持ちを抱えながら遠目から見ることしかできない朝日は歯痒い気持ちだった。
(今、はなちゃんに近寄れば間違いなく注目を浴びるだろう)
志郎達は沈黙する朝日の心情を察したのか、静かに側に寄り添った。
そんな苦労はつゆ知らず二人の会話を聞いた刑事の立川は近寄り号泣した。
「うゔ、仲直りしてよかったですね」
いきなり現れたスーツ姿の男に花月と桃華は驚いた。
「……っていうかあんた誰よ」
いきなりのため口で聞かれると思ってなかった立川は少し面を食らった。
「ふへ、ああ 僕は刑事の立川と申します 君達も事情聴取をお願いします」
「あっ、分かりました」
花月に礼をして桃華と一緒に女の子達がいる所に向かった。立川は花月を見て首を傾げた。
『…あれ、今さっきの子ってどこかで見たような』
立川は花月を病院で見ていたはずだが、すぐには思い出せなかった。
「おい、ぼけっとしているな 女の子達を警察署に送るぞ」
「はい」
女の子達はパトカーに乗せられて、首謀者であり被害者である男は救急車に乗せられて病院に運ばれた。
そして、慌ただしくようやく長い1日が終わりを迎えた。




