第十六話:突入・酒呑童子、から紅に萌ゆる
朝日たちは歌舞伎町に着いた。志郎は先ほどとは違う別の人物に電話した。通話ボタンを押すとその人物、陰陽局の管理官である壺井桐枝はすぐに出た。
〇〇
陰陽局には彼の住宅が構えてあるので、通勤の手間はない。陰陽局は労働基準で夕方までが規則なのだが、夜になっても書斎でデスクワークをしていた。
齢60代でも見事な手捌きと淀みなく軽快音を奏でながら作業していると特徴のある着信音が鳴り内側のポケットに入れすぐに取り出した。
「志郎様、どうされました?」
人間と妖怪という相容れない存在ではあるが、志郎と壺井は旧知の仲であった。
「夜分遅くにすみません、すぐに調べて欲しいことがあって」
少し切迫する志郎の声に壷井に緊張が走るが冷静に努めた。
「はい、どのようなご用件でしょいうか?」
「私たちは今、歌舞伎町にいます。もしかしたら少し騒ぎになるかもしれません」
「分かりました、少し遅らせて手配をします」
時間を遅らせるのは、朝日の姿をあまり公にしたくないという配慮だ。
「いつもすみません、その地域に悪い妖怪が潜伏している可能性が高く、近頃買取された廃ビルになっている場所を調べて欲しいのですが…」
「少々お待ちください」
数分後、壺井はデータベースに検索するとすぐにヒットした。
「三件だけありました、すぐにデータを送りますので」
「ありがとうございます」
「いえ、私にはこうゆうことしかできませんのでーーご武運を」
志郎はお礼を言い通話ボタンを切った。
「見つけました、この近くの廃ビルだそうです」
「そこに誘拐された人たちを集めていたのか? でもどうして廃ビルだと思ったの?」
「人の目があれば、必ず誰かが不審に思うでしょ?」
「うん」
「この歌舞伎町は周りは雑居ビルだらけで、移り変わりが激しい場所でもあります。人がいない所にそこに誰かいたとしても、認識しなければそこには誰もいないと思うものです」
「先入観ってやつかな?」
「そうですね…それではいきましょ」
「うん」
朝日達は姿を晦まし、二件のビルを見終わり、最後のビルの前に立ち止まる。
「これは……結界」
「うん、そして嫌な邪気が吹き出している 糀、お願いできる?」
糀は背伸びをして準備運動をする。
「これ壊せばいいの?」
「はい、思いっきりやってください」
「うん、わかった!」
朝日の願いに糀は元気よく返事をして助走をつけて衝突した。
「せ〜の、えい!!」
声かけは可愛らしいが、その威力ある衝撃に赤鬼の結界は粉々に砕け散った。
〇〇
「何だと…俺の結界が?!」
部屋の中で小鬼の帰りを赤鬼は待ちわびていた。しかし、自分の結界が破られたことに衝撃を受け動揺を見せる。
(やっと住み心地が良くなったと思えば、ここはもう使え)いーー?!」
攻撃したものは何者だと考えるよりも逃げることを優先した赤鬼だったが、逃げるのが一足遅かった。
扉から出ようと近づいた時、扉の外から物音が聞こえた赤鬼は飛び退いた。
『もう外に誰かいる?!』
ガチャガチャとする音に赤鬼はびくりと肩を揺らした。
『あれ、開かないな これ』
『それじゃあ持ち上げるのはどうです』
『あっ、そうか』
ドアは開いてあけるものだが、メキメキと歪な音をたて金具が取れたドアを男は壁によりかけた。
「おいしょ、これで開いた」
腰に手を当てた赤毛の男は胸を張るが、
「さすが馬鹿力ですね えらい偉い」
隣にいる銀髪の男は拍手を送るが赤毛の男はその癇に障る物言いに物議を醸す。
「今、馬鹿って言った?」
「言ってません、顔が近いです」
「あ〜〜もう二人とも今は喧嘩しないでください」
背後にいる朝日の一声により同じタイミングでそっぽを向いた。
『こんな時に気が合うんですね』と言えばまた争いの火種となるので朝日はいうのをやめた。今は言い争っている場合ではない。
「…なんなんだ、お前は?!」
「僕たちはあなたを退治にきた者です」
退治というフレーズに赤鬼はピンときた。
「っ、お前ら陰陽師という奴か」
「まあ、陰陽師と似て非なる者ですが…」
赤鬼は朝日達の正体が陰陽師とくくりつけた途端に嘲笑う。
「お前達、陰陽師なら人間を傷つけられないだろう」
余裕綽綽と赤鬼は優位に立っていることを笑うが、自分が人間を斬れることをわざわざ教えるつもりもない。
「まあ、そうなんですよね」
朝日は一足飛びで奇襲し、赤鬼ごと南雲という人間を斬った。
「な、何を?」
油断しきっていた赤鬼はダメージを喰らい、その衝撃で取り憑いた人間から追い出されてしまいその姿が顕にななる。
「ぐっ、お前よくも」
そこには人型であるが、ざんばらの髪の毛、露出した赤黒い肌、ギョロリとした獣のような黄色い瞳、鋭い爪と歯はいかにも「赤鬼」という姿だった。
志郎が朝日が念話で囁いた。
『朝日様、私が異界の入り口を開けますので、その間にお願いします』
「分かった」
志郎が今から行使する術は『界門』という陰陽局が編み出した空間術だった。人的被害を損傷することなく空間に閉じ込めてストレスなく戦うことができるが、これを使う時は多大な妖力、あるいは術者は動けなくなるデメリットがある。
「糀、朝日様をよろしくお願いします」
「分かった」
糀は力強くうなづいた。
「何を」
ダメージを受けた赤鬼はすぐに身動きが取れずに呆然としていた。
「行きますよーー“界門”」
空間の中に黒い穴がポッカリと浮かび上がり、ブラックホールのように雄叫びをあげながら赤鬼はそこに吸い込まれていった。
そして二人も続けて中に入っていった。
〇〇
異界の中に入った朝日と糀は上空から砂地の地面にストンと降り立った。
『界門』は術者がイメージした想像力で作りあげられる。肉弾戦を得意とする糀は周りに障害物があれば邪魔になってしまうが、朝日はなまじ格闘戦は苦手で、というよりも見た目から分かるように筋力が乏しい。障害物を使う戦法がやりやすいので志郎は岩場を想像して作ったのだろう。
「それにしても、相変わらずすごいな」
まるで本物のような感触に朝日は感心していると、糀から声をかけられた。
「朝日、赤鬼がどこかにいっちゃたんだけど」
「多分、岩場とかに隠れていると思う。 そこしか隠れるような所はないですし」
朝日と糀は頷き合い向かった。岩場は岩壁などが凹凸とした角のような岩が障害物となっているが、広さも十分あるため糀にとっても戦いやすい適地になっていた。
岩場の広まったところに足を踏み外れた時だった。
息を潜めていた赤鬼はまずは朝日の方から狙ってきた。いかにも弱そうな見た目である朝日を標的にしたがそれを彼を守る者が許すはずがない。
糀は並外れた反射神経で些細な音を捉えて赤鬼の奇襲にいち早く気づき、赤鬼の腕を掴み取り無造作に放り投げて、岩壁に体を打ち付けた。
「かはっ?!」
背中にダメージを受けた赤鬼は衝撃に耐えられず、地面に伏せられた。
『なっ…なんてやつだ。 あの野郎、俺の方が体は二倍大きいのにいとも簡単に俺の何を放り投げやかったーー?!』
一度目は油断で攻撃を受けたが、南雲から追い出され二度目は油断せずに、弱い方から仕留めるはずで奇襲をかけたがあえなく失敗した。
これが致命傷だったら二回死んでいることになる。地獄では何度も死んでは生き返るを繰り返していたがこの世界でどうなるか分からない。そしてある思いが赤鬼を追い詰める。
『俺は死にたくねえーー』
その瞬間、赤鬼にためていた力を解放した。
朝日と糀は赤鬼にとどめを誘うと近寄ろうとした時だった。赤鬼の雰囲気を妖力が一気に膨れ上がったと感じたと思った瞬間、その場から消えていた。
どこに行ったと糀は周囲を伺う瞬間、赤鬼は死角から襲ってきて反応が遅れた糀は衝撃を食らった。
受け身を取り損ねた糀は背中にダメージを受けてしまい、彼の体は崩れ去る。
「糀!!」
目に見えない速さで糀は吹き飛ばされたことに朝日は驚く。
糀の近くには先ほどの赤鬼とは比べないぐらいの禍々しい邪気を持った赤鬼がいた。前より細身であるがその分俊敏に動けるように体を細くしていた。それで糀が目で追いつけなかったのだと朝日は推測する。
『やばい、糀が反応できなければ僕なんて余計にーー!』
妖怪よりも人間に近い朝日は身体能力が劣っている。そして、力を解放した赤鬼は獲物を見つけたかのように口元を歪ませた。
(…笑っている)
赤鬼は襲いかかり、朝日はなんとか刀で受け止めるが、人外の握力に人並みの力しかない朝日が応戦できるわけでもなく、そのまま押しつぶされそうになる。
「このっ」
「ふはは、何だお前 それが本気なのか」
さもおかしそうに笑い転げた赤鬼は、蟻を踏み潰すかのように全体重で朝日にのしかかる。朝日の小さな体はひとたまりもなく下駄が地面にめり込む。ついに刀身が耐えきれずパキンと折れた直後、受け止めていた物がなくなり全体重が朝日にのしかかり衝撃が襲った。
「ぐあっ?!」
その時、壁に叩きつけられた糀はやっと目を覚ました。ーーそして目の前の光景に糀は口を戦慄かせた。
「っ何をやっている!!」
糀が叫んだ視線の先には気を失った朝日の体を赤鬼が掴んでいる光景だった。
糀が叫び今からどんなに急いでも、間に合わない。糀が激昂をしているのを尻目に赤鬼はいつでも握りつぶせる優越感に浸りながら嘲笑した。
「待っていろ、次はお前の番だ こいつを潰したらお前をじわじわといたぶってから殺してやる」
「やめろーー!!」
(なんで、守れないーーもう、嫌だーーま・た・大切な者が守れなくなるのか……)
その瞬間だった。心臓が鼓動がドクリと鳴った。身体中の細胞が糀の昂った感情と共鳴している。
記憶の中で一人の女性の声が囁いた。
『ここで私は待っています、ーーだから』
そして、もう一人の朝日の面影がある男性に言われた。
『あんた、やっぱ笑った顔があった方がいいな』
彼はーー本来の姿へと変貌する。赤い髪は真紅に染まり、瞳は紅色に煌く。糀から発される妖気の異様な気に余裕だった赤鬼は身を竦ませた。
「なんだ、こいつはさっきのやつと同じ奴なのか…(こうなったらこいつを人質にして)」
「おい、こいつの命が惜しかったら大人しくーー」
赤鬼は朝日を人質に糀の動きを封じようとしたが、突然、朝日を握っていた腕を斬られ驚愕する。朝日が地面に落ちる寸前に糀はキャッチして素早く後方に下がった。
「ぎゃあああ?!」
切れた腕から大量の血を吹き出していた赤鬼は苦しげにうめいた。
糀は全身に炎を纏い、逆立つ髪が炎のように揺らめく。まるで彼そのものが火の化身のような姿に赤鬼は恐れを抱いた。人間の世界にこんな怪物がいるとは信じられない思いで聞いた。
「お前は、一体何なんだ」
糀は赤鬼に自分の名を告げた。
「俺は……酒呑童子……畜生の業を受けた悪童さ」
ーーその刹那、赤鬼は生前の記憶を、かつて人だった時の記憶を思い出した。
自分が小さな村を襲撃し盗賊として生きていたこと、そしてその中である妖怪と遭遇したことを、何人もの仲間の盗賊達は赤毛の妖怪に殺されていく様を怯えていることしかできなかったことを。それは平安と呼ばれていた頃の話。
【ーー平安時代】
「ぎゃああ」
「助けてくれえええ」
『一体、何なんだあいつはーー』
周りは血と炎の海と化して辺りは盗賊達が襲った人家に火の出が上がり黒煙が昇っていた。けれど断末魔の叫び声を挙げているのは村人達では無く盗賊達だった。
村が焦土と化す中、赤い髪と煌々と輝く赤い瞳の男が次々と盗賊達を襲っていた。俺も殺されるとたまらず恐ろしなくなり、恥も外聞も無く飛び出すように必死で逃げた。
だが時が過ぎれば恐怖だったことも忘れ、悪事を重ねた男は地獄へと裁きを受け数百年の罰を受けることになった。赤毛の男の記憶を忘却するには当の昔に忘れていた。
けれど、今になってどうして思い出してしまうのかと悔やんでも、もう遅いのだ。
「……そうか、…お前が…」
その姿が目の前にいる者と重なった事に驚く暇もなく、その言葉を最後に糀はとどめとばかりに赤鬼に炎を圧縮した光球を放つと、骨も残さずこの世から跡形もなく消滅した。




