第十四話:嗤い・歌舞伎町
ホストクラブ「楽園」はホストという名詞で近寄り難いイメージだがアットホームな雰囲気もあり、若い女性や高齢な方など問わず仕事や家族のストレスや癒しを求めてやってくる。
誰かと話したい人もいれば、気に入りのホストに指名をして人気があるホストほど給料が上がる。
大体は順序よく仕事をこなしていくのだが異例の出世をした男がいた。彼の源氏名は酒呑という。
その甘いルックスで多くの女性たちを虜にした。おまけに人柄もいいのでうなぎ上りに指名が多くなり、ついにはナンバー3まで上り詰めた。お客様を送りひと段落した時だった。
「南雲、今日はもう帰っていいぞ」
声をかけた酒呑ーー南雲は振り向くとそこにはホストクラブ「楽園」の店長がいた。
「え…まだ俺いけますよ?」
腕を振り上げて元気さをアピールした酒呑ーー南雲に店長は歩み寄った。
「お前…」
「なっ、なんですか?」
「ファンデでごまかしているみたいだが、顔色が悪いぞ」
「……あはは、バレていましたか。 さすが元ナンバー1のケイさんですね」
「おべっか言ってないでもう酒を飲むなよ、これは店長命令だ」
「ゔっ…そこまでいうなら仕方ないですね。今日は大人しく帰ります」
それから南雲は帰りの準備をして仕事場から出た。外は0時が過ぎているがまだ店はいくつもやっている。中には人が溢れているところもある。南雲をその光景を見ながら人の中をかき分けていく。
『いや〜、あの店長には一瞬ドキリとしたぜ あれは野生の勘ってやつか』
『あの男はまあ要注意人物だな…それにしてもこ・の・体・はもう限界だな』
あの夜、酒で酔い潰れていたこの男に取り憑き酒を飲み女性を侍らすことに満足して上手く人間関係を取り持っていたものの、店を出る前に指摘された肌の血色の悪さはごまかせなかった。
それはここ最近で異変が起きて赤鬼自身もごまかせなくなった。代わりになる人間を探すまでに力を集める。それは目下の赤鬼の狙いだった。
赤鬼はあるビルの前で止まり、その中に入っていった。そのビルは最近まで誰もいない廃ビルとなっていたが赤鬼にとってうってつけの場所だった。一つの部屋の扉の前には屈強な男性が門番のように構えていた。
「兄貴、お疲れ様です」
「おう、今帰った」
「それで、獲物は引っかかったか」
「ええ〜、兄貴の甘い言葉に騙された馬鹿な女連中ですが」
「馬鹿は頂けないな。その子たちはこれから俺の「糧」となるんだからな」
南雲の目は肉食特有の黄色の目が爛々と輝いたのを見た部下の二人は恐怖から肩をびくりと揺らした。
「それは、申し訳ありません」
次の瞬間南雲の目が戻ったことに分かりやすいくらい部下はほっとした。
「それでその体には慣れたか、雑鬼」
雑鬼と言われた男、山下はにやりと口元に笑みを浮かべる。
「はい。 段々と慣れてきました。 あなたが力を分け与えてくださるまで小妖怪だった私どもは人に取り憑くことができませんでした…ですが、力をもらい人間に取り付いた心地は何て素晴らしいことか。人間はこんなにも欲にまみれているのですね」
恍惚とした表情をした部下の男は改めて力をもらった赤鬼に感謝を述べた。
「お前たちは情報を色々ともらってたからな、その礼だと思えばいいーーそれより、一人まだ帰ってきていないやつがいるな」
「あ〜、鈍間のあいつか まだキャッチとかしているんじゃないか」
「雑用とか似合っているよな、あいつ」
「はは、それもそうだな」
男たちは面白おかしそうに笑い合った。
「なら賭けてみないか あいつが可愛い女の子を連れてきたら俺の勝ち。 連れてこなかったらお前たちの妖力をその鈍間に渡すっていうは」
「へえ〜、それは面白そうですね」
「俺はあいつが持ち帰りできないことに賭けま〜す」
男二人を赤鬼は面・白・お・か・し・そ・う・に・みていたことを彼らは気づかなかった。
〇〇
雑鬼の仲間や同族に鈍間と言われていた小鬼は痩せ型の男に寄生をしてキャッチの仕事をしていた。
けれど、決して美しい顔や体格に優れているわけではないため広告が入ったティッシュを渡そうとしても女性たちに避けられてしまうのだ。追いかけていくようなことをすれば警察に通報されて自分の身が危うくなる。
小鬼に取り憑かれた男・木原は思いため息をつき、拠点となったビルにいる仲間の二人に馬鹿にされるのが関の山だが、帰るところはそこしかない。重い足取りで帰ろうとしたその時だった。
「あの、すみません」
「……え」
それは若い女の子の声だった。振り向くとそこには女の子が立っていて何かの間違いかと思った。
「えっと、何?」
「あの、あなたが話を聞いてくれる仕事をしている話を聞いたんですけど」
予想以上の美少女に木原は高揚感に浸る。
『これは上玉だ』
「あの…」
木原が黙っていたことに首を傾げた女の子は話しかける。
「どうしました?」
「いや、その通りだよ 君、悩み事とかあるの?」
「はい…ちょっと人に言えないことがあって、誰にも相談できなくて」
「へえ〜、そうなんだ」
男は女の子の話に相槌を打ちながら戦利品として持って帰ることにに初めて成功をしたのを噛み締めて帰路を歩いた。
〇〇
少し時間が遡る。花月は決心した翌朝に桃華に友達と遊びに行くことを伝えた。
「うん 気をつけてね」
テレビを見ながら桃華は答えた。出かけようとした時に呼び止められた時はヒヤリとした。
「あっ、夕方までは帰ってね」
「うん」
と言われた花月は桃華の気配りに嘘を言ってしまった頃に良心がいたんだ。
『ごめんね…桃華ちゃん』
『でも私誰かの助けをしたい』
罪悪感に駆られそうになったが、決意を固めた花月は無理やり気持ちを切り替えて、玄関を開けた。
そして歌舞伎町の繁華街に向かった。
繁華街は昼と夜の客層が分かれる。昼は家族連れや主婦などが多く、今日は土曜日のため若い学生達もいる。
『それにしても中々見つからないな〜 怪しい人って』
探し人が探す花月はてんで素人で転々とお店を回ったりした。そして入り口を観察できるところでファーストフードで休憩しながらを探し人の流れをずっと見ていた時だった。
もうすぐ夕暮れになる頃、繁華街の入り口でアーケードの中を行ったり来たりしている男の人に目が留まった。
繁華街の入り口でティッシュ配りをしているらしい。夕刻の帰宅ラッシュで雪崩れ込んでてくる人たちが傘ましに増えてくる。他の人もその時を狙いティッシュ配りをしていたが、花月はその人物だけに目が入った。
見た目は痩せ型の男性だが、花月には見えていた。
『あの人何かに取り憑かれている……』
それを見た瞬間、幼い頃からの恐怖心が湧き上がる。立ち上がり後退りしそうになったが、しかし、花月はただ見るためだけにきたのではないことを思い出す。
『日影さん、力を貸してください』
花月は小さな勇気を振り絞りファーストフードで会計を済ませて、その男に声をかけた。
「あの…すみません」
〇〇
「花月、帰ってくるの遅いな〜」
時間は17時すぎとなり、桃華は暇を持て余しながらテレビを見ていた。
今は夕方、魔が活発になりやすい時間帯でもある。友達と遊ぶのもいいが遅すぎるとメールをしても返事は帰ってことないことに妙な胸わさぎを感じた。
『メールに返信できない状態……まさかスマホを落としたとかーーもしくは』
『人には言えない場所に行ったかーー』
桃華は昨日、花月と話したことを思い出した。その瞬間部屋着のまま玄関を飛び出し、近くの朝日の家に向かった。
チャイムを一回鳴らすとすぐに返答はあった。出たのは志郎だった。
「はい、どちら様ですか?」
「あの私、花月の友達の桃華です。こちらに花月さんはいませんか?」
「ああ、桃華さんですね。 いえ…? 今日は来ておりませんが、花月さんがどうかされたんですか?」
「今日昼過ぎに友達と遊びに出掛けたんですが、まだ帰ってきてなくて」
そして昨日何があったかも桃華は志郎と真澄に伝えた。
「わかりました 花月さんが見えましたらすぐに電話をします」
「お願いします」
桃華の緊迫した声に真澄は家の電話番号を渡し立ち去った。
〇〇
その話を聞いていたのは二人だけじゃなく朝日と糀もいた。
「……真澄、はなちゃんが帰ってこないって」
桃華と真澄の話を近くで聞いていた朝日は茫然と聞いていた。
「今すぐ探しに……」
今にも飛び出そうとする朝日に志郎は冷静に声をかけた。
「朝日様、どこに行くつもりです」
「何ってはなちゃんを探しに」
「どこにいるか分からないのにですか?」
「場所が歌舞伎町だから虱潰しに探して入ればいつかはーー」
いつか、その間に花月が安全だと保証するものはなく朝日は言葉をつまらせた。
「まずは先ほどの桃華さんとの話から推測すると美穂子さんという女の子の悩みを聞いた花月さんはそのレンタル業をしている男に近づこうと歌舞伎町に行ったそうですね」
「美穂子って名前確か昨夜の賽銭箱の中で見た」
「その彼女で間違い無いでしょ」
「どうしてそんな無茶なことを」
「行方不明になった女の子達はまだ見つかっていません。 助けてあげたいと思ってもおかしくはないでしょうが」
「帰ってきたらお説教ですね」
ふふふと志郎の薄笑いに朝日は視線を逸らした。
「まずはその拠点となっているところから探しましょう」
「歌舞伎町には少し知り合いがいるので電話をしますね」
〇〇
【ーー歌舞伎町のあるクラブ】
一人の男性のスマホが振動して、持ち主の彼は気づき着信主を見た目を見開きすぐに通話ボタンを押した。
「あら志郎ちゃん、私の電話番号にかけてくるなんて珍しいわね」
「すみません、お忙しいところ急ぎ情報をもらいたいものがありまして」
「いいわよ 私に分かることならなんでも」
「実はここ最近、羽振りのよくなった人とか噂を耳にしたりしませんか?」
「ここ最近ね…そう言えばホストクラブの新人なんだけどまだ入ったばかりなのに異例の出世をしたって女の子達が騒いでいたわね」
「その子、元々お酒が飲めなかったらしいんだけど次の日に行ったら別人のように変わっていたらしいわ」
「それとその子の源氏名もなんか今風じゃないというか」
『どんな名前ですか?』
「“しゅてん”っていう名前が酒を呑むって書いて名前を書くみたい。お酒が飲めないのに変わっているわよね」
「それとその男が言っていたんだけど、自分は大昔のように暴れた伝説の鬼の生まれ変わりだって、イケメンなのにそこが残念だって女の子は言っていたわね〜厨二病をこじらみたいでそこがいいって人もいるらしいけど」
「……なるほど貴重な情報ありがとうございました」
「お礼は振り込んでおきますね」
「それなら志郎ちゃんのセミヌー……あ、切れた」
志郎は最後まで知り合いの言葉を聞く前にぶつりと通話を切ると、知り合いのオカマバーのママ・梅雨李はぶすくれた。
「もう、いけず」
志郎は知り合いから知り得た情報を聞いた朝日とそれを聞いたーー本来の酒呑童子である糀も怒った。前回の補佐の担当が聖子だったが、そろそろ糀のガス抜きも必要だということでこの人員になったのだが。まさか酒呑童子を語る妖怪がいるとは志郎にとっても寝耳に水だった。
糀は子供のようにぶすっとした表情で呟いた。
「え〜、そいつ酒呑童子じゃないでしょ」
怒る糀に朝日は同意する。
「ええ、酒呑童子の名を騙るなんて本人以外許せません」
自分の親しみある名を他人が騙り、悪用しているなら尚更許せない。
「歌舞伎町に探索を張り、異様な妖力を認知したらすぐに向かいましょう」
「分かった」
朝日と糀、志郎と真澄は急いで支度をして歌舞伎町に向かった。