第十三話:鏡の中のもう一人の自分・変わり始める花月
「誰かに分かってほしかったんだね。自分の気持ちを」
ミナミはそういい、美穂子に優しく語りかけた。それから、美穂子は彼と週に何度か会うようになった。料金も学生割引でとても安く感じた彼女はのめり込むようにはまった。
「美穂子ちゃんは狭間学園に入っているんだね」
「はい、家が近いこともあって」
「俺、高校は田舎だったから、都会の学校って羨ましいな」
「そうなんですか?」
「あそこって女子が多いって噂だよね」
「どんな噂ですか? 確かに男子にとって花園かもしれませんね」
「いいな〜 制服女子」
意味深に呟くミナミに美穂子は訝しむ。
「そんなに好きなんですか?」
「まあ〜 男のロマンだね」
うんうんとうなづくミナミに美穂子は言いかける。
「そんなに好きなら私が…」
「うん? ああそれは嬉しいけど、一応お客さんだからね、写真だけでも見せてもらえれば…」
心の中でがっくしとなった美穂子だが気持ちを切り替える。
(……う〜ん、まあ写真だけなら大丈夫かな)
人気がある女の子は何らかの役職についている。会計の羽柴莉愛、書記の染井奈々、部活動の人気がある女子たちを密かに写真を撮るのにドキドキしたが、簡単に手に入った。
(別にちょっと見せるぐらいだからいいよね、喜んでくれるかなミナミさん……まあ私じゃダメなのはなんか納得いかないけど……)
内心愚痴りながらも、すぐにミナミに写真が撮れたことを伝えた。
『本当?! ありがとう うれしいな それじゃあまた会おうか』
嬉しそうな声に美穂子は複雑な気持ちになったが、彼が喜んでくれるならと自分の気持ちは二の次である。
「分かりました それじゃあいつもの場所で…」
約束の日に出かけようとしたとき美穂子は家で母親に呼び止められる。
「あなた、最近友達と出かけすぎじゃない?」
「そうかな?」
「あんまり遊びに行きすぎるのも程々にーー」
久しぶりに話し掛けられたと思ったら母親の小言に反発する。
「分かっているって……っ」
母親の言葉を振り切るように美穂子は家を飛び出した。そして待ち合わせをしているいつものカフェに行くとミナミが待っていた。
「美穂子ちゃん、どうしたの暗い顔をして」
「えっ」
会った瞬間に指摘されて美穂子は戸惑い、とっさに空元気な声を上げる。
「どこかおかしかったですか?」
「うん…何かあった?」
「ちょっと家で母さんが、あっ今日はたまたま休みで行く前に呼び止められたんです。遊びすぎるのも程々にって言われて私それにムカついて」
「分かる、分かる 親なんだけど上から目線で言われると腹立つ時があるよね」
刻々とうなづいてくれるミナミに美穂子は自分の気持ちを共感してくれたことにすごく嬉しかった。彼に何かできないかと考えているとあることを思い出した。
「あっ、そんなことより写真とってきました」
「おっ、美穂子様 ありがとうございます」
写真をメールで送り、正味二時間ぐらいご飯を食べながら喋り倒してそろそろと帰ろうかとした時にミナミから言われた。
「実は明日から1週間予定が入っていて会えないんだよね」
「…えっ、そうなんですか?」
「ごめんね、それまでは 美穂子ちゃん またね」
「はい…」
美穂子は後ろ髪に引かれながらミナミが名残惜しそうにしているのを見て、シンジが笑いながら見送ったのを最後に前の方を向いた。。
その瞬間、ミナミから一切の表情が掻き消えていた。
〇〇
ここ数日自分がおかしいのは気づいていた。別の仕事である若い人たちの相談を聞く真似事をしている。
けれど女の子たちの悩み事を聞くのは別に嫌いではなかったので次々と電話がかかってくることに自分が必要とされているようで陶酔する。けれどどうしてこんなことしているのか自分でも分からない気持ち悪さがあった。
まるで自分ではもう一人の自分が動いているような不気味な気持ちだった。そしてスケジュール帳を確認すると次の香穂子という女の子の名前に見覚えがあった。
南雲は待ち合わせの場所に行き彼女と合流した。最初にあった美穂子の印象はすごく寂しい目をしているのが印象的だった。
そして彼女と話している途中で頭の中が軋むようにうごめいた。
「ミナミさん!? どうしたんですか」
南雲の異変を心配そうに見る香穂子に、
「あ〜、ちょっと トイレ行ってくるね」
なんでもなさそうに南雲は美穂子に笑いかけ逃げるようにトイレに向かった。
身体中に汗をかいていて気持ち悪さにせめて顔だけでも洗おうとこめかみから伝う汗に気づいた。
「なんだよ? この汗、なんでこんなに暑いんだよ」
お店の中は空調が壊れているんじゃなかと疑いたかったが、美穂子や店内の客は普通だった。
「はあ…はあ 俺…病気なのか」
南雲は自分の顔を鏡で見ていると、
『さっさと俺を出せ』
誰かの声が聞こえた南雲は周囲を窺った。不気味な笑いを含んだ声に悪寒が走る。
トイレの中に誰かがいるのかと見るが誰もいない。そしてまた元の鏡の前に戻るとまた声が聞こえた。
『お前は今はいらない。 俺の出番だろう』
「誰だっ? お前は?!」
錯乱した南雲は鏡に向かい喚き散らす。
『俺か? 俺はお前だよ』
「俺はお前…何言っているんだ?」
訝しむように南雲は鏡を睨む。
『ははっ 分かんなくていいさ』
ーー次の瞬間、南雲の意識は無くなり、崩れ落ちる瞬間、彼の体はまるで重力がないような不規則な体勢で体を起こした。
「っと…ふ〜 危ねえな、人間の体はちょっとでもぶつけると御陀仏なんだから大切にしねえとな」
身嗜みを整えた南雲ーーミナミは何事もなかったかのように美穂子のもとに戻っていった。
〇〇
それから数日が経った頃だった。女の子が行方不明になっているという字幕を見ると、そこは学園の女子だということに気づきいた美穂子は驚いた。
「この子、美穂子と同じ制服じゃない?」
「うん…そうだね」
「学校では何か先生とか言ってなかった」
母親は心配そうに尋ねる。
「特に何もなかったかな……」
「そう? 何かあったらすぐに言ってね」
「うん」
学校に行くと、行方不明になった女の子のことで話題になっていた。そして次の日、違う女の子がいなくなったニュースが流れて今度は学校の門前に警官が立っていた。なんだかただ事ではない様子に美穂子はますます不安になった。
『こんな時、ミナミさんに会いたいのに』
スマホを手に握りしめて胸に当てた。美穂子はミナミと一緒に写真を撮ったことを思い出し、少しでも気持ちに楽になりたいと思い写真をフォルダを開けた。
少し見て写真を操作するとこの前ミナミに送った写真の女の子たちの写真があった。
そしてそれを見ているとあることに気づいた。
『あれ…この子……いなくなった子と同じ子……それにこの子も』
その時なぜか嫌な予感がした。そして確認を撮るのに時間は掛からなかった。違っていて欲しいという美穂子の思いとは裏腹にその子は彼女が写真を撮った女の子だった。
『どうして私が撮った写真の人ばかり……ミナミさんしか上げてないのに……まさか、いや違う、そんなはずがない』
その時嫌な予感がよぎったがそれをを振り切るように誰もいないところに行き泣いていると声をかけられた。
「オヨヨ、可愛い声で泣いているのは誰じゃろうか?」
目線を上げると二人の女の子が心配そうに美穂子を伺っていた。
「…誰?」
「私は遠藤麻里子。隣にいるのが…」
「平野花月と言います。 どうして泣いているんですか?」
立ち上がりかけたが二人に挟み込まれたので立ち上がるのが億劫で逃げるのをやめた。二人とも離してくれない様子に美穂子は諦めて少しずつ訳を話しだした。
「実は……」
「ーーなるほど、その人気のある子達の写真を渡したところどんどん行方不明になってしまったと、それで、そのお兄さんがもしかしたら怪しいことをしているんじゃないかと思ってるんだね」
美穂子は重々しくコクリとうなづいた。
「最初は嘘だと思いたかった……けど二人目がいなくなって私、もしかしたらとんでもないことをしちゃったんじゃないかって」
後悔する彼女に花月は声をかける。
「でもまだ確証はないんですよね」
「証拠はないけどそれしか考えられなくて、こんなこと誰も相談できないしお母さんは帰ってくるのが遅いから…」
「それじゃあ、一人の方が多いんだね」
花月は自分と生活環境が似た美穂子に少し共感する。麻里子は彼女に話しかける。
「ちょっと写真を見せてもらっていい」
「えっ、うん」
初めて触るはずなのにささっと手慣れた様子で麻里子は美穂子のスマホを操作した。
数分立っても沈黙しているので花月は麻里子に話しかけた。
「麻里子…何かあった?」
「うん? あ〜 ごめんね 結構いいセンスをしているな〜って思ったから」
「え…」
「ほら、これなんて遠近撮れていていいバランスだし」
「これすごいですね」
悪いことをしたはずなのに、いつの間にか褒めちぎられていることに無性に嬉しくなったが複雑な気持ちだった。
「でも…この写真が無ければ」
「それはあくまで結果であって、その写真を撮る人のセンスは関係ないよ、その写真を悪用したのが悪いんだから」
麻里子の言葉に美穂子を堰を切ったように泣いた。泣いて少しスッキリしたのか最初に見た表情よりは幾らか晴れたようだ。自分にも何かできないかと花月はあることを閃いた。
「そうだ!」
「うん? どうしたの 平野ちゃん」
「御影様にお願いするのはどうですか?」
「御影様って七不思議のことですか?」
「そうだね いろんな噂があるけど、お参りして賽銭箱に願いを入れるといいかもね」
「それじゃあ今から行こっか?」
善は急げと行動波の麻里子は立ち上がった。
「えっ、今からですか?」
少しでも憔悴した様子の美穂子に元気になってほしかった。
「え〜と、名前は」
「私は1年普通科C組の野原美穂子って言います」
「それじゃあ野原ちゃん、今から鎮守の森に出発よ〜」
鎮守の森は学校から徒歩5分くらいと言ったところか杜というのが元来の言い方がふさわしいぐらいに木で囲われておりそこには小さな神社が建っている。
一人で行くのは少し怖い花月だが3人で幾分には恐怖心は大分薄らいでいた。何より、自分を助けてくれた恩人でもある日影さんーー御影様の土地に花月は興味があった。
木立の中を歩いていくと、そこには麻里子の言っていた通りに小さな神社と賽銭箱があった。さやさやと木漏れ日に揺れる木の葉が耳に心地よく聞こえる。
「何て書けばいいかな…?」
「そうだね 一から書いた方がわかりやすいかもね」
少し時間がかかったがなんとか書き終えて美穂子は賽銭箱に投函した。鈴をならして手を合わせて願いを込めた。
「どうか無事にいますようにーー」
3人で帰ることを朝日と真澄に伝えて花月は家に帰ることにした。
『はあ〜、なんか色んなことがあったな』
家に着いた途端肩の力を抜いた花月はどっと疲れが襲ってきた。
「ただいま〜、桃華ちゃん」
「お帰り」
いつものようにご飯を食べてお風呂に入って布団に入った。
「お休み、桃華ちゃん」
「うん お休み」
暗い寝室の中で花月は考えていた。桃華の過去をことを知り、泣き虫な性格だったけど修行をして強くなったことを。
(私は…まだ何もしていない。今日話しかけたのも麻里子で私は見ていることが多かった、昔と同じで……)
自分の性格が積極的ではないことは分かっていた、というより両親が亡くなってから自分のわがままや独断で人に迷惑をかけたくない気持ちの方が強かった……けれど最近、御影様や桃華に麻里子達に助けられてばかりで、自分も人のために何かしたいと考え始めるようになった。
『考えるよりまずは行動しないと』
花月は明日どうするかを考えてようやく眠りについた。




