第十二話:ゆるんだ頬・無垢な純情
陰陽局はあくまで非公認だが、陰陽寮は平安時代まで遡る中務省に属する機関のひとつであり、文献にないもう一つは平安の頃より陰陽師の家系の安倍家の子孫は江戸時代に新しい形である陰(妖怪)と陽(人間)が寄宿する共同の学び舎を完成させた。
陰陽寮は学生の間でも依頼を受けるときはバディを組むのが基本になっているが優秀な成績を納めていれば一人でも受けることが可能で桃華もそのうちの一人だった。
陰陽寮に通う見習いの二人の女の子が陰陽局に赴くと、一人が桃華の存在に気づいて隣にいる相棒の子に聞いた。
「あの黒髪の女の子って誰かと組んでいるのかな?」
相棒に言われた女の子は桃華に気付く。
「うん? ああ、あの子は一匹狼だからね 組んでいないよ」
「一匹狼? 何それ?」
「あの子、誰か声をかけても誰とも組みたがらないんだよね」
「へ〜、でもそれって一人で退治に行かないといけないんでしょ、私だったらダメだな」
「そうだね」
二人の女の子は声を忍ばせて話したが、
『別に一人でも大丈夫だし……私は相棒なんていらない』
桃華は耳がいいため、遠くで自分のことを話をされているのは気づいていたが、いつものことと思い無視した。
今日は新しい情報を収集するために陰陽局の方に赴いていた。更新された情報とかもいち早く見聞きすることができる。
『う〜ん、今日はパッとした依頼はないな〜』
肩を落とした桃華は用がなくなったので帰ろうとしたその時だった、曲がり角で人にぶつかりそうになった。
「あっ、すみません」
「おっと、大丈夫か」
ぶつかったことに謝った桃華はその人物を見ると驚く。
「加茂野さん」
「久しぶりだな、お嬢ちゃん」
「お久しぶりです」
陰陽局の先輩である加茂野に失礼の内容に挨拶したものの、凝視されていたことに桃華はたじろく。知り合いとはいえ、顔をじろじろと見られたらあまりいい気分はしない。
「あの、何か…」
「う〜ん、いやなんかいいことがあったか?」
「いいことですか?」
いきなりの質問に桃華は首を傾げる。
『いいこと、別にいいことなんて……』
ふと花月の顔が脳裏に浮かんで、一昨日のことを思い出した微笑んだ。その表情に加茂野は驚いた表情をする。
「おっ、その顔は何かいいことあったんだな」
追求されて笑った顔を見られた桃華は恥ずかしくなり逃げ出した。
「何もありません し、失礼します」
「いや〜、面白かった」
「何が面白かったんですか?」
「へ?」
加茂野は背後からドス黒い笑い声が聞こえたと思ったら、耳を引っ張られたのに驚く。
「お前、気配なく背後をとるんじゃねえよ」
「油断しているあなたが悪いんですよ。 後輩ばかりをからかって」
「ああ…烏丸の嬢ちゃんがあんな顔をするなんて初めて見たからめずらしくて」
「そんなにですか?」
「最初に会ったときは近づくものは全員敵だって感じだったし」
「そうでしたね…きっといい友達にめぐり会えたのかもしれませんね」
「それに、あの子は五年後に絶世の美女になるだろうからな」
沸点が鎮まりかけていた阿倍野だったがこの一言に一気に沸騰した。
「いつか刺されますよ」
とポツリとつぶやいた。絶対零度の笑みの阿倍野に加茂野はやりすぎたのことに気づいたがもう遅い。
「阿倍野さん…今なんと」
「いいえ、私は何も言ってませんよ」
涼しげな笑みを浮かべ、その日の二人の夕食は加茂野が苦手なものが並べられた。
〇〇
「お邪魔します」
「いらっしゃいませ、烏丸さん」
出迎えたのは真澄で、その前に朝日が立っている。緊張する面持ちで桃華は二人に挨拶をする。
「今日はよろしくお願いします」
「こちらこそよろしくお願いします」
今日は朝日の家で料理をするという誘いを受けた花月に桃華をも一緒に同行していいかと言ったら快くうなづいてくれた。
「それでは、今日は簡単な昼食を作ります」
おにぎりと味噌汁と焼き魚とお浸しと達筆で書かれたお品書きを朝日は掲げる。
『これなら早く終わりそうだな〜』
「それでは、烏丸さん、お米をちょっと洗ってくれますか」
「…うん、わかった」
真澄から米を受け取った桃華は水場に持っていった。その時、志郎が台所にやってくる。
「すみません、遅れてしまって 何かお手伝いすることはありませんか」
「それじゃあ、焼き魚を……」
ーーゴキュ
今の鈍い音はなんだと周りを見るが二人はどこかおかしいのか分からなかったが、耳を澄ましゴキュリ、ゴキュリと米を研ぐ音が桃華から聞こえた。
彼女には米を研ぐことしかお願いしてないはずなのに、しゃらしゃらと軽快な音で米を軽く洗うだけの音が固形物をすりつぶしたような音に唖然とする。
その歪な音は近くにいた花月も気づいて桃華を止めた。
「かっ烏丸さん そんなに力を入れたら!?」
「うん?……あ」
花月に声をかけられて桃華は手をあげるとお米は無残な状態で細かく粉砕されていた。その時、誰もが沈黙する。
「つかぬことを聞きますが、烏丸さんは料理をされたことは」
「ないです」
キッパリという姿はいっそ清々しいほどである。
「ご飯は寮のおばちゃんとか最近は花月が作ってくれていたから」
「そうなんですか」
「それは鍛えがいがありますね」
「へ?」
「寮を卒業したら自炊とかしないといけませんよね。お米を炊けないのなら、味噌汁も作れないと見ました」
なんだか雲行きが怪しくなってことに気づいたのは真澄と花月と修行経験者の朝日は思い出して顔が青白くなる。
「私が手取り足取り教えてあげます」
優しそうな笑みで語る志郎には、有無を言わせない雰囲気と逆らってはいけない本能を感じた桃華はコクリとうなずいた。
〇〇
「美穂子、早く食べなさい」
「うん…」
「お母さん、もう行くから。 鍵は閉めるの忘れずにね」
母は介護の仕事をしていて、今日は早出のため家を出るのが早かった。
「行ってきます」
「行ってらっしゃい」
返事を聞いているのかいないのかの瞬間、母親は風のように仕事に向かっていた。
父親はサラリーマンで地方出張が多くて月に数日会える程度である。ノロノロと母親が作った朝ごはんを食べて制服を着替えて鍵を閉めて家をでた。
学校に行ってホームルームを受けて授業を取る。昼ご飯を食べて午後からの授業を受けてただ帰るだけ。
中学校と変わらない毎日に美穂子は憂鬱になっていた。それから休みは気を紛らわすために商店街を歩いた。
すると一人の男性から声をかけられた。
「君? 学生?」
「え?」
美穂子は驚いた。
その男は茶髪にいかにもな格好をしていたからだ。口を固く閉ざしていると男の方から話しかけてきた。
「君…こんなところで学生服はまずいと思うよ」
「え…?」
「補導されかねないし、来るんならもうちょっと変装してこないと」
「はあ」
他人なのに注意してくれる優しさになんだかむず痒くなる。
「君なんか危ないね」
男からそう言われたティッシュの裏に入っていた広告の名刺にお店のことが書かれていた。
「……これってホストクラブ?」
格好からやっぱりと思っていた。学生の美穂子にとって馴染みのない職業に突き返そうとしたが男は慌てて言い直した。
「あ、ごめん 間違えてこっちじゃなくてこっちだった」
今度は違うポケットから今度はティッシュではなく紙ビラを持っていた。
「君はまだ学生だからお店に来れないけど、こっちならね」
そこには「ご相談、悩みを聞くのに私をレンタルしませんか?」と謳い文句が書かれていた。
「これって」
なんか見たことある美穂子は思い出した。
「何か悩みとか愚痴とかあったら聞くことしかできないけど」
「そう言えば、こういうのテレビの特集で見たことあります」
「知っているなら話は早い。 そんな感じで初回はタダだからここに電話してね」
翌日、美穂子は少し電話をするのを迷ったが話を聞いてもらいたと思った彼女は電話をした。
「あの…私、この前商店街で声をかけられた学生ですけど……」
というと、美穂子と話したということを思い出した彼は、
『あっ、もしかして君…お電話ありがとうございます』
それから新しくできたカフェで待ち合わせすることにした。今まで化粧をしたことがなかった美穂子だが、スマホで動画などを見たりして、母親の化粧道具を借りて出かけた。
母親には友達と遊びに行くと伝えたら心配ないだろう。
待ち合わせをした場所に渋谷の名所である名犬ハチ公の銅像の前だ。待ち合わせをする人たちが溢れていて美穂子は戸惑った。
『ど…どうしよう、人が多すぎるし、……そうだ電話!』
とバックの中にあるスマホを取ろうとしていると声をかけられた。
「ねえ、君こんなところで何しているの?」
顔をあげると二人組の男性が目の前にいた。
「誰かと待ち合わせしているの?」
「あっ、あの…」
「この子怯えてるじゃん お前の顔で」
「はあ? 俺じゃねえし」
男二人は言い合っているがそんなことはすでに彼女にとってどうでもよかった。美穂子は思わず泣きそうになると、
「あれ? 美穂子ちゃん こんなところにいたんだ」
「す、すみません 待っている人が来たので」
その人物に目を留めて美穂子は安堵した。申し訳なさそうに知り合いになった男性は手を合わせた。
「ごめんね、探すのが遅れて、俺人の顔覚えるの得意なんだけど」
「分かんなかったのはおしゃれしていたからなんだね」
化粧を褒められたことに美穂子は素直に嬉しかった。慣れない化粧をして最初にどう思われるか不安だったが頑張って化粧をした甲斐があってよかったと心から思った。
「はい、母から借りて」
「え〜、そうなんだ」
美穂子の顔をじっと凝視する男性に居た堪れなくなり話題を変える。
「そ、そんなことより早く行きましょ」
「そんなことじゃないよ 俺のためにありがとう」
男性からの言葉に美穂子は恥ずかしそうに視線を逸らした。
「それじゃあ、行こうか 美穂子ちゃん」
「……はい」
男の名はミナミさんという名前で昼は悩みを聞いたりするレンタル屋として、夜はホストクラブで働いているらしい。
「二つもお仕事されて大変じゃありませんか?」
「ああ、大変だけど何事も経験だからね 若いうちに働きたいんだ」
ミナミのその働く姿勢に美穂子は感心して、自分の怠惰な生活に反省する。
「すごいですね。 私なんて朝起きるのはお母さんに起こされたばかりで」
「まだ学生のうちは甘えていいんじゃないかな」
美穂子の気が重くなったことを感じたミナミは話を変えた。
「美穂子ちゃんはどうして俺をレンタルしようと思ったの?」
「…それは」
その言葉をきっかけに美穂子は洗いざらい自分の鬱屈とした気持ちを伝えた。
家にいても家族は帰ってくるのが遅く、学校でも父親の仕事の影響で話をする友達が作る機会が少なかったことを話した。
「でも親のせいだけじゃない。 私の内向的な性格も原因があって……」
言い切った美穂子はミナミを見ると彼が口を開いた。
「美穂子ちゃん、頑張ったんだね」
「…はい」
その瞬間心がすっと軽くなったような気がした。目頭が熱くなり涙が溢れた。




