第十一話:無力な自分・夢から覚めて
辺りを見回すと見覚えのない部屋の中にいたので女の子は急に不安になった。障子の外から音が聞こえ部屋の中に入ってきた人物を見てほっとした。
「お父さん!」
「っ……!? 目が覚めたのか! よかったっ」
女の子の父は涙目になりながら近寄ってきた姿に一体何があったのかと分からなかった。
「私は一体…?」
「お前は火の海に入りそうになったところを火消しの親分が気絶させたんだ」
『気絶…火の海』
意識した瞬間、後頭部に痛みが一瞬走ったような気がした。
「どうしてそんな無茶なことをしたんだ」
起きたばかりでまだ目覚めていなかった女の子は思い出した。
「そうだ…私、ほむら 君を助けようと思ってーー助けに行かないと」
起き上がろうとした娘に父親は慌てた。
「おい! 無茶をするな まだ寝ていないと」
障子を開けて女の子は出ていこうとするが、いきなり現れた人影に彼女は止まることができず突っ込んでしまう。
「ひゃ?!」
「おっと、大人しい娘だと聞いていたが、こんなに元気じゃねえか」
『だ…誰?』
「親分! すみません うちの娘がーー」
「いや、いいんだ 千吉 女の子は元気が一番だ」
女の子はぶつかったことに謝った。
「ご、ごめんなさい ぶつかってしまって」
「おっ、おまけに素直ないい子じゃねえか」
「そうでしょ もっと言ってください」
親バカ全開である千吉は何度もうなづいた。
「そんな子がどうして火の海に飛び込もうとしたのが分からねえ」
火消しの親分を務める「いろは組」の佐吉は千吉に聞いた。女の子はその声を聞いて、自分が気を失う前に聞いた声の人物だと気付いた。
「あの時の…」
「あの、あそこに住んでいた人たちは無事ですか?!」
女の子がいきなり必死な形相で聞く姿に親分と、突然の娘の行動に父親の千吉も目を見開く。
「どうしたんだ、一体?」
娘の様子に動揺した千吉、親分は尋ねた。
「嬢ちゃん、あそこの誰かと知り合いだったのかい?」
「はい!」
どうか生きていてほしいと言う切なる願いを祈っていたが女の子の願いは届かなかった。親分は重い口を開いた。
「嬢ちゃん…火消しは翌日に終わった 俺たちいろは組も探索したが二人のご遺体が見つかった」
「それは…」
「迦楼羅様と芙蓉様だ」
女の子はいきなりの訃報に二人の記憶が蘇る。そしてーー
「ご子息の雲雀様はまだ遺体が見つかっていない」
「…え、それってどうゆう」
屋敷は全焼して跡形もなくなっていた。何者かに誘拐されたとも考えられる。
「二人のご遺体を検証すると、何者かに斬り付けられた傷があった」
「……っ、それは誰かに殺されたってことですか?」
尋常じゃない女の子の様子に親方は読み取った。
「ああ…嬢ちゃん、どうやら知り合いだったようだな」
「?!!」
女の子が屋敷の住人と知り合いだったと言うことに驚愕する。
「何だと…それは本当か?」
「……うん」
「あそこは南方院の屋敷なんだ」
「南方院?」
「まだ子供だから知らねえよね 南方院は一族が司どる主人のような存在で亡くなった人たちは本家の人たちだった」
「それじゃあ、迦楼羅かるらさんと芙蓉さんは」
「南方院当主そのお方と、芙蓉様は奥方だーーそしていなくなった雲雀ひばり様だ」
聞き覚えのない名前に桃華は首を傾げた。
「あのほむら君って男の子いませんでしたか?」
「ほむらというご子息はいないはずだ。それとその名前は迦楼羅様の幼名だったはず」
「当主は成人すると名前が変わったりするんだ。 もしかしたら雲雀様が自分の身分を隠す為に咄嗟に父親の幼名を騙ったのかもしれない」
親分は話をひと段落して聞いた女の子は言葉を失った。
「…私……何もできなかった」
目を覚ました女の子に沸き上がった感情「無力感」だった。ポトリと流れる涙は拭うこともせず、ただ蕩蕩と喋る彼女に親分はそのときのことを優しく語りかける。
「お前さんは手刀をしてもなかなかすぐに気を失わなかった」
「……私、ほむら君、いえ、雲雀様に助けられたことがあるんです。だから今度は私が恩返しをってーーっ」
声を詰まらせる娘の姿に父の千吉は胸が張り裂けそうだった。
「っ…」
「なら、俺の元で修行を見てみないか?」
女の子に聞いた親分は彼女の目をじっと見つめる。
「……しゅぎょう?」
女の子は最初何を言われているのか分からなかったので親分に聞き返した。
「修行ってのは自分を強くすることだ」
「自分を強く」
その時、くすぶっていた靄が少し軽くなったような気がした。けれど父の千吉は親分の提案に眉間にシワを寄せた。
「親分、娘はまだ6歳なんです。修行をする前にまだ自分の翼を出現させていません」
「最低でも10歳超えてからっ?!」
「10歳なんてあっという間だろ?」
親分のあっけからんとする口調に千吉は苛立つ。
「はあ? あんたのあっという間と一緒にするな」
売り言葉に買い言葉、親分は千吉の反論に文句を言う。
「ああ、なんだと」
普段は気の小さい千吉だが、娘のことになると例えそれが慕っている親分でも向こう見ずなところがあった。
いつの間にやら二人は言い合いになり女の子は自分のせいでオロオロとしてしまい天の助けを求めていた時、障子の外から今度は女性が入ってきた。
「あんた達、一体何やっているんだい うるさいったらありゃしないよ」
「うっ、すまねえ」
さっきまで喧嘩腰だった親分はその女性に尻込みしている。女の子はその様子に驚いた。
「ごめんね、驚かせて」
「は、はい」
「どっちかっていうとお前の声に」
「うん? 今、何か言ったのはこの口かい?」
「いえ…」
強気はどこへやら、妻の前だと形無しである。親分は娘の意図を聞こうと喋りかける。
「それはお前さんはどうしたんだい?」
千 吉はなおも聞こうとする親分を止めようする。
「だから親分、この子にはまだーー」
父の千吉が言いかけるがそれを止めたのは彼の娘だった。
「ーー私は」
〇〇
「強くなりたいです、弱いままではもういたくありません」
親分に真っ直ぐに言い返した女の子は涙目になりながら答えた。
「…お前さんよく泣くな。 誰かに似て」
親分は側にいる彼女の父親を揶揄するように視線を向けた。その意味に千吉は口元が引きつる。
「ゔっ、恥ずかしいことは思い出させないでください」
父親の千吉は恥ずかしそうに頭を掻きそっぽを向いた。
修行は親方の有言実行通りにすぐに始まった。父は気乗りしなかったが女の子はそれだけは譲ることができなかった。
火消しの仕事は単にただ火を消すだけではなく、どれだけ火を消す為に体力作りをするか基本中の基本である。女の子は引っ込み思案の性格だったが、強い信念を持った彼女はこの修行をに積極的に取り込んだ。
『もっともっと強くなりたい、大切な人を守る為にーー』
〇〇
「ここはどこ?」
辺りを見回して誰もいない空間にポツリと女の子に立っていた。
「誰かいないの?」
女の子は誰もいないことに恐怖で身がすくんで動けなくなる。
「誰か…」
「お前は?」
後ろから声が聞こえたので振り向くと、あの時行方不明になった男の子がいた。
「ほむらくん?!」
「どうした、そんなに驚いて?」
「本当にほむら君……本物なの?」
「偽物がいたのか?」
「ううんっ、いないよ ほむら君は一人しかいない」
女の子はただ会えたことが嬉しくて、ただ泣いていた。
「ほむら君、私、あなたのことずっと探していて」
「探してくれたんだな」
「うん」
しかし喜びの束の間、火の海が二人を囲んだ。
「ひゃっ?!」
「これは」
男の子は咄嗟に女の子を突き飛ばし彼は火の海に飲まれていった。
「いや……やめて ほむら君 早く逃げて」
「行かないで……」
『また自分の目の前でいなくなるなんてもう嫌だ』
だが必死に手を伸ばしても燃え上がる炎の壁に女の子はなす術がなかった。そして、どこからか自分の名前を必死に呼んでいる声が聞こえた。
『……この声は』
「とうかちゃん!!」
この声はほむら君、違うこれは男の子の声じゃない。女の子の声? でも自分と親しい友達なんていない。
ーーけど最近知り合った女の子が一人いる。女の子は導かれるように目を開けた。
(何で忘れていたんだろう自分の名前なのに、桃華とうかは両親がつけてくれた私の名前なのに)
そうして彼女は夢から覚める。
〇〇
「桃華ちゃん!」
目を開けると部屋の中はまだ薄暗く、早朝にしてもやや早すぎる。近くに誰かいることに視線を向けると花月が心配そうにこちらの様子を伺っていた。
「か…づき?」
「桃華ちゃん、大丈夫?!」
花月の必死な呼び声に何があったのかと起き上がろうとしてわかった。尋常じゃないほど汗をかいており、意識した瞬間に冷たく感じた。
「な…にこれ?」
「トイレに行った後、部屋から声が聞こえたから心配になって ノックをしても返事がなかったから 開けたら、桃華ちゃんがうなされているのが見えてびっくりして……」
その時に桃華は自分が花月の手をギュッと握っていたことに気づいたので手汗まみれの手は気持ち悪いだろうと離そうとしたが、
「そうだったの…ごめんね 心配かけて 私、手に汗が…」
花月は桃華の手をギュッと握り返した。
「別にそれぐらいいいよ よかった うなされていたから ……なんか嫌な夢でも見たの?」
「うん……昔の夢」
「あ、汗かいたならシャワーで流したらどうかな?」
「ああ……うん、ありがとう」
桃華は立ち上がり着替えを持って風呂場に向かった。
『どうして、あんな昔の夢を』
「…ほむら君」
(いつ以来だろう、この名前を呟くのは……)
彼を思い出すと意識をするとどうしても周りが見えなくなってしまう。蓋をしていた感情が一気に吹き出ていくようで……
桃華は火照った目元にシャワーをかぶせた。汗を流し終えると花月が台所に座っていた。
「あっ、桃華ちゃん 飲むのは冷茶でいい?そっちの方が安眠効果があるから…」
「うん」
花月はお茶をコップに注ぐと寝室に戻ろうとしたが桃華が声をかける。
「花月…」
「うん?」
「少し話したいことがあるの? 聞いてくれるかな?」
「うん、いいよ」
起こしたばかりではなく、迷惑をかけて申し訳ないと思いながら断れる覚悟だったが、花月はすぐに答えたので驚いた。そういうと花月は向かいの椅子に座り込んだ。
「あのね…」
桃華は自分の過去を話した。自分の髪の色でいじめられていたこと、ほむら君と出会ったこと、そして彼の家が火事になって行方不明になったことを。
一気に話し終えた桃華は一息つき、花月の顔を見ると瞬間凍りついた。ポトリと花月は音もなく涙を流していたからだ。
「か…づき」
「あ…え、どうして こんなに」
言われてようやく自分が泣いていることに気づき、桃華はティッシュを持ってきて花月に渡した。
「涙が止まらない…」
「ふふ、泣きすぎよ」
桃華はあんまり花月が泣くので何だかおかしくて少し笑った。
「どゔじて笑うの〜」
泣き声でおかしくなる花月の声がより笑いを誘う。
「さあね〜、それじゃまだ起きるの早いし寝ようか」
「うん」
寝過ごさないように花月は桃華と一緒に眠った。それから桃華は悲しい夢は見なかった。




