第三話:すれ違い、どちら様ですか
最初は些細なすれ違いだと思っていた。僕、代永朝日はその日の放課後にはなちゃんに泊まらないか聞いてみた。
「あ〜、お泊まりか。 今日はごめんね」
「えっあー、そうなの? それは残念だな」
あまりショックを受けてないように装うが、内心まさか断れるとは思ってなかった僕はしどろもどろになってしまう。
なぜなら、今まではなちゃんに両親の命日以外の理由で断られたことが特になかったからである。
『はあ〜、でもそんな時あるよね』
落ち込む僕を「残念でしたね」と真澄に慰められる。
「また誘うよ」
ため息をつきうなだれながら二人は玄関の門をくぐった。
そしてその翌日昼休みに麻理子は今度は土曜日にカフェに行かないか誘ってきた。どうやらどうしても一緒に行きたい様子に僕は二人の様子、友希ちゃんとはなちゃんの様子を伺った。
「私も土曜日だったら部活が休みだから行けるよ」
麻理子は嬉しそうに目を輝かせる朝ドラ女優のような笑顔には厄介な性格を知らなければ男子学生は騙されてしまうだろう。その彼女はこちらに目線を向いてきた。
「代永ちゃん…土曜日の予定空いているかな?」
美少女が首を傾げている姿は年頃の少年が見れば頬を染めてしまうだろうが、それとは別の圧力を感じてしまうのは気のせいだろうか。それよりも、若い女の子と遊ぶのはいかがなものなのか。
側から見れば分からないだろうが、こちとら年頃はとっくに過ぎておりもうおじいちゃんと孫のような心境であり、訳あって女装をしなければならない身の上で何だか心許ない。だが、幼馴染の彼女が行くのなら即決なのだが。
「う〜ん、はなちゃんが行くんだったら行こうかな」
「えっ、あ〜 うん」
「花月ちゃん何か予定ある?」と麻理子は聞いた。
何かを思い出したようにはなちゃんは笑い、口を開く。
「うん! ちょっと予定を入れて」
「そっか〜 それは残念」とシュンとするが、口元がニヤニヤとしたのを見えてその違和感に放課後に気になった僕はその理由を麻理子に聞いた。はなちゃんはホームルームは終わった後今日も用事があるらしく早く帰っていった。
「あ〜、あの時笑ったのはもしかしたらと思っただけだよ」
「もしかしたらって何ですか?」
僕が聞きたそうにしていると「ふふ、聞きたい 聞きたい」と麻理子は目元をニヤつかせ口元を手で押さえる仕草に無性に苛立つが何とか押しとどめる。それを聞いていた友希ちゃんも同様で忙しなく動く彼女の頭を両手で押さえた。
「それで、もしかしたらって何なの?」
友希ちゃんも気になったのだろう僕と同じ事を問いかける。
「ちょっ、友希ちゃん 力つよ?! もうーー彼氏がいるのかな〜って思ったの」
「えっ?」
僕は麻理子の言葉に耳を疑った。
「今なんて?」
本当は聞こえていたが聞き間違いということもある。僕は聞こえないフリをしたが聞き間違えではなかったらしい。
「彼氏って言ったの」
「どうして彼氏なのよ?」と麻理子を抑えている友希ちゃんは不思議そうに首を傾げて彼女に聞いた。
「だって何の用事もないのに誘いを断るなんて無かったからね」
「……確かに」
「それになんか最近の平野ちゃん明るくなったような気がするんだよね」
「!」
それは麻理子や友希ちゃんではなく僕も思っていたことである。はなちゃんは幼い頃から妖怪が見えたこともあって人との距離を取ろうとする傾向がある。友達である友希ちゃんや幼なじみの僕でさえもーー
そんなはなちゃんに彼氏…?
まだ15歳で、いや彼女はもう15歳、いてもおかしくない年齢である。と頭で納得しようと思うものの短時間で落ち着くものでもない。
「ちょっと、大丈夫?」とふらつく足元に友希ちゃんに心配される始末である。
「そんなに気になるんなら平野ちゃんの家に行ってみればいいんじゃない?」
「…え」
麻理子の何気ない一言に気後れしながら僕はうなづいた。
「そうだね。 いるかどうか分からないし」
「なんか分かったっら教えてね」
麻理子と友希ちゃんは部活なので教室で別れた。僕と真澄も家に帰ることにした。
「それじゃあそろそろ帰ろうか」
「はい、そうですね」
帰り道僕と真澄は話すことが多いが何故か今日は口を閉じたままである。
『明日ははなちゃんの家に久しぶりに行ってみよう』
握りこぶしを作り、僕はそう心に誓いを立てた。心ここに在らずなのは僕だけだということに気づかなかった。僕の横で真澄も思い悩んでいたことに。
〇〇
『彼氏』
その言葉に私は少し高揚感を感じた。
私は今、曲がりなりにも朝日様と同じ制服をきたクラスメートである。学校生活をしたことがなかった私にとって、どれも新鮮であることが多く例え数百年生きていても知らないことはある。
そして、学校生活に人との恋愛模様など日常茶飯事であり、思春期だということもあるかもしれないが。
朝日様と花月様は幼なじみである。けれど、どんなに仲が良くても一緒に生きることはできない。
同じ時を過ごすことはできない。私はそのことにホッとしている。嫌な気持ち…なのにそれにすがりつきたくなる。そっと横にいる彼に視線を送る。
『花月様に彼氏ができたら、朝日様はどうなさいますか?』
その言葉は口から発せられることもなく、胸中に留めた。
『今はその時ではない。 でもきっといつか必ず起こる。そう遠くなら未来に』
人の人生は私達が生きる寿命よりもあまりにも短すぎるから。
〇〇
土曜日は学校が休みのためはなちゃんは家にいるはずである。
彼女には一応アパートに行くことは伝えていない。ちょっと遊びに行くだけで他意は無いと思いながら早歩きだったためアパートにはすぐに着いてしまう。
そこでアパートの一室が開き、目と目があった。はなちゃんではなくこのアパートの大屋さんだった。
大家の山村千代さんは70代でも若々しく、そして人柄もいいため僕も懇意にしている。
「あら? 朝日ちゃん、久しぶりね」
「こんにちは、お久しぶりです千代さん」
「そういえばあの子大丈夫だった」
誰のことか分からない朝日は首を傾げる。
「あの子?」
「この前だったかしらちょうど今の様に買い物に行くときにはなちゃんが女の子を背負っていたの」
千代さんはその時のことを説明してくれた。
〇〇
『あら?はなちゃん お帰りなさい』
『あっこんにちは 千代さん』
千代は花月が抱えていた女の子が気になり、心配そうに伺う。
『大丈夫? もしかしてその子朝日ちゃん?』
『えっいえ 私の友達です。 ずっと食べてなかったみたいで』
『あら、そうなの それじゃあ後で何か持って行くわね』
〇〇
「そうだったんですか(良かった、男性じゃなくて)」
僕は心の底からホッとしたものも束の間で、まさかこの後、急展開に陥るとは夢にも及ばない。
とりあえずノックをするが返事は帰ってこない。僕は持っていた合鍵でドアを開けた。
玄関を開けるとすぐに廊下がありキッチンがあり、その奥に和室がある。見覚えのの無い靴を見てこれがその女の子の靴かと推測する。
冷蔵庫に志郎からもらった水羊羹を入れようとキッチンに向かうと物音が聞こえた。はなちゃんかなと僕は声をかけようとした。
「はなちゃん、いたん」
「んだ」と言いかける瞬間、口を開けたまま硬直し持ってきた紙袋を落としてしまう。
僕は全身を震えあがせながら声を出そうとするがから回ってしまう。驚くのも無理はない。
そこには幼なじみではなく片手に牛乳瓶を持ち、腰に手を置く見知らぬ少女が下着姿だったからだ。
どうして下着姿で部屋の中にいるのか、どうやら女の子は風呂上がりようでまだ水分を多く含んでいる髪で推察できる。けれど女装している僕にとって堪え難い精神的ダメージだった。
『hふぉいあjfどsj』
推定四百年以上(記憶喪失)生きているが、如何せん経験が無いに等しくキャパシティを軽々と超えてしまう。
呆然としている僕に下着姿の女の子は牛乳をテーブルに置いたと思った瞬間、急接近してきた。
何をされるのかと思えば、腕を曲げられた僕は関節を決められたことがわかり、腕を拘束され背中がガラ空きになる。
「なっ、ちょっと(いた〜 何なんだこの子、いきなり技をかけられたんだけど?!)」
普段の僕だったら受け身ぐらい取れたが、今はか弱い女装中のため地面に伏せられるしかない。だけど何も言わないのは悔しくて突然の暴挙に僕は抗議する。
「ちょっと、あなた一体何なんですか?」
僕は上を向こうと振り向こうとしたが女の子の白い太ももが見えたのですぐに止めて、そっと床に目線を戻した。女の子に地べたに這い蹲される屈辱よりも優っていたのは羞恥心だった。
「それより、早く服を着てください! どうして下着姿なんですか?!」
「…別にいいでしょ。 同性だし」
『僕は男だ』と叫びたかったが、そんなことを言えば「何を言っているんだこいつは」と見られるのが関の山だろう。気持ちを切り替えて何とか僕は絞り出すような声を出した。けれど出てきた声は虫の吐息で同意する。
「そ…そうですね」
力なくうなだれた答えしか思い浮かばなかった僕は虚無感に浸っていると彼女から質問される。
「あんた、どうして花月の部屋の鍵を持っていたの?」
「えっ、それは僕がっ」
「僕?」
女の子は僕の一人称を訝しんだことに焦る。
「あっ、いえ私(焦るな、僕)はここの女の子とおさなーー…」
僕がこの部屋の知り合いと言い終わる前と同時に玄関のドアが開いた。
〇〇
「ふふん♪」
二人がそんな状態になっているとも知らずに私は昼御飯の買い物に出かけていた。
『暑いときはやっぱりそうめんが美味しいよね』
それにネギとミョウガの薬味を切って、めんつゆで食べる光景にこれだけで食欲がそそられてしまう。
他にも何か作った方がいいかな。卵焼きとか何か副菜になるものがいいかな。買い物に行く前に聞いておけばよかったと少し後悔する。
「ちょっと買いすぎちゃったな。二人分なんて久しぶりだからな〜」
買い物袋の中身は重いはずなのに、足取りは軽くアパートの階段を軽快に上がり、玄関を開けた。
「ただいま〜」
そう、ここで部屋の中にいる今居候中の女の子から返事をされることを期待していた。けれど、玄関を開けたその先に見たものは烏丸さんが玄関先で下着姿でいたことに度肝を抜かれた。
私は一瞬何か幻覚を見たのか、冷静になろうと扉を一旦閉めた。
自分の部屋を間違えていないかプレートを見るが「平野・3号室」という間違えようのない標識が現実であるとまざまざと叩きつけられる。
もう一回開くとなぜか玄関に下着姿の烏丸さんと目が合う。やっぱり現実だった…
「た…ただいま〜」
「お帰りなさい」
「その何をしているの?」
私は口元を引きつかせながら聞いた。
「この子、あんたの知り合い? 鍵を持っていたんだけど」
「え?」
私は突然のことに落ち着こうとしたが、烏丸さんの下にいた人間に狼狽する。組み伏せられた女の子と目が合い、唖然とする。
「あ…朝日ちゃん?!」
今にも消え入りそうな声で朝日ちゃんは口を開いた。
「……はなちゃん」
今度は烏丸さんが交互に私と朝日ちゃんを見て驚いた表情をする。
「え、もしかして知り合い?」
「うん、幼なじみなの」
「……え」