第二話:烏丸桃華と考え事
帰ってからすぐに花月はお布団を用意した。意識が無くなりそうな女の子をこのままにしておけないと思い彼女を寝かせた。
それから女の子は気を張り詰めていて眠れていなかったのか、嘘のように寝入るのが早かった。
少し寝顔を見ると顔色が悪く、目の下に隈ができていたのでよっぽど疲れていたのだろうと起きるまで寝かせることにした。
翌日、花月は起きても部屋を確認すると女の子はいまだにぐっすりと眠っており、冷蔵庫を見ても昨日彼女の分も作ったおかずがラップをされたままであるのを見て一度も起きていないのが分かった。
色々と考えたが、疲れているのなら睡眠が一番としか思い浮かばず、花月も今日も学校のため休むわけには行かず、とりあえずいつものように朝日の家に向かった。朝日を起こすためにおにぎりを作り、起こしに行って一緒に朝ごはんを食べる。
その後、一服している間にテレビのニュースなどを見ると「小火あるいは放火」という見出しで地名がこの東京都内だったことに気づき花月は口を開く。
「また物騒な事件ですね。この前は死体遺棄の事件でしたけど…」
「そうだね、学校が終わったら横道せずに家に帰った方がいいかもね」と朝日は話した。
「うん」
『まあ、その方があの子にとってもいいしね。…そういえば私、あの子の名前を聞いていなかったな。一応メモは残しておいたけど不安だな』
〇〇
「—ちゃん、はなちゃん」
「……え?」
名前が呼ばれたことに気づき振り向くと、朝日が目の前に立っていた。
「どうしたの? もうホームルーム終わっているよ」
「えっ…もうそんな時間?」
一日中ずっとあの子のこと考えていたのかと自分でも驚いてしまう。
「どこか具合でも悪いの?」
「うんうん、全然大丈夫だよ」
「そう?」
考え事をしながら歩くのは良くないよねと花月は気をつけようと思った。いつもは普通に歩く帰り道なのに、今は早歩きで帰っていく花月はアパートの階段を上がると、部屋の明かりがついているのが見えてホッとする。
『起きてる! よかった』
花月は玄関を開けて、中に入ると女の子はテレビのを見ていたのか、振り向いた視線とかち合い、急に緊張する。
気心の知れあった人ならともかく初対面同士である花月は結構人見知りでどう話せばいいのかと迷ったが先に女の子から口を開いてくれた。
「お帰りなさい」
「あっ、た…ただいま」
『そう言えば、何から話せばいいかな?』
そう考えていると彼女は花月の目の前に来て正座をして何をするかと見ていると、馴れた感じで指を床につき、土下座をされたことに仰天する。
「一宿一飯の恩、かたじけありません。このご恩は必ずお返しします」
「えっ…いえ?! お礼を言うのは私の方ですっ」
いきなりのお辞儀をされると思わなかった花月は女の子と同じようにしゃがみ込み女の子に礼をする。
いつまでも床に座らせておくわけには行かないので和室に移動して、そこでようやく彼女の名前が分かった。
「私は烏丸 桃華からすま とうかと申します」
「平野花月と言います、ちょっと待っててね今、お茶を持ってくるね」
簡単に自己紹介を終えて、花月はお茶を用意するとお礼を言われた。
「ありがとうございます」
「敬語じゃなくていいよ、 話しやすい方で」
親しき中にも礼儀ありと言う言葉があるが、敬語で話されるのはなぜか変な気分になったため、花月は気楽にしてほしい気持ちを込めて言った。
「うん…分かった」
桃華は口ごもりながら頷く。
「烏丸さんはセーラー服を着ていたけど中学生?高校生」
「…高校生で15歳」
「それじゃあ、私と同級生だね」
「あんたはどこの高校に通っているの?」
「私は狭間高校だよ」
そう言うと桃華は驚いた表情をして口を開いた。
「狭間高校ってあの…」
花月はなぜか口籠る様子に首を傾げて彼女の次の言葉に驚く。
「もしかして、ようかい…」
「え…」
花月が驚いた声に彼女はいかにもしまったと言う表情をして口を手で押さえた。どうやら言ってはいけないことを言ってしまったようである。
『やっぱり私の聞き間違いじゃないよね。確か烏丸さんはさっきーー』
「今、『ようかい』って言ったの?」
花月が指摘すると歯切れの悪い答えが返ってきた。
「よ、妖怪じゃなくて羊羹屋さんが学園の近くにあって」
「羊羹じゃなくて妖のことじゃないの?」
『妖』と言う言葉にわかりやすいぐらいびくりと肩を揺らし、凍りついたかのように固まり、ブリキの人形のように話した。
「妖怪…妖、なっ何のこと?」
桃華はそっぽを向きながら、声を震わせて話す様子に花月は内心突っ込んでしまう。
『正直すぎる』
初見でも見破れるくらいの嘘にどうしようかと考えて花月は悩むが、でもこの人だったら、妖怪が見える力のことを言ってもいいような大丈夫な気がした。会ったばかりだけど、何より自分を助けてくれた人でもあるし。
「誤魔化さなくていいよ。 私、妖怪のこと少しは知っているから」
「……え、そうなの?」
花月の言葉に桃華はまたもや固まりどうしてなのか経緯を話した。
「私は小さな頃から妖怪とか見える力があるみたいで」
花月の話を聞いた桃華は落ち着きを取り戻し色々と教えてもらった。
「…それは霊感が高い証拠ね」
「霊感って霊能力者とかそうゆうのですか?」
花月はイタコやシャーマンなど名前をいくつか挙げると桃華は首を振る。
「あれはまた別の素質が必要なの」
「そうなんですか?」
この人ならもしかしてあの人のことを知っているかも知れないと花月は一応聞いてみる。
「あの、土地神のこととかも知っていますか?」
「ええ、もちろん知っているけど」
御影様に助けられてから自分なりに図書館やネットで色んな情報を調べたりしたが御影様の実態は掴めずにいた。
「あの御影様って知っていますか?」
〇〇
「御影様?…ってここら辺を守る守り人でしょ、それがどうかしたの?」
俯きながら花月は話し始める。
「実は私、御影様に妖怪に襲われそうになったところを助けてもらったんです。最初は妖怪は怖いものだと思っていましたけど、御影様に助けられてから良い人もいるのだと気付きました」
花月は桃華の目を見て、
「怖いけど守ってもらうばかりじゃダメだと思って、妖怪のこともっと知りたいって思ったんです」
真剣な眼差しに桃華もまた自分の秘密を打ち明けることにした。
「……そう、それじゃあんたにとっておきの秘密を教えるわ」
「えっ」
桃華は立ち上がり、花月に背中を向けた。
「目を少しつぶっていてくれないかな」
「う、うん…わかった」
花月はドキマギとしながら、彼女の言うとおりに目を瞑る。すると数秒後ばさりと言う音とともに風圧が体全体に受けたことを感じた。
『あれ、扇風機の風ってこんなに強かったけ』
「もう、いいわよ」
桃華から開けていいと言われて目を開けると、そこには翼があった。それも純白な翼が彼女の背中に生えていたのだ。まじまじと見ていると桃華が自分の正体を告げた。
「私は天狗の妖怪なの……他の人は黒い翼なんだけどね」
何故かそういうと桃華は悲しそうな表情をしたが、花月は目の前のものに惹かれていたのであまり気づかなかった。
「……綺麗」
その見事な翼の造型に花月はただ見とれていた。羽根とか触ってみたい、どんなのだろうと目を輝かせると桃華から、
「触ってみる?」
「っいいの…?」
「う、うん、少しだけなら」
まさか触れるとは思ってなかったので、花月の勢いに桃華は少したじろいだ。
「で、ではお言葉に甘えて」
花月はサラサラとした羽毛に夢心地の気分を味わい、いつの間にか頬ずりしていた。
「っ……あんた、ちょっとくすぐったいんだけど」
「えっあ?! ごめんなさいっ 気持ちよくて」
彼女は少し頬を染めていたので申し訳ない気持ちになったが、もう少し堪能したかったと残念な気持ちになった。それから夜ご飯を食べて、今後のことを話し合った。
「明日寮に帰ろうと思うの」
「えっ、もう帰っちゃうんですか? まだいていんですよ」
「でもいつまでも人の家に世話になるわけには……」
言い渋る桃華に花月は条件を提示した。
「私まだ妖怪のことたくさん知りたいんです。 それじゃボディガードってどうですか? それで、ご飯が三食付きます」
花月の料理の腕は小さい頃から直々に志郎と真澄に教えられており、一人でもある程度は作れる自信はある。現に桃華は花月の料理を気に入っているのはこの数日間で綺麗に皿を平らげていたを見ていれば一目瞭然である。その誘惑の言葉に桃華さんはゴクリと生唾を飲み込んだのが分かった。
「また作ってくれてもいいから」「まあまあだった」と言って完食してもらえた時は料理を作った人にとっては嬉しい限りである。花月はあとひと押しかな思案していると、
「そ、そんなに言うんだったら、少しぐらいいわよ」
プイッとそっぽを向く仕草に花月はキュンとした。これが萌えなのかと、ここに麻里子がいたらきっと「ツンデレ、万歳」と宣っていただろう。
〇〇
それから花月はいつものように学校に通学して、少しの間、桃華は我が家に居候することになった。
学校にいる時も暇な時間を見つけたら今日の夜の献立をどうしようかと考えている。
『昨日は肉だったから、今日は魚かな…』
「はなちゃん!」
ぐいっと体を引っ張られる感覚に少し驚く。
「……え?」
気づくと幼馴染の黒髪の少女が心配そうにこちらを窺っているのが見えた。周りを見ると、友希子や真理子は不思議そうに見ていた。
思った以上に集中していた花月は誰かに呼ばれるまで気づかなくて、朝日に裾を引っ張られるまで気づかなかった。友希子は心配そうにこちらを窺っている。
「どうしたの、はな? ぼぅーとして」
「お腹いっぱいになって眠くなったんじゃない。 それじゃあ私の太ももを貸してしんぜよ」
麻理子は正座をして花月に来るように太ももを叩いた。それを見て恥ずかしくて勢いよく首を振る。
「ううん、大丈夫だよ。 ちょっとぼうっとしちゃった」
花月がそう言うと麻理子は残念そうに口をすぼめたが次の瞬間に表情が変わった。
「そうだ、今日の放課後駅前のカフェに行かない? 新作のスイーツフェアがあるんだけど」
友希子は陸上部に入っていて麻理子は写真部に入っているが部室にいるよりも、外に行って景色や被写体を撮るなどの割りに合っているらしい。
せっかくの誘いなので花月は快く受け入れようとするが家にいる少女が脳裏によぎる。
「ーーあ、今日はちょっと予定があるから」
「そうなの、それは残念… 朝日ちゃんと真澄ちゃんはどう?」
「私も今日は用事があるので」
麻理子はがっくりとうなだれたのに申し訳ない気持ちになったが、少しでも家に早く帰りたい気持ちがあったのは本当である。
〇〇
けれどそれに不審感を抱いていたものが一人いた。
普段は用事がない限り断らない花月が断ったことに朝日が言い知れぬ思いを抱いていたことに彼女は気づかなかった。