第一話:しっぽ髪とセーラー服の少女
季節は夏真っ盛りの7月。
学校の制服は半袖となり、幾分涼しくなったが暑いものは暑い。平野花月は学校帰りに買い物に行こうといつもの歩き慣れた道を歩いていた。
大体の帰り道は朝日と真澄と一緒かどちらかと帰るのだけど、今日は二人とも日直の当番となってしまい帰ることができなかったのである。
『久しぶりだな〜 一人で帰るの』
『今日の夕飯何にしようかと』献立を組み立てていると、どこからかガラの悪い声が聞こえてきた。
「うん? どこから」と花月は周囲を伺うと丁度、コンビニの前で中学生くらいの男子達がたむろっていたのが見えた。仲良くするのはいいことだが、いささか騒ぎすぎているのが否めない。
コンビニに入る人々は、それを見て見ぬふりか眉間にしわを寄せて不快そうな表情に店内に入っていく。遠巻きに見ている人たちも同じ感じである。
花月もそれを見て嫌だなと思いながら、スーパーがある方向に足を進めようとした時、夏用のセーラー服を着たポニーテールの女の子が男の子達に近寄っていったのが見えて足が止まる。
「ぎゃあははは」
「……ねえ、あんた」
女の子の可愛いけれど、凛とした声が遠くからでも聞こえた。
「あん?」
自分に問われたのか、笑い声を上げていた男の子が声を荒げて女の子を睨み上げる。
「何だ、てめえのその目つきは…俺たちになんか文句あんのか」
座っていた男の子は立ち上がると女の子を見下ろした。志郎さんと同じくらい上背が170ぐらいあるだろうか、体格がいいのか分かる。対面している女の子は花月より少し低い150ぐらいかと推測していると男の子は声を上げた。
「ああん、てめえ一体何なんだ」
花月はその威圧する態度に生唾をごくりと飲み込み、『早く逃げて』と心の中で女の子に叫んだが、男の子の威圧にひるむことなく彼女は堂々と立っていたので少し驚いた。
「あの子、大丈夫か?」
「殴られたりしないわよね」と花月と同じように遠くから見ている人々の会話にハッとした。
『大丈夫かもしれないけど、このままじゃ、あの子が危ない』
女の子の危機にようやく気付いた花月は無闇に飛び込むのは得策ではないのでありきたりな作戦を立てた。
『よし、作戦はこうよ』
『ごめんね、遅れてきちゃって、それじゃあ、行こうか』と女の子の手首を握り逃走する。彼女はびっくりするだろうが、多少強引でも止むなし。
花月は練習を三回、心の中で繰り返し、早速実行をした。
男の子がしびれを切らし女の子の胸ぐらを掴もうとした瞬間ーーパチンと拍手する音が聞こえ男の子の動きが止まった。
「ごめんね、遅れちゃって」
この時初めて対面している女の子と目が合った。
『この子、可愛い』
遠目からでは分からなかったが、近くで見るとより可愛い。芯の通った瞳は花月の行動に少し驚いて見開いている。そりゃあ名前を知らない人に声をかけかけられてびっくりするだろう今はゆっくりと鑑賞している場合ではない。
「それじゃあ、行こうか」と女の子の手首を握り、その場を立ち去ろうとするはずだったが、花月が考えていたのはあくまでもイメージで合って予想外なことが決して起きることが限らないことを失念していた。
「おいおい、姉ちゃん…どこに行くんだ?」
花月は肩をびくりと揺らし、振り返り返事をした。
「……は、はい?」
声をかけられた私は振り向きたくなかったが、無視することができずに後ろを振り返ると不良の男の子たちがニヤニヤと口元に笑みを浮かべていた。一刻も早く、この場から遠ざかりたい気持ちで答える。
「な…なんですか?」
「俺ら、まだその子と話している途中なんだよね」
「…そうなんですか?」
不良の一人が私の強張った表情に嬉しそうに喋りかける。
「そうなんですよ〜、っていうかそんなことより君可愛いね」
金髪の男の子は花月の容姿を下から上まで舐めるように見る視線に悪寒が走り思わず後ずさった。まさか、自分が標的にされるとは思ってなかったのでパニックになってしまう。
『こういう時どうすればいいんだろう』
ぐるぐると花月が考えていると、その隙を狙うかのように話しかけてきた。
「ねえ、せっかく出会ったんだからどこかでお茶でもしていかない」
「えっ…あの」
セミロングの金髪の男の子に手首を強引に掴まれてしまう。花月は男子からつかまれたことなんて今までないので恐怖で硬直しかけるが、勇気を振り絞って抵抗するが虚しく金髪は涼しい表情で全く利いていない。
「は、離してください」
「ねえ、ちょっとだけだから ねえ、いいでしょ?」
「…ねえねえ煩いんだけど、後はその手を外して」
一瞬誰が言っているのか分からなかったが、女の子が言っていることに気づき花月はとっさに彼女の手首を握っていた手を離した。
「ご、ごめんなさい、手首痛かった?」
手首を思わず強く握ってしまったかと謝罪したが、女の子は首を振る。
「違う。 あんたじゃなくてそこの金髪よ」
「ああん、なんだと誰が金髪だぁ」
女の子の物言いに腹を立てた金髪は腹を立てる。
「誰ってあんたしかいないでしょ…その子の手を離しなさい」
「はあ? 誰がお前の指図を受けるか」
口元をヒクつかせた金髪は花月の手首を離して、女の子に目線を移した。
「お前、うざいんだよ…どっかいけ」
花月は手首を離されてホッとしたのも束の間、これでは足手まといじゃないかと反省することの間も無く、男の子は掛け声とともに女の子に拳を振り上げる瞬間を目撃する。
『え、ちょっと、嘘でしょ』
とっさのことで花月は動くことができずにただ呆然としていた。まさか殴ってくることは思わなかったからである。
「逃げて」と目の前の女の子に叫ぼうとするが時すでに遅し、振りかぶった拳は目前まで女の子に向かっている。
パシンという破裂音が辺りに響き、それを見ていた周りの人々は女の子が殴られたと思い悲鳴をあげる。
けれど数秒後、花月は女の子から目を逸らさずにいたので異様な光景を目の当たりにする。
「えっ」
男の子の拳は確かに女の子に届いていた。しかし、それは女の子ではなく、彼女の手の平より小さいはずなのに難なく受け止めていたのだ。
〇〇
まさか受け止められるとは思わなかった男の子は目を真ん丸と見開き、間の抜けた声を出した。
「ふへっ?」
他の男子達は「お〜い、手加減すんなよ」と揶揄う。
けれど、男の子は友達の声が聞こえてないようで、手応えのない違和感に自分の手元ばかりを見ている。その様子に女の子は
「はあ〜、それが本気なの」
ため息を吐く女の子の挑発する物言いに、男の子は激昂して今度は足を上げ狙いを定める。彼女の華奢な体が吹き飛ばされるはずだったがその衝撃は訪れなかった。
「てっ、てめえ」
女の子はいとも簡単そうに足を手の甲で受け止めたからだ。男の子の友人達は苦しげな友達の声に気づかず応援する。
「おい、そんな奴吹っ飛ばしちゃえよ」
「優ちゃん、女の子には優しいからね〜」
二人の男の子の話を優と呼ばれた金髪の不良少年は、無視しているわけではなく、答える余裕が無かった。
優という少年は足に力を込めて踏ん張っているにも関わらず、彼女は手の甲で受け止めていたのを見た花月は女の子の身のこなしが堂に入る振る舞いに思わず見惚れるぐらいである。
「もう、終わりかしら」
女の子は受け止めた足を手の甲で払った瞬間、今度は彼女の足が上がり、スカートがめくれあがり白い太ももがあらわになる。
まさか蹴ってくると思ってなかった少年は呆気にとられ反応が遅れてしまった彼は吹き飛ばされてしまう。遠巻きに見ていた観衆もそれにどよめいた。それを間近で見ていた花月も驚きである。
女の子の足に吹き飛ばされた少年は倒れたもののすぐに起き上がろうとするが、ダメージが強いのか足元が覚束ない様子を見ていた男の子の一人が手を貸した。
「優ちゃん、大丈夫かよ…おい、今度は俺が相手だ」
次は銀髪に染めた少年が相手をするようである。
「正ちゃん、やっちゃえ」
茶髪の男子が正ちゃんを応援した。
「ああ、こんなチビ一発でー…」
言いかける次の瞬間、男の子が目を少し離していた隙に女の子は死角から至近距離まで迫っていたことに気づかなかった。
「遅い」
女の子の拳が吸い込まれるように男の子の腹にめり込んだ。
「ぐはっ?!」
腹に力を入れてなかった金髪の正ちゃんはあまりの衝撃に撃沈した。
「てめえ、よくもダチを」
残っていた茶髪の男の子は二人の仲間が女の子にいとも簡単にやられて情けないというよりも、憤怒の形相で突っ込んできた。
男の子は友達の仇を打とうとするが、女の子は身を屈めた瞬間、拳が降りかかる。ぶつかる瞬間彼女の姿は彼の目の前から消えていた。
否、消えたのではない。女の子は男子の肩に手を支え、まるで重力がないかのように舞うように降り立ち、いきなり女の子が目の前からいなくなったと思った男子は柄の悪い声で周囲に撒き散らす。
「どこに行きやがった?! あの野郎っ」
「…だから、遅い」
女の子の声が背後から聞こえ振り向こうとしたが、首の後ろに強い衝撃を叩き込まれた少年は驚く間も無く意識を失う。その見事な制圧に花月は思わず拍手を送った。
その拍手を皮切りに周囲の人たちも感動したのか、手を叩き女の子を賞賛した。すると拍手されたことに気恥ずかしそうに女の子は先ほどのクールさと打って変わって挙動不審になる姿に花月は可愛いと思った。
「お〜い、君たちこんなところで何をしているんだ」
コンビニの誰かが通報したのか二人の警官が来た。警官は気絶している二人を見て驚き、状況を確認するために周囲の人たちに事情聴取をする。
そして彼らを倒した犯人である女の子に視線を送ると警官の二人と目が合い話しかけてきた。
「君が彼らを殴ったのかい」
警官が例え女の子でも暴力を振るったことに厳しい視線を投げ込むのを見た花月は黙ってはいられなかった。その不躾な態度に女の子は苛立ちを見せる。
「はあ?」
「っあの、最初に殴ってきたのは彼女の方からではありません」
花月は二人の中立に入り、警官に事情を話した。
殴ってきたのは彼らの方が先だったこと、周りの人から聞いた警官の判断により「怪我がなくてよかった、気をつけるんだよ」と心配された。女の子の活躍を見ていた人たちは興奮気味に話しかけてきた。
「すごいね、なんか武術をやっているの」
「え?」
押し寄せる人たちに畳み掛けるように話しかけられた女の子は困惑そうにする表情を見た花月は彼女の手を取った。
いきなり手を握られたことに驚いた表情をしていたが「お騒がせしましたっ」とペコリと頭を下げた私たちは走り去るようにしてその場を去る。
女の子とその場で話すのは難しいと思った花月は近くの狭間公園に向かい程なくして着いて彼女の手を離して花月はお辞儀をした。
「ここまで来れば…先ほどは助けていただいてありがとうございました」
「…別に、やりたいことをやっただけだから、あんたも気をつけなさいよ」
口下手でつっけんどんな態度なのに花月はなぜか嫌な気分にはなれなかった。
「それじゃあね」
女の子は照れ臭そうに立ち去っていくのを花月は見送った。
『これでお別れかな…もう少し喋りたかった気持ちもあったけど、無理強いは良くないよね』
そう思い、自分が行くはずだったスーパーを思い出したその時に、パタンと何かが倒れた物音を耳にする。何だろうと思い後ろを振り返ると先ほどの女の子が倒れていたのにびっくりする。
「えっ?!」
花月は駆け寄り、ついさっき別れたばかりの女の子に話しかけた。
「どうしたんですか? もしかしてどこか怪我でも…」
オロオロとする花月はどうしたものかと、とにかく救急車を呼んだ方がいいか電話しようとバックの中に入っていたスマホを取ろうとしたら腕を掴まれた。
「電話しなくていい、怪我とかしていないから」
「…でも放っておけいないよ、助けてくれた人を」
そう言い電話の番号を打とうとした瞬間だった。
くきゅるるる〜
どこからか馴染みのある可愛らしい音が聞こえてきたのだ。
「ふへ?」
聞き覚えのある腹の虫の音に花月は自分ではないことはもちろん分かる。となると消去法で目の前の女の子しかおらず、現にほおを赤らめていたことに気づきどうしようかと視線をさまよわせる。
「えと…もしかして、お腹が空いてますか?」
同性でさえ腹の虫はデリケートであるため慎重に聞いてみたら女の子は話す気力がないのか、コクリと頷き口を開いた。
「最近あまり食べていなかったから」
「そうなの?」
いくら、夏でも地べたに倒れていたら体の熱を奪って、風邪をひきかねない。花月は女の子の腕を取り、肩を背負った。
『うわ、軽い』
女の子の思った以上の体重の軽さに驚いた。自分よりも小さなこの体であの背の高い男子たちを蹴散らしたのだと、一部始終を見てなければきっと眉唾ものだと疑ったかもしれない。
「何をしているの?」
「あっ、近くに私の家があるので何かお礼をさせてください」
「え…お礼なんて別にいいわよ」
と言いながらも、女の子の足元は覚束ないから説得力がない。
「そう仰らずに、私がお礼をしたいだけなので」
「……ふん…アンタって結構頑固ね」
「そうですか……?」
「気づいていないのなら尚更ね」
女の子はどこか諦めたような口調で話し少し笑ったような気がした。
頑固といわれたことがない花月は新鮮な気持ちだった。高校に入ってからまた新しい友達が増えることになりそうで嬉しい気持ちになりながら花月は彼女を連れて自分のアパートに帰った。




