第二十七話:貴女と一緒にいた過ぎ去りし日々を
聖子は花月が出て行ってすぐさま、寝ているはずの朝日に念話をする。
「朝日様 無事に終わりました」
『うん、お疲れさま。はなちゃんはどんな感じだった』
「寝ている時も様子を見ていたのですが、顔色も良く、私の見た限りで
はどこも異常はないと思います」
『そう、よかった…聖子さん、ありがとう。ここ三週間ずっといてくれて助かりました』
「別にお安い御用ですよ」
『あっ、そろそろはなちゃんが来るかも、それじゃ またね聖子さん』
「はい また、後で」
慌ただしく、朝日は花月に気づかれないように寝ているふりをした。障子の向こうから花月の声が聞こえた。薄眼を開けながら、いつもの朝が戻ってきたのだろ感じた。
「朝だよ〜」
優しい声音が朝日の耳元をくすぐり布団の中から花月の目と合った。
「おはよう 朝日ちゃん」
「うん、おはよう、はなちゃん」
花月に気づかれないように朝日は目元を抑えた。朝日にとっては、久しぶりの再会ににひとしおである。
いつまでも、俯いている訳には行かないのでぼちぼちと起き上がり、食卓に向かった。今日はいつもの食卓には聖子が座って新鮮な感じだった。
「おっ、二人ともきたね」
何だか豪華な朝食を済ませ、花月はぽつりと聞いた。
「そういえば、糀さんは元気ですか?」
「あいつなら元気よ、相変わらずに、今はちょっとヘソを曲げているけどね」
「何かあったんですか?」
「う〜ん、ちょっとね」
言葉を濁したことに察した花月はそれ以上は追求しなかった。
「そろそろ時間だし行こうか」
「朝日さん」
花月は朝日に声をかけて次に目線を真澄に向けた。
「ーーー真澄さん」
『真澄さん』
そこにはもうゆみの面影はなかった。分かっているはずなのに。もどかしいこの気持ちが。
『ゆみさん…もう会えないんですね』
四百年生きてきた彼女は人の生死を幾度も見てきたし、感情がないわけではない。かけがえのない時間をゆみと過ごしたのだと真澄は一抹の寂しさを感じた。
〇〇
「このまま暗示をかけておく?」
昨日は朝日、真澄、、志郎、聖子は集まって今後どうするか会議をした。一つ目は花月の記憶を暗示で解決することに決まり、聖子が一任した。
そして、もう一つは真澄を「同い年」の従姉妹という設定にした。
これには理由があり、今後何かあった時ために、誰かそばにいた方がいい。ならば、今回のこともあってそのまま真澄が護衛につけばいいのではないと聖子が提案した。
「でも、それじゃ真澄が大変なんじゃ」
「私は別に構いません」
朝日は真澄の断言にぐうの音も出ない。彼は家族に迷惑をかけたくないと思いながらも、渋々と了承した。
「行ってきます」
玄関で志郎と聖子に見送られ、花月たちは学校に向かった。学校に行く道中には花屋があり、花屋さんはいつものように花に水をやっていた。
「おはようございます」
「あら おはよう」
花月の声に気づいた麗人は、こちらの方を振り向いた。
「あら、今日は可愛い子が3人もいるわね」
「あなたは初対面ね」
「初めまして、私は広瀬真澄と言います」
「こちらこそ初めまして。花屋を営んている『りん』と申します、よろしくね」
「よろしくお願いします」
真澄の挨拶が終わり、ふと視線を感じた花月は目線を上げると花屋と目が合ったと思ったら顔をぐっと寄せられる。至近距離の彼に花月は思わず心臓が飛び上がりそうになった。
「え〜と、どうかしましたか?」
「いいえ、何かついていると思ったんだけど、気のせいだったみたい、ごめんねびっくりさせちゃって」
花月を驚かせたことに花屋は謝罪した。花月の後ろにいる二人にも。
「いいえ」
「まあ、そういうことありますよね、付いたまま学校に着いたら恥ずかしいですし」
恥ずかしそうに花月は花屋に笑いかけた。すると、花月の腕を引っ張られたことに気づき振り向くと朝日が口を開く。
「早く行かないと、学校に遅刻しちゃいますよ」
「そうだね」
朝日から言われて花月は頷いた。花月は手を振り、朝日、真澄は会釈をした。3人を行く姿を見ながら、悲しそうに目を細め花屋は呟いた。
「あ・の・子・は・旅・立・っ・て・い・っ・た・の・ね・。心配だったけど無事に行けそうね」
自分自身を奮い立たせるように、腰に手を当てた。
「私も一仕事頑張らないとね」
花屋は瞬く間に姿を消した。
学校に着く前に友希子と麻里子に会った。
「おはよう、花月」
「おはよう、友希ちゃんと麻里子」
花月が挨拶をして、玄関に向かうと靴箱のロッカーの前に一人の女子が立っていた。
同じ学年の上履きの色を履いている女の子は、花月と目が合った瞬間に彼女は目を見開いてこちらに駆け寄ってきた。
「あの、平野さんですよね」
「はい、そうですが……」
花月は見たこともない女の子に首を傾げる。
「あの、これを受け取ってください」
女の子の手元には可愛らしい凝った袋が握られており、緊張しているのが手か震えているのを見た花月は思わず受け取った。
「え〜と、ありがとう」
自分のプレゼントを受け取ってくれたことに感動した女の子は、脱兎のごとく立ち去っていった。風のように去っていく女の子に一同は唖然とする。
「う〜ん? あの子はいったい何だろう」
「とりあえず 中を開けてみれば」
袋の中を開けるといい香りがした。美味しそうな市松模様のクッキーと手紙が添えられていた。
「え〜と なになに」
平野花月様
『この前は階段から滑り落ちそうになったところを、助けて頂いてありがとうございました』
『もし、よろしければ、そのお礼にクッキーを焼いてみたのですが、お口に合えば嬉しいです』
「へ〜 命の恩人ってわけね」
「やるじゃん 花月」
麻里子と友希子から褒めちぎられるが、当の本人は蚊帳の外である。
「……待って、私……あの子のこと覚えていないんだけど」
「へ」
「え」
「これって人違いじゃないかな」
「でも、名前書いていて間違うかな?」
二人の会話を聞きながら、冷や汗を垂らしている二人がいた。真澄と朝日は横目で目が合い、軽く頷いた。
『これってもしかして、ゆみさんの仕業かな』
『そうとしか言えませんね。四六時中一緒にいたわけではありませんでしたし……』
真澄はふ〜とため息をついた。
「あの 代永さん」
今度は朝日に男子生徒から声をかけられた。誰かと思えば、見覚えるのある顔に朝日は気づく。
「あれ 上条君 おはようございます」
「おはよう」
「いきなりで悪いんだけど、僕、代永さんにお願いしたいことがあって」
麻里子は面白そうな光景を見て、友希子は彼女が暴走しないか見張っている。
「ここじゃ言いにくいから、放課後でいいかな?」
「はい 構わないですよ」
去っていく男子に朝日は手を振った。
『私の知らない間に友達が増えたんだね』
花月は勝手に感動していたなどと、朝日は思いもしないだろう。あっという間に放課後になり、気になった花月と真澄と麻里子はついて言った。美少女たちに部員たちは喜んだ。
「来てくれてありがとう」
「改めていうね」
『まさか、彼女になってくださいとかじゃないよな』
こんな大勢の面前でと朝日は内心ナイーブになっていると、悟は手元に掲げて見せてきた。
「この絵のモデルになってくれないかな?!」
そこには黒髪の美少女キャラクターが描かれていた。
「僕、アイドルユニット・プリンシパルシスターズの撫子が好きなんだ」
「これって……」
「今度、イラストコンテストがあるんだけど、ポーズが決まらなくて…撫子を見て、誰かに似ているな〜てことを思い出して、君に頼もうと思ったんだ」
悟の異様な熱気に、朝日は思わず後ずさる。
「な、なるほど」
何とか表面上口元を引きつらせながらも、笑顔は保てた。
『心からやりたくないけど、上条君にはまだ何のお礼もしてなかったしな』
朝日は逡巡のうちに、良心の呵責に負け決断した。
「分かりました、引き受けましょう」
「うえ 本当に?!」
悟は最初は驚き、気色満面の笑みを浮かべ「やった!」と叫んだあとに「あ」っと何かを思い出したらしい。カバンの中から、紙を取り出した。
「これ、兄さんが今度提出する絵のラフなんだけど」
「昨日は公園から帰ってきて、ずっと部屋の中に引きこもっていたんだ」
〇〇
少し心配になった悟は、夜食を持って行った。
『ここに夜食を置いておくね』
『ああ ありがとう 悟』
『今大体のラフが終わったんだ』
『えっ 見てもいい』
『いいぞ』
悟は兄からラフを受け取り、下書きの絵を見た。その絵には虹の下に描かれて女の子が笑っていた。兄はどんな気持ちで描いたのだろうと息が詰まって言葉が見つからなかった。
『この絵、コピーもらってもいい』
『ああ』
コピーをもらった悟は大事そうにファイルの中に閉まった。
〇〇
悟は嬉しそうに兄の近況を話した。
「今度、大きな賞に絵を出すみたいなんだ」
「へ〜、やっぱり絵が上手だね」
「それにこの子めちゃくちゃ可愛いね」
「うん、僕もそう思う」
兄の絵を褒められて、悟は嬉しそうに目を細める。朝日は真澄にラフを渡して、虹と女の子の絵を見た。
『ゆみさん』
彼女がそこにいた。真澄は目を細め、唇をキュッと絞り、彼女の輪郭をなぞった。
『ゆみさん、やっぱり寂しいですね……あんなに一緒にいたら、余計にーー』
「真澄 大丈夫?」
朝日の呼びかけに少し遅れる。
「……はい、大丈夫です」
心配そうに声をかけてくれる優しい主あるじに返事をする。今度は花月に手渡されて、一緒に鑑賞する。嬉しそうに見ている二人に、もやっとしたものを感じた。
『何……何なの この気持ちはーー』
いつもは普通に見ていた光景のはずなのに、
『それって、ヤキモチじゃない』
ふふふと楽しそうに真澄を揶揄うような声が聞こえたような気がして、真澄はハッとする。
『いつまでも、くよくよしてはゆみさんに笑われてしまいますね』
気持ちを切り替えるように、そっと一息をつき、上を向いた。成仏して天に昇った、ゆみの冥福を祈りながら。空は雲ひとつない快晴である。
きっとこれから思い出す。雨空を見るたび、虹を見るたびに、ふとした瞬間に、貴女と一緒にいた過ぎ去りし日々をーー
 




