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第二十三話:雨の弓

どさり。


 田ノ上の体は無造作に地面の上に落とされた。その衝撃で気を失っていた田ノ上は呻き声を上げながら、目が覚める。


「うぐ……いてえ」


 身を起こそうとするが、夢でうなされ精神的なストレスで頭に激痛が走る。


「誰か……」


 田ノ上はのたうち回りながら辺りを見回すと、ここが病院ではなく外ということに気づいた。あまりの展開に思考が追いつかない。


「ここは……どこだ」


 よく見ると見覚えのある景色に気付き始める。


「もしかして…」


 呆然としていると耳元で女の子の声が囁く声に振り返る。


「そうよ」


 田ノ上が上を見ると女の子が宙に浮いていたことに目を見開く。


「……あんたは」


 ゆみを見た瞬間に田ノ上の顔は青白くなる。


「そう、思い出してくれた? やっぱり私が捨てられたここじゃないとね。もう少し付き合ってもらうわ」


 ゆみは田ノ上をまた浮かび上がらせ、少し先まで行った。向かった先は奥深い谷の手前の崖になっているところに、田ノ上の体を固定した。


「あなたは覚えているはずよね、ここに私を捨てたことを」


 ブルブルと田ノ上はゆみの言葉に震え上がり、命乞いをする。


「助けてくれ……すまない」


 ゆみは声の出る限り、田ノ上の襟首をつかんで叫んだ。


「あんたは謝っても許されないことをしたんだ!!」


 ゆみは気が済んだかのように、田ノ上を一瞥し、最後の言葉をかける。


「さよなら」


 田ノ上の足がつま先ギリギリに地面から離れ、ゆみは田ノ上の唯一の蜘蛛の糸だった襟首から手を離した。


 真っ逆様に落ちていく様をスローモーションのように見ていると、刹那、聞き慣れた声が聞こえた。


「水ノ玉みずのたま!!」


 崖の上に誰か立っていることに、ゆみは初めて気づく。


「どうして……ここにいるの? ーー真澄さん……どうしてここが分かったの?」


 ここに来るまでの間、決して無防備だったわけではない。真澄が追ってきているのは分かっていたので樹海の前で姿を消してきたはずなのに、彼女がきたことに驚きを隠せない。


 真澄は息を整え、ゆみに説明した。


「とっさのことです。ゆみさんは遅かれ早かれ、この男を始末すると思ってたので所有印、印をつけていたのです」


「印?」


 印はそのままの意味で標的を見失わない目印。


「彼の服の裾に私の血が付いているはずです」


『あの時か』


 病室を出る前に田ノ上を引き戻そうとした時、真澄は所々傷だらけで血が流れていた。


「そう、全て計算の内だったんだ」


 ゆみはどこか毒気を抜かれたような表情をした。


「ねえ 真澄さん、私、真澄さんを傷つけたくないと思っているのに、どうしようもないこの気持ちは一体どうすればいいの」


 血を吐くような思いのゆみに真澄は静かに見ていた。


「そいつは私が殺した男で、私が殺したい男なの、真澄さん 最後に言うね」


「どいて」


 ゆみは優しく微笑んだ。真澄はその表情を見ても一切目をそらさずに答えた。


「私は朝日様の式神です、ですけどーー」


「そうそれじゃ……さよならっ」


 ゆみは真澄の最後まで言い切るのを終わらずに攻撃した。真澄は森の中に移動する。


 このままではゆみを落ち着かせることはできない。でも攻撃するにはいかない。なんとか動きを止めなければ、真澄は少し前に話したことを思い出す。


〇〇


『朝日様 もしもの時は一時的に妖力を解放することがあるかもしれません』


『力を……そうだね、もしもの時は真澄の判断に任せるよ』


 真澄、志郎、聖子、糀は強すぎる妖力を持っているため、かつての朝日が妖力を制御する玉に術を込めて作られた。これを外すと一時的に本来の力に戻る。


〇〇


『今の私ではあれができませんが、力が戻ればーー』


 真澄は追ってくるゆみを狙い、技をかける。


「水陣封縛すいじんふうばく!」


 真澄の凜とした声が響き渡り、ゆみの動きを封じるため水の球体の中に閉じ込めることに成功した。ゆみはすぐに出ようとするが押し戻される。


「ちょっと、何よこれ?! 私をここから出して」


 閉じ込められて息巻くゆみに真澄は話しかける。


「ゆみさん、話を最後まで聞いてください……私は朝日様の式神ですが、あなたの友達だと思っています」


 真澄の直球的な言葉にゆみはもどかしくもあり、後ろめたくて目線をそらす。


「こんな時に言われても嬉しくない……」


 それでもは真澄は話を続けた。


「ゆみさんと出会って、いろんなことを知っていくうちにいつの間にか好きになっていましたーーそれにゆみさんにはどうしても伝えなきゃいけないことがあるんです」





〇〇




「上条隼人さん」


「!」


 その名前にゆみは表情が固まる。


「上条さんの虹の絵には、もう一つの意味があります。朝日様から聞きました。上条さんも後から気づいて驚いたみたいなのですが」


「英語にすると虹はレインボー」


「そんなこと知っているわよ」


 ツンとゆみはそっぽを向いたが、真澄は話すのをやめなかった。


「日本語ではーー”雨の弓”というらしんです」


「ーーえ、あ……めの ゆみ?」


 思ってもいない言葉にゆみは動揺する。


「ゆみはゆみさんの弓、あなたのことではありませんか?」


 その瞬間ゆみは彼との温かくて何よりも変え難い記憶をーー


「……上条くん」


 ゆみは思い出し、涙を流す。うずくまるゆみに、真澄は優しく話しかける。


「私からもあなたに送ります。些細な気持ちですがどうか聞いてください、あなたのための歌をーー」


 真澄は首に下げている妖力を制御する玉を外し、息を吸いそして歌い始める。


『雨よ、空気よ 私の声に応えて……私の今の気持ちをーー』


 それと同時に大気が揺れ雲が動き出す。そして瞬く間に辺りは暗くなる。


【歌詞始め】


 陰り行く曇り空の下であなたはどんな顔をしていますか。


 言葉にしなくても辛くて悲しい気持ちが私の心に流れてくる


 まるで鏡合わせのようで、あなたが悲しいと私も悲しいから


 過去のあなたも今のあなたも私は失いたくない


 あなたに届けたい、この想いを


 あなたは一人じゃないことを


 悲しみも苦しみもあなたと分かち合いたい


 降りゆく悲しい雨の滴が止み、暗い空が晴れてゆき


 七色の光があなたの闇を優しく照らしてくれますように


 あなたの本当の願いが叶うことを


【歌詞終り】


 真澄の歌声が空気を振動し、大気を動かす。力を解放した真澄の本性はーー「人魚」


 水中に生息すると考えられ伝説上の生き物であり、最古の記録は619年とされとり、日本書紀に記述がある。


 また他にも八百比丘尼伝説など文献などで残っていて資料は多いが、不確かなものが多い。


 母親のような存在である龍神から生まれた真澄は龍神・瑠璃がもつ水と風と雷の性質を持っている。けれど、一番馴染みがあるのは水の性質で、志郎や清子のように強力ではないが風や電気を使うことができる。風を巻き起こし、真澄の髪の毛が風に揺れる。


 着物はめくれ上がり、きめ細かい白い素肌があらわとなるが、御構い無しである。ここ最近雨が降らなかったことにゆみは少し残念な気持ちになっていた。ゆみは雨が好きだ。雨が降った時に彼のことを思い出すから。


「これはーー……」


 今は朝方、まだ人が寝起きする頃合いである。

 雲が冷却され凝結された微小な水滴が成長し、やがて重力により落下してきた。雨が降ってきた。


 真澄が、天候を操り、雨雲から光が差し込んできた。


「ゆみさん、あれ見えますか」


 ハッとした瞬間、真澄が指している方向を見た。そこには、赤、オレンジ、黄色、緑、水色、青、紫の七色の帯である「虹」が見えた。


あの時、隼人と見た虹がそこにあった。


 ゆみは涙が滂沱のようにあふれた。憎しみも怒りも、真澄の歌った鎮魂歌で浄化されていく。


「私は……真澄さんに出会ってよかった」


 その笑みに真澄は笑い返した。


「私もゆみさんに出会えてよかったです」


 真澄はゆみの体が透けていることに気づく。


「ゆみさん、体が……っ」


 未練が無くなれば現世に留まる必要はない。


「ああ、もうそろそろ時間切れのようだね。あと半日くらいかな」


 遠くをゆみは見つめた。多分東京にいるご両親や上条隼人のことだろうと察した真澄はゆみの背中を押した。


「行ってきてください ゆみさん、この男の処分は私におまかせください」


 ゆみはうなづき、真澄に笑いかける。


「うん、真澄さんだったら任せられるーー行ってきます」


 今からどこかに出かけるようなゆみは笑顔で手を振り、風のように東京に戻っていった。


「行ってらっしゃい!」


 真澄は声を高らかに張り上げて彼女を見送った。

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