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第二十二話:すれ違った想いと行く末

「みなさん〜っ」


 一人の男性がこちらを声を掛けながら駆け寄る。続くようにもう一人のオールバックの男性もきたが、こちらは先にきた男性より体力はないらしく息切れ苦しく呟く。


「こ…の筋肉…バカが……」


 立川は若いのもあるが、毎日体を動かしているのが持久力には自信があった。一方、足立は不衛生な生活は送っていないが運動を好まず、タバコを吸うなどをしているため肺に負担がかかり息切れを起こしてしまった。


 ゼエゼエと息苦しく話をしづらそうだったので、最初に来た男性に阿倍野は声をかける。


「立川さん、どうしました」


 声をかけられた立川は早く言わないとダメなのだが、口が思うように動かずにいるのをみた足立は彼の背中をこづいた。


「落ち着け…」


「すみません、先輩」


 一呼吸を入れて立川は口を開けた。足立もまた自分よりも焦る後輩を見て少し呼吸が落ち着いた。


「大変ですっ、田ノ上が幽霊に連れ去れて行かれましたっ?!」


 その事実に一同は驚愕する。


「!!」


「田ノ上は病室にいた患者ですよね」


「一体何があったのですか?」


 阿倍野は立川に問い質す。


「俺もよく分からなくて、田ノ上が宙に浮いたりしたと思ったら、どこかに連れて行かれたみたいで」


「それと、その後を追うように白い着物を着た少女もどこかに行ってしまって」


 朝日は抜け落ちていた違和感にハッとする。花月の中にゆみの魂を感じないことに気づいたのだ。


「しまった……っ」


「どうしました」


 志郎は朝日の異変に気付き声をかける。


「ゆみさんはもうこの体の中にはいない」


「!」


「ということは連れて行ったのはゆみさんでそして白い着物を着たのは間違いなく真澄」


 朝日は志郎と小声で言い合い、新しく現れた彼に話しかける。


「それは多分、仲間の一人です」


 立川は声のした方向に耳を傾けると和服を着た子供が視界に入る。そして彼は朝日を見て首を少し傾げながら


「女の子ーー?」


 その言葉を朝日が聞いた直後、頭の中でピシリと乾いた音が鳴った気がした。そう人の神経を逆撫でする音が。


「ふ」


 自然の風の音ではない人工的な笑い声に誰だかすぐに察しがついて念話で糾弾する。


『おい、今笑うとこじゃねえだろ』


 朝日は、不意に笑ってしまった志郎を睨みつけながら、心の中で毒づいた。彼はおかしそうにそっぽを向いた。


 二人が、というより朝日が一方的に言っているのを分からない立川は普通に話しかける。


「あの女の子は君の知り合いなの?」


 志郎を問い詰めることをやめて、立川の話を聞き入れる。


「…はい、僕の知り合いです」


「え、『僕』ってーーおお男の子だったの?!!」


 立川はあんぐりと口を開けて驚愕した。そのオーバーなリアクションに朝日は口元を引きつかせてぐっと堪えた。志郎と聖子をのぞいて他の人には満面の笑みをした朝日しか映らないだろうが。それをまた見た志郎は吹き出しそうになったが、これ以上主人の機嫌を損ねるのはよそうと努めた。


「す、すみません、女の子だと早とちりをしてしまって」


 立川は慌てて謝罪をしてお辞儀をする。


「いえ、別に」


 朝日は素っ気なく返事をしたのは懇切丁寧に謝られても嬉しくないからだ。内心地団駄を踏みながら、朝日は初対面を相手に泣きそうになった。


 これは不可抗力(女装)であって、断じて僕のせいではない。それと同時に目頭が熱くなる。


『あれ? 何だか目に染みるな……はは』


 一応、五十年生きていきて女装で過ごしてきて散々と美少女やら大和撫子やらと持て囃されていたからなんてことは無かった。けれど、かたや彼はまだ二十年ちょっとしか生きていないものにこんなにも負けた気持ちになるのはどうしてだろう。


 そこで朝日は思いつく。


『そうだ、面と向かって男の子としているのに、女の子と間違われて言われたのがショックだっただけだ…そうだ、そうに違いない』と……


 センチメンタルになっている朝日の胸中など露知らず、気を取り直して立川は話しを続けた。


「それで、女の子はあなたの仲間ということですね」


「はい」


「あれ?  その子は」


 立川は朝日が抱えている人物に目が入った。頭からすっぽりと羽織っているのでわからないが、女性っぽいということは判別できる。


「その人、大丈夫ですか?」


 立川は心配になって声をかけた。


「はい、呼吸も安定しているので大丈夫です」


「そういえば、僕たちが病室の警備の見張りをしているときに看護師に化けた女の子がいたんですけど、もしかしてその子が……」


「はい、僕が責任を持って彼女を介抱しますのでご安心を」


 ニッコリと朝日は立川に微笑んだ。立川はその笑みに心の中でこれで女の子じゃないって、つくづく男の子で残念だな〜と思っていた。そばで見ていた志郎は別のことを考えていた。


『単に男の人に触られたくないだけでしょうね』


 朝日は無意識に行動しているのだと志郎は気づいていた。立川では話が進まないと感じた足立はようやく息を整え、話を進める。


「田ノ上がどこに連れ去られたか分かりませんか?」


「分かりません」


 朝日は首を振る、足立に喋る。


「僕の仲間が後を追って行ったんですが、彼女の復讐を止めるために」


「復讐?」


 そういえば、病室に来た女の子は殺された十四歳の女の子の復讐って言っていたことを足立は思い出した。


「田ノ上には五年前に殺した女の子がいました」


「この子に憑いていた霊が何者かにより操られていなくなり、最初は記憶を失っていましたが、徐々に記憶が蘇り、彼女は自分が殺された時の記憶を思い出しました。ゆみさんと彼女を追いかけた女の子は一緒にいる時間が長かった」


「だからゆみさんを止められるのはあの子しかいません……少しの時間をもらえませんか?」


 大方の事情は分かった。けれど足立は会ったばかりの見ず知らずの朝日のいきなりの嘆願に頭を抱える。


 病院から容疑者を連れて行かれた失態がバレたらクビになるだろう。それを任せた部長の責任も大きい。どうするか足立は逡巡してなんとなく立川を見ると目が合った。


「私は待ったほうがいいと思います」


 立川は自分の思いを吐露する。


「あの女の子は彼女を助けたいと言っていました。それは見過ごしたら一生後悔すると思うんです」


 青臭いセリフを言っているのは立川だが、聞いている方が小っ恥ずかしくなる。足立は朝日に視線を戻して、首肯した。阿倍野と加茂野も二人の会話を聞いて、首を縦に振る。


「分かりました。式神を作って時間稼ぎをしますけど、時間はあまりありません。明日の午前中までにはカタをつけてください」


「分かりました そのように伝えておきます」


 話が終わり、立川と足立、阿倍野と加茂野は病院に残り、朝日達はひとまず家に帰った。




〇〇




時間は少し前へと遡る。


 朝日たちが火車と戦っている頃、病室の方ではある事態が起ころうとしていた。病室には足立と立川、それと真澄が取り残されていた。だからそれ以外、誰もいないものだと誰もが油断をしていた。


『ここは…どこ』


 辺りを見回した一人の少女は病室にいることに気づいた。


「どうして…私こんなところにいるの?」


 ゆみは記憶を辿っていくとあの女の人と近くのファミリーレストランまで時の記憶はあるがそれ以降は全くうろ覚えである。そして周りの惨状にようやく気づき茫然とする。


「何これ、もしかして……これは私がしたの」


 ふとゆみは自分の体を見下ろすと、


「というよりあの花月っていうこの子の体じゃない?!……私の元の体に戻っている?!」


 嬉しさ半分、悲しさ半分、未発達な自分の体を恨めしそうに睥睨する。ゆみはうずくまっている人物がいることに気づき、心配したが顔を見た瞬間、動きが固まる。


「こいつはーー」


 記憶が走馬灯のように流れていく。そして、一番触れたくない記憶を思い出してしまった。



「そうだ、私はーー(この男を)」



〇〇


 立川は外がどうなっているのか、窓を覗き込もうとして窓側に人がいることに気づいた。けれど人ではないことにすぐに気づいたのは、輪郭が歪んでいたからある。異質な感じに立川はゴクリと生唾を吞み込む。


「あれって、まさか」


 背筋がゾクリとするような悪寒を感じた立川は、


「せ先輩あれって、もしかして幽霊じゃないですよね」


 隣にいる足立に声をかけると、青白い顔をしていた。妖怪の話は平然としていたのに幽霊は苦手らしい。


「先輩、大丈夫ですか?」


 足立も冷や汗を垂らしながら、呟いた。


「あれは幽霊なのか……」


どこか現実逃避のように話す足立に、立川は必死に引き戻させようとする。


「ちょっと先輩、気をしっかり……」


 丁度、その時だったーー幽霊は近くで倒れていた田ノ上を浮き上がらせた。


「うわ、浮いた」


 驚いた拍子に体が動くが、まだ自由に身動きできないことに気づいた。


「先輩、あれ何かまた体が動かないんですけど」


「ああ、俺も動かない」


「このままじゃ田ノ上が連れて行かれてしまう、やばいですよ」


 現状は何も変わっていない。壁だったのが地べたに這いずっているだけに過ぎない。足立はさっきまで茫然自失状態だったが、田之上を連れて行かれそうになり仕事 〉恐怖心に打ち勝ったはいいが、


「……くそ、全然びくともしねえ、おいおいまじかよ、このまま連れて行かれたら降格どころじゃねえぞ」


 立川と足立は焦りを募らせていると、少女のか細い声が聞こえた。


「待ってください」


 その声に反応するかのように田ノ上は空中でピタリと止まる。


「ゆみさん、行かないでください」


 ゆみは真澄に背を向けながら呟いた。


「もう邪魔しないでくれる、そんなにボロボロになって」


 ゆみは真澄の衣服の擦り切れていることに気づき、あえて冷たく突き放すような口調で語る。


「こんなのへっちゃらです」


 真澄はゆみに笑顔を向けたが、ゆみは苦しそうな顔をする。


「どうして、そんな顔できるの?……私はいっぱい傷つけて、……あいつに乗っ取られていた時、私の意識もあったの」


「え」


「こいつを殺してやりたいと思ったのも本当で、何もかも、どうでもよくなって」


「それは違います、あの妖怪がゆみさんの気持ちを助長させてしまってーー」


「それでも、自分が許せない」


「真澄さんを傷つけた自分がーーもう自分の感情を止めることができない」


 ゆみの瞳には涙が溢れていた。彼女は目をつむり、次に開いた瞬間目の色を変えた。

真澄は異変に気付きゆみを止めようとするが、


「ごめんね、邪魔しないで」


 ブワッと風が巻き上がり、真澄はなす術なく壁に叩きつけられた。


「ふぐっ」


 強打された背中に痛みが走る。すぐに起き上がろうとするがままならない。真澄が攻撃するのは簡単だ。けれど今のゆみは幽体のためそんなことをすれば消し飛んでしまうかもしれない。


「今までありがとう、こんな私に付き合ってくれて(あなたにはこんな醜い姿みられたく無かった……)」


 悲しい声が聞こえた真澄はゆみは過ごしてきた日々を回想する。懐かしそうに目を細めながら、真澄に別れを告げる。


「さよなら」


「いや、っ……行かないでくださいーーー」


 ゆみが廊下へと去りゆく姿を見ながら、真澄はよろめきながら立ち上がるも倒れそうになると誰かに肩を支えられた。


「おおっと、大丈夫ですか?!」


 横を見ると刑事の若い方だということに真澄は気づいた。ゆみがいなくなって金縛りが解けたのだろう。


 立川は目の前でよろめく少女を見て、いてもたってもいられなかった。最初に見た幻想的な印象と打って変わって、今はひどい有様に立川は心を痛めた。


「君、もうボロボロじゃないかっ、あまり無理をしたらーーっ」


 立川は無理に起こそうとする少女を止めようとするが、彼女に反論される。


「止めないでください。私があの子を守るって言ったんです。あの子を助けないと」


 それを皮切りに、真澄はゆみの後を追いかけていった。


〇〇


 そして現在へと至る。真澄はゆみを追いかけて間も無い頃、朝日から念話があった。


『真澄』


「朝日様! ご無事ですか?」


「ああ 僕は大丈夫だよ 刑事さんから話は聞いた」


 時間が朝方まで限られていることを真澄に伝えた。


「分かりました」


「帰りを待っているね 真澄」


「はい」


 真澄はゆみの後を懸命に追っていく中考えた。ゆみはどこを目指しているのかと。真澄はゆみの言っていたことを思い出す。


『私が死んだ場所にーー』


 それは火車に操られていた時だが、ゆみの因縁ある場所に違いない。この方角だと山梨県に入る。火車の話や森、山奥を思い出して真澄はピンと聞いた。


『ゆみさんは富士の樹海に向かったんだ』


 そう考えていると、いつの間にかゆみは消えていた。


「えっ?!(しまった!)」


 幽霊の能力は未知数である。見えなければ、追いつくことができない。真澄は奥歯をギシリと噛み締めた。


『また何もできないの……』


 真澄はかつて朝日を「暁光」を守れなかった過去が頭の中によぎる。

 200年も昔、江戸時代が終わる頃、あの日、あの時間、暁光の側を離れていなければーー。暁光は今の姿朝日にならなかったかもしれない。


 真澄はどこかでゆみを過去の暁光と重ねていた。あの時、ゆみを落ち着かせるために言った言葉はーーあれは自分に向けた言葉だったかもしれない。


【私があなたを守ります】


 違うーー私は朝日様を守ることができなかった。あの方が生まれた時に守ることを約束したはずなのにーー


 それはずっと心の奥底に閉まっていた負の感情。


 守れない約束を、守れなかった約束をーー


「ゆみさん」


「まだーー私は約束を果たしていません」


 目を伏せた真澄は俯き加減だった背を逸らし前を向く。瞳の輝きはまだ失っておらず、前よりも満ち溢れていた。


「最後まで諦めません」

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