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第二十一話:阿倍野と加茂野、御影様と邂逅する

時間は少し前に遡る。


 阿倍野と加茂野は刑事たちに危害を加えないために屋外に出た。女妖怪は二人に連れられ、上手く誘い出すことができた。駐車場の開けた場所に着いた阿倍野は真言を唱える。


「オン バザラ ダルマ キリク ソワカ」


 阿倍野のよく通る声が波動となり女妖怪を追撃する。


「グワァ」


 女妖怪が阿倍野の術に弱っていくのを、加茂野は見すごさずに九字を唱える。


「臨・兵・闘・者・皆・陣・烈・在・前」


 加茂野が放った一撃になす術もなく、消え去っていった。倒したにも関わらず彼は訝しむように眉をひそめた、刹那ーー


「後ろっ」


 阿倍野の声にとっさに反応した加茂野は、後方に飛び退いた。


「これは」


 阿倍野は不測の事態に秀麗な顔を歪ませる。


「ふふふ、気づいたかしら、ここは私の結界内、いくら私の幻影を倒しても無駄よ」


「だからか、道理で手応えがなかったのは」


 加茂野は女妖怪を笑いながら見つめた。隣で笑う加茂野に阿倍野は小言を言う。


「笑っている場合じゃないですよ」


「他にも妖怪がいたら、あの刑事二人は無防備なんですから」


「ああ、分かっている。幻影ということはどこかに実体があるはずです」


 女妖怪が再び襲いかかり、阿倍野そして加茂野に同時に襲いかかる。


「二人になっている?!」


「さぁ〜、私はどこにいるでしょう」


 二人だったのがさらに増え、攻撃を交わすうちに阿倍野と加茂野は離れ離れになる。


 普段だったら手間を取ることはない二人なのだが、敵の領域で術を発動すると、威力が半減してしまう。


「こんな時に あの人は一体どこにいるんですか…」


 加茂野と離れ、阿倍野は焦りを募らせる。


『大体あの人はいつも自分勝手なんですよ』


 阿倍野と加茂野が出会ったのは二十年前。


 出会い方は最悪だが、パートナーとしては一目を置いている。陰陽寮での講評では阿倍野は優等生、加茂野は不良として注目されていた。


『ゆうちゃん、先生が呼んでるぜ』


 加茂野は昔から阿倍野のことを「ちゃん付け」で呼ぶ。思春期真っ只中だった阿倍野は加茂野に声を忍ばせて怒る。


『ちゃん付けで呼ばないでください 恥ずかしいでしょっ』


 加茂野は不満に口を尖らせて、思案する。


『じゃあ……』


「はあ〜、なんでこんな時にこんなことを思い出すのか」


 阿倍野はため息をついてると、足音が聞こえた。阿倍野は身構え、近づいてくる人影を凝視し確認すると見知った人間に肩を落とす。


「腕が落ちましたね 加茂野」


おどけた口調で加茂野は阿倍野に返事をする。


「阿倍野も人のこと言えないだろ」


阿倍野は加茂野に背を向けようとした瞬間、ピタリと止まる。


「今なんて言いました?」


加茂野はなんの躊躇いもなく、同じことを繰り替えす。


「うん? 阿倍野はーー」


「オン・キリキリ オンキリキリ オンキリウン・キャクウン!!」


 阿倍野の唱えた呪法は不動金縛りの法。真言を唱え、霊の動きを弱める作用があり、最後に外縛印を結び中呪を唱えて完成する。


「うえっ?!」


 加茂野はいきなりの金縛りに驚き、術をかけた阿倍野をみると背筋が凍りそうな目で加茂野を睥睨していた。


「ふ〜、慣れとは怖いものですね」


「何言っているの? 早くこれを解いてくれない」


 阿倍野の不可解な挙動に加茂野は訝しむ。


「何言っているのはこっちの台詞ですよ。それに私の術くらいあなたなら解くことができますでしょ?」


 加茂野はその時びくりと肩を揺らした。


「あと、あの男は」


『じゃあ 誰もいないときに呼んでやるよ』 


『聞いていませんね、僕は「ちゃん付け」しないでって言ってるんです』


 昔のことを思い出しながら阿倍野はため息をつく。


「あの男は本当に人の言うことが聞きませんし、私が怒るのを分かっていて、言いやがるんですよね」


「ーーー怪我の功名 まさか、こんなことが役に立つとは思いませんでしたが、浅はかでしたね」


 正体がバレた妖怪は加茂野だった姿の原形が留めることできなくなり、本性が露わになり白い着物を着た女妖怪のしゃれこうべが現れる。


「それがあなたの本体ですか?」


「ふん、本体が当たったが仲間の姿に攻撃できまい」


 しゃれこうべは嗤い脅そうとするが、


「ええ、だからいいストレス発散になります」


 阿倍野は優雅にそしてにっこりと微笑んだ。日頃の恨みを晴らすかのように阿倍野の放った言霊が女妖怪を容赦無くおそう凄まじい攻撃に悲鳴を上げまくる。


「ぎゃああああ」


 女妖怪はなす術無く絶叫と共に滅された。


「ふ〜、なんか晴れ晴れとしますね」


 阿倍野は腕を伸ばし背伸びをしながら口を開く。


「そんな所で見ているだけなんて、悪趣味ですよ」


 阿倍野は後ろにいる本物に声をかけながら憤慨する。


「お前…本気じゃないよな」


 阿倍野の気迫に思わず口元を引きつかせる加茂野。加茂野の問いに、清々しい顔で阿倍野はあえて聞こえないふりをした。


「何か言いましたか?」


「いいや、何でもない」


 いつもは加茂野におちょこられる阿倍野の反応を楽しむ彼だが、後輩をあまりからかうのを止めようと心の中で思った。


〇〇


 そして、ようやく二人の刑事の元に戻ろうとした矢先に別の気配を感じた。


「この妖気は一体!?」


「近くだな」


 中庭に差し掛かると大きな図体をした妖怪が二人の妖怪に攻撃され、消えていった場面を目撃した。


 阿倍野は目を見開き、二人の妖怪を凝視した。遠目から見ても二人の実力に計り知れないものを肌で感じる。


「あの人たちは一体?」


 震えそうになる体を落ち着かせようと阿倍野は二の足を踏んでいると、


「いや〜、すげえな」


 阿倍野は唖然とする。隣にいた加茂野は驚きながらもいつの間にか先に進んで歩いていた。


「あのっ、馬鹿!?」


 一人勝手に動く先輩に毒吐きながら、もうこれならヤケだと前に進み出た。





〇〇





 朝日が奮闘する間もなく志郎と聖子の二人の活躍っぷりに彼は呆気にとられて見ていた。


『今日は僕の出番がなそうだね』


 朝日は拍手をすると芝生の上に倒れている幼なじみが目に入り思い出した駆け寄る。


「はなちゃんっ」


 花月を優しく抱き起こして、安定した呼吸音と安らかな寝顔に朝日は安堵する。薄着のためいくら夏でもこのままでは風邪を引いてしまうと朝日が羽織っていた着物を花月の頭の上からすっぽりと被せた。


「…さてと」


 花月のことが一安心してようやく、周りを見ることができた。


『誰かいないようなーー?』


 その疑問はこの後すぐに判明する。


 志郎もまた少し考え事をしていた、朝日とは違う別のことだが。それは朝日と火車の最初の会話を聞いたことで黒髪の男という言葉に心当たりがあったからだ。


『暁光様ではない、もしやーー白銀様』


 違和感を感じた朝日は少し考えていると人の声が聞こえた。朝日達の前に現れたのはスーツを着た男性二人だった。驚きの表情で荒れ果てた庭を交互に見た黒髪の男性から質問される。


「あなた達は一体、何者ですか?」


 朝日はいきなり現れた闖入者に目を白黒とさせる。


『うえ……やば、顔を隠してなかった』


 気づいた時はもうすでに遅くていつもは顔を隠すためにお面をかぶっているが隠すのを忘れていた。


『この人たちは人間だよな』


 頭の中でパニックになっていると朝日を覆い隠すように目の前に志郎が進み出て話しかける。


「驚かせてすみません、私たちは屋号を持っています」


 志郎がおもむろに袖の中に手を入れ、木簡を掲げた。


「!」


 それを見て、阿倍野は少し警戒心を解いた。


「屋号を?」


 屋号とは陰陽寮から配給され、正式に認可されたものには「屋号」が付けられ「のれん分け」をされる。


「失礼ですが、木簡を拝借しても」


「はい、どうぞ」


 木簡には偽造などを防止するために特別に作られている。公認陰陽師でしか、識別できないようになっている。


 陰陽師が呪をを唱えると、木簡がぱかりと開き阿倍野が逆さにすると中身のものが出てきて手のひらに落とした。中から落ちてきたのは翡翠色の勾玉である。


「確かに確認しました」


 阿倍野は木簡を志郎に返す。


「お仕事中に邪魔をして申し訳ありません」


「いいえ、今終わったところなので」


「失礼ですが、紋が描かれていませんでしたが」


「うん? ああ」


 そのことに指摘された志郎は苦笑して話しかける。


「お恥ずかしながら「紋無し」なんです」


 紋とは家紋のことを指す。古くより出自といった自らの家系、血統、家柄、地位を表すために用いられてきた。単に紋所、紋とも呼ばれる。水戸黄門の名台詞「この紋所は目に入らぬか」は、これに由来する。正確には印籠は薬などを携帯するための入れ物だだったが。


「それは意外ですね」


 阿倍野は志郎の謙遜に驚く。



「先ほどの二人の戦闘を少し拝見しましたが勿体無いですね」


「ああ、見られていましたか お恥ずかしい」


 志郎は頭をかいて照れながら話す。


「ですが……紋無しでも身に余る幸せなのです。主人無き、今はーー」


 志郎はもの哀しげに笑う。主人とは屋号の主をそのまま指している。阿倍野は禁句だったことを察しお悔やみを申した。


「それは、ご愁傷様です」


 他にも聞きたいが聞きにくい雰囲気を作ってしまったため、阿倍野はどう話題を切り替えようかと口ごもる。それを見かねたたかどうか分からないが阿倍野の横にいた男が口を開く。


「でもすげえな、一度俺と対戦してみねえか」


「そうですね、いずれは…」


 志郎は微笑みながらも油断のならない男、加茂野に逡巡する。


 加茂野があえて志郎に近寄ったのは無害だからだろうが、それ以上に間合いに相当な自信があるのか、


『この男は、家に来たときもだったがふざけていながらも警戒していてまるで隙がない』


 ちなみに志郎は彼らとは面識があるが、それはあくまで偽装のため。本来の姿になるとたとえ面識があっても自分で正体をバラさない限り当人とは思えないので、これが彼らの初対面となる。


「それは楽しみだな」


 静かに見つめる志郎に加茂野は屈託なくからりと笑い返す。


 「ふふ」と笑う志郎、「はは」と同じように笑っているのに朝日と聖子は背景に何故か龍と虎が激突するイメージが浮かび上がり、それを念話で呟いた。


『まさに龍虎ね…』と聖子。


 龍虎とは強大な力量を持ち、実力が伯仲する二人の英雄や豪傑のライバル関係を示す。


『なんていうか、そうですね』


 朝日は苦笑する。ちなみに龍が志郎で虎が加茂野である。二人が静かな火花を散らしながら牽制している間、阿倍野は少し落ち込んでいた。


『こうゆう時にあなたの軽口が羨ましいです…ですが、今は仕事中で私情は邪魔なだけ』


「阿倍野さん〜」


「うん?」


 首を振り気持ちを改めていると阿倍野はどこからか大声で呼ぶ声に反応する。


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