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第二十話:人の死体を奪う妖怪・火車と朝日の逆鱗

 ゆみの見たことのない表情に真澄はたじろくが、平静を装った。


「…どうしてですか?」


 真澄の問いにゆみはおかしそうにクスリと笑い、


「分かっているでしょう? 私は死んだ人間、帰る場所なんてーーどこにもないっ!」


 ゆみの語気が強まると同時に風が巻き上がる。


「っゆみさん、落ち着いてください」


「私の気持ちなんて、あんたに分かんないわ」


『っ……』


 たった数週間で彼女の気持ちを深奥まで分かり合えるなんてできなかったが、少なくとも気心の知れた仲になれたと思っていたから余計にゆみのナイフのような言葉が、真澄の心にグサリと刺さる。


 けれど傷ついている場合ではない。一刻を争う自体に泣いている暇はない。確かにあまり知らないけれど、


『ゆみさんは平気で嘘をつける人ではないことを知っている』


 先ほどからゆみの言動に違和感を感じた真澄はもう少し話を聞く。


「一体、何があったのですか? 話をしてくれませんか? 私はゆみさんの手助けがしたいのです」


 真澄がかける優しさに、苦渋の表情をするゆみは苛立ちをぶつけるように言葉を投げる。


「……それじゃ手伝ってくれる、今からこの男を私を殺したやり方で殺すのを」


 真澄はそれを聞いた瞬間息が詰まりそうになり、ゆみは田ノ上を起き上がらせ、窓の縁に腰掛ける。


「…っ たす……けて」


 男の呻く声が聞こえた。田ノ上が助けを懇願している。ゆみは無造作に襟元を掴み、喋り始める。


「助けてって笑えるわね。あなたは私が助けてって言って、助けてくれたかしら」


「あんたは命を弄んだ。それ相応の報いを受けるのお前は」


 真澄はゆみの言葉はもっともだと思った。殺されたゆみが殺した人を憎むのは至極当然である。


『ーーやはり』


 〇〇


 けれど、今のゆみはどこか楽しんでいるように見える。そして思い出した。朝日の家で話した内容で、


 真澄はこんなことを言っていた。


「もしかしたらゆみさんじゃないかもしれません」


 不思議な疑問に朝日は質問する。


「どういうこと?」


 志郎も何かに気づいたのか話した。


「なるほど、事前にそのことを知っているのは田之上を襲った犯人でゆみさんではなく別の誰か」



 〇〇


 そう別の誰かとは誰かが彼女を操る第三者がいるということで、そのことを思い出した。そうまるで別人のように。考えに至って真澄は確信を得た。


「ゆみさん……いえあなたは一体誰ですか?」


 真澄に問われたゆみは首をかしげておかしそうに見つめた。


「…何を言っているの私はゆみだよ」


「いくら過去を思い出したとしてもゆみさんはそんなことしたりしません」


「……そんなの分からないじゃない、人には言えないこともあるでしょ?結局は他人…それは真澄さんも同じじゃない」


「…はい、私にも言えないことはあります。ですが同じ日々を過ごしてきたゆみさんが田之上に痛い目を合わせるならまずぶん殴ると思います、痛め付けようとするのは性に合いません」


「ふふ、何それ……」


 思わぬ反論にゆみは失笑してしまったことに手で抑えるが遅かった。そのおかしい仕草を真澄は逃さなかった。


「何がおかしいのですか」


「あら、怖い怖い、そんなに怖い顔しないでせっかくの可愛い顔が台無しよ。少し遊びたかったんだけど、もうばれちゃったわ〜どうして分かったの」


「口調にまず違和感を感じました。そして、私が知っているゆみさんは人を弄ぶことはしません」


 真澄の指摘にゆみは面白うに笑みを浮かべて頷いた。


「それだけで、ふ〜ん、ますます面白いわ。正体を見破ったご褒美に私の正体を教えてあげるわ」


「私はーー火車かしゃ。墓場を荒らし、死体を奪う妖怪よ」


「あなたがゆみさんを蘇らせたのですか?」


 文字通りに死体を奪うだけで蘇らせる力は無かったはずと真澄は問い詰めるとすぐに否と首を振った。


「私じゃないわ。この子を蘇らせたのは、途轍もない力を持った“人間”だった」


「人間?」


 私は山梨の県境で縄張りを持っていて、手頃の死体は私のものだった。


「けれど、その人間はやすやすと縄張りを踏み越えてきた。魂が定着した亡骸なんてなかなか無いからね、私はそれが欲しかったが怖くて動くことができなかった」


 そのことを恐ろしそうに火車は話した。


「後を追って行くと術に失敗したのか亡骸が分離した魂が定着しなかったらしく、途中で投げ捨てていったの」


「亡骸を取り返そうとしたら、そっちには強力な術のようなものがかかっていて私にはとても触ることすらできずに歯がゆい思いをして彷徨っていたの。暇をつぶすためにその子を山に捨てに来た男の顔は忘れていなかったからねまずはそっちを痛ぶってやろうかと思ってね」


 楽しそうに話す火車に真澄は静かに見てあることに疑問を抱く。一人の人間をどうやって探し当てたのかだ。


「どうやって田之上を見つけたのですか」


「臭いだよ」


「ニオイ?」


「どんなに嘘をついていても人を殺した者の臭いが私は大好物でね。人が多くて時間は掛かったがやっと見つけて少しずつ脅かしてやったんだ」


「そして…運は私を見過ごしてなかった」


「この子の魂が入っている人間を見つけるのは少し大変だったけど、呼びかけたらそうそう時間がかからなかった」


「まあ、途中で邪魔されそうになったけどね」


『邪魔?』


 邪魔とは何だろうと意味が分からない言葉に問いただそうとするが、その後の言葉が真澄は看過することができず激昂する。


「どんなに良い子でも殺されて憎む気持ちを助長させたら案の定、コロッと操ることができたわ」


「あなたがゆみさんをーーっ」


 ゆみを弄んんだことを真澄は眉間にきつくしわを寄せ怒気を発する。


「あら、いいの? 私に手を出せばこの子も、別の子の魂も危ないわよ」


『別の子』


 本来は花月の肉体であることを示唆しているのだと真澄を脅迫する。それと火車は追い討ちをかける。


「陰陽師の坊や達も私の仲間に連れて行ってもらったし」


「っ……!?」


『陰陽師』


 陰陽局の公認の者達だと真澄はすぐにわかった。敵が火車以外にいることと、人質を取られ攻撃することができなくて真澄は歯噛みする。


「ふふふ」


 火車は自在に風を巻き起こし、足を風に取られた真澄は踏ん張ることができず壁に激突する。


「ふぐっ」


 ぶつかった瞬間、真澄の背中に激痛が走る。


「ふふ 弱いわね、あんたってなんの妖怪なの? そんなんじゃ大切な人を守れないわよ」


 手も足も出せない真澄を火車はせせら嗤う。


「…何を」


 倒れ伏した真澄が視線をずらすと、病院のドアから見える二人の男性に魔の手が襲いかかろうとしていた。


「!!?」


『っ……間に合わない!?』


 真澄は手を出そうとするが、背中に痛みが走って動きが止まる。その時、真澄はここに来るまでに朝日達が病院に入る前に自分がゆみを止めることを話した。


『私が絶対に止めて見せます』


『真澄の頼みなら僕はいいよ』


『私も朝日様と同じよ』と聖子、『はい、私も』と志郎はうなづいた。


 ーー皆さんに短い時間を貰えたのに、何も……


「朝日様……っ!!」


 真澄の刹那に叫ぶ声が響き渡った。




〇〇




「おいおい、いきなりドアが開いたと思ったら俺は映画でも見ているのか?」


 一応、不可思議な現象に見慣れた足立でも現実逃避をしたい気持ちだった。


「先輩、僕も同感です、映画館に来ているような気分ですね」


 二人してまるで特撮モノを映画で味わっているようで、3Dではなく、最新技術の4Dという体感型の演出が加わった作品のようである。


「お前と同感なんてやばい気がしてならない」


「先輩それって失礼じゃーー」


 立川は足立のこぼした言葉に言い返そうとするが、モニターの枠から出てくる黒い靄のような触手が近づいてきたことに言葉を失った。


「おい、やばくねえか」


「見るからにやばいですね」


 映画だったら感想一言で終わる。けど、これは残念ながらノンフィクションで現在進行形である。二人は冷や汗を垂らし、触手が今まさに襲いかかろうとしたーーその時、一つの斬撃が触手を阻んだ。


「何?!」


 火車は驚いて声をあげた。


「ふ〜 ギリギリセーフでしたね、間に合ってよかった」


 二人の刑事を助けたのは黒髪で和服を着た年端もいかない子供だった。子供にしてが若すぎるため、二十歳には達していないだろうと足立は推測する。


「貴様、一体何者だ?!」


「僕は御影様と呼ばれているものです」


「御影様だと……?」


 怪訝な目をした火車は鼻を嗅ぐ仕草をした。


「お前、人間かそれとも妖怪か、中途半端な臭いをしているな」


 失礼な態度に害することもなくすんなりと答える。


「ええ、僕はどちらでも構わないですよ」


「お前、混血種か!? 長らく見ていなかったが、まだいたとはな」


 物珍しそうに火車は朝日を凝視する。


「御影様?」「混血種」足立と立川は二人が交わされる言葉の意味がわからず、聞いていることしかできない。


 火車は面白いものを見つけたように無邪気に笑う。その様子を朝日は淡々と見て口火を切る。


「そんなこと、どうだっていいんですよ。僕はゆみさんが中に入るのは許しましたがーー火車、お前は許していない」


 火車に乗り移っている花月の表情で罵倒されて、御影様である朝日は堪忍袋の緒が切れた。いつも花月には優しく話しかける声も数段声が低くなる。


「さっさと彼女から出て行ってくれませんかね」


 朝日は丁寧に笑顔でお願いする。言い知れぬ、ドス黒い殺気を感じた火車は思わずたじろいだ。


『何だ、こいつは』


 弱々しい貧相な形をしているくせに、眼光の鋭さに怯みながらも人質をとっているためか態度は変わらなかった。そして、この感覚に覚えがあった。


『そうだ、あの黒髪の男と感じが似ているんだ』


「あんた…あの黒髪の男と知り合いなのか」


「黒髪の男…? 知らないが」


 急に訳の分からないことを話された朝日は首を振った。


「ふふ、私の見間違いか、まあ何を言ってもお前には何もできない」


 火車は花月の首に手を当てて脅すよな仕草をするが、それは今の朝日には返って逆効果であった。


「は〜、芸がないですね。言っておきますが、僕にその手は通用しませんよ」


 朝日は持っている刀を掲げた。


「僕の刀には悪しき妖を弱らせる力があるんです」


「たわ言だ」


 朝日の強気な言葉などを鼻で笑い一蹴するが、


「なら試してみますか?」


「ーーーっ!?」


 朝日の余裕な表情を崩さないことに火車は察して堪らず炎を煙幕に窓の外に飛び去った。窓の外はすぐ中庭になっており、広々としており火車は芝生の上に降り立った。


「ちっ、止む無えない」


 口火を切った瞬間、花月の中から何かが出てきた。意思のなくなった花月はトサリと芝生の上に倒れる。


「はなちゃんっ」


 御影様である朝日は今すぐにでも駆けつけたいが、二人の側を離れるわけにはいかないと二の足を踏みとどまるが、それを真澄が後押しする。


「行ってください、御影様」


「真澄…分かった」


 負傷した真澄を背に朝日は病院の窓から飛び降り火車の目の前まで駆け寄った。


 火車はメラメラとした炎を背後に携え二本足で立つのは人間らしいが、毛むくじゃらの体毛に覆われて、ギョロッとした目ん玉とライオンのような歯並びをしている。背は朝日の三倍くらいあり、威圧感が半端ない。


「まずはお前を食い殺してやる」


 朝日が身構えると、いきなり二人の人物が現れた。朝日を守るように現れたのは聖子と志郎である。


「ちょっと聞き捨てならないわね、朝日様を食らうなんて万死に値するわ」


 女性の方はいつもは黒髪だが、今は白髪になっている、普段はバーテンダーの格好をしているが、今は和服を着ている。真澄より軽装で、単衣であるが、いなせに着こなしている。


 聖子の持っているのはたばこではなく、あえて煙管を使っているのが小粋である。


 そしてもう一方は普段は物腰の柔らかそうなお兄さんの人影もなく。静かに佇んでいた。


 公の場では黒髪黒目だが今は銀色の髪をしており、黒い目は引き込まれるような蒼色をしている。次から次へと現れる邪魔者に火車は苛立ちを抑えられない。


「お前らまとめて食ってやる!!」


 火車は大きな口を開けて襲いかかる。


「ああ言っているけど私たち食ったらお腹が弾けそうになると思うけど、まあその前に終わるけどね」


 聖子は持っている煙管を大きく吹くと、その煙がものすごい速さで火車にまとわりついた。


「何だこれは」


 自分の体にまとわりつく煙を不思議そうに見ていると、聖子は冷ややかに笑いながら口上を述べる。


「命を弄んだことを後悔しな、それとよくも私の可愛い妹分を可愛がってくれたじゃないか」


「死んで贖うがいい」


「雲煙くもけむりーーー稲妻いなづま」


 煙からバチバチとプラズマが発生し、聖子が言霊とともに火車の全身に稲光が襲う。


「ぎゃあああ」


 火車は逃げることもできずに絶叫し、雷光を浴び黒コゲになりながらも、まだ生きていた。


「貴…様…」


 火車は聖子に狙いを定め攻撃しようとするが、どこからか声が聞こえた。いつも温厚な声が冷たく辺りに響き渡る。


「私のことも忘れてますよ…」


 上から降りかかる攻撃に無防備だった火車が応戦しようとするが、


「悪いですが風は私の専売特許です、ーーー風絶ふうぜつ」


 火車は志郎が向けた野球ボールくらいの球体の幼稚さに油断し、止めようとするがその判断がまずかった。


 受け止めようとした瞬間、球体に収まっていた風の渦に飲まれてしまい、全身を飲み込みながら絶叫するいとまもなく、骨も跡形もなくこの世から消え去っていった。


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