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第十九話:怒りは憎しみと共に消えることはなく

「うわぁぁ?!」


 田ノ上は荒げた声と共にカッと目を見開くと、そこは森の中ではなく病室だった。


「ここは…」


 けれど自分が病室にいることを理解するまで少しの時間が経った。


「夢か……」


 と目を痒くなり手でこすると、涙が大量にあふれていたことに気づいた。


「うわ、何でこんなに」


 それに驚きながら次はどこからか風が吹いているのか、肌寒いのは全身に冷や汗を掻いたからだと気が付いた。何か小さい物音がしたことに視線を窓側に移すと、カーテンの内側に人影がいることに気づいた田之上は肩を揺らす。


「だ…誰かそこにいるのか?」


 さっきまで嫌な夢…の中で体験していたせいか、緊張と不安で声が震えてしまう。


「誰だっ?!」


「どうかされました?」


 女性の高い声。田ノ上はカーテンの陰に隠れていた看護師の姿を見て一安心する。


「何だ看護師さんか、びっくりさせないでよ」


 田之上は普段は善人面を被るために敬語口調だが、女性に対するとそれは緩くなる。

おどけた口調で笑い、彼女に電気をつけるように頼んだ。看護師は田ノ上の指示通り、電気をつけてあげた。


 この時初めて田之上は看護師の顔を見た。


「お姉さん、初めて見る顔だね」


 看護師の美貌に思わず口がにやけ、田ノ上はまじまじと観察する。汚れのない純白であり禁欲的な制服に包まれているが、すらっとした背と足から抜群のスタイルと窺わせて思わず生唾を飲み込んだ。


『脱がしてえっ』


 男としての性さがか、病院生活のため性欲を気持ちよく発散していなかったためか悶々としていた。病院に女を連れ込むわけには行かずに手をこまいていたわけだが。こうゆう時のことわざはあることを田ノ上は思い出す。


『据え膳食わぬは男の恥…だったか』


 だが正確には女の人に言い寄ってくることが前提だということを田ノ上は知らなかった。目の前の看護師に欲情した彼は話しかける。


「なあ、ちょっと俺と遊ばねえか、仕事ばかりで退屈だろ」


 看護師は田ノ上の言葉を聞いて、微笑み返す。彼は受け入れてくてたと思い彼女に手を伸ばす。


 地獄から天国とはこのことかと夢うつつに思いながら。ーーしかし、田ノ上の不埒な手ははバシッと手を叩かれる。


「ったーー!!?」


 田ノ上の手を叩いたのは看護師。彼女は手を振り上げたまま話す。


「全く懲りない男ね、さっきまで怖い夢を見てピーピー泣いていたくせに」


 突然、看護師の様子が変わったことに田ノ上は少し驚いたが、自分の欲望が優先らしい。


「何言っているんだ? 恥ずかしいのか、さっさと来い、可愛がってやるよ」


 田ノ上は懲りずに下品な笑みを浮かべながら看護師を誘う。


「はぁ〜、ここまで救いようがないとわね」


 看護師は自分の腕をおもむろに横に伸ばした途端、窓がパリンと砕け散った。


「ひい!? 何だ一体?!」


 田ノ上は目の前でいきなり窓が割れたことに驚愕する。パラパラと窓ガラスの破片が襲いかかり、田ノ上はたまらず目をつぶる。


 目を開けると布団の上に看護師が乗っかっていることに気づいた。田ノ上は吃りどもながら彼女に話しかける。


「おおお前がやったのか?!」


「まあね、でも、これだけじゃないのよね」


 看護師に化けたゆみは田ノ上を乗り上げて胸の上を足のかかとで踏む。


「ふぐっ」


 踏まれたことに肺が圧迫し呼吸が苦しくなる。


「やめ、どけっ!??」


 田ノ上は体を動かそうとするが金縛りにようにあい体が微動だにしないことに気づき叫ぶだけで精一杯である。


「ふふ、苦しい? 私はもっと苦しかった」


「な何の……ことだ」


「ええ〜? まだ覚えてないの。さっき夢の中であったじゃない」


『夢の中』


 話しやすいように胸の上にあった足を緩めると、田ノ上は咳き込んだ。


「ゴホッ ゴホ !?」


「早く言いなさいよ、また同じことするからね」


 田ノ上は二度と同じことをされたくないと思い必死に思い出す。夢の中でセーラー服の女の子に追いかけられたことを。けれど肝心なことが抜け落ちていた。


「でも……あれは」


 田ノ上は目の前にいる看護師と夢の中の女の子が違うことを指摘する。


「あ〜 そういえば そっか、この体は借り物なんだ。本当の私は夢の中にあった方よ」


『何を言っているんだ……?』


「本当に思いだせない見たいね、もう種明かししようかな。私はね、五年前あんたに殺された女子中学生よ」


「五年前…女子中学生」


 どこかで聞いた言葉が頭の中で引っかかる。そうだ、少し前に刑事がきて俺が女の子を殺したかを聞いてきたと思い出す。そして自分は殺していたという嘘をついていた。年月が経ったことで顔などは忘れていたがーーふと思い出した。


『待てよ、よく見たら夢の中に見ていた女の子はーー!!!!』


「あ ああ!! 思い出した。思い出したぞ五年前俺はーーそれじゃ……あいつは」


 そしてある事実に気づき言葉を失う。死んだ人間がこの世にいるわけがない。そのことに急激に顔色を失う。


 渇いた声で話す田ノ上の様子が激変したことに気づいたゆみは彼が思い出したことがわかった。


「ようやく思い出してくれた」


「あ……うぐ」


 恐怖で声にならないようであるが、堰を切ったように自供してきた。


「かっ、金目のものが欲しくて」


「だからと言って人を殺して言い訳ないでしょう」


 ゆみは田ノ上の今更な言い訳を一瞬した。ゆらりと不規則な動きで田ノ上の顔に近づけ囁く。


「お前は絶対に許さない。お前の心臓の鼓動が弱ってきて、息の根が止まるまでーーね」


 ゆみは無造作に襟首を掴み、田ノ上の体を窓側に叩きつける。


「かはっ」


 田ノ上は背中を強打して苦悶の声を出す。


「あ〜、痛かった? ごめんね。私は痛かったことなんて思い出せないな」


 田ノ上は痛みで気絶したのかピクリとも動かない。


「あらっ 気絶しちゃった。このままじゃつまらないから。そうだ、私を捨てた山まで捨ててこようかしら」


 ゆみが田ノ上の襟首を持ち上げたその時だった。


「お待ちください」


 凛とした声にゆみは動きを止め瞳を閉じ振り返りながら目を開けた。


「……どうして、ここに(どうしてそんな優しい声で……)」


 緩慢な動作でドア側を見ると一人の少女が立っていた。


「夜になっても連絡がないので心配しました、帰りましょうーーゆみさん」


 真澄はゆみに手を差し伸ばした。






〇〇




 立川と足立は茫然としていた。


「先輩聞こえましたか」


「ああ、バッチリとな」


「自供しましたね、彼」


 ゆみと田之上の話を足立と立川は扉のすぐ向こうにいたため聞こえていた。今すぐ手錠をかけてやりたいところだが身動きの取れない状態と犯人の安否が守れないことにジタバタと足掻くしかできない。


「くそっ、引きはがせない」


 立川は普段年上が多いため敬語を使っていることが多いが、ここまで無力感に苛まれると感情的になってしまう。大の男が力一杯動いてもびくともしないことにため息が出る。


「先輩、ぼくたち本当に何の為にいるのでしょうか」


「ああ、何も出来ねえな」


 もうすでに諦めている足立が呟いた時、ふと奥から人影が見えて話を止める。


「静かに、誰か来るぞ」


「はへ?」


 立川は足立の言葉に耳を傾けると、間の抜けた返事をする。彼も誰かがこちらに向かってくるのに気づいた。首だけはギリギリ横に動かせることができた。


「誰か来ますね」


「ああ、ここは慎重に……」


 足立はそう言いかけるが、立川は大声をあげる。


「お〜い、そこの人 引っ張ってくれませんか〜?」


 大声を叫べば他の病室の人にも迷惑がかかることも考えないのかとあまりの無防備な行動っぷりに足立はため息をつく。


「は〜」


 立川は足立のため息に気づき、声をかける。


「どうしたんですか、先輩ため息ついちゃって」


「お前の馬鹿っぷりに呆れているんだ」


 それにしても立川は大声をあげたのに病室から誰も騒いでなかった。

田之上とゆみの声も扉の外まで聞こえるぐらい大きかったはずなのに。


 まるで何も聞こえなかったかのように静寂に包まれている。起きているのが自分たちしかないという錯覚に陥った。


『どういうことだ、いくら就寝時間でもあれだけ大きな声をあげたら誰か一人起きてもおかしくないのに』


 どうしてそうなのか推理していると足立の雑な物言いに立川はムッとする。


「馬鹿って言った人が馬鹿なんですよ」


「……」


 考え事に没頭している足立は聞く耳がなかった。


「……って先輩聞いていますか?」


「…うん、ああ」


 いかにも曖昧な生返事に立川はさらに苛立ちを募らせる。


「……絶対聞いていませんでしたね」


 自分の話を聞いてなかったことに白けた目で見つめられたことにうざそうに足立は視線をそらした。


「聞いていた」


 足立の素っ気ない態度に立川は捻くれる口調で問い質す。


「じゃあ、僕がさっきなんて言ったかわかりますか?」


「お前が馬鹿ってことか」


「違いますよ?!」


 もはや子供の口喧嘩のようになっており、この歯噛みするしかない状況にストレスを感じて冷静になれず収拾がつかなくなっていた時だった。


 言い合っていると、クスリと笑う声が聞こえた。


「良かった、それだけ元気があればお怪我はありませんね」


 足立と立川の目の前に一人の少女が立っていた。とにかく白い。白の着物を着ている。


 巫女服の袴は赤だが、彼女が着ている袴は鮮やかな青色である。そして、見たこともない綺麗な、けれど月の光に照らされて緑色になる不思議な色合いである髪の毛を一つにゆるく束ねている。


 髪の色と同じ目の色は神秘的な色で、見たものは引き込まれてしまいそうになる。神聖な雰囲気をまとった少女に足立と立川は身がすくむ。


「皆さんにはぐっすりと眠っていただいているのでご安心ください」


 その言葉に足立はハッとする。


「あんたがこれを…」


 足立の言葉にうなづいた少女は視線を病室の方に向けた。


「こちらにいるのですね」


 足立と立川は喋るいとまもなく、少女は先ほどの看護師が中に入った病室のドアを開け、するりと入っていった。


「あんたは…」


いきなり病室に入ってきた闖入者である白い少女にゆみは驚く。


「ゆみさん、私です 真澄です」


「……真澄さんなの?」


 今の姿は、普段見ていた黒髪黒目の真澄とは異なる。青緑の髪の毛に青緑色の瞳、そして白い和服と青い袴を着ている姿にゆみは面を食らう。


「その格好はーー」


「この姿が私の真の姿なんです」


「どういうこと?」


「普段は人間の姿に擬態をしているのです。昔は奇異な目で見られることを避ける為に擬態しておりましたが、現代では変な目で見られることはあっても恐れられることはありません。ですが、目立った外見は人間の世界に生きる者にとっては危険な行為なんです」


「へ〜、そうなんだ」


 真澄はゆみの気の無い返事に違和感を感じた。心ここにあらずという感じに真澄は胸が苦しくなった。


「ゆみさん、帰りましょう」


 気を取り直して、先ほど言った言葉を真澄は繰り返す。真澄の言葉にゆみは一度目を伏せた。


「……それは無理だよ」


 ゆみは悲しそうに笑った。

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