第十八話:襲来と復讐に囚われ、行き着く先は
日は暮れだし病院の中もお見舞いする人や診療する人も多かったが今はポツポツと人がいる程度である。立川は一人の少女に奥から歩いてくることに気づいた。お洒落な服を着た女子が僕らの目の前を通りすぎる。
「お前ジロジロと見過ぎだ」
立川が通行人の女子を凝視していたことに足立は訝しむ。護衛して周りを警戒するのは当たり前だが露骨に見ていたら気分が良いものではないだろうと指摘する。
「あ、すみません、結構可愛い女の子だと思って。誰かの見舞いでしょうか、花束を持ってきていましたね」
先輩に窘められる立川だが意図を介してないのだろうが、話を進めるのは神経が図太いのか最近は足立が眉間にシワを寄せても話のペースは変わらなくなってきてしまい諦めて話を聞く。
「別におかしいことはないだろ」
「まあ、そうなんですけどね。あんな可愛い子が持ってきたら相手はきっと嬉しいでしょうね」
立川は妄想を膨らませながら答えると素直に返事をした足立は面倒くさそうな顔をした。女・の・子・が・一・瞬・、・横・目・で・病・室・を・伺・っ・て・い・た・こ・と・に・二人の刑事は最後まで気づかなかった。それから、一人の男性が刑事二人に向かって来た。
「お疲れ様です、様子はどうですか?」
「まだ何も異常はありません」
阿倍野に声をかけられた足立は首を振る。そのことに彼は他の注意点を話した。
「夕方に来なければ夜中にくるかもしれませんね。妖にとって動きやすい2つの時間帯があるんです。一つは夕方、もう一つは丑の刻、午前一時から午前三時までのことを言います」
人は暗がりというだけで恐怖して慄いていた頃は今は昔、明かりや電気がつく現代で暗闇に対する恐怖心は消えつつある。けれど得体の知れないものに襲われるかも知れない恐怖を立川はひしひしと感じていた。
時間は刻々と過ぎていく。
19時、20時、21時、22時、23時と人はいなくなり、当直の医師や夜勤の看護師しか見当たらない。
日をまたぎ、阿倍野の言っていた一時が過ぎる頃、どこからか白い靄が噴き出してきた。
「何だ これは?」
足立は不快そうに眉をひそめる。
「何ですかね」
どこかでドライアイスでも焚いているのかと思ったがそうではない。立川はふと窓の外を見ると叫んだ。
「っーー先輩」
立川の呼び声に窓の外を見ると、目を疑うような光景があった。
「一体どうなっているんだ」
二人が辺りを見回していると、どこからか女の子が聞こえた。
「誰かいるんですか?」
白い靄の中から人影が現れた。長い黒髪に綺麗な容貌をしているが、どこか冷たい表情をしている。それに時代錯誤もいいこと白い着物を着ている。
「あの寒くないですか?」
立川は気になってとりあえず聞いた。
「あら、心配してくれるの? なら、あっためてくれるかしら」
凍えそうな凄みのある笑みと共に女性が襲ってきた。立川は堪らず驚いた声を出し、後ろに下がろうとしたが間に合わない。
「うわ?!」
その刹那ーーー
「急急如律令!!」
「ぎゃあああ」
凛とした言霊により、女性の襲撃が阻まれる。
「己、何者だ?」
ダメージを受けた女性は、先ほど出していた声とは思えないほど低く恐ろしい声で邪魔したものを睨みつける。
「現れましたか」
「お前の相手は俺らだ」
白い靄から現れたのは阿倍野裕司と加茂野照良だった。阿倍野と加茂野は危害を加えないため女妖怪を二人から離させた。
〇〇
けれど二人はこの時気づかなかった。真の目的は二人をその場から離れさせることだと。
〇〇
「は〜、すごかったですね。なんかテレビで見た感じに似ていましたね」
立川はテレビで有名は歌舞伎俳優が主演していた陰陽師の映画を思い出した。暗闇からパタパタとする音が聞こえた二人は身構えると、一人の看護師が駆けつけてきた。
「あの何か音がしましたが、どうかなさいましたか?」
「いえ、なんでもありません 」
立川は心配させないように看護師に考えて話しかける。
『まず、妖怪が襲撃してきたことに言っても、看護師に変な目で見られるのが関の山である』
「そうですか?」
そこで話が終わり不審がらせないように看護師は元の場所に帰すべきなのに立川はふと違和感を感じた。
『あれ? この看護師よく見たら可愛い』
今日は月の光で出ているため、看護師の顔は肉眼でも分かる。
『でもどこかで見たことある?』
「私、少し確認しますね」
どこでだろうと思った瞬間に彼は思い出す。看護師が病室の中に入ろうとする瞬間に立川は声をかける。
「ちょっと待ってください」
「はい?」
立川の呼び声に看護師はふと振り返る。
「あなたは夕方に病院に来ませんでした?」
「立川?」
「何を言っているんですか?」
何を言っているか分からない看護師は首を傾げる。立川の不審な言動ではあるが、確かな口調に足立は耳を傾ける。普段は経験不足でミスが多いがたまにカンが鋭い時があるのを足立は知っていた。
「夕方の時、僕らの目の前を通り過ぎませんでした? 今とは違う格好で」
その時ハッとして足立は看護師の容貌をじっと凝視する。確かに髪型を変えれば女性は雰囲気もガラリと変わる。
そんなもの間違っていたらすぐに返事を返せばいいのだろうが、立川の問いに看護師は沈黙する。答えないことに立川と足立は言い知れない不気味さを感じる。
彼女の口が開いた。仕事中の事務的な口調というよりも砕けた感じで、
「は〜、あなた記憶力いいわね」
「…どこから入ってきたか分からないけど危ないよ」
立川は優しく諭そうと誘導しようとするが、彼女がおもむろに手をかざしてきた。何だと首をかしげた瞬間だった。
「悪いけど邪魔しないでくれるかな」
「へ」
「ぐわっ」
一瞬の油断の隙をつかれたように二人の男は何かに操られたように壁に叩きつけられてしまい身動きが取れない状態となってしまう。
「何だ、これは」
「君は一体」
看護師に偽装していた女の子は答える。
「これはね、私のあいつへの復讐なの…十四歳で命を絶たれた女の子のね」
「……何だって?」
不可解な言動に足立は眉をひそめる。
「……っ、待って、行っちゃダメだ!!」
立川の必死に止めようとするが会ったばかりの相手に信頼関係などあるわけがない。制止も虚しく女の子は病室の中に消えていった。
〇〇
看護師に変装したゆみはいとも容易く病室に侵入する。病室に明かりはついてないため真っ暗だが肉眼で識別くらいはできる。
ゆみは、カーテンの中で眠っている田ノ上に一歩また一歩と足を進める。彼を囲っているカーテンの隙間からのぞき見ると、田ノ上が眠っていた。カーテンを開き彼の表情を見ると苦悶の表情を浮かべていた。ゆみは看護師のいうようなセリフを彼に掛ける。
「田ノ上さん、大丈夫ですか〜?」
切迫詰まった感じではなく棒読みで平坦な言葉が静寂な室内に木霊する。そして一言呟いた。
「もっともっと苦しめばいいのよ」
ゆみは恨みをぶつけるかのように、うなされている彼の顔の上に手をかざした。
「夢の中でも」
田ノ上はゆみのいう通り夢を見ていた。決していい夢ではない悪夢を。そして文字通り現実となり夢の中で彼は誰かに追われていた。
「はっ、はっ」
全身汗まみれで、着ている服はところどころ泥で汚れている、周りはどこを見ても、森、森、森ーー
辺りを見回しながら走っていたので、曲がりくねった木の根っこで足が何度も縺れそうになる。
「うわっ」
木の根っこには水分が多く含んだ苔が貼りつているため滑りやすく、何度も転んでしまう。
「くそ」
悪態をつきながら彼は足を進めるしかない。
「俺が何したっていうんだ」
田ノ上が後ろを振り返ると、そこには黒い靄がいた。田ノ上が走ると早くなり歩くと遅くなるの繰り返しである。まるで生き地獄を味わっているようだ。
いくつもの草垣を抜けると、明るい光が見えたことに気づいた田ノ上はそこを目指し、助かりたいと思う一心でいたら疲れが嘘のように消え駆け上がった。
最後の草垣を抜けたと思った喜んだ瞬間、何と地面が無かった。
「ーーー!!?」
目を真ん丸と開き、思わず悲鳴をあげる。田ノ上は急ブレーキをかけ、つんのめりそうになりながらも踏ん張った。
「あぶねえっ」
「崖だったかーー」
そのまま走っていたらと思うとゾッとする。震える体を自分の腕を交差しながら抱きしめる。
しばらくの間、茫然自失状態だったが少しずつ恐怖心が徐々に薄れた田ノ上は崖の下を覗き込んだ。別に彼は高いところだけでは嫌いではなく、むしろ好きな方で刺激があるものを好む。
「お〜 たけえ、たけえ」
年甲斐もなく、はしゃぎながら下を覗き込んでいると物影が見えた。田ノ上は好奇心に駆られ凝視すると、布にくるまれたものが見えて逡巡し、口を開き、瞳孔が開く。
「あ、あれは……」
「そうよ、あれは私」
自分の背後から声が聞こえた彼は、バッと後ろを振り返る。そこには、いつの間にかセーラー服を着た女子が立っていた。田ノ上は恐怖心で慄きながらたずねる。
「お前は、誰だ?」
立ち上がろうとするが、腰が抜けて力が入らない。
「あれ? 私のこと忘れちゃった 悲しいな〜、まあ 私も最近まで忘れていたんだけどね……よ〜く 思い出させてあげる」
いきなり彼女は田ノ上の首をガッと掴みかかってきた。反抗することもなく女の子は彼を首を両手で絞め上げながら彼を立ち上がらせた。
「く、くる……しい」
首を絞められた田ノ上はうめき声を上げる。
「苦しい? だけどね私はもっと苦しかった」
「? 何を…っ」
「思い出させてあげる」
女の子はそういうと田ノ上の足が地面から浮き上がった。ジャンプしているわけではなく、物理的に浮いているのだ。地面に足がつかないことの異変に気付いた田ノ上はもがき出す。
「やめっ、離してくれ」
「いいの? 私が今、離しても?」
女の子の声に薄めを開けた田ノ上は下を覗き込むと暗い谷底が眼下にあり、底から吹き上げる冷たい風に体が縮まりそうになる。
「ひいぃぃ?! 何で俺が浮いているんだ?!」
「何おかしなこと言っているの おじさん」
「へ?」
「私が浮かせているんだよ」
田ノ上の四苦八苦する表情に女の子は面白可笑しそうに笑う。彼は女の子に助けを求める。
「助けてくれ、俺を地面に下ろしてくれっ」
「いいよ、地面の上に下ろしてあげる」
ホッとした瞬間、首を絞めていた両手をパッと離すと彼は真っ逆様に落ちていく。
「ぎゃああああ」
このまま地面に激突するかと思いきや、体がガクンと停止する。
「ひい、ひい」
田ノ上は嗚咽を漏らし、とうとう泣き出した。
『どうして俺は空中で止まっているんだ』
どうして浮いているのか、上を見上げると女の子が田ノ上の足を掴んでいたことにことに気づいた。
「さて私は誰でしょう?」
女の子は田ノ上が恐怖に歪む顔を見ながら、にたりとほくそ笑む。宙ぶらりんで身動きできない田ノ上はなす術もなく、発狂し気を失ってしまった。
「あれ もう時間切れか…つまんないな〜」
〇〇
やっと、やっと遂げることができる…私を殺した男に復讐をーー
『そうだ、お前が殺すんだ、この男を…』
禍々しい声が頭の中で木霊する。その声に共鳴するかのように内側から沸沸とした負の感情が吹き上がり黒い靄が彼女を覆った。
私は今、どんな顔をしているのだろう…きっと誰にも見せられないね……
 




