第十三話:み〜つけた
刑務所では裁判所の確定判決により、死刑以外の身柄拘束を伴う刑罰が確定し、その刑に服することとなった者を収容する施設のことをいう。
主おもとして受刑者を収容し、改善更生、社会への円滑な復帰を目的としている。
昨日二人の刑事との話が終わり田之上は独房に帰っていった。午後九時には消灯時間になるが、完全に消えるわけでは無く読書できる程度の明るさが維持される。
しかし、楽しみの少ない娯楽の読書をしている楽しみにしている田之上は別のことに夢中になっていた。
二人の刑事が事情聴取にきたことでいつにない高揚感を味わっていながらなんの面白味もない無機質な天井を見ながらニヤつかせていた。
田之上がいる部屋は単独房のため一人だが、その形相をもしここが8人で収容される共同室であれば誰かに気でも狂ったのかと言われるぐらいに歪んでいた。
『まさか刑事が来るとは思わなかったが、それにしてもまんまと上手くいった』
どうしてこんなにも喜びに満ち溢れているのかいうと、そう、田之上正一は足立の読み通りに嘘をついていたのだ。
しかし例え罪を犯したとしても黙っていれば何の罪に問われることはない。
そう、このまま行けば田之上は後二年ここで過ごせば仮釈放で出所できることを親に雇われた弁護士から言われた。
それにしてもあのいかにもな強面の刑事の男に言われた時はヒヤリとしたものだと田之上はその時のことを鮮明に思い出す。
『お前殺しはしたことあるか?』
ド直球に言われた言葉に田之上は一瞬窮したが、持ち前の面の厚さに免れた。
イケメンの兄ちゃんはあれは刑事には向いてないが、あの男は要注意人物だなと考えを巡らせてうとうととしながら眠りについた。
そして、そのまま深い眠りにつくはずだった。
「ふふふ、み〜つけた」
どこからか女性の声が聞こえた気がした。何だと思い意識が少し覚醒し田之上は目を開けるがそこには何もいなかった。
(見つけた…何を見つけたんだ?)
「何だ……今の声」
ここは男性専用のため女性の囚人がいるわけがない。きっと気のせいだろうとまた目を瞑った。
しかし、またあの女性の声が聞こえた。今度はすぐそばで、ばっと目を開けるとそこには黒い髪を坂立たせた白い着物の女性が立っていた。
「あんた嘘つきな匂いがするね…悪い子だね そんな悪い子は骨までしゃぶり尽くしてあげよう」
目を爛々と輝かせた女性は人の頭を丸呑みするような大きさまで口を開けたのを見た田之上は正気を失い絶叫する。
「うわぁぁぁ?!」
尋常じゃない断末魔のような叫び声に刑務官は何事かと田之上の部屋に迅速な速さでやってきて鍵を開ける。
「どうした?!」
「あ……あっうぐ、あれが…」
「あれとは何だ?」
「化け物が俺を……」
呂律の回らない声と冷房が効いているはずなのに田之上は尋常じゃないほど汗を吹き出していた。
化け物という言葉に悪い夢でも見たのかと溜飲が下がり刑務官はおもむろに立ち去ろうとするが田之上はがしりとその腕を掴み取られたことに驚愕する。
「?!っお前……」
乱暴をされると思いもう一人の刑務官が取り押さえようとするが彼の異変に気づいた刑務官は少し待てと制止する。
「違う、ありゃは本物だ 俺の頭を食いちぎろうと……」
田之上はどこか心あらずな口調で話す様子に刑務官はゾッと寒気がした。それは一緒にいた同僚の刑務官も同じで彼を訝しむように見つめる。
「こいつ、どうしたんだ 気が触れちまったみたいに 何か薬でもやって無いだろうな」
「おいおい、そんなこと冗談でもやめてくれ」
この刑務所で検査はするし薬なんて出回っていたら世も末である。
とにかく彼を落ち着かせるために刑務官は話し掛けようとした時、ぐらりと力が無くなったように倒れかかったのでその体を受け止めた。
「おい、お前?!」
「意識が…?!」
刑務官は不自然に気を失った田之上を一緒にいた同僚とともにストレッチャーで運び医務室に向かった。
〇〇
「田之上が意識不明のまま病院に搬送されたってどういうことですか」
足立と立川は休みを取った翌日に出勤をし、初めて聞いた新しい情報に困惑を隠しきれない。つい先日普通に話をしていた相手が急な容体の異変に頭が追い付かなかった。
「事情聴取の時は体調は悪くなさそうでしたが」
「なら、お前たちが刑務所で事情聴取が終わってからということになるな」
部長は顎にあるひげをポリポリとさすり報告であったことを説明する。
「異変が起きたのは就寝時間の時だった、田之上の部屋から叫び声が聞こえて駆けつけると変なことをぶつぶつと呟くと倒れたらしい」
「誰かに襲われてでもしたんでしょうか」
それは無いだろうと部長は否と首を振る。
「部屋には内側から鍵がかかっているし、刑務所は警備が厳重で外側からも侵入するのはまずは無理だろう」
「そうですよね」と立川は呟いた。
「声を出したというのは何かに驚いたからだと思いますが…」
足立は冷静にどうしてその言動に至ったのかを推察する。
「それで、刑務官はある証言が気になって、田之上はこうも言っていたらしい」
『化け物に食われる』とーー
取り乱した田之上はその後意識を失った。立川はその実感ある言葉に思わず身が竦みそうになった。そしてその恐怖には前にも同じ感じを味わったことがある。
「化け物って……それって」
「ああ、もしかしたら彼らの要請も必要になる。確認のために田之上が搬送された警察病院に向かってくれ」
「分かりました」
足立と立川は部長に敬礼して車で警察病院に向かった。そしてその中で気になった立川は足立に話しかける。
「彼らということは阿倍野さんたちのことですか?」
「ああ、その前にまた田之上には聞いた方がいいだろうな。本当のこと聞きにな」
〇〇
田之上は目を覚ますとここが刑務所でないことに気づいた。看護師もその声に気づき田之上が起きたことに気づいた
「う…う」
「田之上さん、起きられましたか」
「ここ…は」
「ここは警察病院です」
『警察病院』
どうしてそんなところにいるんだと考えても意識が定かではなかった。看護師がナースコールで医師を呼ぶと数分で来た。診察をすると軽い脱水症状とめまいがあると診断された。
白い部屋で横たわりながら田之上は茫然としていた。
『俺は一体どうしたんだ…どうしてこんなところにいる』
そして記憶の中を探ろとすると二人の男がぼんやりと思い出す。
『そうだ、俺は刑事二人から事情聴取を受けたんだった』
そのことを思い出すまでは良かった。けどそれ以降は何かに蓋をしているように何かを思い出してはいけないような気持ちになった時だった。不意に天井近くに黒い影のようなものが見えた。
白く清潔な部屋だからこそ異分子である黒い物体が際立つ。それを見た瞬間に田之上はそれを視界に入れないように白い掛け布団を体に覆った。
『俺は何も見えてない、聞いていない』
数秒間息を殺しながらそのままじっとして恐る恐る布団をめくるとそこには何もいなかった。
そのことにほっとした田之上は生唾を飲み込みながら額を拭うと汗が吹き出していたことに気づいた。
『そうだ、俺は何も見えてない、聞いていない』
何度も同じことを念じ暗示をかけていた。
意識を失ったのは自己防衛からだと気付かないまま、めまいが残っている田之上は起きるのも億劫でそのままパタリと横について気持ちを切り替えようと点滴を用意する看護師と話していく内にいつもの口調に戻っていった。
〇〇
立川と足立は警察病院に赴きまずは立川がナースステーションのそばによると立川の容姿を見た若い看護師たちから歓声が沸き上がる。なまじ顔がいいだけに。それを近くで見ていた足立は呆れまじりに見ていた。
師長の咳払いで看護師たちは仕事に戻っていった。二人は個室まで案内されて師長はドアにノックをする。
コンコン。
「田ノ上さん、あなたにお会いしたい人がいます」
「え〜、誰? 女の子ですか」
田之上の気さくな声が聞こえた。どうも意識があるようだ。
「入れてください」
「はい。ありがとうございます」
足立と立川が入室すると寝ている男の姿を確認した。そこにはこの前あったばかりの田之上正一がいた。
「あなたたちは…」
田之上の方も覚えていたのだろう。何せまだ数日しか経っていないのだから。
「はい、二日ぶりですね。あの時は元気そうに見えましたが、一体何があったんですか?」
「いや〜、すみません なんか怖い夢でも見たみたいで驚いてしまったみたいでお恥ずかしい」
田之上は恥ずかしそうに頭を掻くがそんなことどうでもいいように足立は話しかける。
「刑務官からの証言では「化け物」を見たということでしたが」
「うん? ……化け物…ああ、夢に出てきたものをそう叫んだかもしれませんね」
不確かな現象なら確たる証拠もない。
「長く同じ所に暮らしていれば精神に異変をきたす時もありますよね」
と、立川が呟いた言葉に足立は顔をしかめる。ゴミ屋敷となっていた(過去形)あんな部屋に長年いたら自分の頭がおかしくなると足立は思った。
「分かりました、何か思い出したことがあったらこの名刺に電話をしてください」
「重ね重ねすみません」
立川と足立は会釈をして退室した。部屋から離れた足立は立川に話しかけた。
「何かおかしい所はあったか?」
「う〜ん、強いていうならこの前よりなんか疲労困憊って感じですね」
「ああ、あいつ部屋から一歩も出ていないはずなのになベットの上から動こうとしないもの奇妙だな」
「医師の診断では歩行はできるみたいですから、体動かすのが苦手何ですかね」
「無理に聞こうとすれば、何をしでかすか分からないからな」
足立は田之上の様子を見て何か嫌な予感をした。前よりも余裕のない表情に鬼気迫るものを感じたからだ。
〇〇
田之上は二人の刑事が出て行った後何をしていたというと白い掛け布団で体を隠すように覆った。
『何であいつらがここに来るんだ、また俺は怪しまれているのか』
疑心暗鬼に駆られながら田之上はどうするかと思案を巡らしていると記憶の奥底に眠っていたものが吹き出しそうになった。
田之上はそれを消し去るように目を瞑りそのまま深い眠りについた。
その様子を病院の外で見ていた一人の人物がいた。今時珍しい白い着物を着た女性は白い肌に赤い唇に笑みを浮かべた。
「どこへ行っても逃げられないわ…あなたはとびっきりの餌なのだから」
その女性は病院の窓の外から田之上の様子を見ていた。体を空中に浮かびらせながら。明らかに人間ではない技に妖の類と思わせる。けれどそれに気づくものは誰もいなかった。




