第十話:過去の断片
「伊藤弓さんがゆみさん」
朝日はどこかうわ言のように呟いた。志郎は肯定しながら話を続けてある事実にたどり着く。
「行方不明となったのは隼人さんが中学生の時、今の彼は大学二年生だから五年前ということになりますね。霊になっているということはもうーー」
最後まで語らなかったのはその現実があまりにも簡単に口にできるものではなかったからだ。でもここで口を閉ざしていてもどうしようもないと朝日が代わりに話した。
「うん、彼女はきっと殺された。 その犯人によって」
朝日は忌まわしそうにその事実を声を絞り出すように口を開いた。
「ゆみさんはそのことを知ったんですね」
「うん、けど真澄がそばにずっといるから、落ち着いているように僕は見えたんだけど」
朝日もそのことが気がかりで今夜はどうするか迷ったがあまり人がいても彼女が気遣うかもしれないと思いやめた。志郎はある問題点を切り出した。
「問題は殺される前の記憶よりも殺された時の記憶を思い出してしまった時にどうなるか」
朝日はその言葉にゴクリと生唾を飲み込む。
「今は境界線ギリギリっといった状態かしらね」
聖子のつぶやく言葉が重くのしかかり、朝日は最悪の事態を想定した。
「何かの拍子で吹き出してしまうかもしれないってことですね」
朝日はゆみのことを好ましく思っている。けれど、それで取り付いている花月に危害はどうなるんだと不安と絶望が胸にわだかまる。ただでさえ今の状態はかなり危険なのだ。霊媒は素質があるかないかによって体への負担が違う。もともと彼女は素質があるおかげで今は体調の異変はないが、
「僕はーー」
言い淀み悩む朝日に志郎は優しく話しかける。
「一緒にいるとやはり情が移りますね、けれど情があることが人なんです。私もゆみさんのこと明るくて優しい女の子だと思っています」
それは今朝日が思っていたことだ。そしてここにいない自分たち以外もーーその時に真澄の顔が浮かんだ。
「それを一番分かっているのは真澄さんかもしれませんね」
志郎の言葉に耳を傾けながら朝日は頭を落ち着かせる。
「……うん、彼女とは最初は仲がどうなるか分からなかったけどね」
朝日は何度ヒヤヒヤしたことが思い出しながら苦笑を浮かべた。
「…どうなさいますか」
志郎は言いづらそうにいうのは今後のことを示唆しているだろう。これから先に彼女が待ち受けているのはきっと良い展開にならないことは認めたくない気持ちもあるが方向性を確認しておきたい意図もあった。
ここで志郎に朝日が真澄に伝えることをいえば「分かりました」と嫌な顔をせずに了承してくれるだろう。それだけ彼らにとって朝日の願いは「絶対」なのだ。
だけど、それでいいのかと朝日は考えを巡らせる。いつも支えてもらってばかりでいて、甘えさせてくれることは幸せなことだがそれが負担や枷になって苦しんでほしくない。朝日にとっても彼らはかけがえのない存在だから。
他人に任せれば自分が楽はできるがそれに甘えても自分のためにはならない。目覚めてから最初の頃は真澄と志郎の世話になりっぱなしだったのでそれが身にしみてわからるからこそだ。たとえかっこ悪くて不格好でも成果は積み重ねるのは他人にはできない。
朝日は一息をつき志郎に喋りかける。
「僕から話すよ。もしゆみさんが暴走したらーー」
「分かりました」
志郎は何も言わずとも朝日に頷いた。
「私は私で人間側のサポートに動きますね」
人間側のサポート……と警察に伝えることだと分かり朝日は了承した。
「うん。怪我しないようにね」
次の日になり学校に行く前に朝日は真澄に話しをつけることにした。
「おはようございます。 朝日様」
「あ、真澄 手伝って欲しいことがあるんだけど」
「分かりました。 ゆみさんは食事をとっていてください」
「は〜い」
真澄はゆみにご飯をを食べるように誘導した。朝日の意図に真澄も何かに気付いたの大人しく後ろを追いて行った。
「何でしょうか、朝日様」
真澄が障子を閉めた直後、朝日は呪を唱えた。
「これで外には音が漏れない。時間がないから簡単に説明するね」
昨日志郎と聖子と話し合ったことを要約して伝えた。
「ゆみさんが危険な状態にいることが分かってました。もし怨霊になったとしても、私がゆみさんを止めてみせます」
真澄は強めな口調で朝日に告げる。いつもは冷静な真澄は口調を淡々としているが意志の強さに朝日は感じて、真澄に無理だけはしないように忠告する。
「なんかあったら言ってね」
朝日は真澄の手をぎゅっと握りしめた。
「頼りない主だけど、力になりたいから」
真澄はその言葉に朝日の手を取り、目を合わせて先ほどよりも優しい口調で口を開く。
「朝日様は頼りなくなんかありません」
いきなり手を取られたことに少し驚いたが朝日は恥ずかしそうにその言葉に感謝を述べた。
「……ありがとう、真澄ーーあっ、そうだ」
「もう一つだけあったんだ。彼…上条隼人さんがどうして虹の絵を描き続けている理由がーー」
話が終わり、3人ともつつがなく学校に向かった。
〇〇
身元不明の手紙が刑事部の部長の机に置かれていた。気づいたのは部長本人。出勤してすぐに身に覚えのないものを見てしわを寄せる。
「何だこれは?」
切手もない。何の変哲も無い手紙の宛先には「刑事部部長 井原 十蔵様」が秀麗な文字で書かれている。
部長はとにかく中身を確認することにした。文章を読み上げていくうちに、顔色が変わっていく。
「これは……!?」
部長はすぐさま受話器を取り、二人の刑事を呼び出した。足立と立川の二人の刑事は、今警察庁内の缶詰状態ですぐに来ることができ、部長の前に立つ。
「おはよう、二人とも」
「おはようございます、部長」
「さっそくで悪いんだがこれに見覚えあるか?」
部長が手紙を掲げ、二人は首を振る。
「いえ、分かりませんがそれは何なんですか?」
「いや 知らないのなら別に構わない」
「先ほど机の上を見たら手紙が置かれていてた。ご丁寧に宛名付きでな」
「なるほど」
「あのちょっといいですか?」
立川は手をあげて話を止めた。
「何だ立川?」
「部長は昨日帰りが遅かったですか?」
「いや、定時で帰ったが」
「夜中に僕ちょっと運動がしたくなって一人で散歩していた時に刑事部の前で人影を見たんですけど」
「部長だと思ってあまり気に留めなかったんですけど」
部長は頭をかき、足立は頰をひくつかせる。
「立川、後で説教だな」
「うええ?!」
立川は情けない悲鳴をあげた。部長はため息をついたが切り替えて二人に文章を読んでもらった。
「これが本当ならかなりの有力情報ですね」
「ああ。誰だかよく分からないがこちらとしては助かるね」
「ただちに調査をお願いします」
「了解しました」
「はい」
二人はすぐさま科捜研に向かい、大野に手紙書かれていた人物と一致しているか調べてもらった。
かなりの確率でこの遺体は、伊藤弓という当時女子中学生だということが該当し、五年前の行方不明者のデータベースに確かに誘拐され行方不明になったことが判明する。
〇〇
そのニュースはゆみたちが学校に授業を受けているときに流れる。
三年前に数多くの窃盗と窃盗未遂の罪で逮捕された男がいた。執行猶予の三年が経ち裁判所に出頭した男は当初は反省の色が見えなかったが、時が経ち涙ながらに自分の罪を認めた。
それがメディアに取り上げられ、瞬く間に全国のニュースになり話題となる。
〇〇
「おはよう〜」
「おはよう、友希ちゃん 麻里子」
ゆみ、真澄、朝日は学校の門前で二人に出くわして挨拶をする。
「う〜っん、今日も眼福、眼福」
「はい、はい」
麻里子は三人組を見て顎に指を当てオヤジ臭いセリフが様になっているのもどうかと思うが、合いの手を入れる友希子は知らぬぞんぜねである。玄関で靴を上履きに履き替えたあと見知った背中を見かけたゆみは声をかける。
「上条くん!」
名前に反応した背中の主である男の子は振り返る。上条悟。つい先日上野に付き添ってもらった同級生であり、かつてゆみの同級生であった上条隼人の弟である。
「昨日はありがとうございました」
「あっ、いえ、こちらこそどうしたしまして」
いきなり声をかけられた悟はしどろもどろである。ゆみはすぐに立ち去ったものの半ば放心状態になる。すぐ近くで現場を見ていた3人の同じクラスメートの男子から矢継ぎ早に声をかけられる。
「お前、平野さんと知り合いなの?」
「え、う、うん、ちょっとね」
「ちょっとって何だよ?」
「教えろよ」
クラスメートの一人から腕を首に絡められ、じゃれついてきた。
「わっ」
悟は返事をするのが精一杯でゆみとの一部始終を羨ましそうに見られていたことに気づかなかった。
『く、苦しい』
首を圧迫されるため呼吸もままならなく押さえつけている手を引き剥がそうそとした時にさらに追い打ちがかかってしまう。
「おはようございます 上条くん」
凛とした声に悟は気づくと目の前に黒髪の女子が立っていた。悟は名前を思い出す。
「あっ、おはようございます 代永さん」
悟は朝日と同じように丁寧に会釈をしようとするがぎこちなくなってしまう。首に腕を絡められていたので重みがあって上手く出来なかった。朝日の後ろにいた真澄は会釈だけに留めた。それに続け麻里子はメモを片手に話しかけようとするものの、
「ちょっと話をーー」
「もう時間がないんだから行くよ」
そばにいた友希子に止められる。なんか朝から色んな人にあったなと呆然としていた悟だったが、背後から低い声音で呼ばれた彼はびくりと肩を揺らした。
「上条、お前〜」
3人のクラスメートのいつもとは違う様子に悟は恐怖で後ずさりたいが背中をホールドされているため微動だにできず動揺が走る。
『どうしたんだ?! 一体』
悟は不安に駆られていると、ブツブツと呪詛のように聞こえてきた。
「平野さんだけじゃなく代永さんに広瀬さんまで」
「しかも遠藤さんや立花さんもいるじゃないか!?」
「くそっ、俺も声をかけられたい」
「『おはよう』って挨拶されたい!!」
「……何だ それだけか」
同級生たちのうわ言に大したことではない思っていた悟は何気無くポツリと呟いた。たった一言、されど一言を聞いたクラスメートはゆらりと身を震わせ、目が据わっている様子にタラリと冷や汗を流す。墓穴を掘った感がある悟は話をすり替えするが、
「え〜と、あ〜! もうそろそろ朝礼が鳴るから教室に行こうか!」
「ああ、そうだな」
その言葉にクラスメートはニヤリと凶悪に口元に笑みを浮かべる。
「お前にはじっくりと話を聞こうじゃないか」
背中を抑えていた男子が喋り耳元で聞いた悟は身を強張らせる。悟はこの日、生きた心地が無く朝から散々な目にあうのであった。
〇〇
悟がもみくちゃにされるのを尻目にゆみは教室に向かう。ゆみは朝日に近寄り小さな声で話しかける。
「焼きもち?」
「……何のことでしょうか?」
朝日は笑みを浮かべているが目の奥が笑っていないことにゆみはたじろく。
『うゔ、これは火に油を注いじゃったかしら、朝日ってあまり独占欲を見せないからな』
怒らせるとまずいタイプだとゆみは頬をかきながらもその何気ない日常に喜びを覚えていた。
『次は気をつけないとな〜』
滞りなくいつもの授業を受けて休み時間に朝日と真澄も交えておしゃべりしていたときにゆみにポツリと呟いた。
「こんな時間がずっと続けばいいな〜」
「うん? 何」
小さな声だったため友希子には聞き取れなかったが朝日と真澄の耳には届いていた。
「うんうん、何でもない」
誤魔化すようにゆみは首を振った。放課後になり友希子と麻里子は部活動に行きゆみと朝日と真澄は帰宅部である。
朝日は日直の子と職員室に日誌を届けに行って、教室で帰りを待っていた時に真澄と話をした。
真澄は気になっていた。ゆみが休み時間に放ったあの一言がどうしても頭から離れなかった。
けれど、どう切り出すかあぐねていた。本人にとってこれはとても大事なことだと思ったからだ。
『なんて言えばいいのでしょう?』
頭の中でぐるぐると考えるが結論が出せない。なまじ数百年生きていても分からないことは分からない。グラウンドで部活動をしている人の声が遠くに聞こえ静寂に包まれた教室の中で木霊する。
そんな時、クスリと笑う声が聞こえた。笑っていたのは目の前のゆみだった。
「どうして百面相しているの?」
「…いえ、ゆみさんのことを考えていたんです」
「え、私のこと?」
なんだか恥ずかしいセリフを言われたことにゆみは少し驚くが真剣な眼差しに口を閉じた。真澄は意を決して、ゆみが昼休みに言っていたときのことを聞いた。
「ああ、あれやっぱり聞こえていたんだ」
ゆみは恥ずかしそうに目を伏せる。
「……う〜ん なんてゆうかね、やっぱ生きてるっていいなってただそれだけだから 私がこの子の体を乗っとることなんてないから安心して」
ゆみは窓から眺める景色を見ながら答えた。人の仕草とは敏感だ。嘘や緊張をしていてもどこかにボロが出てしまう。けれどそれがゆみには見当たらなかった。そして視線を真澄の方に向ける。
「それよりも、私はともかく真澄さんは朝日に告白しないの?」
「へ?」
唐突すぎて、自分が何を言われたのか頭の中で整理できるまで数十秒要する。
「な……何を言っているんですか? 前にも申しましたが、あの人には」
ゆみを一瞥して、言い淀む真澄は目線をずらす。
「私はさ……好きな人がいたんだ」
いきなり話が変わったことに、真澄は困惑する。
「好きな人とは?」
分かっていたがあえて言わずに、ゆみはその人の名前を告げた。
「上条くんーー上条悟くんのお兄さん 上条隼人くん。私ねきっと上条くんのことが好きだった……すごく、好きだった」
ゆみは泣きそうになりながらも、『笑った』
「でも私は もう死んでしまった。想いを告げることができないままーー自分が死ぬなんて思いもしなかったからね。長生きでも死んでしまう時ってあるよね。その時に後悔して欲しくない」
「お節介だと思ってくれて構わない、でも私、真澄さんのことがとても好きになっちゃたから」
真澄は言い訳しようと思った。この言葉を聞くまでは彼女の真心に水を差すような無粋なことは忍びなく呼吸を整え気持ちを改める。
「……はい。 ゆみさんのおっしゃる通り 私はーー」
ゆみに言いかけた瞬間、真澄は固まる。聞き慣れた足音が聞こえたからである。
「お待たせしました。帰りましょうか」
「……あともうちょっとだったのに」
ゆみはボソッと呟き頰をふくらませる。動かない真澄に朝日は話しかける。
「真澄、どうかした?」
「……いえ、なんでもありません 日直お疲れ様です」
「うん、帰ろうか」
ゆみと真澄はアパートまで朝日に送られ、朝日は自分の家に帰っていく。そんなありふれた何気無い日常が一日の終わりを迎えそうになっていた今日のことだった。時間は黄昏時。
太陽の日が沈み、月が顔を出し、家の中に明かりが灯る時間帯。ゆみはテレビでドラマを見るのが好きだった。
『今日のあの恋愛ドラマって何時からだったかな』
リモコンを操作して番組表を見て、時刻を確認する。
『ドラマが始まるであと3時間か』
夕方はどのチャンネルを変えてもニュースや報道番組やばかりで白けた目でゆみは眺めていた。
チャンネルを変えようとした指がある男の泣いている姿を見た瞬間に止まる。
「今日は三年前に窃盗・窃盗未遂で逮捕された男が執行猶予の三年が経ち、当初は反省していない様子でしたが、裁判所に出廷し涙を流して後悔していることを伝えたとのことです」
他のテレビを見ると、この人のチャンネルで持ちきりとなっている。
原稿通りにニュースキャスターが分かりやすく読み上げていく言葉よりも顔に注目した。別に好みのタイプというわけではない。どこにでもいるような感じの平凡な顔立ちで頬が痩せこけているぐらいだ。そんなありふれたものなのに何でか既視感を感じた。
「この人ーーこの顔 どこかで見覚えがある」
『でも、どこで』
「最近じゃないーーーーもっと前に」
その瞬間、頭の中に映像が流れてきた。ゆみは耐えきれず叫んでしまう。
「いやっ!!?」
ゆみの悲鳴に血相を変えて真澄は駆けつける。
「どうされましたっ?! 何かあったんですか?」
ゆみは真澄に抱きつき、真澄はゆみの震える体を強く抱きしめる。テレビには人相の悪い窃盗犯の顔が映し出されている。
画面上の男。この怯えように先ほどの切迫した声。
『もしかしてーー』
真澄は嫌な予感がした。震える声でゆみは呟く。
「この男 知っている……私をーーっ」
「……ゆみさん」
「いや……怖い」
ゆみの恐怖とシンクロするかのようにポルターガイストを起こす。テーブルや置物がガタガタと小刻みに揺れる。
『まずい』
「結界!!」
外界から音を遮断する術の一つを真澄は行使する。花月の体からゆみの波動が揺らぎ始めている。暴走しかけていることに真澄は焦るが、力強く彼女の名前を叫ぶ。
「ゆみさん」
「ゆみさん!!」
「私の目を見てください」
「私は誰ですか?」
「……真澄さん」
真澄はぐっとゆみの肩に手をのせる。
「私があなたを守ります!! だから……もう泣かないでください」
声が震えそうになった真澄だがなんとか言い切る。真澄の必死さにゆみの心に通じたのか、徐々に落ち着いていき気を失うように眠った。




