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第九話:奪われた二人の未来

今日はちょっと早めに投稿します。久しぶりの飯テロ回です╰(*´︶`*)╯♡

 季節は夏。白い雲に青い空。吹き抜ける爽やかな風と喧しいセミの鳴き声が鳴り響く。


 隼人は小さい頃から絵は好きだった。両親が絵に関係する仕事についていて絵に触れることも多かったからもしれないがただ単純に取り憑かれたように魅了された。


 小学校でも変わらなく、中学生になっても絵を描き続けた。クラスメートから声をかけられても、


「なあ、上条 昼休みドッジボールをしないか?」


「あ〜、今日はいいや」


 友達には当たり障りなく断ることが多かった。


「またあいつを誘ったのかよ」


「あいつ誘っても来ないじゃん」


「そう言うなって」


 友達に誘われても遊びに行くことはあまり無く、いつの間にか片手にスケッチブックやノートを持っているのが癖になっていた。よく言えばマイペース、悪く言えば無愛想だった隼人は、クラスの中でも思春期特有のグループに分類されることはなく、少し変わった存在だった。


 人が嫌いというわけではないのだが、人の目があると落ち着かない。誰もいなくて落ち着いたところが好きだった。


 中学生からは部活動があり、美術部に隼人は入り放課後は手頃な場所を見つけ絵を描くことが日常になっている。隼人は人は多いところがどうも苦手であった。比較的に日影ができて落ち着いて静かな場所のところを選んでいる。


「にゃ〜」


 一匹の猫の声が聞こえた。最近、ここに来てから猫が寄ってくるようになった。もともと隼人がいるところが猫にとって居心地のいい場所でもある。


 隼人は人間を描くのが苦手だが、動物などはまだ描ける方でよく被写体にしている

ある日、隼人がいつもの場所に行くと猫ではなく人間の女の子の声が聞こえた。


「お前、名前は何ていうの?」


 隼人はとっさに隠れようとしたが、砂利と足が擦れてしまい足音を立ててしまい、その物音に上着を着たジャージの女の子が気づいた。


「誰かいるの?」


 隼人はため息をつき、物影から姿を現した。彼の視線の先にはセミロングより短めの髪の毛を一つに結んだ女の子が座っていた。そして彼女から話しかけれる。


「え…と、何年生ですか?」


「一年生」


 隼人がそう告げると、女の子は大げさにため息をつく。


「は〜、同学年でよかった〜 年上だったら緊張するしな〜」


『それは暗に僕が老けているのか』と隼人は一瞬考えた。


 にゃ〜


 ボ〜としていると、猫が隼人の足元にすり寄ってきた。


「その子、懐いているね よくここにくるの?」


「ああ、うん…まあ」


 曖昧に返事をする隼人に女の子は可笑しそうに笑った。笑われたのに嫌な気はせず彼女の無邪気に笑う顔が印象的だった。


 次の日もまた彼女に会った。放課後いつもの場所で絵を描いていると声をかけられる。


「へ〜、すごいね。 絵を描くのが好きなんだね」


 隼人は絵を描いている時は夢中になる。彼女が近くにくるまで気づかなかったので硬直し返事がワンテンポ遅くなる。


「あ……うん」


「そういえば、あの猫ちゃん教頭先生が飼っている猫なんだって」


「そうなんだ、だからやけに毛並みに艶があったんだな」


 良いものをきっと食べさせてもらえているんだろうと、隼人はつぶやくと彼女のから突然名前を聞かれた。


「あっ、そういえば名前聞いてなかった」


「名前聞いてもいい?」


「名前は上条隼人」


「上条君か…上条君は絵のどうゆうところが好き?」


「どうゆう……?」


 隼人は唐突な質問に考える。絵が上手くて褒められることはよくあったけど好きだと聞かれたのはこれが初めてだった。


 隼人は自然な仕草で人差し指と親指でカメラを作り片目を塞いだ。


「空間を切り取るーーその時間を永久的に残すってすごいことだと思ったんだ」


「……」


 女の子からの返事が返ってこない。他人に何を言っているんだと気付いた時は遅く、急に恥ずかしくなった。彼女は下に俯いた顔を上げると瞳をキラキラと輝かせて言った。


「……かっこいい」


「え」


「そんなこと考えたことないからすごい」


 その言葉で重苦しかった心が一気に気持ちがが軽くなったような気がした。彼女の明るい性格から隼人に聞いてくることが多く、無口でいることが多い隼人は女の子の話を聞く役割になっていた。


 放課後、二人で帰ることが多くなった彼女の家は学校から近くて、隼人の家は少し遠い。一緒に帰っていたとき途中、ポツリ、ポツリと雨が降ってきた。


「降ってきたね」


 今日の天気は風が強く、天候が変わりやすい。いつも天気予報を見ているわけではない隼人は傘を持ってきていない。


 近くに雨宿りできる公園があることを女の子に教えられ、それに賛同する。女の子に誘導されるまま小走りで走っていくと、目的の公園が見えた。運良く軒下に入った直後に土砂降りの雨が降ってきた。


「あともう少しで危なかったね」


「うん」


 隼人は女の子の方を向くと、女の子の服が少し濡れていたことに気付いた。そして見てしまった。


 隼人の通っていた公立中学のセーラー服は白で夏用のため通気性がよく、汗を吸湿性に優れているのもいいがーー女の子の下着が見えてしまったことの罪悪感から隼人は目線をそらす。


「うん? どうしたの上条君?」


 隼人の不自然な挙動に女の子は心配そうに見ている。当人が元凶になっているとも知らずに、無防備に隼人に近づく。


「どっか体調が悪いの?」


「いや……どこも悪くないけど、その…」


「?」


 隼人はどうしたものか口ごもる。彼女は隼人の返事を待っている。沈黙に耐えきれず、口を開く。


 すごく小さな声で。


「……透けてる」


「…え」


 女の子から視線を逸らしながら近寄る。


「透けてる?」


 今度は彼女の耳にまで届いた。


 何がと、女の子は隼人の言っていることにキョトンとしている。何を言われたのかさっぱり分からないのだろう。

 

 隼人は視線を逸らし、指を彼女の頭の下らへんを指し示した。女の子は自分を見下ろすと、やっと彼の意図に気づく。


「ほわーー!?」


 自分の腕を交差させ、隼人に見せないように体を外に向けた。居た堪れない重い空気が流れる。『こうゆう時ってどう会話をすればいいんだ』と隼人は一人混乱していた。


 くすりと笑う声が聞こえた。女の子の方を見ると、彼女が後ろを振り向きながら笑っていた。


「なんで笑っているの?」


 女の子に笑われたことに隼人は少し不機嫌そうにに聞くと、


「ふふ、ごめん…上条君の焦っている表情とか見たことがなかったから」


『なんだそれは、こっちは心配してたのに…それに、むず痒いこの気持ちは何なんだろう』


 得体の知れない気持ちに隼人は頭を抱える。


「あっ、あれって、もしかして」


 女の子が腕をあげ指をさしながら、一歩足を踏み出した。いつの間にか雨は小雨になっている。曇り空から日差しが出ている。


 隼人と女の子は幻想的な光景を目の当たりにする。太陽の光が空気中に屈折される時に、赤から紫までの帯が半円状に見える現象。


「虹だ」


「綺麗……」


 女の子は自分が濡れることも構わずに足を踏み出す。


「濡れるぞ」


 隼人は注意するが女の子は聞いてないのか、それよりもまるで子供のようにはしゃいでいる。その瞬間、衝撃が走った。


『これだ』


 雨の中泥だらけになりながら、喜んでいる彼女にただ見惚れた。人物を描いてみたいと思ったのはその時が最初だった。





〇〇




その数日後、虹の絵は完成して後は彼女を入れるだけだった。けれど、それから数日待っても彼女は現れなかった。


 隼人は気になり、そういえば名前を聞いていなかったことに今更気づき彼女を探した。そうしているうちに変な噂が聞こえてきた。学校のクラスメートの女子が誘拐され、行方不明になったということを聞いた時ヒヤリとしたものを感じた。


 隼人はそんなはずがないと思っていた時である。


「次のニュースです」


『公立中学校の女子生徒が何者かにより誘拐され、行方不明になった事件が発生しました』


「この学校、隼人が通っている学校じゃない?」


 母親はその時皿洗いをしながら、テレビのニュースを聞き耳を立てていた。女の子の名前は知らなかった。


 けど顔は知っている。


 隼人は次に出てきた画面に出てきた女の子の顔を見て、戦慄が走る。


「隼人? どうしたの」


 母親が息子の異常に気づいて近寄る。


「かあ……」


 返事をしようとするが言葉にならず、そのまま力が無くなったかのように彼は倒れてしまう。


「隼人っ?!」


 母さんの切羽詰まった叫び声が聞こえたような気がしたが返事をする余裕はなかった。


 見間違えるはずはない。行方不明になった女の子は隼人が出会っていた彼女本人だったからだ。


 『なんだ…これ目眩が……』


 そしてそのまま意識が暗転し精神的ショックで隼人は倒れ、救急車で運ばれ病院に少しだけ入院することになり、復学するまでに時間がかかってしまう。


 高校になり女の子のことを思い出すたび、彼女との時間がとても大切な時間だったことに痛感する日々を送った。


 〇〇


「彼女は見つかっていないのですか?」


 朝日は隼人に問い、彼は力なく首を振る。


「見つかっていない……駅前でビラを配ったり、警察に捜索願をお願いしたけど」


「彼女の名前は?」


「伊藤 弓ゆみーーそれが彼女の名前だ」


 ひゅっと息が詰まる。


 その名前を聞いた数人が時間が止まったような錯覚を覚えた。聞き覚えるのある名前を聞いた瞬間に嘘であってほしいと、誰もが思った。そしてそれに一番衝撃を受けたのは彼女である。


「私、ちょっとトイレに行ってくるね」


「え」


 小走りでゆみは立ち去っていく。緊張が走る朝日は真澄に目配せをして、真澄は彼女の後を追った。


「っゆみさん! 私がついていきますのでっ」


 少し離れたところにゆみは立ち止まっていた。ゆみの姿が見えたことに安堵を漏らすが真澄は彼女の顔を見て言葉を失う。


 ポタリ。


 ポタリ。


「思い出したよ……『上・条・君・』」


 ゆみは悟のことをそう呼んでいたが、きっと彼のことではない。


「私だよ」


「私が『弓ゆみ』なんだよーーーっ!!」


 真澄は叫び泣きじゃくるゆみを見て、そっと優しく抱きしめることしかできなかった。


「あの二人、大丈夫かな」


「うぐっ……」


「お前も大丈夫か?」


 気づくと悟もうめき声をあげながら号泣していた。鼻水を垂らしながら。隼人はティッシュを渡し、悟はそれで鼻水を擤んだりして涙を拭く。


 少しスッキリした悟だが、涙が止まらないようでティッシュで目元をおさえながら兄に話しかける。


「そんなことがあったなんて僕…知らなかった」


 優しい声で隼人は悟にしゃべりかける。


「お前その頃はまだ小学生だったからな…知るには早すぎだったから、黙っていたんだ」


「……そうだったんだ」


 隼人がまた二人がいなくなった方向を心配そうに見ていることに気づいた朝日は言葉をかける。


「真澄もそばにいますし、大丈夫ですよ」


「そうかな? 大丈夫だったらいいんだけど……信頼しているんだね」


「はい」


 朝日は優しく微笑んだ。悟が泣きながら隼人に語りかける。


「兄さん……人物を描かないんじゃなくて、描けなかったんだね」


 隼人は悟に頷いた。


「ああーーそれと、虹には偶然だけど特別な意味を込めているんだ、それはねーー」


〇〇


 少し経ってから真澄がゆみと手を繋ぎ帰ってきた。心配していた隼人が二人に近づいて声をかける。


「大丈夫でしたか?」


「はい! 大丈夫です ご心配をおかけしました」


「よかった」


 ゆみの元気そうな様子に、隼人は安堵を漏らした。それからまだご飯を食べていなかったので喫茶店で食事を取ることになり、隼人とはこの場で別れることになる。


 悟にはお礼を行って別れを告げ、朝日は心配そうにゆみを見ていたが何も言わずアパートまで送る。


「今日はありがとうね、朝日」


「僕は付いて行っただけだよ。 それじゃ、僕は帰るね」


 真澄は会釈をして朝日を見送り、ゆみは手を振った。


「はい、お気をつけて」


「じゃあね〜」


 〇〇


「今日は色々とありがとう」


「ーーえ」


 いきなりのゆみからのお礼に真澄は困惑する。


「いつ言おうか迷ってたんだけど、人がいる所はちょっと恥ずかしかったから」


 ゆみは恥ずかしそうに頭を掻きながら、感謝の言葉を述べる。


「私は…何もしておりません、ただ抱きしめることしかできませんでした」


 自分の非力さに真澄は俯く。


「そんなことない! 真澄さんが抱きしめてくれたおかげで、こんなにも気が安らぐんだから」


 ゆみの言葉に気を取り直す真澄。和やかな雰囲気になったものの次の一言で瓦解してしまう。


「今度は朝日を抱きしめないとね」


「へ」


『真澄』


 朝日に優しく自分の名前を言われる真澄に返事をする。


『朝日様』


 真澄は朝日と抱擁するイメージをして顔が真っ赤になる。


「か、からかわないで下さいっ」


 真澄はそっぽを向いて、夕飯の準備に取り掛かる。


「お風呂洗ってきま〜す」


 片目をつぶりながら風呂場に消えて行き、真澄のわかりやすい反応にゆみはほくそ笑むのであった。


〇〇


 朝日はアパートまでゆみと真澄を送り、家に帰り着いたのは夕暮れ時だった。


「ただいま」


「お帰りなさい」


 玄関先で返事をしてくれたのはズボンにシャツ姿の聖子である。昔は着物が多かったが、昭和の時代に入ってから洋服を着ることが多くなったらしい。


「聖子さん、ただいま」


 聖子に挨拶をした朝日は玄関を上がろうとすると、志郎から奥からやって来る。


「志郎、ただいま」


「お帰りなささいませ、お疲れでしょう まずはお風呂にどうぞ」


「うん。 ありがとう」


 朝日は志郎にお礼を言い、お風呂を堪能する。志郎の作ってくれたご飯をこの3人で食べるのは久しぶりである。糀は今日はすこやかでいつも通りのお仕事である。食器を片付けた後、志郎が口を開く。


「今日は何かありましたか?」


「うん……色々とありすぎてどこから話せばいいやら」


 聖子と志郎は帰って来て早々、朝日の様子がおかしいことに気がついた。いつもより空気が張り詰めたものを感じた。長年一緒にいるからこそ分かる。


「今日みんなでゆみさんが見たがっていた絵を描いているお兄さんに会いに行ったんだ」


「確か上条悟くん。お兄さんが上条隼人さんでしたね」


 志郎の言葉に朝日は頷いた。


「その隼人さんがゆみさんが関心がある絵を描いているところまでよかったんだ……もしかしたら、ゆみさんは隼人さんが知っている女の子かもしれない」


「どうゆうことですか?」


 志郎は眉間にしわを寄せ、朝日に問う。朝日から隼人の女の子との昔話を聞いた志郎と聖子は眉を顰める。


「なるほど。 それは少しまずいかもしれないですね」


「うん……」


 それは朝日たちがゆみが亡くなった時の状況によることであった。そしてそれが判明したも同然だった。


「最悪の展開ね」


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