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第八話:上条悟と嘘も方便

ゆみと真澄は簡単な朝食を済ませ、朝日と合流をして学校に行く。朝日は昨日は何事も無かったかを小声で真澄に聞いた。


「昨日は何かありましたか?」


「えっ? い、いえ特に何も」


 心なしか真澄が元気がないことに、朝日は何となく気づく。


「そう?」


 真澄が口籠る理由があった。その光景をニヤニヤしていた人物がいる。彼女…ゆみしかない。真澄はゆみに対し心無しか目を細めた。それにゆみは面白そうに近寄ってきて話しかけてきた。


「二人は何をコソコソと話しているの?」


 それにすぐに答えたのは朝日である。


「昨日は楽しかったですか?」


「うん、真澄さんのおかげでね、夜ご飯は美味しいし色んなこと話せたしね」


「色んなこと?」


「えとねーー真澄さんが朝日のことをムムム」


 言葉のフレーズに嫌な予感がした真澄は即座にゆみの口を封じる。ホッとしたのも束の間、自分を呼ぶ声にハッとする。真澄の奇怪な行動に朝日は真ん丸と目を見開いている。


「何があったか分からないけど、仲が良くなったようだね」


「ーーえ、っと」


「そうだね、仲が良くなったよね 真澄さん♪」


 ゆみに腕を引き寄せられ、真澄は抵抗しなかったというか出来なかった。


「は、はい」


 ゆみの同意に真澄は珍しく朝日の前で口元を引きつらせた。彼女に意味深に告げられた真澄は自分の昔話を語ったことを少し後悔して先が思いやられる気持ちだった。


 昼休みが入り、麻里子の写真部に遊びに行った帰りに美術室の前を通った時だった。ゆみは立ち止まった。


 美術室がある部屋の壁には生徒の描いた絵が展示されていて人物画や風景画、その描き方は水彩や油絵など様々である。けれど色んな絵があるにも関わらず、ゆみの目は一点に集中していた。ゆみは無意識につぶやく。


「これは……」


 隣にいた朝日もきっと同じことを思っただろう。それは美術館で見ていたものしか分からない。


「あれ…どうしたの? こんな所で止まって」


 ゆみたちが止まっていると気づいたのか先に歩いていた麻里子と友希子が戻ってきた。


「…はなちゃんがこの絵が何か気になるみたいで」


「ふ〜ん、確かに綺麗な絵だよね」


「あっ、この絵って」


 その絵を見た麻里子は反応した。


「知っているんですか?」


「うん! この絵を描いている人が知り合いなんだ」


 名前の欄には『上条悟』と記入されている。


「平野ちゃんと同じ中学で美術部だよ」


「えっ、そうなの?」


 ゆみは麻里子に尋ねる。


「その上条って人、会えないかな?」


「今日放課後に行けば部室にいるんじゃ無いかな?」


 放課後、友希子は部活に行き、ゆみは自由活動ができる麻里子に付き添いを頼んだ。美術室に見ず知らずの人間が現れたら不自然すぎるので。


 美術室に覗くと10人ぐらいの生徒たちがいた。男女の割合は4:6と言ったところか、男子が少ない。


「すみません 上条悟君っていますか?」


 麻里子はまず一人の女の子に話しかける。その女の子は美術部の部長らしい。イレギュラーな存在にいつも通りに自由気ままに部活動をしていた生徒たちが少しざわつく。


 只でさえ、刺激が欲しくて好奇心旺盛なお年頃である。普段見ないイレギュラーな4人に注目が集まる。


 短髪の黒髪に黒目。日本人の容姿を両親から受け継いだ男の子は隅っこでボソボソと道具の整理をしていたところ、後ろからガバリと歯がいじめされる。


「うわっ!??」


 それもドスの効いた恨めしそうな声付きだったため、悟は少しパニックになり驚く。


「上条〜〜〜」


 何が何だかよくわからないが抱きしめられたのが部員の一人だったため、少し落ち着く。


「なんだ…お前か……驚かせるなよ」


 吃驚させられた彼に悟は恨めしそうに見やると、そんな視線で見られても彼らは動じない様子に異変を感じた。


「お前あの人たちの知り合いなのかっ?」


「へ……? あの人たち」


 悟が美術室に戻ると人だかりができていた。


『僕のいない数分の間に何が起こったんだ??!』


 頭の中を整理しつつ、一歩前を踏み出した。悟は知り合いの顔に気づく。


『あれはーー』


「あっ、上条君 こっちに来て」


 美術部の部長に声をかけられてパタパタと歩み寄る。


「この人たちが上条君に用事があるみたいだよ」


『僕に用?』


 それよりも気になることがあった、自分が話すよりも早く、メガネをかけたボブの女の子の麻里子に話しかけられる。


「久しぶり、悟ちん。 中学以来だね」


 突拍子の無いネーミングに数人が吹き出した。悟と呼ばれた男の子はそんな笑いにも慣れているのか頭をかいて少し眉間にしわを寄せため息をつく。その時、朝日は友希子と同じものを感じた。苦労性という名の…


「で、ーー僕に用事って何?」


 悟がぞんざいに麻里子に聞く様子に男子達は茶化してきた。


「お前その子と付き合っているのかよ」


「はあ?、何言っているんだ? 付き合っていない、というか…」


 あれは悟がまだ中学生時代の時だった。美術室に入り絵を描こうとした時に一人の女の子が入ってきた。見るからに美少女で悟は年頃の男の子らしく喜んだものだ。しかし、そんな浮かれた気持ちも彼女の次の行動に音を立てて崩れ去る。


 彼女はバックの中から双眼鏡のようなものを出したのだ。それも性能が良さそうで高価なものである。外を見て何をしているんだろうくらいしか最初はあまり気にしていなかったが、彼女に初めて声をかけられて悟は声が上擦った。


『ね、上条くんはどのぐらいのカップが好き?』


 カップとは言わずもがな女性の胸の大きさである。彼女は双眼鏡で見ていたのは背景や学校の風景ではなく部活動、外でスポーツ部をしている女子のことだった。その時に悟の淡い恋は一瞬で冷めてしまった。


「……あいつはやめといたほうがいい」


 悟は真剣な顔で男の子達を諭すが、


「へえ〜、怪しいな」


 その態度に変に勘ぐり、悟が麻里子が彼女だからと言っているように思ってしまい男の子達はまだ麻里子の本性を知らないので悟の心境が分かる由もなかった。


 そんなややこしいことになっていると知るはずもなく麻里子は勝手に話を進める。


「ふふ〜ん、私じゃなくて、彼女が用事があるんだ、じゃじゃ〜ん♪」


 麻里子の呼び声とともに女の子が前に出る。


「え〜と こんにちは、私、平野花月と言います」


 花月が前に出ると男子生徒はどよめく。何せ彼女は高校に入って2ヶ月あまりで美少女ランキング(男子自称)の上位にいるからである。上条悟は年相応に気持ちが高ぶっていたが表には出さなかった。


「ぼ、僕は上条悟と言います」


 というよりも同年代なのに思わず敬語になるくらい、どもってしまったことに自分でも気づかないほど緊張していたのである。可愛い女の子に見つめられて喜ばない男の子はいない。


「私、あなたに聞きたいことがあるんです。あなたの絵のことでーー廊下に貼っている虹の絵をこの間行った美術展で見たことがあって」


「美術展?」


 悟はゆみの言葉に反応し、思い当たる節があるらしい。数秒後


「ちょっと待って」


 悟は手提げの所まで行き、一枚のチラシを出された。そのチラシの内容に見覚えがある麻里子たちは反応する。


「その美術展ってこれのこと?」


「うん! これだよ」


「この美術展には僕の兄が大学のサークルで出展しているんだ」


「お兄さんってもしかして上条隼人さん?」


「うん! 僕の兄だよ」


「やっぱりそうなんだっ」


「うっうん」


 嬉しそうなゆみに詰め寄られ思わず悟はたじたじである。


「美術展で見た絵にすごく似ているなって、すごく気になって麻里子に連れてきてもらったの」


「そうだったんだ。 素敵な絵だなと思って」


「兄の絵は僕の憧れなんだ そう言ってくれて嬉しいです」


「微笑ましい光景だね〜」


 麻里子はなんだか、実況をするリポーターのようである。


「いや〜、なんかあの二人お似合いだね。美少女と平凡男子的な感じで」


 二人が話し合う姿を見ている他の男子からギリギリと食い縛り、睨みつけている。朝日も表情に出さないように微・笑・ま・し・く・笑・っ・て・い・た・。思いついたように上条はつぶやく。


「あっ、それじゃ 明後日公園に一緒に行かない?」


「え」


「上野公園で土日は兄さんが絵を描いて売っているんだ」


「そういえばそんなこと言ってたような」


「えっ 知っているの?」


「この前美術展に行った時実は会ったの」


「そうなんだ」


 和気藹々と話は流れるように決まる。


「それじゃ上野公園に11時に待ち合わせで」


 電話番号を交換し、美術室を退室して麻里子にお礼を言う。


「お安い御用だよ」


「ゆみさん、本当に行くんですか?」


「うん、何でか分からないけど行・か・な・い・と・い・け・な・い・気・がするんだ」


 ゆみのいつもしない神妙な表情に真澄も思案する。その言葉に真澄は胸中で騒ついたものは感じた。



〇〇




 上野駅前でスマホを見ながら待ち人がこないかと周囲を忙しなく見ながら立ってい一人の男の子がいた。一昨日花月達とひょんなことで知り合うことになった上条悟である。


 ラフなTシャツと黒のジーンズを着ていてリュックサックを肩にかけている。昨日は眠れなくて駅には30分も前に着いてしまった。待ち合わせの時間が刻々と流れ、動悸が激しくなる。


『やばい 心臓が、落ち着け 僕……これはデートではなく付き添い!!』


 花月が来たら、まずなんて言おうか悟は考える。


『上条くん、お待たせ』


『うんうん待ってないよ。それじゃあ行こうか』


 そして悟は花月の手を取り公園の中を歩く。


『これで行く』


 握りこぶしを作り、なるべく自然にナチュラルにこれで行こうと息混んだりしているのは側から見れば不思議な光景である。


 自分を落ち着かせるように、手のひらに「人」を書いたり、シミュレーションを頭の中で考えていた。生まれて彼女なんて出来たことがなく、悟は彼女よりもゲームの方にハマっていた。


 そして、あるアプリに出会った。アイドルを育成するゲームの女の子が可愛くて見事にハマってしまい、お小遣いが出ては課金をしてしまうほどのめり込んでいる。


 そういえば推しに似ていた女の子がいたような…あの黒髪の人は名前はなんて言うんだろうと考えていた時、後ろから声をかけられる。悟は花月の声だと思い振り向くとーー


「お、おおおはよう、平野さんーー」


 スムーズに振り向こうとしたが思いっきり吃ってしまった。


 そしてピタリと悟は固まる。彼はこの時思い違いをしていた。二人だけで今日は兄のところに行くつもりだと思っていたのだ。


 けれど自分の目に入るのは、彼女以外に二人いることに気づいて停止する。黒髪の女の子が二人いたことに戸惑いながら悟が固まっていることに花月から話しかけられる。


「どうしたの? 上条君」


「この二人は確かあの時にいた……」


「あっ、こちらが代永朝日ちゃんで、一つ編みをしているのが、広瀬真澄さんです」


「あ、こんにちは、上条悟と言います」


 悟は女の子1人でも緊張するのにいきなり3人になり、緊張するどころではなく硬直してしまう。花月の呼び声で現実に戻り悟は、本来の目的を思い出す。


「そ、それじゃあ、行こうか」


 はたから見れば、男の子としては嬉しい逆ハーレムになっているのだが緊張している彼は気づかなかった。


 上野恩賜(うえのおんし)公園。東京都台東区にある公園。通称上野公園と呼ばれている。4月になると上野の桜は有名でよくニュースなどで取り上げられる。


 桜の開花時期になると大勢の花見客が押し寄せることで有名である。今の時期は夏に近い。不忍池は夏には池の一部を覆い尽くすほどの蓮に覆われ、一面の緑の葉と桃色の蓮の花が美しい。冬には鴨をはじめとした数多くの種類の水鳥が飛来し、とても賑やかになる。


 悟は3人を兄の所まで案内すると、丁度接客中のようである。上条隼人が悟に気づき、手を振る。少し待ち、お客さんがいなくなり悟は兄に歩み寄る。


「兄さん、来たよ」


「ああ、連れてきたーーううん? なんか増えていないかーー」


 思わず隼人は弟に聞いていた人数より多いことに驚いて動きを止める。悟は兄に説明した。


「あ〜、ごめん兄さん、僕が勘違いしていて」


 悟は申し訳なさそうに言うと隼人はそう言うことかと納得し、せっかく来てくれたからと快く迎えてくれた。隼人は会釈をしていると朝日と花月を見て首をかしげる。


「兄さんの絵を見たいって言ってたのは平野さんなんだ」


 悟の言葉に隼人の視線が花月ゆみに注がれる。


「君はーー確か? 先週会ったよね?」


 そのことにゆみは嬉しそうに笑顔になった。


「はい! 覚えててくれたんですか?」


「うん、自分の絵を見て泣いてくれるなんて中々ない経験だから」


「あはは」


 覚えてくれたのは嬉しいが恥ずかしいことを思い出してしまったゆみは少し視線を逸らした。そして隼人はゆみの隣にいた朝日に注目する。


「あれ? 君どこかで会ったことない?」


「え……いえ、初めてですが」


 朝日は少しヒヤリとした。あまり堂々としているのも怪しいので朝日は思案気に首をかしげる仕草をする。そしてどうしてそう言われたのか()()()()を思い出した。


「兄さん、それなんかナンパみたいだよ」


 悟は笑いながら兄が言ったことを茶化すと隼人の何気ない一言に衝撃が走る。


「ナンパってーーーあっ、そういえばあの時の()()は元気?」


 そう、()()()()と言うのはーーこの前ゆみと朝日が美術館に行った時のことだった。


 隼人の思わぬ言葉にゆみは窮する。


「え」


「え〜〜!!? 平野さん、彼氏いるの?」


 驚いで声を上げたのは悟だった。兄の言葉に驚愕して花月もといゆみに矢継ぎ早に話しかける。


「えっ、あ〜〜〜」


 ゆみもいきなりのことに思わず視線を泳がす。


『そういえば、朝日の元の姿のまま美術展に行ったんだっけ』とゆみは今更ながらに思い出した。


「え、ううん、あの人はいとこだよ」


 この場合、嘘も方便だとゆみは機転を利かせる。


「付き添いで誘ったの」


「そうなんだ」


 悟は理由に納得して興奮が収まったが、そばで聞いていた真澄と朝日は心中穏やかではなかった。


 『そうだった…僕は一回この人に会っているんだった』


 ゆみと変装を解いた朝日のことを彼氏と思っていてもおかしくはない。そういえばこの人は美大出身だ。人をよく観察してデッサンを描くなら骨格とかで女装とかを簡単に見抜くのではないかと考えると得心がいく。


 けれども、まさか似ていることを問われるとは思っていなかった朝日は心臓に悪く生きた心地がしなかった。ここにくるまでなんの対策もなく来てしまったことに後悔しながらも、今は臨機応変にいくしかないと気持ちを切り替えた。


 〇〇


「少しだけど前の絵も持ってきたんだ」


 隼人の前には並べられた数冊のスケッチブックなどが揃っている。


「うわ〜、ありがとうございます」


 一通り絵を見て、ゆみはあることに気づく。ポカリと空間が不自然に空いていることに。ゆみは気になって隼人に聞いた。


「ここってどうして空いているんですか?」


「そこはーー」


 ゆみが指差した部分を見ると、先ほどまで饒舌に話していた隼人が無言になった。


『何か聞いちゃまずいことだったかな?』


 ゆみは不安になり、話を変えようとするとーー


「えと……」


 言い淀むゆみに気づき、隼人が何かを決心したように口を開く。


「……この空間は約束をした所なんだ、あるクラスメートと……小さい頃から絵を描くのは好きなんだけど、人物を描くのが下手で苦手なんだ」


「え、そうなの?」


 悟は意外そうに聞く。


「僕と()()が出会ったのは中学二年生の時だった」


 彼女と語りかけた言葉にとても温かい気持ちをゆみは感じた。


21日に第九話を投稿します╰(*´︶`*)╯♡

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