第五話:美味しいものは食べれる時に
場所は所変わって原宿に移動した。
東京都渋谷区の一地区にあり、原宿駅から表参道周辺にかけての総称であるが現在の神宮前の町域が、大部分を占める。
1965年までは町名があったが、廃止になり有名な竹下通りは町域外であった。若者を中心に原宿の文化は国内のみならず、世界的にも注目を集めた。
2010年以降ではファッションだけでなくポップコーン、パンケーキといった海外からの食品ブームの国内の主要発信地としての役割も増してきている。
美術館は声を抑えて話すのマナーなので静かだったが、ここでは守る必要はない。いろんな人の喧騒にひしめき合っていた。
朝日はゆみに言われるがままに地下鉄で移動をして人混みの多さにうんざりしながらも彼女について行った。
「着いたよ」
彼女の声で目的地に着いたらしい。外装は玄関は木材で作られた玄関にガラス張りの窓が全面にあるお洒落なカフェである。
「……うえっ」
朝日は思わず変な声を出してしまった。カフェレストランの中に入る前に中を覗き見ると、女性しか見えないことに二の足を踏む。
けれど少しでも早く休憩して座りたかったという気持ちもあり東京は余裕を持って座るところなんて店の中でしかない。朝日は諦めて観念した。
「どうしたの?」
「……あの女子しか見当たらないのですが」
「うん? まあ〜そうね! 甘いものは女の子大好きだし」
生唾を呑み込んで、覚悟を決めて朝日は店内に入る。男性はいるにはいるがカップルや家族連れしか見当たらない。
『とにかく早く座って、食べて、ここから出たい』
周りの景色を見れたのは最初だけである。
店内に入ると少し目線を感じた朝日だがなるべく感じないようにするように努めた。
朝日はそのことだけを念じ、メニュー表に食いついたがどれを選べばいいか分からずに首を傾げた。
「何か美味しそうなものがあった」
「……えっ、あ〜」
朝日は結局決まらず口籠もる。
「もしかして甘いものとか苦手だった?」
「別に甘いものとか嫌いというわけでは無くて、こうゆうお店に入ったことが無くて」
「そうなの?! そっか、ありがとう。私のために入ってくれて」
朝日はゆみの感謝の言葉に照れ、視線を逸らした。
「せっかく来たので、何を頼もうかと思って、ゆみさんは決まっていますか?」
「私はもう決まっているんだ〜」
「どれですか?」
バナナとホイップクリームのマカダミアナッツのパンケーキと表記されている。名前が長い。朝日はメニューに載っている写真を見て、目を見開く。
「この白いのって生クリームですか?」
「そうよ」
それ以外に何なのかゆみは逆に聞き返す。
「いくら何でも多すぎませんか?」
「そう? 普通じゃない」
朝日が心配していたのはカロリー。ゆみではなく彼女が成仏した時に体重が増加している異変に花月にどう言い訳しようか考えたが今は思いつかない。
朝日はブルーベリーのサワークリームのクレープを注文する。数分後、朝日がゆみがこれ以上頼まない死守しているとウェイターに運ばれてきた。
「お待たせしました」
「バナナとホイップクリームのマカダミアナッツです」
『すごい、言い間違いなかった』
朝日は心の中でウェイターを賞賛する。
『僕だったら言い間違えそうだな』
ゆみは元気よくウェイターに返事する。
「はい!私です」
朝日はゆみの食べるパンケーキに目が注がれる。
『やはり嘘じゃ無かった』
写真が盛っているかと思っていたが写真とは寸分違わないクリームのボリュームに朝日はがっくりとうなだれる。朝日の頼んでいたクレープも一緒にきた。
「結構ボリュームがあるんですね」
「早く食べよ」
ゆみは早速ナイフとフォークを取り、朝日もそれに合わせる。
「いただきます」
ゆみの食べているバナナホイップクリームのマカダミアナッツはこのカフェレストランの看板メニューの一つである。
パンケーキにはマカダミアナッツが練り込んであり、中央にはボリューミーなまるでソフトクリームのような螺旋状に重なった白い雲が乗せられている。クリームの周りには、シロップ漬けされたバナナが彩っている。ゆみはまず一口クリームを頬張る。
「う〜ん♪ 美味しい」
「そんなに美味しいですか?」
ゆみの満面の笑みに朝日は感想を聞く。
「うん! 甘すぎないからこれならあっという間に食べられる」
「へえ〜」
朝日は食欲そそられる言葉に生唾を飲み込む。朝日が食べていたそうに見ていたゆみは皿を寄せる。
「少しだけなら食べていいよ」
「えっ でも……」
「今度いつ食べれるかわからないし」
「うっ」
確かにその言葉には重みがある。ここに来るまで苦行だったことを思い出す。朝日はゆみの言葉に押され、フォークを伸ばして掬い、恐る恐る口に入れる。
「……あれ、そんなに甘くなくて美味しいですね」
「そうでしょ♪」
朝日もお返しに自分の頼んだクレープを分けてあげた。ブルーベリーのサワークリームのクレープ。これも名前が長い。
クレープの生地に巻かれた横からブルーベリーがぎっしりと詰まっているのが見える。クレープの上にパンケーキほどではないが、小盛りのサワークリームが添えられている。
食べた瞬間口いっぱいにブルーベリーの甘酸っぱさと、プチっとした食感が楽しめる。
サワークリームを乗せる一緒に食べるまた違った味わいになる。クレープは厚めでブルーベリーのソースを生地に塗っている。
「ありがとうございました」
「サワークリームって甘くなくてさっぱりしているんですね。 初めて食べました」
朝日のご満悦な様子に、ゆみは嬉しそうに頬をほこばらせる。
「美味しいものは食べれる時に食べなよ もったいないよ」
うんうんとゆみは頷く。
「さてと、今日はお腹いっぱいになりましたし帰りましょうか」
「そうですね」
今日のデートは途中波乱な出来事があったがなんとか無事に終わった。
〇〇
帰りの道中にゆみにお願いされたことがあった。
「あっ、もう一つお願いがあるんだけど……朝日の家で過ごすのもいいけどアパートで生活したいな〜って思うんだけど」
何か不便なことがあるのかと朝日は優しく聞くと、ゆみは何だか自分でも分からない感じで胸につっかえるものがあるらしい。
「何ていうかよく分からないけど、アパートにいると安心感があるのよね」
ゆみは今の心境を分かりやすく朝日に説明する。アパートとは花月の両親が事故で亡くなるまで住んでいた家であり、花月は今そこで一人暮らしをしている。
今は花月の体に乗り移っているゆみだが、慣れている環境や生活のリズムとかは花月の体を基盤にしているため、強い思い入れがあるアパートから離れたくないのだろうと朝日も察した。
『それにしても、憑依されていてもやっぱりはなちゃんなんだよな』
本人なのだが、別人のように喋っている花月を見ていると5歳の頃から一緒にいる朝日にとっては違和感は拭えなかったが、花月にとって馴染み深い家などを言われると別人のように思えなくなる不思議な感じだった。
「なるほど、分かりました。 今日は志郎がご飯の準備をしているので明日でもいいですか?」
「うん。大丈夫だと思う」
ようやく帰路に着いて朝日のお家に着いたのは夕刻で戸を開けると志郎がこちらに向かってくるのが見えた。
「ただいま〜」
「お帰りなさいませ ゆみさん、朝日さん」
「お風呂が沸いているのでどうぞお先に」
「は〜い! お風呂♫ お風呂♫」
今日は歩き回ったのに、まるで疲れを感じさせない歩きでゆみは嬉しそうに部屋に向かっていった。
「ただいま 志郎」
朝日はさながら残業終わりのサラリーマンのように疲労感満載のげっそりとした顔で志郎に挨拶をする。そんな朝日に対して志郎は労る。
「お疲れ様です。朝日様」
「ご飯の後で話したいことがある」
「分かりました」
花月が風呂に行っている間に朝日は真澄を自分の部屋に呼びつけた。
「朝日様、入ってよろしいですか?」
「うん、入っていいよ。 真澄に話したいことがある…志郎にはまだ言っていないが、明日からゆみさんははなちゃんの家で過ごすことにする」
「なるべく自分の近くに置いておきたかったけど、無理強いはできないからね、誰か近くにいた方がいいという話しになってーー」
誰を近くに置くか考えると、ゆみは真澄を指名した。
『それじゃ真澄さんはどうなの?』
『真澄ですか? 分かりました。真澄に事情を話しますのでーー』
朝日は驚いたがとりあえず真澄に確認を取ることにした。
「それで真澄を指名されたんだけど」
「私がゆみさんとですか?」
「そうなんだよ…できるかな?」
真澄は今日ずっと監視していた。朝日から部屋に呼ばれたこともある程度見当はついていた。話はもちろん筒抜けであるが、朝日の困った顔に弱い真澄は胸に拳を当てる。
朝日は普段は自分でやれることは自分でやるほうで、それは従者にとっては主人の成長は喜ばしいことなのだが、同時に寂しくあったのでこうして頼りにされるのは従者の誉れであったので息こんで答えた。
「おまかせください! 朝日様を・精一杯お世話します」
『いや、僕じゃなくてゆみさんなんだけど……』
と朝日は言い掛けるが、何だか頑張ろうとする真澄に水を差す気がして言うのをやめた。
夜ご飯を食べた後、朝日は志郎に話をつける。
「明日はよろしくね。真澄さん」
「こちらこそよろしくお願いします ゆみさん」
ゆみと真澄の間に火花が散る。翌日になり、平日だから学校に通い授業は滞りなく終わり、朝日と志郎に見送られゆみと真澄は花月のアパートに向かった。
二人が見えなくなるまで朝日は玄関先を動こうとせず、朝日は自分の思いを吐露する。
「あの二人大丈夫かな?」
「なんか仲が悪いような」
「そうですか? 私は仲がいいように見えますけど」
「そうね〜、それもあの子の方が上手ってところかしら」
「え……聖子さん?!」
朝日は驚いた。予想もしてなかった聖子が現れたことに。聖子の出で立ちはいつもの格好とは違うが、ブラウスに黒いズボンを履いている。
「ど どうしてここに?」
聖子は言い澱む朝日を抱きしめる。
「あ〜、やっぱり落ち着くわ」
「あ、ずるい俺も抱きつく」
また違うものが乱入してくる。今度は糀である。糀の服装もいつもと装いが違いジーンズにTシャツ姿の格好をしている。
二人とも長身であるが俊敏のため、とっさに身動きできなかった朝日は挟み撃ちにされる。
「糀……どうしてここに」
「う〜んとね、志郎から連絡があって今日は真澄がいないから今晩どうだって聞かれた」
「私もそうよ」
聖子は付け加えた。
「それにしてもまあ積もる話は中でしましょう」
夏前とはいえ夕刻にはぐっと気温が下がる。強靭な肉体を持っている真澄、志郎、聖子、糀と違い朝日は限りなく人間に近い体である。
夜風に当たって風邪をひくことを心配に志郎は家の中に入ることを促した。
「ご飯♫、 ご飯♫」
「ぐっ?!」
意気揚々とご飯を復唱していた糀だっただ、後ろから無造作に襟首を掴まれてしまい首の気道が締め付けた。
「ぐえっ?!」
「タダ飯食らいは感心しませんね。ただでさえ貴方は大食らいなのですから」
いきなりの暴挙に抗議しようと糀は口論仕掛けるが相手が悪すぎる。自分がやったことを省みず笑顔でお願いという名の命令をしてきた。この時の志郎は歯向かえばただでは済まないことは骨身にしみていたのでにべもない。
「まだご飯の準備は終わってませんからね…皿を壊したら「すこやか」の給料から差し引かせてもらいますので…」
『横暴だっ』
犬のようにグルルと唸り声を上げるが志郎に睨まれた瞬間、びくついた糀は何度も縦に首に振り脱兎のごとく台所に向かった。
「でも大丈夫ですか? 聖子さんはバーで、糀はすこやかの仕事がーー」
「それは大丈夫よ、昨日のうちに常連のお客には臨時休業ってことを伝えておいたから」
糀は風呂場に向かわせため、代わりに志郎が話す。
「すこやかの方は夏目先生に休みを入れるように言ったので大丈夫です」
朝日はホッと一安心し、他愛ない話をしながら灯りがともる家の中に入っていった。




