第二話:朝の公園と不自然な突風
三人称です。
日本の首都、東京都。世界でも先進国の一つであり、日本の首都は高層ビルが立ち並び、多くの人が行き交っている。東京都庁は新宿区にある。
関東地方にあり、東京24区、多摩地域、島嶼とうしょ部を管轄する都道府県の一つである。
東京都の狭間区には喧噪ひしめく都会にいるとは思えないほど緑豊かで老若男女に人気がある公園がある。
『狭間公園』
60代のご婦人の田中は公園の常連の一人である。62歳であるにも関わらず老人ホームで清掃員で働いていて、早朝には日課である愛犬の散歩をしている。
公園に着く前の道中に桜の木が植えられている。桜が咲いた3〜4月と違い、6月になれば葉桜になり青々と緑を彩っている。
そろそろ夏が近くなり梅雨の時期になるにも関わらず、冷んやりとした空気に田中は身を震わせる。
今はまだ朝の6時過ぎのため歩いていればその内お日様が出て体が暖かくなると思っていたが公園に着いてから上着を着なかったことに少し後悔した。
『少し 寒いわね』
後悔してももう遅い、そう思いながら我先に行く愛犬のポメラニアンに引かれ歩いていた。けれど数分歩いていた時である。
さっきまで元気よく歩いていた「ポメ」がピタリと歩みを止めたのである。ポメとは愛犬の名前である。
「ゔ〜〜〜〜きゃん きゃん」
いきなり唸り声をあげたと思ったら、今度は一点の方向に向いて吠え出したのである。
「どうしたの ポメ?」
『猫でもいるのかしら?』
猫だけではなくポメラニアンのポメは元々警戒心が強い犬種である。小さな見た目ではあるが、大型犬のように番犬のようなところがある。
自宅に配達の荷物を届けに来る配送業者に吠えたりして、田中がダメと言っても余計に吠えてしまう。
空気が読める犬でも興奮状態だと、飼い主さんの静止する声を聞くと飼い主が応援してくれていると勘違いして、ますます吠えたりすることもあるのだが田中は知らなかった。
ポメも人の言葉が分からないように、田中も犬の言葉が分からない。田中は愛犬に違和感ぐらいは感じたものの、何かいるのか辺りを見回すが何も生き物はいない。すると視界の端に何かを捉えた。
「あら? まあ 綺麗な紫陽花ね」
「一つ持って帰って、おうちの玄関先に飾ろうかしら」
この狭間公園には季節ごとにいろんな花が咲いていて、田中は日頃のリラックスにここを選んでいる理由の一つである。
他の紫陽花はまだ蕾みたいだかその紫陽花が一つだけ咲いていた。見る者の目を奪うような赤紫の鮮やかな色に田中は見惚れる。紫陽花に近寄り、茎を折ろうとした時に擦り切れた服が見えた。
「なんで こんなところに服が」
誰かがこんなところにゴミを捨てたのかと誰もが見過ごしているものだが、清掃員の仕事をしているのでいつもの職業病みたいなもので気になる田中は引っ張り上げようとした時、
ガチャン
コロン
何かが滑り落ちる音が聞こえた。婦人はそれを目にした瞬間、恐怖に叫んだ。
「きゃあっーー?!」
飼い主の叫び声を聞き、ずっと吠えていたポメはさらに吠えた。
「きゃん きゃん」
今の時刻は7時前。人気の少なかった閑静な公園にもちらほらとランニングする者が増える。広い公園でも叫び声を上げれば、すぐに異変に気づく。
田中の叫び声を聞いた若者が近寄り声をかけた。
「どうしました?!」
「あっ あそこに……」
「え?」
若者は婦人の指を指したものに目を向けギョッとする。紫陽花の陰に隠れていたものそれはーーー
〇〇
今日は6月5日。あの事件【親睦会】で起きた全貌は花月以外に鮮明に覚えていない。
みんな何事もなかったかのように日常を過ごしている。強烈すぎる出来事があったので違和感が尋常ではない。一昨日あんなことがあったなんて、まるで嘘のようである。
けれど実際にあったのだ。花月は幼い頃から人には見えないものが見える。
それが何なのかよく分からなかったが、一緒に来ていた友希子と麻里子を遠ざけるために花月は学校の中に入り、外部と連絡する手段を探したが見つからずに途方にくれていた彼女を助けてくれたのだが、この御影高校の由来でもある御影様である。
生徒会長が妖怪に憑かれたりして危ない目に遭ったが何度も助けてくれた。
それと不思議な夢をあれ以来見ていないし、あの事件以来、御影様に会っていない。花月はふと御影様の名前を思い出す。
『確か日影さんだったよね』
『また会いたいな』
入院していた生徒会長はその後退院して、今は普通に学校に通っている。一人でいることが多かったが、今はその傍らに副会長の新橋と一緒にいることが多い気がする。
それを見て一部の女子たちが騒いでいるのをよく見かける。平和な日常を望んでいる今日この頃にある花月だったが今朝方ニュースで話題になっていることがある。
「人の骨?」
学校の昼休みにもその物騒なワードが飛び交っていた。お昼ご飯を食べた後におしゃべりするのが恒例になっている今日の話題は近くの公園で白骨化された遺体が見つかったことである。
発見者は毎朝公園で犬の散歩をしている60代の女性である。
『綺麗な紫陽花があると思って一つ取ろうとしたらゴミがあると思って取り除こうとしたんです』
『それがひ…人の骨だったなんて』
現場のリポーターは、精神的なショックを受けた婦人に神妙に気遣いスタジオにいるアナウンサーに返した。
この学校はスマホは授業で使わなければ持ち込みは自由になっている。麻里子が持っているスマホに花月達は注目し、ニュースになっている動画を見る。
「うえ〜 これ狭間公園だよね」
昼ご飯を食べたばかりであまり聞きたくなかった友希子だが自分の安全のためにすぐ近くで起きた事件の最新情報を知っておきたかったのもある。
「どう見てもそうですね」
「ここから近いから放課後にちょっと寄って行こうかなって思うんだけど一緒に行かない?」
好奇心が強い麻里子はみんなに誘いをかける。
「えっ?」
「あの公園に行くの?危ないんじゃ…」
「だって気になるんだもん、血が騒ぐっていうか」
「友希ちゃんは止めないんですか?」
朝日は友希子に制止するように声をかけるがーー友希子は朝日の視線からを反らし、人差し指で頬を掻く。
「あ〜 私が止めても何としてでも行くだろうし」
「…じゃあ 私も行く!」
花月はあの事件以来積極的になっていた。
「えっ?!」
それに驚いたのは朝日である。普段ならホラーや血生臭いところに行こうとしない花月に驚いたのである。
「はなちゃん 公園に行くの?」
「うん 麻里子が心配だし」
花月は朝日に自分の意思を伝えた。
「それじゃ 私も行きます」
本当は行きたくないし、彼女には行って欲しくない。朝日は不安な気持ちを胸中に秘めながら授業が終わる。
放課後になり花月たちはホームルームが終わった後に集まり、公園に向かった。朝方に事件があったことで公園は人が少ない。
ポツンポツンといるのは主にマスコミ報道関係のようである。公園に行ったものの、警察が捜査するためのバリケードテープが張られていた。
「まだ入れないっぽくない」
友希子が麻里子に尋ねる。
「え……そうなんですか?」
朝日はそれを聞いてホッとしたのもつかの間
「マスコミ関係は入れないと思うけど、一般の人は入れると思うよ」
「……えっ?」
朝日は空耳であって欲しかったが、普通の人より聴覚は優れているので聞き逃さなかった。
「お父さんに教えてもらったからね」
麻里子の父親はプロの報道カメラマンでノウハウを叩き込まれた。
「ちょっと警察の人に聞いてみる」
麻里子は持ち前の行動力で警官に声をかける。
「おまわりさん すみません」
「どうされました?」
「公園の中に入っても大丈夫ですか?」
「はい 大丈夫ですよ」
「ありがとうございます」
朝日はこの時、警官に念を送っていたが願いむなしく終わった。この日一番テンションが下がったのであった。歩いて数分で目的の場所に着いた。麻里子が満足するまで写真を撮ったら帰る予定である。
「おっ あそこかな?」
麻里子の指を指した先には柵のようなものできていて、警察関係者以外立ち入れないようになっている。
白骨化された遺体に事件性の有無を捜査するために身元の確認をしている。早ければ数日で分かるだろう。唯一分かっているのはその遺体は五年は経過しているらしい。
『5年か……』
朝日は妖怪の血を引いている。5年前だと花月たちは9〜10歳ぐらいだが朝日はその数倍生きている。
体の成長が10年前まで止まっていたが、何故かわからないが10年前を境に成長を再開する。
今まで周りと合わせて子供として過ごしていたが、ものすごい速さで大人になっていることに戸惑うことが多い。
江戸時代終わり頃に瀕死の重傷を負った朝日は体が退化してしまい、記憶をも失ってしまう。
『5年経過していても陰陽局や僕たちの誰かが気づかないか?』
この狭間区は普通の区とは違う。狭間区は陰陽局から公認された特区である。その特区内には陰陽寮に御影高校によろず屋横丁、鎮守の森がある。
『ということはずっとそこにあった訳ではなく忽然と現れたわけか?』
『空気の汚れがないのも不可解だ』
朝日は周りの様子を窺う。普通に人が死亡するときは病気や老衰にしろ病院で医者が死亡を確認してから体は霊安室に一時安置されるはずである。
人間は肉体的に死ぬと霊体になる。こんな人だかりが多い公園に遺体が埋められたら土地神などに被害が及ぶ。
未練があることで土地の地縛霊になったり、現世をうろついている浮遊霊になっている場合もある。
『ということは怨霊になっていないということか』
幽霊は不安定な存在である。人ではない朝日でも見れないことがある。
先日の強い負の感情に固まった黒い靄は見ることができたが、弱ければ存在が希薄になってしまう。そんなことを沸々と考え込んでいると声をかけられていたことに気づかなかった。
「……ひちゃん、朝日ちゃん?」
「大丈夫?」
朝日は自分を呼ぶ声にハッとする。花月は心配そうに朝日の表情を窺っている。
「え、あ いや 大丈夫だよ」
「そう?よかった 全然動かないからどうしたかと思っちゃった」
「私と友希ちゃん、ちょっとあそこのお手洗いに行ってくるね」
「うん! 行ってらっしゃい」
「朝日、ごめん! 悪いけど麻里子を見張っていてくれない?」
申し訳なさそうに友希子は麻里子の暴走を止めるように朝日に懇願した。
「うん 了解しました」
『まあ すぐそこに手洗い場があるし大丈夫かな』
朝日と麻里子が離れ、友希子と花月が手洗い場に行く帰りだった。その時、ざあっと強い風が吹いた。あまりの強い風に体は吹き飛ばされそうになり二人は身を縮めた。
「すごい風だったね はな」
「……」
花月が自・分・の・手・を・不・思・議・そ・う・に・眺めていた。友希子はどこか具合が悪いのか心配になり声をかける。
「はな? どこか怪我したの」
「……ううん大丈夫 強い風だったね」
花月は何事もなかったかのように屈・託・な・く・友・希・子・に・笑・い・か・け・た・。




