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第一話:訪問

 よろずや横丁。下町情緒あふれる裏路地にそれはある。

 

 あるにはあるのだが、そこは容易に行くことができないところで、私たち公認の陰陽師でさえも陰陽局の特別な許可証がないと入れないぐらい厳重に警備されている。


 現在は朝の10時過ぎ。先日の事件、匿名の電話があり学校に急いで向かったもののの倒れた生徒達や後始末に追われた。そして今現在、よろず屋横丁にある『ななし庵』の玄関前にいる。


「フア〜…ねみい〜」


「朝から腑抜けた声を出さないでください」


 私、阿倍野裕司の横で呑気に欠伸をしている先輩陰陽師の加茂野照良に注意した。


「しょうがねえだろ 朝は苦手なんだよ それに徹夜だしよ〜」


 ボリボリと頭を掻いている。一応整えようとしたのだろうがサラサラの髪の毛に寝癖がいくつかあり精巧に作られた人形のような美貌もムニャムニャと今にも寝そうな物臭っぷりで台無しである。


 私はため息をつき、仕事に集中することに切り替えて玄関前のチャイムを鳴らした。

数秒後にチャイムから男性の声が聞こえた。


『はい』


「あ おはようございます 陰陽局の阿倍野と申します。先日の事件のことで安全の確認を伺いに来ました」

 

 よろず屋横丁には不可侵の掟があり、陰陽局には「守護地」として保護されている。


『あっ 御足労いただいてありがとうございます。今向かいますので少々お待ち下さい』


 そう何分も経たないうちに玄関から誰かが小走りでこちらに向かっている。そこにはチャイムの男性ではなく、浅葱色の着物を着た黒髪の女の子だった。


「ようこそ いらっしゃいました」


 女の子は礼儀正しく挨拶され、私もそれに倣った。


「私はーー」


 そう言うや否や、隣にいた人物がいなくなっていたことに私は気づかなかった。加茂野はいつの間にか私の目の前に移動していて女の子の前に立っていた。


「おはようございます。 あなたのおかげで目が覚めました」


「はあ…?」


 女の子は咄嗟のことに呆然としている様子に私は慌てて女子から先輩を遠ざけて小声で注意した。


『何やっているんですか?!』


『可愛い子がいたら男は目が醒めるもんだろ』


『その集中力を仕事に使ってくれ』と私は目で訴えた。


 女の子が心配そうな声をかけてきた。


「あの…どうかされましたか?」


 心配そうに聞いてくれた女の子に私は慌てて返事をする。


「いえ 何でもありません」


「そうですか それでは中へ どうぞ案内します」

 

 私と先輩は玄関を上がり女の子の後を付いていく。どんどんと離れていく本宅に阿倍野は驚愕する。


『別宅か…東京でこの広さとは一体いくらなんだろうか』


 土地や建物で億はくだらないだろうと推測する。ななし庵という名前の通り庵に案内され、障子を開けると中には和装の男性がいた。温和で優しそうな雰囲気は隣にいる同僚とはえらい違いである。


「いらっしゃいませ ようこそお越しくださいました。私がななし庵の代理を勤めている木内志郎と申します」


「私は陰陽局から来ました公認陰陽師の阿倍野裕司と言います。隣にいるのが同僚の加茂野照良と言います」


「あの非常に聞きにくいのですが」


「はい 何でしょう?」


「代理ということは主人は…」


「50数年前にーー」


 目の前の男性の木内志郎さんはどう見積もっても私と同じくらいで二十代である。木内さんの正体は人間の数十倍も生きている妖怪。


「そうでしたか お悔やみを申し上げます」


「ありがとうございます」

 

 私は話題を変えようと自分の持ってきていたお土産のことを思い出した。


「すみません。 渡すのを忘れていました。これ私が好きな最中なんですが……」


「これはわざわざ」


 紙袋を受け取ると見覚えのあるか紙袋のマークを見た木内さんは嬉しそうに頬を綻ばせた。


「!…これ小豆堂の最中ですか?」


「知っているんですか?」


「私ここの最中好きなんですよ。 あそこの最中美味しですよね 特に餅入りが」


「木内さんも行かれているんですね」


「あそこは昔からの常連でよく行っているんです」


 さっきの着物を着た女の子がお茶を持ってきた。


「失礼します。 お茶をお持ちいたしました」


 障子の外から先ほどの女の子の声が聞こえた。


「入ってきてかまいません」

 

 木内さんは女の子に返事をして中に入れる。


「失礼します」


 女の子は綺麗な所作で障子を閉めて、持ってきたお茶を私は受け取る。


「どうぞ 粗茶ですが」


「ありがとうございます」


「私は広瀬真澄と申します」


「広瀬さんも人間ではないんですよね」


「はい」


 彼女の正体しかり、木内さんの正体を尋ねたいがそれは暗黙の了解。日本古来から妖怪は正体がバレると命を脅かされる。妖怪か人間かを聞けるのがギリギリの線引きである。


「ここに来たのは昨日に学校で事件がありまして」


「学校で事件ですか?!」


 近くで事件があったので木内さんは驚いた顔をした。無理もない。


「はい、私と加茂野が駆けつけたときは大勢の人たちが倒れていたんです。学校では何かイベントがあったみたいなのですが」


「大勢の人達は無事でしたか?」


 木内さんは心配そうに私に尋ねた。


「はい みなさんはどこも怪我をしていませんでした」


「事件の場所がここから近いので安全の確認と不審な人物がいなかったか聞き込みに来たんです」


「不審な人物……まだ犯人は捕まっていないんですか?」


「いえ……犯人は学校の生徒に取り憑いていたらしく妖怪の正体は「餓鬼」と呼ばれる地獄の妖怪でした」


「私たちがきた時は妖怪は退治された後で、少し前にニュースであった通り魔の事件も関連しているようです」


「そうだったんですね。取り憑かれた生徒さんは……」


「取り憑かれていた期間が長かったため衰弱していました。「少しの間安静にすれば良くなるはずです」


「それはよかった」


 木内さんはそっと胸をなでおろした。


「それじゃあ不審な人物とは…」


「私も良く分からないのですが何者かが陰陽局に電話をしてきたんです」


「学校で事件が起きているとーー警察にもわざわざ電話をしたみたいで」


「何者かわかりませんが随分親切かもしれませんね」


 私は予想もしていなかった答えに驚いた。


「え」


「陰陽局はあくまで「非」公式の内部部局、人にとって未知の組織です。ですが警察は馴染みある行政機関です」


「どちらが人が信じるかは既知と未知では雲泥の差がありますね」


「確かにそうですね。 そう考えはしませんでした 私も勉強不足ですね」


「いえいえ あくまで私のただの推測ですが」


 話もそこそこに私と先輩は今は帰りの車の中にいる。


「いや〜 思ったより優しそうな方達でしたね」


「ああ そうだな優しそうで可憐な少女だったな。あれは将来美人になるのは確実だな」


「それ広瀬さんのこと言ってますよね。彼女困っていましたよ あんなに凝視して」

「困った表情も可愛かったな」


 私は今度からこの人を置いて行こうか模索した。




〇〇



 ななし庵は本宅の離れにあり、朝日達が住んでいる本宅とは離れている。花月が朝日を起こしてにきている家とは違う。


 そしてここは外からの客人をもてなすところでもあり朝日の安全と危険をなるべく回避する為に別宅として設けられた。公認の陰陽師でさえも警戒する徹底ぶりである。


「はあ〜 終わりました」


「何なのですか あの加茂野という陰陽師は…」


 真澄は普段は表情が動かないが、鬱屈とした表情で感想を述べた。


「阿倍野さんよりもーー」


「油断も隙もない…ですか?」

 

 真澄は志郎の答えにコクリと頷く。


「あれはかなりできる方でしょうね」


 一目見て長年生きていれば真澄や志郎もある程度の仕草や表情が読める。一見見かけはホストみたいなチャラ男でスーツをビシッとしている阿倍野よりも隙がなかった。要は見かけで簡単に判断すると痛い目を見るということである。


 阿倍野と加茂野が帰り、元の日常に戻りたいが今日のななし庵には普段はいない2人の人物がいる。


 真砂聖子と霧島糀である。


 女主人のバーテンダーである聖子は夕方から始まるバーで働いているため、比較的朝と昼は休みになり暇を持て余していることが多い。


 糀は保育園兼幼稚園である『すこやか』で働いているが365日24時間働いているわけではなく、いくら体力バ・・自慢でも休養は必要である。


「小豆堂のあずき最中と最高級の緑茶です。 だから御三方、機嫌を直してくれませんか?」


 御三方というのは聖子、糀、真澄の三人のことである。真澄のフォローもどこか淡々としている。


「あずき最中は陰陽局の方から頂きました」


「こんな物で私たちの機嫌が直らないわよ」


 眉間に皺を寄せながらももぐモフと最中を平らげる聖子。今は3個目である。


「もふ もふ!!『そうだ そうだ!!』」


 口の中いっぱいにあずき最中を頬張る糀は聖子を応援する。真澄は上品にあずき最中を味わいながら舌鼓を打つ。


「やっぱり最高ね〜こまめちゃんのあずきは」


「長年食べても飽きが来ませんね」

 

 こまめちゃんとは小豆堂にいる小豆洗いという妖怪で小豆のプロフェッショナルである。24個入りのあずき最中は瞬く間に三人の胃袋に収められたのであった。


「さてと、これで少しは怒りがやわらぎましたかね」


 三人は少し間をおいて、所在無さげに首を動かした。


「「「・・・」」」


「まあ 急だったからしょうがないわよね」と聖子


「いきなりだったし」と糀


「まあ 仕方ありませんね」と真澄


 志郎も甘党だが三人も大の甘党である。けれど怒りは鎮まったが口を揃えてため息をつきながら一言呟いた。


「「「でも朝日様の勇姿を見たかった〜」」」


 江戸時代が終わりを迎える頃も朝日の姿になってから、成長した姿を見ていない。

気が長い妖怪といえど二百年ぶりにその姿を少しでも見ることができた志郎に見れなかった三人は嫉妬してたのである。


『何で私は仕事だったんだ』


『俺も見たかったっ!!』


『朝日様が元のお姿に!?』


 真澄は結界、学校の外で待機をしていて花月を見守りながら送り届けた。後ろめたい志郎は三人の気持ちも分かるが話さなければならないことがあり冷静さを取り戻した。


「覚醒したもののまだ本の一時にしか過ぎません それにあれは覚醒というより…別人格と言った方が正しいかもしれません」


「どういうこと?」


「もしかしたら朝日様、いえ暁光様以前の記憶をお持ちなのかもしれません」


「それって一つの体に何人もの人格が入っているってこと、それって暁光様の人格は大丈夫なの?」


「今のところはなんとも言えません。朝日様が記憶を取り戻すまでは……」


 気落ちしても埒が明かないので別の話題に志郎は切り替えた。


「それに地獄の妖怪のことも気になります」


 志郎はその報告もあり学校に現れた妖怪についても話し真澄、聖子、糀に意見を求めた。


「学校に現れた妖怪はこの世の妖怪じゃありませんでした」


「『地獄』ってどんなところかしらね」


 志郎は元々妖怪で糀は元人間の妖怪、そして聖子は人間と妖怪のハーフである。


「我々現世にいる妖怪でも異質な存在でしょう。あれは陰の気……負の感情を好んでいますから厄介です」


「陰陽師は動いてるんじゃないの?」


「ええ、でも人間側の配慮があり公に動くことができないのがネックかもしれません」


「それと、朝日様が元の姿に戻られたのにも何かきっかけがあったはずです」


「それを探るために真澄さん 続けて朝日様の護衛をお願いします」


 私情はあるが仕事モードに入った真澄は業務的に返事をした。


「はい 分かりました」


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