第三十七話:真実
「さてと、あの子の付き添いは…」
白銀が花月を夜道に一人で帰らせるはずもない。一人で帰らせたのはこの場にいるもう一人の闖入者と話し合うためである。そして白銀が思案しているとその人物から声をかけてきた。
「大丈夫です…真澄が家まで無事にお送りしますので」
忽然と現れた男・志郎に白銀は話しかける。
「お前は…さっきの雷はあんただろう 助かった。 結界も張ってくれたんだな」
「貴方は…いえ お役に立てて何よりです」
餓鬼との戦闘中、どこからか飛んできた稲光は志郎のものだった。御影様とは別行動
志郎は白銀と餓鬼の戦闘を一部始終見ていた。
もちろん御影様である朝日が白銀の姿になった時はさすがに面を食らった。彼に仕えて二百年以上経つがいまだに謎なことが多い。聞きたいことは山ほどある。
けれど、何かを言いかけるがやめた。
「ふっ…俺のこと聞かないのか?」
志郎のどうしたらいいか分からない当惑した表情に白銀はニタリと微笑んだ。その顔を見て少し見開き、気を取り直した志郎は白銀に答えた。
「例え姿形が変わったとしも貴方は貴方ですから」
志郎の笑みに言葉では言い表せない想いを感じた白銀は思い巡らす。
「そうか…いい仲間に出会えたな 『朝日』は」
そう言いながらゆっくりと倒れていく白銀を志郎は気づき並外れた運動神経で素早く受け止める。
困ったように眉を下げた志郎の腕の中にいるのはーーー数時間前に一緒にいた御影様の朝日だった。
「まだまだ聞きたいことは山のようにあるのですが」
「今はおやすみなさい 朝日様」
志郎は眠る主人にそっとため息をこぼした。
ヴーーン
ヴーーン
「おや やっと彼らの出番ですね」
遠くで聞こえてくるけたたましく鳴り響くサイレンに耳を傾けた。
志郎は腕の中に眠る主人を起こさないように優しく抱き、二人の影は夜の闇と共に瞬く間に消え去った。
〇〇
事の発端は匿名で110番で通報があり、学校で事件が起きていると課長に言われ非番だった足立と立川の二人は泡立たしく急行することになった。
まずは駐車場に車を止めるまでは良かった。車のドアを閉めて職員室に向かおうとした矢先に足立は歩いていた足を止めた。足立では無くても立川もすぐに異変に気付き、立川も同じく止まる。
「こんなに車があるなんて 今日は何かのお祭りがあったんですかね」
「ああ」
「なんか嫌な予感がしますね」
足立と立川は数分歩いて何か違和感を感じた。
「おい おかしくねえか」
「はい こんなに車があるのに誰の声もしないなんて」
注意深く辺りを見回しながら二人は中庭に繋がる通路に侵入し、驚きの光景を目撃する。
最初は学校で事件が起きているのはただの愉快犯がイタズラ電話をしたのかと思っていた足立だったが、この場に来てその考えは一瞬した。
一癖あるがゆえに勘が鋭く観察力のある10年以上もある刑事は事の重大さにいち早く気づく。
中庭に来てみればこの雑踏とした有様である。何かの祭りがあったのか何十人者いる大人数に流石に驚き、面を食らった。
その世界だけ秩序が無く、混沌としていた。
「おいおい、一体こりゃどういうことだ」
「な、何ですかっこれは!?」
足立に続くようにその後に大きな声で先輩刑事と同じような発言をしたのは刑事になってまだ新しい立川慶吾だ。
中庭にいる大勢の人達が一様に倒れていたのを見てた瞳は大きく見開いていて、開いた口が塞がらない状態だ。
「きゅきゅきゅ 救急車!!?」
あたふたする後輩を諌め、足立は少し冷静になった。
「少し待て」
「でも 先輩っ」
「まずは呼吸があるかどうかだ」
足立の行動は早く倒れている人間に近寄り、すぐに首の頚動脈に指を当てて脈動があるか確認した。
僅かだか脈はあることに、この人は寝ていることを確認した。
「大丈夫だ この人は寝ているだけだ」
「寝ているだけ…?」
ほっと立川は安堵した。
「じゃ ここにいる人たちもみんな……」
「さあ 分からねえがな」
「ここで何があったんですかね」
「そういえば 通報が匿名っだって課長が不思議がっていましたね」
「普通名前を言いますよね」
「名前をいえない後ろめたさがあったかーーー」
「今はそれを考えても仕方ない」
足立はこの話はとりあえず終わりだと話を切った。一応、足立と立川の二人の刑事は周囲に何か仕掛けられてないか確認した。
それを終えると見覚えのある2人の人影が見えた。
「あれは!?」
「こんばんわ またお会いしましたね」
「陰陽局の方ですね」
病院で知り合った確か阿倍野という男と加茂野のという男だった。というよりも二人を見たら忘れるのが難しいだろう。
「お二人が来られたということはこれは妖怪の仕業ですか」
「はい 刑事課の課長から依頼される前に私たちの方にも来たのですよ」
「来たって…」
立川は阿倍野という男に尋ねた。
「匿名の電話です」
「陰陽局の方にも電話があったんですね」
「その電話の主はどうやら妖怪のことを認知しているにも関わらず、妖怪専門ではない組織に電話をした」
「どうしてそんな二度手間なことをするのか何か腑に落ちませんがーー」
阿倍野は意識していないが思案げに眉をひそめる顔はより一層哀愁さが漂う。
「あとは私たちが何とか対処しますのでご足労ありがとうございました」
「分かりました 行くぞ立川」
「はいっ 先輩」
専門の阿倍野と加茂野の出番で足立と立川はここでお役御免である。
〇〇
一体何しに来たのかという気分だろうが、これも悲しいかな仕事の一環である。
刑事二人が去った後を名残を惜しむかのようにしていた阿倍野の耳に間の抜けた声が聞こえた。
「『はいっ 先輩』」
「いや〜 懐かしいな。 お前も俺をあんな風に呼んでいた時期があったよな〜」
揶揄うような視線と口調に面倒臭そうに阿倍野は視線を逸らした。
「はっ 早く終わらせますよ」
一応先輩の茶々を振り切ろうとするが、口惜しいことに口の方は相手の方が上手だ。阿倍野は羞恥心を振り切るように口火を切る。
「人払いの結界を張っている間に片付けますよ」
「へいへい」
阿倍野は別のことを考えるように切り替えると先ほど立川に言ったことを思い出した。
後輩の揶揄うのに満足したのか口角が上がっていたが、阿倍野のどこか浮かない顔に加茂野は眉を寄せた。
「どうした?」
「いえ…「嘘」を言うのも楽ではありませんね」
「うん? ああ 陰陽局……じゃなくてもう一つの陰陽寮のことか。 嘘は別に言ってないだろ」
陰陽局はあくまで非公認だが一部の者たちの公共の組織として機能しており、陰陽寮は平安時代まで遡る中務省に属する機関のひとつと言われているのが陰陽寮は実は「二つ」ある。
文献にはない、もう一つは平安の大陰陽師である安倍家の子孫は江戸時代に新しい形である陰(妖怪)と陽(人間)が寄宿する共同の学び舎を完成させた。
その学び舎が狭間区にある御影高校のあの旧校舎なのである。陰陽局の管轄に置かれている陰陽寮は陰陽師の素質がある生徒達も通学している。
阿倍野と加茂野はこの陰陽寮の卒業生なのである。この御影学校の目と鼻の先にあるのである。この狭間区で行われることはたとえ公認の陰陽師であっても許可が降りるまで動くことは許されない。
なので陰陽寮が一枚噛んでいることに阿倍野と加茂野は気づいていたが、長年の知り合いでもある刑事の足立には言えずにいた。
阿倍野はこの周囲一帯に忘却の術をかけた。加茂野の祓いにより、散在していた瘴気が消え去り、眠っていた人たちも次々と体を起こした。
阿倍野は囁くように彼らに話した。
「皆様 今日のお祭りはこれにてお開きにします。 どうぞ お足元に気をつけてお帰りください」
暗示をかけた彼らは騒ぐこともなく次々と帰って行った。観客達も大勢も帰りあとは数人しか残っていない。そして誰かが呼び起こしている声が聞こえた。
〇〇
新橋は目を覚ますと近くに誰か倒れるいるのに気づき、よく見たら桐原だということに気づいた。
「桐原っ おい大丈夫か。 どうしたんだよ!?」
少し肩を揺さぶるがびくりとも動かない桐原に新橋は余計心配になる。その声に気づいた阿倍野は新橋に近寄る。
「一体どうされたのですか?」
「っ…桐原が…生徒会長が起きないんです!」
『この子 暗示がかかっていない』
阿倍野は新橋に自分の術がかかっていないことにいち早く気付いた。新橋も暗示にかかりそうだったが、倒れている桐原を見て暗示が解けてしまった。阿倍野は余程この生徒会長に思い入れがあるのだろうと考えた。
「君はその子を保健室に連れていってくれますか。 このままでは体が冷えますので、私は救急車を呼びます」
「分かりましたっ お願いします」
新橋は会ったこともない初対面の人だが、今は信じるしかないと考える余裕が無かった。
「汗かいているな」
保健室についた新橋はベットを用意した。とりあえず桐原のきっちりとなっている着物を緩めようとした時に何か違和感があることに気付いた。
男なのに胸に包帯のようなものを巻いていたからだ。最初は変わっているなとしか思わなかった。新橋に踊りの世界は分からなかったためそれがどういう意図なのか分からなかった。膨・ら・ん・で・い・た・部・分・を・わ・ざ・と・潰・す・こ・と・な・ん・て・知・る・は・ず・が・な・い・。・
『怪我をしているのか?』
『いや…でも汗とか拭った方がいいよな 風邪とか引くし』
自分なりに気を利かせたつもりの行動が仇となった。包帯で覆われた部分が徐々に露わになり、新橋は自分の目を疑った。
「えっ…」
新橋にやましい他意はなかった。真っ平らな男の胸には無いはずのそこには豊満なふくらみがあった。
「これってどう見ても…胸だよな」
男に胸がある異常事態に気が動転した。幻覚でも見ているのかと。自分も思春期な男の子で人並みに興味はあるお年頃だが、そういうことに顔が二枚目なのに疎い新橋の顔が一気に赤面する。
「ーーということは生徒会長は」
ピーポー ピーポー
遠くから救急車の音が聞こえた新橋は慌てて桐原の服の乱れを直し、当初の目的であった着替えはできずに終わってしまう。まもなくして保健室に救急隊員が入ってきた。
包帯を手に持ったまま、救急隊員に連れて行かれた「彼」をただ呆然と見送ることしかできなかった。
その後、さっきの救急車を呼んでくれた人に何かを言われたが頭に入ってこなくて、どうやって家に帰り着いたのかもあまり覚えていない。




