第三十四話:求めていたもの
「いやいや、面白いものを見させてもらった。代わりにこの子の記憶を少し見させてあげよう」
餓鬼はそう言うと、朝日は気づくが時すでに遅く、油断していた花月の意識の中に入り込んできた。
そして次に目を覚ました時は空中に漂っていた。
「ここは、どこ…私どうなったの? 日影さんは」
辺りを見回すしても心強い存在は見当たらなかった。けれど見覚えのある景色にどこか検討がついた。
「あれ? ここ、学校だ」
そしてまた風景が変わり、誰かがうずくまっているのが見えた。
「あれは……もしかして生徒会長?」
「そうだ」
あの不気味なこえに花月はすくみ上がる。
「お前に見させてやろう この人間が何を犯したのかを」
〇〇
桐原孝太郎は私の名前。
家は何百年も続く日本舞踊の家元に生まれた。父親を早くに亡くした母親は私を立派な立役者に育てることに打ち込んだ。
踊ることは苦でなかったし、小さい頃から母に教えられる踊りを見るのも大好きだった。
私はいつしか業界の界隈で「白拍子」として持て囃されていた。けどある日、私は学校で体調を崩したことがあった。高校を入学したばかりの頃である。
『やばいな…薬飲むの忘れていた…』
立ち上がれなくなるぐらい気分を悪くしていると、ある男子生徒から心配そうに声をかけられた。
「おいっ、大丈夫か?」
壁に寄りかかった私を見た男子に心配させないように答えた。
「ああ 少し気分が悪いだけだ」
「少しじゃないだろう 今にもぶっ倒れそうだな」
私が返事をすることもままならないぐらい窓側に寄りかかっていると、ふっと意識が浮上した。
「よし ちょっと腕を借りるなって…お前軽いな〜 これだったら…よっと!」
いきなり腕を掴まれたと思いきや、いつの間にか私はその男子にお姫様抱っこをされていた。
「えっ!? はっ」
あまりの突然のことにさっきまでの体調不良は何処へやら私はあまりのことに普段出さない声を荒げる。
「どこに行くつもりだっ!?」
私は手で男子の胸板を押し抗議をするが、この男は全く聞いてない。道中で女子たちの悲鳴が聞こえたが、羞恥心で今はそれどころではない。
『そりゃそうだろう?! 男の子が男の子を抱きかかえているんだから』
しかし女子は別の意味で、歓声を上げていたに過ぎないことに私は知る由もなかったである。
降ろされることを諦めた私は保健室の前まで大人しく運ばれることになった。
「ありがーー」
私は保健室前までだと勝手に思い、お礼を言いかけるがーー男子は器用に片手で私を支えながらもう一つの片手でドアを開ける。保健室の中には女性の先生が勤務している。
「先生〜」
林田志保先生
白衣を着ていかにも保健室の先生の風貌でおっとりとした性格である。
小柄で童顔なためか、生徒たちからは志保ちゃん先生と親しまれている。学生服を着ていても遜色ないだろう。
それと職員室にいる先生は敬語が多いが、保健室ではリラックスしてタメ口で話しやすいというのも人気の一つである。というよりも先生自身がため口で話すのもどうかと思うが。
「おっ〜 新橋君どうした?」
「急患をお届けに来ました〜」
先生はお姫様抱っこされた私を見て、少し目を見開いた。
「うん? その子は」
彼は私を連れてきた経緯を大雑把に先生に説明した。
「なんか気分が悪いって言ってたから連れてきた」
「そう ありがとうね〜」
先生は新橋という男子にお礼を言い、時計を確認した。
「もうすぐで授業が始まるから教室に戻ってね」
「あ やべ」
先生に言われた彼は急に慌てだし保健室のドアに手をかけ私を一瞥し、保健室を去っていった。
「それじゃあな」
『あっ 私お礼を言っていない…』
いくらお節介とはいえ助けれられたことに変わりはない。
「あの人は一体?」
私はお礼を言い損ねたので林田先生に男子の名前を尋ねる。
「あの子は新橋日向君って子だ」
「気分が悪い子を見かけたり、怪我をした子がいるとすぐに保健室に連れてきてくれて助かっている」
「優しい人なんですね」
「そうだな~ それでちょっと鈍いところがあるんだけどな」
最後の先生の一言は小さくて私は聞き取れなかった。
「桐原さんのことは校長先生から聞いている」
「体調の変化があるときはその時は我慢しないで来てね。 今はデリケートな時期なんだから」
説得力のある言葉に私は弁解しようとしたが、
「でも…」
「でもじゃない、自分の体は大切に」
「……はい 分かりました」
林田先生の真剣な眼差しにに私は根負けした。そして彼が出て行ったドアを見つめた。
これが私と彼の最初の出会い。
それから私は彼を見かけるたびに胸が苦しくなることになるなんてーー恋をしたことがなかった私はこの時はまだ自分の気持ちに気づいていなかった。
〇〇
けれどそれはーー母から大事な話があると言われるまでのことだった。
「許嫁…ですか?」
「そうよ。 20歳になるまで、それまでは独身を貫かなければいけない。時代錯誤かもしれないけど、こればかりは母である私も守ってきたことなの」
「一応貴方に許嫁がいるという設定にすれば、変に言い寄られることもないでしょうから」
私はここ最近母が悩んでいたことを知っている。困っている母の表情を見た私はとても胸が痛くなった。
「分かりました」
そして、学校でも私の許嫁の噂はどこからか流れてきた。
「許嫁ってすごいね」
「ちょっと時代遅れだけど、生徒会長なら分かる気がする」
「どんなお嬢様なんだろう」
「可愛い人?」
「それとも綺麗な人なのかな?」
興味本位で聞いてくる男子生徒と遠巻きにそれを見ている女子達に私は目まいがしそうになった。そんな時、聞き覚えのある人の声に振り向く。
「お前許嫁がいるってすごいな」
爽やかにニカッと笑う少年が私に話しかけてきた。
「っーー君は!?」
そこには体調が悪い時に話しかけてくれて、保健室まで運んでくれた男の子だった。
『確か…名前は』
「新橋君!」
「おっ おう?!」
少しびっくりさせたことに私は冷静に努めようとするが、
「……俺の名前知っているのに驚いた」
「ああ えっとっ」
いつもは臨機応変に話ができるのに彼の前だと上手く喋れないもどかしさに恥ずかしくなりながらも何とか喋りかける。
「君にお礼と謝罪をを言いたかったんだ ずっと…あの時は不躾な態度を取って申し訳ない…ありがとう」
私は自然と微笑み、新橋君に心からのお礼を言った。
「……お前」
ずいと彼に近寄られた私は硬直する。
「笑うとめちゃくちゃに美人だな。 最初は怖いイメージだったから」
「えっ!?」
『美人』とか踊りを見てくれるお客様によく言われる常套句なのに私は胸が熱くなった。けど次の言葉で急に冷めて現実に戻る。
「お前が女だったら惚れてたかもな」
「……はは 何言っているの」
乾いた笑みの中で私は胸が押し潰されそうだった。
それから少し経ったある日のことだった。偶然、新橋君と同じクラスの男子だろうか、新橋君のことを話していて私は気になった。
「新橋ってこの前、別の学校の女子から告白されたんだって」
「え マジかよ」
「すげー可愛いくて人気があるんだって」
「へ〜 あいつ顔も中身も良いからな」
「頭はちょっとあれだけどな」
「お前が言うなよ」
ハハと面白ろおかしく男子は言い合っている。その反面私の気持ちは暗く沈んだ。
『胸が苦しい…なんなの、この気持ちはーー』
私が彼の存在が気になりだし、いろんなことが分かった。彼がこの学校で人気者だと言うことだった。他の女の子と話すのが見ていて嫌だったし苦しくて見ることができないほど。
その思いを重ねたまま、年の暮れが過ぎ、高校生活を迎える2年目の春を迎える前のことだった。それは突然現れ、暗闇から声が聞こえたのだ。
『オマエモハラガヘッタカ』
『ミタサレナイ』
『ナニカガ』
「私はーー」
それから私の体はその化けものに乗っ取られてしまう。
彼を慕うクラスの女の子たち、そして好意を寄せる女の子を見ると、抑えていた嫉妬が抑制できなくなっていた。
『何を我慢する必要がある』
『あの娘たちが羨ましいんだろう』
『その思いをあの娘たちにぶつければいい』
そして月日が経ち……事件が起きた。
私が持っていたパソコンのホームページを開くと、私が住んでいる地名があり気になってクリックした。そこには、通り魔事件のニュースが流れていた。
「これは……一体」
数秒間の流れる映像に、私はなぜか既視感を覚えた。
『行ったことのないはずなのに……私ここに行っている』
呆然と画面を眺めているとーー
『お前がやったんだ』
どこからかまたあの不気味な声が聞こえた。私はビクリと肩を揺らし呟いた。誰も部屋の中にいないのは分かっているのに話せずにはいられなかった。
「どういうこと…?」
『お前はあの娘たちが嫌だったんだろう』
『だから私はお前の体を借りて懲らしめてやったんだ』
『記憶は消したが、お前の体は覚えているはずだ』
まるで感謝しろとはいわんばかりの言い様に、私は誰もいない空間を睨めつけた。
『うん? その態度は何だ』
『まだ反抗する気力はあるみたいだな』
『まあせいぜい足掻け 人間』
嘲笑するような高笑いとともに消えていった。そして私は後悔した。
「私は何てことをっ」
「しかも自分の高校の生徒に」
無意識だったとはいえ、彼に近づく女子たちを妖怪に操られた自分が襲ってしまった。私は唇を食いしばり、その事実に愕然とした。
こんなこと両親に相談なんてできない。
警察に自首をしたら……こんなこと信じてもらえないだろうし、もう人前で大好きな踊りをするものも難しくなる。
私は追い詰められていった。そして私は願った。私がもし女の子であればーーもっと舞を練習しいつしか私は完璧な女の子になりたいとーー思うようになっていた。
2年目の入学式が終わり、昼休みに中庭に行くとある生徒に目が捕われた。
『なんて綺麗なオーラを放っているのだろう』
『あれこそが私が求めていたもの』
私はいつの間にか女子たちが喋っているところに近寄り話しかけた。そして君にーー平野花月という少女に巡り会ったのだ。




