第三十一話:急展開とはじめまして
「こっちよ!」
花月は黒い靄を誘導するように声を上げ校舎の中に向かった。靴箱にスリッパがあるが、今は履き替えている余裕なんてない。
外にも行けるように土足のまま学校の中に入った。花月は今時高校生でも珍しくガラケーやまたはスマホを持っていない。一人暮らしをしているためなるべく経費を抑えるためだ。
外部の連絡をするために固定電話が置かれている職員室を思いついた。夜のため周りが見えづらいが何とか識別はできる。
けどモタモタしている場合ではない。急いで職員室が記載されているプレートを目視で確認しながら足を進める。
ようやく職員室の前にたどり着いた花月はガラリとドアを開ける。
「失礼します」
誰もいないことは分かっているがこれはもう癖になっている。ドアの近くにある電気のスイッチをつけるとチカチカと点滅し周囲が明るくなっていく。
その明るさに花月はほっと胸を撫で下ろした。
教頭の先生の机の上に置かれている固定電話の受話器を耳に当てるが、ツーーーーという連続音が聞こえてこない。
「どうしてっ? 電気はついたのに」
もしかして、電話のコードが抜けているのか確認するが繋がっていた。
「……これじゃ電話ができない」
花月はどうするか諦めずに考えた。
『そうだ 他にもあるーー!』
麻里子と話した会話をふと思い出した。
『私は一応2個持っているんだよね〜 写真用とプライベート用のスマホを』
『こっちの方は写真に特化しているんだって親父から教えてもらった』
「麻里子のスマホ!」
思いたった花月はすぐさま麻里子が部活している写真部に向かった。一回入学する時に少し探検をしたから、写真部の部室はすぐに分かった。
麻里子から花月と朝日と友希子を連れて、一緒に見学をしたこともある馴染み深い場所だ。写真部の部室は2階にある。
花月は周りを警戒しながら階段を駆け上がった。部室にたどり着きガラリと開ける。
いつもは閉めているが今日は夜桜見物会で写真部が開けたままにしていたのだろう。
横にある電気のスイッチを花月を入れた。暗闇だった室内が明かりがつき、部屋の棚の中にはいろんな機材が所狭しと並んでいる。
麻里子の名前が書かれているロッカーの前で足を止める。
「ごめんね、麻里子 少しだけ借りるね」
今は倒れて動けない麻里子に謝る。
「これだっ」
スマホはすぐに見つかったが、明かりは点いてない。電源を落としているのか、私は電源ボタンを数秒間押し続けたがうんともすんとも言わない。
バッテリーがそもそも無いのか、私はロッカーの中にあった充電ケーブルを借りて、差し込んでも同じだった。職員室の時と同じ状況だ。
黒い画面のスマホの表面にポタリと水滴が落ちる。私は泣いていた。
「もう…どうすればいいの」
「このままじゃ…みんながあの化け物に」
花月はふらつきながら、部屋を出て廊下に出たら少し歩いた。教室の前を歩いていた時だった。
いきなり教室のドアが何の脈絡もなく、バッと開いたのだ。
抵抗する暇もなく口を塞がれた花月は暗い教室の中に吸い込まれっていった。
〇〇
「ゔ〜ん!?」
とうとうあの化けものに捕まったと思った花月は無我夢中で抵抗する。
『離してーー!?』
叫びたくても口を塞下がれているので必死に抵抗し、押さえつけているものを花月は思いきりよくガブリと噛みついた。
「いっーーたたた!?」
御影様こと朝日は待ち合わせに行くことはなく、校舎の中に潜んでいた。
そして白い靄に覆われた空間を窓から見ていた朝日は歯痒い黒いもやが出現するまで待っていた。
「っ大丈夫だから 落ち着いてっ 僕は…じゃなくて私は敵じゃないですよっ」
そして逃げ込む花月を教室の中に助けようとしたのだが、手を噛まれることは予想しておらず、思わず一人称が僕になってしまった。
けれどいきなり教室の中に捕まるように入れられた花月は興奮しており暴れ出すのを見た朝日はなんとか宥めようとする。
「!」
その声に花月はハッと目を見開き、化け物じゃないことに気づく。
『人の声?…それにいたたって「痛い」ってこと?』
『それじゃ私がさっき噛んだのはーー』
花月は目をつぶっていたが恐る恐る目を開けると後ろから誰かに抱きしめられていた。その人が耳元で混乱する花月を安心させるように囁いてくれる。
「落ち着いて」
「私がいるから」
心臓の音が緊張と不安と恐怖で高鳴っていたが、元の正常さに静まっていく。
何度もそう言ってくれて、花月はやっと溜飲を下げることができた。その人に手を握れらて、ゆっくりとした歩幅で窓側まで歩いた。
ドアがある廊下側より、窓側の方が明るかった。あの原因不明の白い靄はどうやら上空までは届いていないみたいだ。
情熱的な太陽の光とは対照的な淡く光る月の光が優して照らしくれる。花月はその月のような神秘的な美しさに目を奪われる。ずっと眺めていたいと思った。
花月と一緒に月の光に照らされたその人の朧げだった輪郭も徐々に明らかになっていく。最初は手元からだった。
花月の手をそっと握ってくれた白くて綺麗な手が見えた。次はその人が来ている服だ。驚いたことにその人は花月がよく見かける着物を着ていた。
黒い色の着物と黒い羽織が見えた。
そして腰ぐらいまである艶のある黒い髪の毛と綺麗な黒色の瞳をしているーー美…少年? それとも少女?
『どっちだろう』
目の前にいる花月は人の性別が気になるぐらい少し余裕ができた。その人に問いかけた。
「あの……あなたは?」
「私は「日影」と言います。 この学校の守り人と言われています」
自分で言うのも恥ずかしいが、朝日は羞恥心を隠しながらなんとか自己紹介をした。
「ヒカゲ…さん?」
「まもりびとってーー?」
それが一体どういう意味なのか花月は問いただそうとしたが、その人ーー日影の手によって阻まれた。
『どうしたんですか?』と日影に聞きたいが、自分の口は日影の手により塞がられている。
「ふ〜む?」
日影はもう一方の手で、花月に向かい自分の口に人差し指を当てた。
「静かに」
か細くて集中していないと聞き取れないほどの小さな声が花月の耳に伝わった。『何だろう』と思い、辺りを見回した。
数秒後、その原因は分かった。最初に感じたのは空気が重くなったことだった。
そしてふと廊下側に視線を移すと窓ガラスが磨りガラスに加工されているためわからないが、その向こうに何かいる。
黒くて大きな物体が少しずつ動いている。花月はカゲに聞かなくても、それが何なのか分かった。
あの黒い靄だ。さっきまで校庭にいたのにーー
どうしてか、理由はすぐに分かった。花月の後を追いかけてきたのだと。花月と日影は黒い靄が通り過ぎるまで待ち続ける。
あの方向はさっきまで花月がいた写真部の部室がある。確か明かりをつけっぱなしで出たので多分そこを目指しているんだろう。
しばらくすると静かになり、重く沈んだ気配も消えた。日影も花月の口から手を離してくれた。彼女は嫌な気配が無くなったと同時にホッと安堵した。