第二十八話:夢の中の「私」
その日久しぶりにまたあの夢を見ていた。
夢の中の「私」
何度も同じ光景を繰り返しながら
赤い炎に囲まれ、立ちすくむ自分
けれど次の瞬間ーー
『!』
ブワッと赤い波が私に襲いかかり、思わず目を瞑った。おそるおそる目を開けると、私は火傷や傷一つしていなかった。
私はホッと安堵し辺りを見回すと、周囲には何もない。あるのは真っ暗な闇だけ。
『どういうこと?』
以前までの夢とは違う…
夢の中の「私」は洋服ではなくずっと昔の人が着ていたような服を着ていた。
けれど今の私は普通にパジャマの格好を着ている。真っ暗闇な空間の中に私はポツリといた。
何か聞こえないか私は耳を澄ましたが音も何も聞こえない。
私は急に怖くなった。しゃがみこみ震える身を縮め、耳を塞いだ。
『誰か…』
けれど誰の名前を呼んでいいか分からない。自分のせいで誰かを危険な目に遭わせたくない。
そう考えていると、ふと誰かが呼んでいる声が聞こえた。視線を上げるとさっきまで何もなかった空間に1本の桜の木が立っていた。
私は力が入らない足を縺れながらも、何とか桜の木の近くまで歩いた。桜の木の周りをぐるりと歩くと、そこには人影が見えた。
一瞬ドキリとしたが、この状況を打破する為に私はその人物に話しかけることしかできない。他に人もいないから。
その人物ーー彼は私に気づいたらしく目が合った。
その人の風貌に私は目を奪われる。
闇と一体化したような漆黒の長い髪
煌々と銀色の月のように光る瞳
桜の花が舞い散る木の下で容姿端麗な男性が佇んでいた。
私は勇気を振り絞り、声をかけた。
「っあの……あなたは 一体?」
男は口を開いた。
『ようやく また会えたな』
男の声は低く、けれど頭の芯までしびれるような甘い声だ。
「?」
『また会えた』ということがよく分からなかった。私はこの男の人に会ったことも話したこともない。それも、初対面のはずである。
『もしかすると…私が忘れているだけ?』
「私はあなたに会ったことがありますか?」
「…ああ そうだな」
「ごっ ごめんなさい 忘れてしまって」
私は自分に非があることに咄嗟に謝った。でも、こんな目立つ人を忘れるなんてできるのか、ふと疑問に思った。
まずは私のことを知っているかもしれないが自己紹介をした。
『私の名前は平野花月です』
『貴方のお名前を聞いてもいいですか?』
なぜか男の人は私をじっと睥睨した。顔が整っているだけに迫力がすごい。
『それは嫌だ』
大人の彼の口から年端も行かない駄々っ子のような愚痴が聞こえた。
『……へ?』
私は思わず間の抜けた声が出てしまう。今なんて言ったの?
『俺のことを思い出すまで教えない』
そっぽを向く彼に、気のせいだと思っていたがそうではなかった。
その仕草があまりにも子供っぽく『幼稚園児かっ』と私は思わず突っ込みたくなった。私が逡巡していると彼から声をかけられる。
『それじゃヒントをやる』
『俺の名前は、花月、お前がつけてくれた』
『え…私が!?』
『私が貴方の名前を』
どこからか強い風が吹いてきて桜の花びらが舞い散っていく。その風に桜吹雪の幻想的な光景に目をくれる暇もない。
『お前は知っている』
また風が強くなり今度は男の人が桜吹雪に呑まれそうになる。男の人の姿が朧げになっていく。
視界を遮る風と花びらに腕を交差し目を細めながら、必死に彼を捉えようとする。私は無我夢中で彼に手を延ばした。桜吹雪の中に消えて行くその人に向かって叫んだ。
『待ってっ!』
『私は貴方のこと思い出すからっ ーー名前を呼ぶからっ』
『だからーーっ』
男は私の言葉を聞いて、フッと花吹雪の中で微笑んだような気がした。
〇〇
「待って……いて」
花月は誰もいない空間にポツリと呟いた。
重たいまぶたを開き、見覚えのある天井が見えたことで自分の部屋に戻ったことに気づく。何かを掴むかのように手を上げていた花月は胸中で悔しさに打ちひしがられる。
ベットから起き上がり顔をあげた途端、ポタポタと涙が溢れていたことに気づいた。花月はそれをぬぐい、顔を洗おうと洗面場に立ち鏡の中の自分を覗き見た。
「…すごい顔…」
泣き腫らした目が少し充血していて、水の冷たさをやけに感じながら火照った顔を洗っていると、家のチャイムが鳴った。
誰かと思い、タオルで顔についた水滴を拭きながら思いめぐらしながら時計を見ると、時計の針は7時を過ぎていたことに気づく。
「嘘っ!?」
真っ赤だった花月の表情が気持ち的に一気に真っ青になった。
「今、開けるねっ」
花月はバタバタと急いで玄関のドアを開けた。案の定、そこには制服を着ていた朝日が立っていたので花月は開口一番に謝った。
「朝日ちゃん ごめんね 私寝坊しちゃったみたいで 今っ 着替えてくるから!」
「ううん 急がなくてもまだ時間は大丈夫だよ」
怒りもせずに優しく言ってくれる朝日の優しさが心にしみながらもなるべく急いで支度に取り掛かる。。
「ちょっと上がるね はなちゃん」
「うん ご自由にっ!」
花月は早歩きで自分の部屋に戻り、ハンガーにかけている制服に手を掛ける。手が持つれながらもパジャマを脱ぎ、下着のブラをつけ制服のシャツを羽織りスカートを履く。
ブラは締め付けつていると寝にくいから花月はいつも外している。そのブラを着けてシャツのボタンを閉じないまま、髪の毛を整えようと洗面台に移動しようとすると、ホワンと焼きあがったパンのいい香りがした。
「朝日ちゃん ありがとう」
「うん 早くじゅん…」
「美味しそう〜」
花月は朝日がフライパンで焼いてくれている目玉焼きを覗き見て、朝日にお礼を言おうと、ふと顔を見ると不自然な様子に首を傾げた。
「どうしたの?」
「はっ、は早く準備した方がい、いんじゃないかな!?」
「あっ そうだね」
パタパタと準備に戻っていった花月は朝日の顔が真っ赤に染まっていたことに気づかなかった。
着替えを終えリビングに行くとテーブルの上にはこんがりと焼かれているトーストが用意されていた。
「いただきますっ」
マーガリンが満遍なく塗られ、その上に蜂蜜をかけた蜂蜜トーストだ。
一回味を噛み締め、味わう暇もなく黙々と食べ、朝日ちゃんが差し出してくれた牛乳をゴクリと飲んだ。
最後に忘れ物がないか確認し、ようやく玄関に向かった。隣に歩いている友人の様子がおかしいことに気づいたのついさっきである。
「朝日ちゃん どうしたの?」
花月は心配し挙動不審な朝日の顔を覗き込んだ。
どこか放心しているように見える。無理もないかーー『朝日ちゃん、頑張って起きてくれたんだもんね』
なのでそっとして置くことにした。
〇〇
花月の考えとは裏腹に朝日は全く違うことに頭の中を支配されていた。
『あれは事故、不可抗力だーー』
と思いながらも幼なじみの下着姿を見てしまった罪悪感と葛藤していた。
朝日が邪念を払うかのように、お坊さんが読経をあげるように念じていたことなど並んで歩いていた花月は知る由も無いだろう。




